やわらかなバッハの会 The Society of Soft Bach

先入観念にとらわれることなく、バッハの音楽に親しむ会です。
イコール式音楽研究所  所長  橋本絹代
Equal Method Music Institute President Kinuyo Hashimoto

調律

第2巻 プレリュードとフーガ 変イ長調

バッハが自ら移調した曲のひとつである平均律クラヴィーア曲集第2巻17番 変イ長調を取り上げます。プレリュードとフゲッタ ヘ長調 BWV 901 プレリュードこの曲はヘ長調のプレリュードとフゲッタ BWV 901として作曲されたものをバッハ自身が変イ長調に移調し、大幅な改作を行った上で平均律クラヴィーア曲集に収録しました。
写真をクリックしてご覧いただくとプレリュードには「3点ハ」が4回出てきます。バッハの時代の楽器は今より鍵盤数が少なく「3点ハ」が最高音でした。このプレリュードを変イ長調に短3度上げると演奏不可能な音が出てくるためにバッハは新たにプレリュードを書きました。ヘ長調の前作は静かなパストラーレ風、変イ長調の新作はバッハ円熟期の卓越したプレリュードです。

フーガはフゲッタとして作曲されたものでもともと23小節で終わっていました。
バッハはその後に27小節も付け加え、その継ぎ目が誰にも気づかれないほど上手に前半と後半のまとまりをつけています。

バッハの時代に一般的であった中全音律における変イ長調は極端な調です。
主和音「変イーハー変ホ」にウルフの5度を含むからです。さらに凝戮力族察嵎僖蹇縞僖法璽悄廚鉢催戮力族察屮悄縞僖ぁ璽蓮廚盒肪爾紛舛です。属和音だけが純正です。音楽理論家のシューバルト(1739生)は変イ長調を「墓の調性であり、死、墓、朽ち果てること、審判、永遠がその範疇にある」と述べました。さらにシリング
(1805生)も「霊や魂がゆらゆら揺れながら天国へと到達するかに見える」と述べました。

ではバッハの変イ長調はどうでしょうか。バッハの全鍵盤曲の中で変イ長調は平均律クラヴィーア曲集にある2曲のみです。
平均律クラヴィーア曲集第1巻17番のプレリュードは合奏と独奏が交替する協奏曲形式ですがこの曲ほど音楽的解釈が分かれる曲は珍しいと言えるでしょう。暗く荘厳な解釈、威風堂々としたフォルテの解釈、穏やかで優美な解釈、軽いスケルツァンド風の解釈などです。フーガはまるで鐘のように反響する主題によって「大寺院フーガ」と呼ばれ、厳粛な宗教的情緒を感じさせます。
平均律クラヴィーア曲集第2巻17番のプッリュードは整然とした流暢な流れがナポリの7の和音に向けて強烈な終結的盛り上がりに達する威風堂々とした佳曲です。フーガは48曲中最も卓越していると言われ技巧的かつ変化に富んだ雄大なフーガです。

もしもバッハが、平均律クラヴィーア曲集を編集する際に調性格の確立を主たる目的にしていたとしたら、ヘ長調だった初稿を遠く離れた変イ長調に移調できなかったのではないでしょうか。バッハの主たる目的は24すべての調を網羅することでしたから、#♭の多い調は#♭の少ない調から移調することも平気でやったのでしょう。

イコール式は調性という不確実な神話に囚われることなく、音楽にとって最も大切なことを教授することを目指しています。それは従来の絶対音感による鍵盤楽器教授法を相対音感による教授法に変えることです。絶対音感による教授法は、絶対音感という概念が定着した20世紀末以降の音楽にこそ相応しいのです。それ以前の音楽は、相対音感で捉える方が分かりやすいのです。



無農薬ピアノ

現代人はピアノといえば平均律と思い込んでいる人が非常に多いものです。何の疑いもなく平均律のピアノを購入して定期的に調律師に調律してもらうのが当然のこととされています。ピアノのユーザーは自分で調律することができないので、調律師まかせの平均律と言うのが暗黙の了解で常識となっています。ユーザーは鍵盤の重さやタッチの不揃いについて調律師に注文をつけることはあっても、音律まで注文をつける人は滅多にいないのが実情です。

平均律のピアノが一般に普及したのはイギリスのブロードウッド社が等分平均律に調律したピアノを1842年に市販した頃からです。それ以前は調によって変化を伴う不等分音律が一般的でした。不等分音律は調によって多彩な表現があるからこそ、作曲家は各自の好みによって特定の調に特定の性格を与えることができたのです。
それなのに平均律はすべての調を単純でモノクロの音楽にしてしまいました。それは丁度ドビュッシーの頃、平均律ピアノが普及し始めた時期と重なります。不等分音律から平均律への移行は音楽史に大きな溝を作ることになりました。

不等分音律の消失とともに印象派、調性の崩壊、12音音楽、無調、微分音、トーンクラスター、電子音によるミュージック・コンクレート、視覚的要素に大きく依存するインターメディア、不確定性の音楽、空間音楽、コンピューター音楽等などの新しい音楽が生まれました。

しかし現在、私たちが平均律のピアノで演奏している音楽の大半は不等分音律の響きで作曲された調性音楽です。ピアノのレッスンで弾く曲の大半が調性音楽であるにもかかわらず、音楽教室や音楽大学には平均律のピアノしかありません。平均律のピアノで弾いてよいのはドビュッシー以後の作曲家なのです。平均律のピアノでベートーベンやショパンを弾いても、その作曲家が意図した響きではありません。

無農薬野菜を食する人の舌は、農薬がかかった野菜を苦く感じ、野菜本来の味が損なわれていることを知っています。ピアノも全く同じことです。無農薬ピアノを弾く人の耳は、平均律で弾く調性音楽をモノクロに感じ、作曲者が意図した本来の美しい響きではないことを知っています。無農薬ピアノ、それは作曲された当時と同じ不等分音律で調律されたピアノのことです。私たちの耳は無農薬ピアノを弾くことによって初めて、今まで何の疑いもなく弾いてきた平均律が単純でモノクロであることを聞き分ける耳ができるのです。平均律は作曲家が選んだ調で弾いた時も、移調して弾いた時も、旋律や和声に何の変化もなくモノクロです。

イコール式は平均律を逆手にとった鍵盤楽器教授法と言えます。移調することによって、移動ドに読み替える手間を省きました。そしてすべての曲をハ長調とイ短調で記譜することによって、絶対音感を持つ人も、持たない人も、音楽を相対音感で捉えることを可能にしました。相対音感がもたらす音楽的成長は計り知れないほど大きなものです。



内田光子

内田光子は1970年のショパンコンクール第2位に輝き、ロンドンを中心に世界的に活躍しているピアニストです。世界中の音楽家の憧れであるザルツグルク音楽祭に今年も出演が決まっています。彼女が1982年に東京とロンドンで行ったモーツァルトのピアノソナタ全曲演奏会は大変な盛り上がりを見せました。

この演奏会で使われたピアノの調律が普通の平均律とは違うものであったことが1982年11月27日の新聞に掲載されました。内田光子がコンサートで古典調律を用いたのではないかと言ううわさがごく一部の音楽関係者の間でささやかれていましたが、本人の口からはっきり語られたのは今回が初めてのことでした。内田光子はインタビューに答えて「東京での4夜の演奏会はすべて古典調律法を使いました。弾いている私にとって、これ以上はないと思うぐらいのすばらしい音でした」と語りました。続けて「とりわけ、モーツァルトでは古典調律法がそれは美しく響きすっかりこの音のとりこになってしまいました。今、世界でも古典調律法で演奏したピアニストは多分私だけでしょう」と語っています。この演奏会で使用されたのは古典調律の中のヴェルクマイスターでした。

近年の古楽ブームの影響で多少は古典調律に興味を持つピアニストが増えてきました。非平均律のピアノを使った演奏会も時々耳にするようになりましたが、それでも未だピアノ界は平均律がほとんどという状態です。自分で音程を作りながら演奏するヴァイオリニスト等に比べて、ピアニストは音程に対して関心が薄く調律師任せにする傾向が見られます。

バッハ、モーツァルト、シューベルト、ベートーベン、ショパン等の時代は古典調律でもって作曲し、演奏していました。平均律に移行したのは1850年以降のことです。18、19世紀の美しい響きを20世紀の平均律が単純でモノクロの響きに変えてしまったのです。

私たちは生まれた時から平均律に囲まれ、平均律で古典の曲を弾いてきました。
そのことに何の疑問も持たずに弾いてきたわけですが、私は10年程前から古典調律に興味を覚え、家の2台のグランドピアノをヴェルクマイスターとキルンベルガーに変えました。いつも信頼をおいて自宅のピアノをお願いしている調律師は「古楽の演奏会で古典調律をやったことはありますが、ピアノの先生のお宅でやるのは初めてです」と最初は驚かれた様子でした。ミーントーンの調律などもやっていただきましたが、これはほとんど使えず直ぐに調律変えしました。古典調律に慣れてくると今までの平均律が非常に無表情で濁って聴こえてくるから不思議です。無表情と感じるのは何処をとっても等しい幅の調3度であり、何調で弾いても同じ表情になるからです。
平均律は大型チェーン店の味、古典調律は店ごとに趣の違う味と言えるでしょう。



バッハのホ長調

バッハの鍵盤楽曲の中からホ長調についてを調べてみましょう。

当時最も傑出したオルガン奏者であったバッハは#♭3個までの調でオルガン曲を書きました。例外的に#4個のホ長調が1曲だけあります。それは「プレリュードとフーガ ホ長調 BWV 566」です。しかしこれはクレープスやケルナーが筆写した手稿譜ではハ長調になっており、ホ長調でもハ長調でも良いような曲です。

バッハはオルガン以外の鍵盤楽曲も#♭3個までの調が大半を占めています。#4個のホ長調は数えるほどしかありません。ホ長調は以下の8曲です。
インヴェンション6番 BWV 777
シンフォニア6番 BWV 792
フランス組曲第6番 BWV 817
平均律クラヴィーア曲集 第1巻の9番 BWV 854
同上          第2巻の9番 BWV 878
6つの小プレリュード BWV937
カプリッチョ「ヨーハン・クリストフ・バッハを讃えて」BWV 993
ヴァイオリンとチェンバロのための6つのソナタ BWV 1016

それではここでバッハが書いたホ長調の各曲の性格を一つづつ見てみましょう。
インヴェンションは軽やかで愛嬌があり、シンフォニアは田園的、フランス組曲は6曲中最も輝かしく、平均律のプレリュードは穏やかな気分、6つの小プレリュードは軽快なアルマンド、カプリチョは若さにあふれた活発な気分、ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタは穏やかな田園的気分です。
マッテゾンが言う調性格のホ長調は悲しい曲想ですが、バッハのホ長調の8曲は明るく活発、静穏な癒しが感じ取れます。

マッテゾンはミーントーン音律におけるホ長調の性格、バッハは不等分平均律におけるホ長調の性格です。調性格は音律が違えば当然違ってきます。12等分平均律のホ長調はマッテゾンやバッハともまた違った性格になります。
ただしここではっきりしている事は、12等分平均律のホ長調は1種類、それ以外の不等分音律のホ長調は無限にあるということです。
さらに言えることは12等分平均律におけるホ長調は特有の性格を持たず全長調が同じものになるということです。不等分音律においてはこのようなことは起こりません。

ホ長調の性格

ホ長調と一口に言っても音律によってその音階構造が違ってきます。

ミーントーンのホ長調は遠隔調に属します。主和音と下属和音は純正の長3度ですが属和音は極端に広い長3度です。半音の「嬰ニーホ」は76セント、「嬰トーイ」は117セント、全音の「嬰ハー嬰ニ」は234セントとなり音階は特殊な緊張を生じます。

キルンベルガー兇離枋皇瓦麓舅族擦伐実囲族擦極端に広い長3度、下属和音は狭い5度です。半音の「嬰ニーホ」は92セント、「嬰トーイ」は103セント、全音の「嬰ハー嬰ニ」は204セントとなり音階は幾分平均律に近くなります。

ヴェルクマイスター靴離枋皇瓦麓舅族察属和音、下属和音ともに平均律とほぼ同じ長3度ですが、主和音と下属和音は純正の5どです。半音の「嬰ニーホ」は96セント、「嬰トーイ」は96セント、全音の「嬰ハー嬰ニ」は204セントとなり音階は平均律に近くなります。

マッテゾンはホ長調の性格を「死ぬほど辛い悲嘆」、フォーグラーは「身を切るように辛い」、クラーマーは「尊大さが際立ち癪に障る」、シリングは「大声の歓声、笑い喜びこそすれ、ホ長調にはまだ完全に楽しんでいる様子はない」、シュテファニーは「太陽の壮麗さのように晴れ晴れと明るい」、ベックは「精神的な暖かさ」、ミースは「耳をつんざくような、愛らしい」などと主観的で相反する性格が述べられています。

バッハのホ長調とハイドン、モーツァルト、ベートーベンのホ長調はそれぞれの作曲家が好んだ音律が異なります。ホ長調はそれぞれの作曲家の感受性によって独特の個性を持っています。

クルーサスは「審美論 1731年」において「十分な基盤があるとは思えないので、すべての音階を分類してしまったり、それぞれの音階に帰せられる効果や性格について語るのは差し控える」と述べています。




コールユーブンゲン

音大受験生に馴染みのコールユーブンゲンですが、歌う前に序文を読んでみましょう。
コールユーブンゲンは1875年、ミュンヘン音楽学校の合唱練習書として公刊されました。合唱指導の任を委ねられたヴュルナーは音楽的目標到達のために3つの段階を定めて練習曲を作りました。
第1級・・音楽上の基礎学習、音程を正しくとる練習およびリズム練習
第2級・・多声的合唱の階名唱法、歌詞のある多声的唱歌の練習
第3級・・極めて難しい合唱の階名唱法、無伴奏大合唱曲の学習
わが国ではこの中から第1級のみをコールユーブンゲンと称して用いています。

ヴュルナーは旋律的進行、リズム、音程、和音などを楽器の力を借りずに表現させる練習として序文の中で次のように書いています。
「音程練習や和音練習は楽器の助けなしに行うべきである。階名唱法はまず伴奏なしで稽古させ最後になって始めて伴奏をつけるべきである。しかもその時、歌うべき音を(メロディー)をピアノでいっしょに奏してはならない。平均律に則って調律されるピアノを頼りにして正しい音程は望まれない」と。

ここから読み取れることはコールユーブンゲンが書かれた1875年の時点で既に平均律のピアノが一般的に使われており、その平均律の音程に則って歌うと正しい音程が得られないと認識されていたということです。そしてもう一つ重要な点は、階名唱法(移動ド)で歌うと書いてあることです。
正しい音程を得るためには平均律のピアノに頼らず、自分の耳で取ること、そして正しい音程は階名唱法(移動ド)によるべきだと言うのです。

続いて和音練習についてヴェルナーは「いわゆる困難な調と平易な調という分け方は当然意味のないことである」と書いています。この言葉の意味するところは何調であろうと、階名唱法(移動ド)ならば長調の主和音は常に「ドミソ」と歌うのですから、困難な調と平易な調という分け方は当然意味がないということです。
もし音名唱法(固定ド)で歌えば、ハ長調の主和音は「ドミソ」と平易な調ですが、嬰ヘ長調は「ファ♯ラ♯ド♯」と困難な調になるというわけです。

目次の第2級「多声合唱の階名唱法」も、第3級「極めて難しい合唱の階名唱法」も徹頭徹尾、階名唱法であり、ヴュルナーは音名唱法(固定ド)を全く用いないのです。

これほど明確にコールユーブンゲンの正しい使い方が指示されているにもかかわらず、わが国では序文に反する使い方、教授法が氾濫しています。
コールユーブンゲンを歌う練習に平均律のピアノで音取りする人が少なくありません。
さらに音名唱法(固定ド)で、絶対音感を自慢げ歌う人も多いのです。
絶対音感は音楽と全く無縁の能力ですが、絶対音感崇拝がもたらした日本独特の悪癖と言わざるを得ないのです。
作曲家ヴェルナーの意図に反した使い方でコールユーブンゲンを練習し、無事に音大に合格しても、真の音楽家にはなれないでしょう。

イコール式の鍵盤楽器教授法は階名唱法(移動ド)による教授法です。
コールユーブンゲンを作曲したヴュルナーの意図を汲み、階名唱法(移動ド)にこそ音楽の生命が存在すると考えています。
だからこそ、バッハの《平均律クラヴィーア曲集》をハ長調とイ短調に移調したのです。

《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》 は鍵盤作品の最高傑作を音楽生命の原点に立ちかえって学ぶ助けとなるでしょう。

絶対音感

絶対音感とは先行するいかなる音も参考とすることなく、ある音の高さを言い当てる、あるいはその高さの音を出す能力を言います。
一口に絶対音感といっても、ジェット機の爆音、鐘の音、鳥の鳴き声までも識別できる人間周波数測定器のような能力から、特に親しんでいる楽器や特定の音域に関してのみ識別能力を示すものまで様々な段階があります。

そもそも絶対音感という概念は世界中のピアノが12等分平均律になった後に、この調律法のピアノによって作られたものです。ですから19世紀末頃からの概念です。
aを440Hzとするとg は395Hz(小数点以下四捨五入)になりますが、これは12等分平均律の場合に限ります。
同じg 音でもピュタゴラス音律ならば391Hz, 中全音律ならば394Hzです。ですから標準音aが440Hzの場合の395Hz だけがg音であるとは言えないのです。
また歴史的にみても標準音は変化しており、最近のオーテケストラの標準音は 440Hz より上昇傾向にあります。その場合いったい何Hzをもってg の音だというのでしょうか。
また、何Hz から何Hzまでがgis音 でなくg音 に留まると言い得るのでしょうか。甚だ疑問であります。

もともと音楽は祈りとして発祥しました。まだ楽譜という記譜法がなかった頃、記憶に頼って伝承されたフレーズは自由な高さで歌われました。やがて記譜法が発明され、音楽が目で見えるようになりました。しかし楽譜に書かれた音と実際の音高の関係は全く自由なものでした。音高とは歌手の歌いやすい音域という意味でした。
バッハの時代になると一応の標準音というものがありました。しかし標準音といっても町ごとに違っているものでした。
作曲家たちは音高にはさほど関心を払いませんでした。音高に音楽の生命があるわけではないからです。

私たちが歌を歌う時、楽譜と違う高さで歌ったとしても、移調して歌ったとしても音楽そのものには何の変化も起こりません。シューベルトの歌曲集は上声用、中声用、低声用と3種類の異なる調で出版されていることは皆様ご存知のことと思います。カラオケを歌うときも、私たちは歌いやすいキーに変えて歌います。

昨今の日本では絶対音感を持っていることがプロの必須条件であるかのように誤解されていますが、これは音楽を破滅に導く愚かな考えです。絶対音感は音楽の生命と全く無縁であるばかりか、絶対音感が音楽をする上で邪魔になることも多いのです。音楽にとって重要なものは絶対音感ではなく相対音感です。相対音感を伸ばすことが音楽力を伸ばすことなのです。
もし不幸にして幼少時に絶対音感教育を受けさせられた人は、本当はハ長調とイ短調の曲しか弾いてはならないのです。
なぜならハ長調とイ短調だけは、固定ドで読んでも移動ドで読んでも、シラブルが同じだからです。
イコール式はすべてをハ長調とイ短調の2モードで記譜しますから、絶対音感者も相対音感者も使えるようになっています。
『イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集』を使って全曲制覇を試みることは真の音楽力を伸ばす近道です。

念ずる音程

楽典の音程問題を考えてみましょう。
「ハ−変イ」は短6度、「ハー嬰ト」は増5度です。
楽典では短6度は協和音程、増5度は不協和音程になっています。
ピアノで弾けば同じ鍵盤なのに、協和音と不協和音があるとは不思議に思われませんか。
耳で聴けば同じ和音、目で見れば異なる和音というわけです。

また、「変ロ」から完全5度上行した「ヘ」は協和音程ですが、「変ロ」を異名同音の「嬰イ−ヘ」にすると減6度という和声法上最も悪い不協和音程になってしまいます。

音程は周波数比が簡単な整数比になるほど協和に感じ、複雑な比になるほど不協和に感じるという性質があります。

平均律の「変イ」と「嬰ト」はどちらも同じ 800 セント、純正では「変イ」= 814 ,
「嬰ト」=773 と異なる黒鍵が2個必要になります。
短6度の協和音「ハー変イ」が純正の協和音として耳に聞こえるためには
「変イ」=814でなければなりません。
「変イ」=814の時、周波数が5:8という簡単な整数比になり真の協和音となります。
増5度の不協和音「ハー嬰ト」は簡単な整数比にはなりません。

平均律は「変イ=嬰ト」=800ですから、純正の短6度より幾分狭いが何とか協和音に聞こえるという程度です。しかし純正のような簡単な整数比にはなりません。

平均律では短6度だけではなくすべての音程が、何とか我慢できる程度ではあるが狂っているのです。
平均律で狂っていないのは1:2のオクターヴだけです。

私たちは譜面上で見た短6度が、平均律でもって演奏されているとおりで、美しく協和して響いているのだと耳に信じ込ませているのです。

最後にリヒテルの言葉を引用します。
「それは調律師の仕事だ。聖ペテロのように水の上を歩けると信じて与えられたピアノを弾けばよい。そうでないと沈んでしまう。ピアノが好きではないのかと聞かれたら、ピアノより音楽の方が好きだと答える」

耳障りな長3度

音律を考える時ハーモニーの基礎になる長3度の響きがポイントになります。
「ハ」から長3度を重ねると「ホ、嬰ト、ハ」となります。
平均律の長3度は 400 セントですから オクターヴ上の「ハ」は 400 +400 +400 = 1200 です。 

ところが純正の長3度は 386 セントですから 386 +386 + 386 = 1158 になってしまいます。
1200 と1158 の差 42 を均一に 14 づつ広くとったものが平均律です。
差の 42 を不均一にとると、何種類もの音律が考えられます。
ミーントーン、キルンベルガー、ヴェルクマイスター、シュリック、ヴァロッティ、ナイトハルト、ケルナー、ビレター、等々無数の人達が知恵を絞りました。
12等分平均律はたったひとつ、不等分音律は無数にあるわけです。

「ハーホ」の純正3度の響きは唸りがなく、誰にでもハモりやすい和音ですが、これをピアノで音取りすると、純正の 386 セントより、14 セント広げて平均律の 400 で歌うはめになります。
純正をわざわざ狂わせて歌うのですから非常に難しい上に、綺麗な響きとはいえません。

平均律の長3度についてゾルゲ(1703生)は「あまりに耳障りである。これは杓子定規の調律に由来するものであり、長3度はその犠牲になっている」と述べました。
また他の平均律反対論者も「ひどい3度の絶叫」「快い響きという法則を故意に否定するもの」「非音楽的な人の耳をも汚す叫び」等の意見をのべました。

2の12乗根

純正な音程が簡単な整数比になることから、音程の計算はもっぱら、掛け算と割り算で行いましたが、イギリスの数学者エリス(1814生)はこれを足し算と引き算で行う方法を考案しました。

エリスの方法とは半音の周波数比が2の12乗根になるという等分平均律のための計算法です。2はオクターヴの整数比を表し、12は半音が1オクターヴに12個あることを表しています。2の12乗根とは、2のルート12であり、ある数を12回掛けると2になる数ということもできます。そのある数とは1.059463094.......という無理数になります。
1.059×1.059×1.059......これを12回掛けると2になります。

今なら計算機で簡単に2の12乗根が出せますが、中世の頃にこれを筆算で出した人もいました。一番最初が中国の朱載育(1596生)、続いてメルセンヌ(1636生)、日本の中根元圭(1692生)などが計算しました。これは12
等分平均律の計算としては成立していましたが、機械を使わずに人間の耳だけで正確に無理数的調律をすることは出来ませんでした。そのため人間の耳で調律し易い不等分音律が使われました。
少なくともバッハが歴史的な「平均律クラヴィーア曲集」を編纂した1722年の時点では12等分平均律を人間の耳で調律していたとは考えにくいのです。何故ならばバッハが「15分で調律する」と言ったからです。人間の耳だけで簡単にたった15分で調律できるのは不等分音律であったと考えるのが妥当です。

バッハの死後約100を経てからエリスによって考案された平均律セント値は、皮肉なことに、古楽の不等分音律の音程計算にも利用されるようになりました。その理由は掛け算や割り算を使う周波数比率の計算が、セント値を使えば足し算と引き算で簡単に計算できるからです。

セント値を使うことによって、音律は1オクターヴが1200段の階段と考えることができるようになりました。平均律は100段ごとに半音の標識が規則正しく立っている状態です。スタート地点Cから−−−100段目にC#−ー−200m段目にD−−−300段目にD#の標識、更にどんどん上がって1200段目が1オクターヴ高いCになります。
不等分音律のミーントンでは76m段目にC#ーーー193段目にDーーー310段目にD#の標識があることになり、平均律とは相当違うことが分ります。
このように不等分音律は1オクターヴの配分の仕方によって無限の音律が考えられます。
やわらかなバッハの会
〒753-0072 山口県山口市大手町
3−6 大手町ビル4F
毎週土曜日 輪奏会17:00 PM
第2金曜日 輪読会10:00 AM
毎月1回   対話集会17:00 PM
都合により日時を変更する場合もありますので初めての方は事前にご連絡ください

お問い合わせはこちら

<プロフィール>
やわらかなバッハの会 
会長 橋本絹代
新しい鍵盤楽器記譜法「イコール式」の創始者

子供の頃、父と一緒に、バッハのフーガをピアノ分担奏で弾くことによって、声部進行を直感的に学び取り
バッハのとりこになった。
これまで約400人のピアノレッスンを通じて、バッハのフーガを弾くことの重要性を認識し、初級者でもバッハ演奏を楽む方法を提案。

2007年 世界で初めての楽譜《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》カワイ出版 

2009年 音楽書『やわらかなバッハ』春秋社

2013年「やわらかなバッハの会」設立

2014年 バッハ礼讃音楽会 (於 旧県会議事堂) 毎年開催

2016年 バッハ・イン・ザ・サブウェイズ (於 新山口駅南北自由通路 )毎年開催

2017年 Bach Network UK 対話会議研究発表 (於 ケンブリッジ大学)

Prof.Yo Yomita (富田庸) 講演会「バッハを嗜む」主催 (於 山口大学)

イコール式とは「鍵盤楽器においてどの調も皆同じ」という意味です。
なぜなら12等分平均律の鍵盤楽器における調性とは、ただ高さのみによって識別される2つの旋法、すなわち長調と短調の性格だけに限られるからです。
12等分平均律は勿論のこと、不等分音律を前提に論じたマッテゾンでさえも調性格の恣意性を指摘しています。
異名同音、ピッチの変動、バッハの手による移調の試みなどを考慮すれば、《バッハ平均律クラヴィーア曲集》の中の難しい調を簡単な調に移調してまず親しむことが大切です。初級者は更にそれをアンサンブルで楽しむことが大切です。
やわらかなバッハの会は既成概念にとらわれず、自分自身の判断で音楽の本質を探究するところです。


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<イコール式の意味>
*12等分平均律の鍵盤楽器においてはどの調も同じ(イコール)です *フーガの各声部は主従関係ではなく対等(イコール)です *12等分平均律の調律法はイコール・テンペラメントと言います *音名と階名が同じ(イコール)読み方です
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