やわらかなバッハの会 The Society of Soft Bach

先入観念にとらわれることなく、バッハの音楽に親しむ会です。
イコール式音楽研究所 所長 橋本絹代 Kinuyo Hashimoto

移調

多声音楽は連弾で弾こう



鍵盤楽器は一人で3声、4声を受け持って多声音楽を演奏しますが、管楽器や声楽はその特性から1声しか受け持つことができません。人間の頭は一つしかないのですから、一人1声が基本です。無理して3声4声を弾いても、頭の中はテーマが出てくるパートを綱渡りしているだけで、結局一度に1声しか聞いていない場合が少なくありません。曲の最初から最後まで、たった一つの声部でさえ1音もらさず横の流れを聞き取って演奏できる人は稀です。
鍵盤楽器も無理せず、アンサンブルで多声音楽を楽しみましょう。
イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集は全曲をハ長調とイ短調に移調しました。鍵盤曲の私の音楽の原点は父と一緒に1台のピアノで連弾したバッハの多声音楽です。
父は大阪フィル創立名誉指揮者の朝比奈隆が学んだ京都大学交響楽団でクラリネットを吹いていました。朝比奈隆は京都大学法学部を卒業後、再度文学部に入学するなどして、京都大学交響楽団指揮者のメッテルに学び、やがてプロの指揮者になってしまった方です。朝比奈隆は世界中のオーケストラを指揮し、グレン・グールド、メニューヒン、パールマンなどと協演しました。また音楽人としては山田耕作以来2人目の文化勲章受賞者として、93歳まで現役指揮者を通すという輝かしい生涯でした。
父は先輩の朝比奈隆を尊敬しながら、大学ではクラリネット、家ではオルガンに親しみました。卒業後はOBオーケストラを楽しみにし、仕事で海外に出張した時は必ずその地のオーケストラを聴いてくるという愛好家でした。
私が父から受け継いだものを一言で言うと「アタマ、アタマ!」です。
この言葉は朝比奈隆の師であるメッテルの言葉です。メッテルはウクライナに生まれ、大学で法律を学んで弁護士になり、その後、リムスキー=コルサコフやグラズノフについて音楽を学びました。奥さんが宝塚歌劇団の日本人であった縁で、京都大学交響楽団の指揮者になった人です。

音楽を愛した父と子供だった私は、ちょっと変わったピアノ連弾をよくやりました。それはピアノソロ用の楽譜を上段と下段に分けて2人で分担して弾く連弾です。この方法は片手練習の手軽さで曲全体が音になるのでブルグミュラー、ソナチネ、ソナタ、バッハ、その他の名曲を簡単に楽しむことができました。とくに多声音楽の声部進行には連弾が最適な方法でしたので、子供だった私でも直感的にバッハの声部進行を学び取ることができました。その時以来バッハのフーガに魅せられ、多声音楽意外のものを物足りなく感じるようになりました。

バッハのフーガは難しいとされて初心者のレッスンでは敬遠されがちですが、連弾で弾けば簡単です。管楽器や声楽の人は最初から1声分しか担当できません。ところが鍵盤楽器奏者は頭が一つしか無いのに、一人で幾つもの声部を弾かなくてはなりません。それ故にテーマばかりを拾って繋ぐパッチワークのような演奏になり勝ちですが、連弾で弾けば簡単に声部進行を正しく理解できます。

一人ですべての声部を弾く醍醐味も捨て難いものですが、アンサンブルの形で弾く楽しみはまた格別なものがあります。
最高峰である「バッハ 平均律クラヴィーア曲集」を是非アンサンブルでお弾きください。カワイ出版のご協力を得て、世界に類を見ない、バッハ平均律クラヴィーア曲集を発売中。http://blog.livedoor.jp/equal_shiki/

自筆譜

「平均律クラヴィーア曲集 第1巻」の自筆譜はベルリン国立図書館に大切に保管されていますが、紙やインクの腐食のため存続の危機に瀕していました。ゲッティンゲンのバッハ研究所から小林義武が自筆譜の調査に出向いた時、穴だらけの資料を渡され開いてみると記入箇所がさらにこぼれ落ちそうになったため、即座に返却し修復の措置を取るように図書館側に伝えたことが何度かあったそうです。修復方法は紙面の表面と裏面をはがし、その間に新しい紙を1枚挿入して再び張り合わせるという方法です。この方法によって「平均律クラヴィーア曲集 第1巻」の自筆譜は紙が厚くなり強化修復されました。

「平均律クラヴィーア曲集第2巻」の自筆譜は祖国を離れロンドン大英博物館所有となっており、保存の状態はかなり良好ですが、不完全な形で残されています。このロンドン自筆譜は24曲中、3曲のプレリュードとフーガ(嬰ハ短調、ニ長調、ヘ短調)が欠けており表紙も消失しています。
従って正確に言うと「平均律クラヴィーア曲集第2巻」という表題はバッハがつけたものではないことになります。現存する筆写譜の中にバッハの弟子で娘婿でもあるアルトニコルの手によるものがあります。これは研究者たちがバッハの意図も反映しており最終稿に相応しいと見なしているものですが、その表紙に「平均律クラヴィーア曲集第2巻、すべての全音と半音を用いたプレリュードとフーガ集。ポーランド国王兼ザクセン選帝侯宮廷作曲家、楽長、ライプツィヒ合唱音楽隊監督ヨハン・セバスティアン・バッハがこれを作曲す」とあります。これによって私たちは「平均律クラヴィーア曲集第2巻」と呼ぶことになったのです。第2巻はバッハの肩書きや「全音と半音」という表現が第1巻のそれとは異なっています。

第2巻は第1巻のように完全な形の自筆浄書譜が残っていません。欠けた3曲は信頼のおける弟子たちが書き写した「もう一つの失われた自筆譜」によって完成しています。弟子のアルトニコルやキルンバルガーの筆写本にはバッハが更に改訂の手を加えているので信頼できる資料と言えるのです。第2巻の自筆譜は次の3つのグループを成しています。第1のグループは調号が4つまでで比較的簡単な調が12曲入ったもの、第2のグループは調号の多い難しい調が7曲入ったもの、第3のグループはハ長調と変イ長調の2曲、そして最後に欠けている3曲です。
        

ピッチが半音低い時代

平均律クラヴィーア曲集第1巻から3番嬰ハ長調プレリュードを取り上げます。キラキラと輝く2つ声部が位置を交換しながら輪舞する天使を思わせる佳曲です。バッハは、足が地に着かないほど高いシャープ調の嬰ハ長調を平均律クラヴィーア曲集で使用した以外には使っていません。

バッハが作曲した当時、最も一般的だったミ−ントーン音律における嬰ハ長調では、その主要3和音がすべて非常に極端な響きになります。当時の音楽理論家たちの耳に嬰ハ長調がどのように聴こえたのかケレタート著、竹内ふみ子訳「音律について」から探ることにしましょう。マッテゾン(1681生)は「その効果があまりまだ知られていない」、ゾルゲ(1703年)は「殆どどうしようもなく硬い」、シューバルト(1739生)は「やぶにらみのような調性、この調性にはただ珍しい性格と情緒しか託すことができない」、クラーマー(1752生)は「ただ不愉快感だけが残っている」と述べました。しかし、バッハが平均律クラヴィーア曲集で用いた嬰ハ長調は明るく輝く調性として捉えられており、マッテゾン等の捕らえ方と正反対のようでもあります。バッハが用いた音律は12等分平均律に近いものだったと考えられていますが、現在の私たちが使っている12等分平均律のピアノでは、すべての調が同一の調性格を持ちモノクロの世界が広がるだけです。

バッハが作曲した当時のピッチはどうだったでしょうか。
作曲された当時の楽器や奏法をオリジナル或いはピリオド楽器と言います。現代の楽器はモダン楽器と言います。オリジナル楽器のピッチはa’=415ぐらいであるのに対してモダン楽器はa’=442〜445 です。モダン楽器の方が約半音高いのです。つまり、オリジナル楽器で演奏する嬰ハ長調の曲はモダン楽器ではハ長調になってしまうわけです。

イコール式の「平均律クラヴィーア曲集」は嬰ハ長調の曲をハ長調で記譜しています。モダン楽器のピアノで演奏する場合には、嬰ハ長調の曲をハ長調に移調すると丁度バッハの時代のピッチになります。しかしイコール式が目的としていることは、古い時代のピッチを再現することではありません。古い時代のピッチに合わせるだけなら平均律クラヴィーア曲集をすべて半音づつ低く移調して記譜すれば良いのですがイコール式はすべての調をハ長調とイ短調に移調しました。それはイコール式の目的が古楽思考ではなく、相対音感による鍵盤楽器教授法だからです。ハ長調とイ短調だけは、絶対音感読みと相対音感読みがイコールになります。この二つの調に限定することによって、絶対音感を持つ生徒も、持たない生徒も耳に抵抗なく相対音感を身につけることができるのです。

イコール式が従来の移動ド読みと何処が違うかと言うことをご説明しましょう。ト長調のメヌエットを例にとると、固定ド読みの「レーソラシドレーソーソ」の移動ド読みは「ソードレミファソードード」となります。この時、絶対音感を持たない生徒は耳に抵抗を感じることはありませんが、絶対音感を持つ生徒は音の読み方とその音高が食い違っていることに抵抗を感じます。イコール式の楽譜の場合は記譜されている音符そのものもハ長調の「ソードレミファソードード」ですから、絶対音感を持っていても抵抗を感じなくてすみます。イコール式がハ長調とイ短調に限定しているのはこういった理由からです。

現状の鍵盤楽器教授法は固定ド読みが一般的です。固定ド読みは絶対音感を持つ生徒に抵抗がありませんが、絶対音感を持たない生徒にとって「レーソラシドレーソーソ」は耳に抵抗が生じます。このことは非常に危険なことでもあります。例えば、本番中に音を忘れた場合です。今弾いているところが何ページ目の何段目のあたりであるか分っており、音楽が頭の中で鳴ってはいるのですが、絶対音感を持たないためにその音名が分からず弾くべき鍵盤の見当がつかないのです。「レーソラシドレーソーソ」という固定ド読みで覚えてもそれは音楽理論的に意味を持たないメロディーですから、頭の中にある音程記憶の引き出しからこのメロディーを呼び出すことは不可能です。
しからば絶対音感さえあれば安心といえるでしょうか。絶対音感を持つ生徒は、このメヌエットを「レーソラシドレーソーソ」とソルフェージュすることは可能でしょう。しかし、それは弦楽器奏者などが作る正しい音程ではなく、12等分平均律のメロディーでしかないのです。音楽は相対音感で捉えた時に始めてメロディーが生命を持ち、その和声とともに理解できるのです。私の生徒の中にはピアノの鍵盤を無茶苦茶に10個以上同時に鳴らしてもそのすべてを言い当てる絶対音感の持ち主もおります。そういった生徒でもテレビから流れてくるメロディーをピアノでさぐり弾きする時や、作曲、編曲をする時は不思議なことに相対音感でやってしまうのです。

イコール式は絶対音感による鍵盤楽器教授法の危険性に警鐘を鳴らし、相対音感による教授法を提唱しています。バッハの時代には存在していた調による性格の違いも、モノクロの12等分平均律においては空理空論になってしまいました。また、時代と共にピッチが変化することによって調の絶対音高も定まりません。このことは同時に標準音a’=440の時の12等分平均律というものに基づく絶対音感も神話に過ぎないことを物語っています。こういった状況にある現在鍵盤楽器教授法において「平均律クラヴィーア曲集」を元の調のままで演奏することに何のメリットが望めると言うのでしょうか。実体のない調性格やピッチにこだわることよりも、相対音感による鍵盤楽器教授法によって、楽曲を深く理解することの方が音楽力を高める近道です。

第2巻 プレリュードとフーガ 変イ長調

バッハが自ら移調した曲のひとつである平均律クラヴィーア曲集第2巻17番 変イ長調を取り上げます。プレリュードとフゲッタ ヘ長調 BWV 901 プレリュードこの曲はヘ長調のプレリュードとフゲッタ BWV 901として作曲されたものをバッハ自身が変イ長調に移調し、大幅な改作を行った上で平均律クラヴィーア曲集に収録しました。
写真をクリックしてご覧いただくとプレリュードには「3点ハ」が4回出てきます。バッハの時代の楽器は今より鍵盤数が少なく「3点ハ」が最高音でした。このプレリュードを変イ長調に短3度上げると演奏不可能な音が出てくるためにバッハは新たにプレリュードを書きました。ヘ長調の前作は静かなパストラーレ風、変イ長調の新作はバッハ円熟期の卓越したプレリュードです。

フーガはフゲッタとして作曲されたものでもともと23小節で終わっていました。
バッハはその後に27小節も付け加え、その継ぎ目が誰にも気づかれないほど上手に前半と後半のまとまりをつけています。

バッハの時代に一般的であった中全音律における変イ長調は極端な調です。
主和音「変イーハー変ホ」にウルフの5度を含むからです。さらに凝戮力族察嵎僖蹇縞僖法璽悄廚鉢催戮力族察屮悄縞僖ぁ璽蓮廚盒肪爾紛舛です。属和音だけが純正です。音楽理論家のシューバルト(1739生)は変イ長調を「墓の調性であり、死、墓、朽ち果てること、審判、永遠がその範疇にある」と述べました。さらにシリング
(1805生)も「霊や魂がゆらゆら揺れながら天国へと到達するかに見える」と述べました。

ではバッハの変イ長調はどうでしょうか。バッハの全鍵盤曲の中で変イ長調は平均律クラヴィーア曲集にある2曲のみです。
平均律クラヴィーア曲集第1巻17番のプレリュードは合奏と独奏が交替する協奏曲形式ですがこの曲ほど音楽的解釈が分かれる曲は珍しいと言えるでしょう。暗く荘厳な解釈、威風堂々としたフォルテの解釈、穏やかで優美な解釈、軽いスケルツァンド風の解釈などです。フーガはまるで鐘のように反響する主題によって「大寺院フーガ」と呼ばれ、厳粛な宗教的情緒を感じさせます。
平均律クラヴィーア曲集第2巻17番のプッリュードは整然とした流暢な流れがナポリの7の和音に向けて強烈な終結的盛り上がりに達する威風堂々とした佳曲です。フーガは48曲中最も卓越していると言われ技巧的かつ変化に富んだ雄大なフーガです。

もしもバッハが、平均律クラヴィーア曲集を編集する際に調性格の確立を主たる目的にしていたとしたら、ヘ長調だった初稿を遠く離れた変イ長調に移調できなかったのではないでしょうか。バッハの主たる目的は24すべての調を網羅することでしたから、#♭の多い調は#♭の少ない調から移調することも平気でやったのでしょう。

イコール式は調性という不確実な神話に囚われることなく、音楽にとって最も大切なことを教授することを目指しています。それは従来の絶対音感による鍵盤楽器教授法を相対音感による教授法に変えることです。絶対音感による教授法は、絶対音感という概念が定着した20世紀末以降の音楽にこそ相応しいのです。それ以前の音楽は、相対音感で捉える方が分かりやすいのです。



調性格テスト

オルガンの専門家であるケレタートが1978年におこなった調性格の聴取テストをご紹介します。

*被験者はピアニスト、チェンバロ奏者、オルガニスト、ピアノ調律師、オルガン等の製作者、音楽学者など40人。

平均律とキルンベルガーに調律したチェンバロを交互に弾くテストで、曲は平均律クラヴィーア曲集 1巻1番 ハ長調 プレリュードです。
この曲をロ長調、ハ長調、変ニ長調で演奏しました。

結果は平均律では音の高さが変わったことには気づいたが調性の違いを確認できた被験者は一人もいませんでした。
キルンベルガーでは純正の長3度でハ長調はおのずと分ってしまい、ロ長調と変ニ長調はどこかおかしいと感じられました。

次に平均律クラヴィーア曲集 1巻8番 嬰ニ短調 プレリュードをニ短調、嬰ニ短調、ホ短調で演奏します。

結果は平均律では特徴的な性格を持つ短調の表現に合わないと感じられた。
キルンベルガーではニ短調とホ短調は中立的で単に綺麗に響くだけ、嬰ニ短調は非常に説得力のある段階に達していると感じられた。*

以上の結果から言えることは平均律では音の高さの違いしか感じられず調性格は感じられないということです。一方キルンベルガーでは調性格の違いを実際に耳で確認することができたということです。

「平均律クラヴィーア曲集」は24の長短調が網羅されています。これらを、平均律で弾くと調性格は感じられずすべての調が同一のモノトーンです。何調で弾いても調性格に違いが感じられないのに何故24もの調短調で弾く必要があるのでしょうか。わざわざ難しい調で弾いて何のメリットがあるのでしょうか。

イコール式では、まず全曲をハ長調とイ短調で相対音感的にしっかりと理解することが大切だと考えます。この2つの調は階名と音名が一致するので、バッハの対位法を一目瞭然で理解し、内的聴覚でもって音楽を頭の中に記憶することができます。学んだ1曲1曲を記憶に留め、頭の中に財産として蓄積することが可能です。絶対音感に基づく固定ド読みで「平均律クラヴィーア曲集」を弾いたのでは内的聴覚でもって音楽を頭の中に記憶することが困難です。


良い音楽家とは

講演の題名である「よい音楽家とは」はコダーイ(1882年生)が約50年前に故郷のブタペストにあるリスト音楽アカデミーの終業式で語ったものです。
コダーイは作曲家としての他に、音楽教育のシステムに画期的な改革を行ったことで有名です。その改革とはトニック・ソルファを改良したソルフェージュ教育と「移動ド」唱法の導入、民族音楽の採用です。これらは日本にも「コダーイ・システム」として紹介されました。

まず、コダーイは音楽アカデミーの学生たちにシューマン(1810年生)著の「音楽の家訓と処世訓」を紹介しながら、ドイツの音楽教育がシューマンの理想とはかけ離れた欠点の多いものであったことを説明しました。
そして次にコダーイはこう述べました。「ハンガリーの音楽教育はシューマンの警告を意にも留めないでもっぱらドイツの悪い例に倣い、ソルフェージュ教育の痕跡すらなかったのです。ハンガリーの音楽アカデミーでは1882年になってやっとヴェルナーのコールユーブンゲンが使用されるようになりました。音楽の書き取りが導入されたのはその後の1903年のことです。」

コダーイが言う「音楽の書き取り」の意味は単に楽譜を書き写したり、楽譜をピアノの鍵盤に置き換えて指でなぞる行為とは全く違うものです。それは内的聴覚に基づくものです。ピアノの助けなしに初見視唱できる能力といってもよいでしょう。つまりソルフェージュと言われる音楽の基礎を意味しているのです。

以下はコダーイが講演で語った言葉です。
「輝かしいピアニストなのに、単純な一声部の旋律でもそれを書き留めることができなかったり、そんな旋律でも誤りなしに初見視唱することができなかったりするのです。こんなに内的聴覚が未発達なピアニストの場合、多数声部の複雑な曲などどう表象しようというのでしょうか。そんなピアニストは、指だけで弾いているのであって、頭と心では弾いていないのです。彼らは音楽家ではなくタイピストです。音楽アカデミーはポンポンとピアノを鳴り響かせるだけの高貴なお嬢さんを入学させることを目指すわけにはいきません。そんなお嬢さんたちは以前は「乙女の祈り」を弾き、今日ならバルトークの「アレグロ・バルバロ」を弾くことでしょうが、それが音楽とは全く関係のない人達であることは今も昔も変わりがないのです。」と述べました。
そしてコダーイは続けました。「卒業証書の名目上の価値と実際の価値との間のギャップはますます大きくなっていきました。学校が卒業証書を出すことによって、それを受け取った人の能力をはるかに超えた力量を証明したからです。」

「たしかに読譜ができなくても、名人的技量にまでこぎつけることはできます」

「訓練すべき初めの二つの要素はソルフェージュと和声楽式論によって習得されます。必要な捕捉は、できるだけ多面的な音楽活動によって行われます。室内楽や合唱に参加することなしには、よい音楽家になれないでしょう」

ここでコダーイが言っている「合唱に参加」するという意味はピアノ伴奏者としてではなく、自ら音程を取って歌うという意味です。アルトパートなどの内声は特に良い訓練になるでしょう。
ピアニストは自分の内的聴覚でもって次に出すべき音を頭に思い浮かべることができない人でもキーを叩けば簡単に目的の音を出すことができてしまいます。
自分の弾くピアノの音程が他者である調律師よって既に固定されているという鍵盤楽器特有の事情が内的聴覚を未発達のままにする大きな落とし穴になっているのです。

イコール式はこの大きな落とし穴に警鐘を鳴らすものです。内的聴覚なしでも鍵盤を叩けば音程がとれるという安易さのお陰で絶対音感的固定度読み鍵盤楽器教授法を推進してきました。内的聴覚は相対音感によって音の前後関係を認識して始めて習得できるものです。イコール式の目的の一つは内的聴覚を育成すことです。音符の読み替えなしでも移動ド読みができてしまう調、すなわちハ長調とイ短調による鍵盤楽器教授法を提案しています。

2巻 嬰ハ長調 フーガ

バッハが自ら移調した作品のひとつである平均律クラヴィーア曲集2巻の3番嬰ハ長調フーガを見てみましょう。
バッハは#7個もの調号をもつ嬰ハ長調を平均律クラヴィーア曲集でだけ使用しました。
当時の調性格論者マッテゾン(1681生)は嬰ハ長調を「その効果がまだあまり知られていない」調に数えています。

このフーガはバロック音楽特有の高貴な華美に包まれていますが、その初期稿は素朴なハ長調フゲッタとして書かれたものです。(写真)
バッハは19小節しかないフゲッタを35小節に拡大し、トッカータ風の処理など大幅な手直しを加え、ハ長調を嬰ハ長調に移調して収録しました。初期稿
平均律クラヴィーア曲集は全曲が一度に書き下ろされたものではなく、折にふれて書かれたプレリューとトフーガを改作して編纂したものです。編纂時に移調されたと思われるものを以下にあげてみましょう。移調は調号の#♭が多いものから少ないものへ行われています。

1巻8番 変ホ短調フーガは 二短調から移調、2巻7番 変ホ長調フーガは ニ長調フゲッタから、2巻8番 嬰ニ短調は ニ短調から、2巻17番 変イ長調フーガは ヘ長調フゲッタから、2巻18番 嬰ト短調はト短調から移調されました。

平均律クラヴィーア曲集の中で音楽史上初めて用いられた調も幾つかありますが、そこで表現されている気分も従来になかった新しいものということはできません。
バッハは調性格の確立に重点を置いたのではなく、24すべての調を踏破することが「平均律クラヴィーア曲集」の目的でした。

バッハは移調によって音楽の本質が破壊されるとは考えていなかったのです。
イコール式で移調した楽譜も音楽の本質を破壊するものではありません。特に平均律でもって演奏する場合には全く利に適っていると言えます。
イコール式移調で音楽を相対音感的に学ぶことは良い耳を育てる最良の方法です。

バックハウス

20世紀前半最高の一人に数えられるバックハウスはドイツのピアニストです。
彼は「平均律クラヴィーア曲集」の中のどの曲も、あらゆる調で自由に弾くことができたといいます。
なぜこのような超人的なことができるのかいうと、音楽を相対音感的に捉える訓練が必要なのです。
子供の時から、相対音感(=移動ド)で簡単な曲を他の調で弾く訓練をしていれば、《平均律クラヴィーア曲集》を弾く頃になってもそれほど難しくはないはずです。

現在のピアノ教育は絶対音感(=固定ド)が主流であり、相対音感(=移動ド)は絶対音感を持たない音楽的敗者の方法と誤解されるようになってしまいました。
絶対音感保持者にとって、移調によるピッチの変動は耐え難く、《平均律クラヴィーア曲集》の移調奏はまず耳が拒否してしまうでしょう。
音楽を鍵盤と指の感覚で覚えている人にとっては、たちまち指の運びに支障をきたす移調奏は困難です。
楽譜で音楽を覚えている人は、音部記号を変える感覚で多少対処できますが、日頃使わないハ音記号などは、たちまち頭の混乱を起こし、移調がスムースにいきません。

このように絶対音感ピアノ教育では《平均律クラヴィーア曲集》の移調は難しく、音楽を相対音感で覚えている人は比較的楽に移調奏ができるのです。
ピアノの楽譜は絶対音感(=固定ド)で読む人が大半ですが、非絶対音感者の中にも、固定ドで《平均律クラヴィーア曲集》を弾く人は少なくないのです。
この現象は根幹的な大問題をはらんでいますがこれについては拙著に詳しく述べました。(『やわらかなバッハ』 橋本絹代 著)

リスト(Franz Liszt 1811〜86)は19世紀の華麗なるヴィルトゥオーソですが、彼は 10 才の時、ハンガリーの貴族たちから提供された奨学金でもって父親と共に、ウィーンに移住しました。
そこでリスト父子は有名なベートーベンの門を叩きました。
ベートヴェンは何度も入門を断ったのですが、あまりの熱意に根負けしたベートーヴェンは幼いリストに「今弾いたバッハのフーガを別の調で弾けますか」と問いました。
10才のリストは移調を見事にやってのけたということです。もしリストが絶対音感をもち、音楽を固定ドでとらえていたら移調奏はできなかったでしょう。
リストの秀でたピアノテクニックは相対音感(=移動ド)がもたらした精華といえるでしょう。


相対音感的訓練こそ、真の音楽家の基礎となるものです。絶対音感は音楽家にとって邪魔にこそなれ音楽力とは無縁のものです。
イコール式はハ長調とイ短調の基礎調を用いますので、音楽を相対音感的に捉えることが容易です。
相対音感こそが音楽家としての良い耳を育てるのです。

常識を超えた「平均律クラヴィーア曲集」

世界で初めて、イコール式はバッハ平均律クラヴィーア曲集 第1巻、第2巻の 全曲をハ長調とイ短調に移調した楽譜を出版しました。
イコール式とは平均律の鍵盤楽器においては調性格がイコールであるという意味のイコールとコール・テンペラメント(12等分平均律、equal-temperament)の意味から名付けました。

「なぜ移調したのか」という疑問が投げかけられるとすれば「バッハ自身が移調を試みて平均律クラヴィーア曲集を完成したから」と答える他ありません。

専門家と言われる人達の中にもバッハが移調したことをご存知ない方が少なくないようです。
そういう方達は平均律クラヴィーア曲集を移調してはならないとお考えになるのです。

バッハ自身が平均律クラヴィーア曲集を移調したのですから移調してよいはずです。



移調しても良いもう一つの理由、それは調性格というものが、平均律の鍵盤楽器には実態として存在しないことです。

平均律において調性格は皆同一であるのに、ピッチの違いにこだわってしまうのです。調性格と混同してしまっているのはピッチ性格に他ならず、調性格とは全く別の話なのです。

ピッチ性格でない、本当の調性格を得るためには、平均律ではない古典調律に変えなくてはならないのです。


平均律では調性格は皆無です。
しかし、楽譜を見ると依然として調性格が感じられます。
視覚的なもので調性格があるように考えがちですが、楽譜は楽譜であって音楽ではありません。
実際の音響としては、平均律の鍵盤楽器で弾く限り、何調であっても皆同じ調性格です。



ピアノが一般家庭に普及し始めた 1850 年頃から 1900 年頃にかけて12等分平均律が
世界中を席捲しました。このことによって長い歴史に培われてきた不等分音律は姿を消しました。

調性格が実際の音響として存在していた不等分音律が、調性格の無い12等分平均律にとって代わられました。
それは色彩豊な絵がモノトーンの絵に変わったようなものです。

バッハ、モーツァルト、ベートーベン、ショパン等々の名曲は12等分平均律が一般的になる前に不等分音律でもって作曲されたものです。
作曲家は不等分音律ゆえに特定の調でもって曲想を得て作曲したのです。

これらのことを考慮せずに、12等分平均律の鍵盤楽器で弾いて作曲家が意図した本来調性格を壊しているのが現在の音楽活動です。

現在のピアノも電子楽器も同じく12等分平均律で調律します。
電子楽器のトランスポーズつまみを回して調を上げ下げした時、旋律や和声の本質が変化するでしょうか?

あるいは歌い手の音域に合わせるために調を上げ下げした時、旋律や和声が本質的に変化したと言えるでしょうか?

12等分平均律の楽器においては調を上げ下げしても、旋律や和声の本質は何の変化も受けず、調性格の変化もありません。

反対に不等分音律では調を上げ下げすると音階構造の変化に伴い旋律や和声が変化し、調性格も異なります。


現在は実際の音響としての調性格が無くなってしまったにもかかわらず、楽譜の上にだけ、演奏者の空想の中にだけ残っているのです。

「百聞は一見にしかず」と言うように、人は聴いたものより見たものによって物事を多く判断する傾向があります。
耳から聴いた音より目から見た楽譜の方を重視して音楽を判断している現在のピアニストは、あたかも絵画を耳で判断しようとする愚かな行為をしていることに気付く筆必要があります。

いやしくも音楽家であるならば、楽譜だけで判断するのではなく、音を聴いて判断することが大切です。

平均律の鍵盤楽器で演奏された音楽は、調の上げ下げによって旋律や和声が変化せず、調によって調性格が変化することもありません。
反対に不等分音律の鍵盤楽器では調を上げ下げすると音階構造の変化に伴って旋律や和声が変化し、調が変われば調性格も様々に変化します。

しかし平均律の鍵盤楽器であっても調の上げ下げによって音高=ピッチは変化します。ピッチについては後ほど詳しく述べますが、これは時代と共に変化してきたものであり、ピッチという絶対音高と調性格は別物です。

「平均律クラヴィーア曲集」の調を上げ下げしても12等分平均律の楽器で演奏する限り音楽の本質は何ら変化しません。
イコール式が提案するハ長調とイ短調で演奏しても、平均律の鍵盤楽器で演奏する限りにおいては音楽の本質は全く変化しないのです。

逆に言えば、原調の24の調で演奏しても平均律の鍵盤楽器で演奏する限り、その音楽の本質は同じであって、そこにはモードとして長調と短調の2種類しか存在しません。
もし、24種類の調性格を実際の音として聴きたいならば、不等分音律の楽器で演奏しなければなりません。

平均律の鍵盤楽器で演奏する「平均律クラヴィーア曲集」は本質的に長調と短調の2つしかないのに、わざわざ調号の多い調で弾くことは音楽の正しい理解を困難にしているだけではないでしょうか。

イコール式のハ長調とイ短調だけの楽譜を用いれば音楽の構造が一目瞭然に読み取れるのです。


音楽は長い歴史を通して相対音感で捉えられてきましたが、20世紀後半から絶対音感という考え方が台頭してきました。
このことによって、絶対音感という考え方が無かった時代の音楽まで絶対音感で演奏するようになってしましました。
音楽を最初から絶対音感で読むのではなく、まず相対音感で読むことが大切であり、それが作曲家の方法です。
よってイコール式は音楽の正しい理解への道を開くものです。







































やわらかなバッハの会
〒753-0072 山口県山口市大手町
3−6 大手町ビル4F
第1日曜日 輪奏会17:00 PM
第2金曜日 輪読会10:00 AM
第4土曜日 輪奏会10:00 AM

バッハ・イン・ザ・サブウェイズ
2018.3.21(水・祝)

第5回バッハ礼讃音楽会
2018.7.29(日)

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<プロフィール>
やわらかなバッハの会 代表 橋本絹代
新しい鍵盤楽器記譜法「イコール式」の創始者

子供の頃、父と一緒に、バッハのフーガをピアノ分担奏で弾くことによって、声部進行を直感的に学び取り
バッハのとりこになった。
これまで約400人のピアノレッスンを通じて、バッハのフーガを弾くことの重要性を認識し、初級者でもバッハ演奏を楽む方法を提案。

2007年 世界で初めての楽譜《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》カワイ出版 

2009年 音楽書『やわらかなバッハ』春秋社

2013年「やわらかなバッハの会」設立

2014年 バッハ礼讃音楽会 (於 旧県会議事堂) 毎年開催

2016年 バッハ・イン・ザ・サブウェイズ (於 新山口駅南北自由通路 )毎年開催

2017年 Bach Network UK 対話会議研究発表 (於 ケンブリッジ大学)

Prof.Yo Yomita (富田庸) 講演会「バッハを嗜む」主催 (於 山口大学)

イコール式とは「鍵盤楽器においてどの調も皆同じ」という意味です。
なぜなら12等分平均律の鍵盤楽器における調性とは、ただ高さのみによって識別される2つの旋法、すなわち長調と短調の性格だけに限られるからです。
12等分平均律は勿論のこと、不等分音律を前提に論じたマッテゾンでさえも調性格の恣意性を指摘しています。
異名同音、ピッチの変動、バッハの手による移調の試みなどを考慮すれば、《バッハ平均律クラヴィーア曲集》の中の難しい調を簡単な調に移調してまず親しむことが大切です。初級者は更にそれをアンサンブルで楽しむことが大切です。
やわらかなバッハの会は既成概念にとらわれず、自分自身の判断で音楽の本質を探究するところです。


世界唯一! 平均律クラヴィーア曲集の移調
音楽の構造が良く解る










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<イコール式の意味>
*12等分平均律の鍵盤楽器においてはどの調も同じ(イコール)です *フーガの各声部は主従関係ではなく対等(イコール)です *12等分平均律の調律法はイコール・テンペラメントと言います *音名と階名が同じ(イコール)読み方です
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