やわらかなバッハの会 The Society of Soft Bach

先入観念にとらわれることなく、バッハの音楽に親しむ会です。
イコール式音楽研究所 所長 橋本絹代 Kinuyo Hashimoto

平均律クラヴィーア曲集

調性格 ♭♭♭♭ ヘ短調

ケレタート著「音律について」

マッテゾン・・・深く重苦しい
シューバルト・・悲痛なうめき声
シリング・・・・永遠の旅立ちの予感
リューティー・・魂の崩壊
シュテファニー・闇、ひどい苦痛
リーマン・・・・最も陰鬱な調性
ベッカー・・・・測り知れない深い悲しみ

へ短調は中全音律では多くの極端な響きの和音と、純正な属和音を持ちます。暗い、憂鬱といった一定の調性格が感じられます。
調性格をもつ中全音律が一般的に使用されていたのは18世紀末まででした。
現在使われている平均律においてはすべての短調が同じ響きです。従って、ヘ短調が特に暗く憂鬱な響きをもつことはありません。
イコール式チラシ

イ短調に移調した「バッハ平均律クラヴィーア曲集」
イコール式



バッハ平均律クラヴィーア曲集におけるヘ短調をみてみましょう。
第1巻No.12 ヘ短調は内省的な思索を思わせる円熟した悲歌と、痛ましいうねりを描くフーガのテーマです。
第2巻No.12 ヘ短調はため息の動機が独特の悲哀感を漂わせるプレリュードと、ユーモアと緊張を交えて屈託無く動く舞曲風のフーガです。
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調性格 # ホ短調

ケレタート著「音律について」

#ホ短調を明るい調として捉えているもの
シューバルト・・・純真無垢、無邪気な愛の告白

#ホ短調を暗い調として捉えているもの
マッテゾン・・・・重く垂れ込めた滅入るような気分
シューバルト・・・ぼやきの無い嘆き、
シリング・・・・・助けることができないと言う力不足にたいする悩み、絶望
ロッホリッツ・・・軽く嘆くように、冷たい、無気力、
シュテファニー・・秋のように色あせて生気がない、疲れて無気力なものを表す
リューティー・・・(モーツァルトに関して)陰気で悲劇的な要素、憂鬱

ホ短調の性格に関しては概して暗いものが多いようです。
ただし、これらはバッハの時代に一般的であった中全音律などの不等分音律で演奏した場合に感じられる調性格です。

現在私たちが演奏している12等分平均律で演奏すると、すべての調が同じ音階構造を持つのであらゆる調が同じ性格=調性格が存在しません。

イ短調に移調した「バッハ平均律クラヴィーア曲集」
イコール式


今度は「バッハ平均律クラヴィーア曲集」の中のホ短調を見てみましょう。
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第1巻ホ短調は物悲しいアリオーソ風の装飾的な旋律からプレストの嵐に進んで気分をがらりと変えるプレリュード。続く2声フーガは転調主題が休み無く動き続ける多少荒々しい感じのものです。

第2巻ホ短調は甘い感傷を漂わせたイタリア風のクーラントに続いて熱烈で多彩、エネルギッシュな純器楽曲風のフーガです。

「バッハ平均律クラヴィーア曲集」の中のホ短調は調性格論者が言う暗く憂鬱なものが1巻のプレリュードに見られる程度です。ここではホ短調に一定の調性格が感じられません。
バッハは「すべての長3度を純正より広く取って」12等分平均律に限りなく近い音律を自ら作って演奏しました。そこにはもはや調性格と言うほどの差異は残っていなかったものと想像できます。

調性格論 #### ホ長調

ケレタート著「音律について」から調性格のホ長調を書き出してみます。

####ホ長調の性格として暗いもの

マッテゾン・・・疑念に満ちた状態、死ぬ程辛い悲嘆
フォーグラー・・身を切るように辛い
クラーマー・・・尊大さ、癪に障る

####ホ長調の性格として明るいもの

シリング・・・・・悲しみの表現ではなくむしろ聖なる愛、率直         さ、純粋な楽しみ
シュテファニー・・豊な輝くもの
マルクス・・・・・明るい太陽の壮麗さのように晴れ晴れと明る         い
ベック・・・・・・精神的な暖かさ
ミース・・・・・・優雅、愛らしい、素朴
リューティー・・(モーツァルトのホ長調)気高く品位に満ちた気分、朝の気分
シンドラー・・・(キルンベルガー音律に基づいて)祝典的な表現に適している

調性格論は普通どのような音律に基づくものなのか書いてない場合が多いので、仮に同一人物が、音律の違うホ長調を聴いた時にどのような違いがあるのか不明です。

上記の調性格論を読むとホ長調は明るいものから暗いものまで実に様々なものが列挙されており、一定の傾向としての調性格が見えてきません。

ではバッハ平均律クラヴィーア曲集におけるホ長調はどうでしょうか。
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1巻ホ長調プレリュード・・・幸福な牧歌的情緒→明るい
  ”  フーガ   ・・・若々しい活気と喜び→明るい
2巻ホ長調プレリュード・・・穏やかで淡い美しさに輝く→明るい
  ”  フーガ   ・・・ラファエロ的な柔和な美しさ→明るい

バッハ平均律クラヴィーア曲集におけるホ長調は調性格論者たちの意見と異なり、明るく穏やかな一定の傾向が見られます。

バッハの平均律クラヴィーア曲集ではホ長調の調性格が一定しているので、他の調で弾くと、明るく穏やかな調性格が消えてしまうのでしょうか。

バッハは今まで使えなかった難しい調も含めて24すべての調が使えるような独自の調律法でこの曲集を演奏しました。
そのためにはすべての長3度を広く取って、今日の12等分平均律に非常に近い調律を行う必要がありました。
12等分平均律に近いということは調性格が殆んど存在しないということを意味します。

従って、平均律クラヴィーア曲集の中のホ長調に見られる明るく穏やかな性格は音楽の曲想そものの中にあるのです。ホ長調であるがゆえに明るく穏やかなのではなく、何調で演奏しても明るく穏やかな曲なのです。

このことを理解したら「バッハ平均律クラヴィーア曲集」をハ長調とイ短調に移調して弾くことに抵抗を感じなくなるでしょう。
抵抗を感じないだけではなく、この2つの調だけが、音楽の正しい理解に繋がる道なのです。
 イコール式






		

「平均律クラヴィーア曲集」を何故移調したのか

私は楽典や音楽理論を知るに及んで、音楽を直感だけではなく理論的に理解するようになりましたが、それは音で理解するのではなく、机上で理解するものに過ぎませんでした。何かが変だという漠然とした違和感を抱きなら各種のピアノメソード、各楽器メーカーの教育システム、リトミック、オルフシュールベルクなどを研究して解決の道を探りました。

そんなある日、書店でケレタート著「音律について」という本が目に留まりました。早速読み始めると「平均律に調性格はない。平均律には長調と短調の選択肢しかない」と書いてあり衝撃を受けました。「それなら何故、私たちは調性格のない平均律のピアノを弾いているにもかかわらず、バッハの平均律クラヴィーア曲集を24もの難しい調で弾かなければならないのか」という疑問が湧いてきました。               
私は直ぐに「バッハ平均律クラヴィーア曲集」を楽譜作成ソフトのフィナーレを使って全曲ハ長調とイ短調に移調して弾いてみました。自宅の2台のグランドピアノを従来の平均律ではないキルンベルガー、ヴェルクマイスター、ミーントーンなどの音律に変え、更に多種の音律が設定できるキーボードでも弾き比べてみました。そのような研究の結果でき上がったのがイコール式平均律クラヴィーア曲集です。
ハ長調とイ短調に移調した「イコール式 バッハ平均律クラヴィーア曲集」は下記の URLをご覧ください。
http://blog.livedoor.jp/equal_shiki/

シュヴァイツァー

シュヴァイツァー(1875〜1965)はオルガンの名手であり音楽家としての成功を約束されていましたが、30歳の時、医療と伝道に生きることを志し、アフリカのランバレネにおいて、住民への医療などに生涯を捧げました。彼は医師としてアフリカに行く準備のための多忙な生活の中で『J.S.Bach』を書き上げました。この論文は今もなお、バッハ研究書としての価値を失わずシュヴァイツァーの名を永く音楽界に残すことになりました。この中から一部を以下に引用します。

「本物の芸術と偽者の芸術を区別する分別においてはたしかにずっとすぐれているとすれば、それは第一にバッハのこれらの曲に負うものといえよう。それを練習したことのある子供はーその際どんなに機械的に行われたにせよー声部進行を目のあたりに学び取るのであり、この直感は2度と消し去られることはないであろう。そのような子供は他のどんな曲にも同様な音響の線による尊厳な動きを本能的に求めるようになり、その欠如を貧しさと感ずるであろう。」

また彼は《平均律クラヴィーア曲集》の世界を次のような美しい言葉で表現しています。
「平均律クラヴィーア曲集は宗教的な感化を与える。喜び悲しみ泣き嘆き笑いーすべてが聴く者に向かって響き寄せてくる。しかし、その際にわれわれは、このような感情を表現する音によって、不安の世界から平安の世界へと導き入れられ、あたかも山間の湖畔で底知れない深さをたたえた静かな水面に山や森や雲の映る姿を眺めるときのように、現実を見るのである。平均律クラヴィーア曲集ほど、バッハが自己の芸術を宗教を感じていたことをよく理解させてくれる作品はない。彼が描写するものは、ベートーベンがそのソナタでしたような自然のままのさまざまな魂の状態ではなく、また一つの目標に向かっての苦闘や抗争でもなく、生を超越していることをあらゆる瞬間に自覚している精神―最も激しい悲しみと最も底抜けの朗らかさなどの極度に対立した感情をいつも同一の超然たる根本的態度によて体験する精神―が感じ取る生の実在なのである。それゆえに第1巻の悲痛に打ち震える「変ホ短調プレリュード」の上にも、また第2巻の憂いなく流れてゆく「ト長調プレリュード」のなかにも同一の浄い光が漂っている。」

バッハ 平均律クラヴィーア曲集  イコール式版

平均律クラヴィーア曲集全48曲をハ長調とイ短調に限定して移調したイコール式版
新バッハ全集(ベーレンライター版)を基にして編集

あなたも、いくらでも好きなだけの名曲を弾ける世界を体験することができます。
もし、あなたがご存知の名曲を演奏したいと思っておられるなら、このページは今までご覧になった中であなたに最も重要なメッセージをお伝えすることになるでしょう。
http://blog.livedoor.jp/equal_shiki/

自筆譜

「平均律クラヴィーア曲集 第1巻」の自筆譜はベルリン国立図書館に大切に保管されていますが、紙やインクの腐食のため存続の危機に瀕していました。ゲッティンゲンのバッハ研究所から小林義武が自筆譜の調査に出向いた時、穴だらけの資料を渡され開いてみると記入箇所がさらにこぼれ落ちそうになったため、即座に返却し修復の措置を取るように図書館側に伝えたことが何度かあったそうです。修復方法は紙面の表面と裏面をはがし、その間に新しい紙を1枚挿入して再び張り合わせるという方法です。この方法によって「平均律クラヴィーア曲集 第1巻」の自筆譜は紙が厚くなり強化修復されました。

「平均律クラヴィーア曲集第2巻」の自筆譜は祖国を離れロンドン大英博物館所有となっており、保存の状態はかなり良好ですが、不完全な形で残されています。このロンドン自筆譜は24曲中、3曲のプレリュードとフーガ(嬰ハ短調、ニ長調、ヘ短調)が欠けており表紙も消失しています。
従って正確に言うと「平均律クラヴィーア曲集第2巻」という表題はバッハがつけたものではないことになります。現存する筆写譜の中にバッハの弟子で娘婿でもあるアルトニコルの手によるものがあります。これは研究者たちがバッハの意図も反映しており最終稿に相応しいと見なしているものですが、その表紙に「平均律クラヴィーア曲集第2巻、すべての全音と半音を用いたプレリュードとフーガ集。ポーランド国王兼ザクセン選帝侯宮廷作曲家、楽長、ライプツィヒ合唱音楽隊監督ヨハン・セバスティアン・バッハがこれを作曲す」とあります。これによって私たちは「平均律クラヴィーア曲集第2巻」と呼ぶことになったのです。第2巻はバッハの肩書きや「全音と半音」という表現が第1巻のそれとは異なっています。

第2巻は第1巻のように完全な形の自筆浄書譜が残っていません。欠けた3曲は信頼のおける弟子たちが書き写した「もう一つの失われた自筆譜」によって完成しています。弟子のアルトニコルやキルンバルガーの筆写本にはバッハが更に改訂の手を加えているので信頼できる資料と言えるのです。第2巻の自筆譜は次の3つのグループを成しています。第1のグループは調号が4つまでで比較的簡単な調が12曲入ったもの、第2のグループは調号の多い難しい調が7曲入ったもの、第3のグループはハ長調と変イ長調の2曲、そして最後に欠けている3曲です。
        

出版譜

「平均律クラヴィーア曲集」の出版譜が世に出たのはバッハの死後50年を経た1901年のことでした。出版譜が出るまでは自筆譜をはじめとする手書きの筆写譜によって伝承されてきました。最初の出版譜は時期を同じくしてライプツィヒのフォルケル校訂、ボンのシュヴェンケ校訂、チューリヒのネーゲリ校訂による3種類でした。これらの出版譜は死後世間から忘れ去られていたバッハの復興運動を起こす導火線の役目も果たしました。

1829年はメンデルスゾーン(1809生)によってマタイ受難曲の復活上演がバッハ縁の地ライプツッヒで行われ、それが大センセーションを巻き起こした年です。この時以後バッハの音楽の偉大さが広く再認識されることになり、1837年にはチェルニーの校訂による解釈付き「平均律クラヴィーア曲集」が出版されました。
1850年にはバッハ没後100年を記念してバッハ協会が設立され、バッハの全作品の校訂が始まることになります。何度も改訂の手を加えた自筆譜や沢山ある筆写譜を校訂する作業は半世紀もの年月を要し、バッハ全集の最終巻が出版されたのは1900年のことでした。このバッハ全集の中にあるクロル校訂の「平均律クラヴィーア曲集」は当時としては最も権威のあるものでした。ビショッフ、ブゾーニ等の校訂者にも多大な影響を与え、多くの校訂版が出版されました。

当時としては画期的だったバッハ全集も第2次世界大戦を経て1950年には絶版になっていました。再版も可能でしたが、これを機会に新バッハ全集を作ろうという声が上がり、新バッハ協会が設立されました。旧バッハ全集が主に音楽的見地から校訂されているのに対して、新バッハ全集は文献的な見地から校訂されています。文献的とは現存するすべての資料を調査し、資料間の親子関係を明らかにし、その家系図を作り、さらに資料批判をするという緻密な作業で、今回もまた半世紀の年月を要しました。ゲッティンゲンのバッハ研究所で編纂されたデュル校訂の「平均律クラヴィーア曲集」が出版されたのは1997年、最終巻の出版完了が伝えられたのは極最近のことで2007年6月13日でした。

新バッハ全集の校訂進行中に、イルマー校訂版、デーンハルト校訂版、トーヴィ校訂版などが相次いで出版されたことによって、従来の解釈的校訂版に替わって原典版ブームが起こり、通称ヘンレ版は音大生必携原典版になりました。しかし1出版社の1校訂者が世界中に散らばった資料の大捜査や資料批判をすることは個人の仕事としては限界を超えています。このことはゲッティンゲンのバッハ研究所でバッハ全集の編纂に携わった小林義武氏は「すべての資料のレチェンジオ(資料批判)を行って原典を探る仕事は、収益とは無関係に、国家の文化政策の一環としてのみ実現されるものである」と述べていることからも明らかです。新バッハ全集をもとにベーレンライター社から出版されたデュル校訂の「平均律クラヴィーア曲集」も、ベーレンライター社に出版のみを委託したに過ぎません。
デュル校訂版は通称ベーレンライター版と言われていますが、本当は出版社名を言うのではなく、ゲッティンゲンのバッハ研究所編纂による新バッハ全集のデュル校訂版「平均律クラヴィーア曲集」です。
原典版の主流であったヘンレ社はベーレンライター社に負けじと2007年に更に新しい校訂版を出版しました。最新版は「平均律クラヴィーア曲集 第2巻」に関する世界的権威である富田庸の校訂によるものです。

常識を超えた「平均律クラヴィーア曲集」

世界で初めて、イコール式はバッハ平均律クラヴィーア曲集 第1巻、第2巻の 全曲をハ長調とイ短調に移調した楽譜を出版しました。
イコール式とは平均律の鍵盤楽器においては調性格がイコールであるという意味のイコールとコール・テンペラメント(12等分平均律、equal-temperament)の意味から名付けました。

「なぜ移調したのか」という疑問が投げかけられるとすれば「バッハ自身が移調を試みて平均律クラヴィーア曲集を完成したから」と答える他ありません。

専門家と言われる人達の中にもバッハが移調したことをご存知ない方が少なくないようです。
そういう方達は平均律クラヴィーア曲集を移調してはならないとお考えになるのです。

バッハ自身が平均律クラヴィーア曲集を移調したのですから移調してよいはずです。



移調しても良いもう一つの理由、それは調性格というものが、平均律の鍵盤楽器には実態として存在しないことです。

平均律において調性格は皆同一であるのに、ピッチの違いにこだわってしまうのです。調性格と混同してしまっているのはピッチ性格に他ならず、調性格とは全く別の話なのです。

ピッチ性格でない、本当の調性格を得るためには、平均律ではない古典調律に変えなくてはならないのです。


平均律では調性格は皆無です。
しかし、楽譜を見ると依然として調性格が感じられます。
視覚的なもので調性格があるように考えがちですが、楽譜は楽譜であって音楽ではありません。
実際の音響としては、平均律の鍵盤楽器で弾く限り、何調であっても皆同じ調性格です。



ピアノが一般家庭に普及し始めた 1850 年頃から 1900 年頃にかけて12等分平均律が
世界中を席捲しました。このことによって長い歴史に培われてきた不等分音律は姿を消しました。

調性格が実際の音響として存在していた不等分音律が、調性格の無い12等分平均律にとって代わられました。
それは色彩豊な絵がモノトーンの絵に変わったようなものです。

バッハ、モーツァルト、ベートーベン、ショパン等々の名曲は12等分平均律が一般的になる前に不等分音律でもって作曲されたものです。
作曲家は不等分音律ゆえに特定の調でもって曲想を得て作曲したのです。

これらのことを考慮せずに、12等分平均律の鍵盤楽器で弾いて作曲家が意図した本来調性格を壊しているのが現在の音楽活動です。

現在のピアノも電子楽器も同じく12等分平均律で調律します。
電子楽器のトランスポーズつまみを回して調を上げ下げした時、旋律や和声の本質が変化するでしょうか?

あるいは歌い手の音域に合わせるために調を上げ下げした時、旋律や和声が本質的に変化したと言えるでしょうか?

12等分平均律の楽器においては調を上げ下げしても、旋律や和声の本質は何の変化も受けず、調性格の変化もありません。

反対に不等分音律では調を上げ下げすると音階構造の変化に伴い旋律や和声が変化し、調性格も異なります。


現在は実際の音響としての調性格が無くなってしまったにもかかわらず、楽譜の上にだけ、演奏者の空想の中にだけ残っているのです。

「百聞は一見にしかず」と言うように、人は聴いたものより見たものによって物事を多く判断する傾向があります。
耳から聴いた音より目から見た楽譜の方を重視して音楽を判断している現在のピアニストは、あたかも絵画を耳で判断しようとする愚かな行為をしていることに気付く筆必要があります。

いやしくも音楽家であるならば、楽譜だけで判断するのではなく、音を聴いて判断することが大切です。

平均律の鍵盤楽器で演奏された音楽は、調の上げ下げによって旋律や和声が変化せず、調によって調性格が変化することもありません。
反対に不等分音律の鍵盤楽器では調を上げ下げすると音階構造の変化に伴って旋律や和声が変化し、調が変われば調性格も様々に変化します。

しかし平均律の鍵盤楽器であっても調の上げ下げによって音高=ピッチは変化します。ピッチについては後ほど詳しく述べますが、これは時代と共に変化してきたものであり、ピッチという絶対音高と調性格は別物です。

「平均律クラヴィーア曲集」の調を上げ下げしても12等分平均律の楽器で演奏する限り音楽の本質は何ら変化しません。
イコール式が提案するハ長調とイ短調で演奏しても、平均律の鍵盤楽器で演奏する限りにおいては音楽の本質は全く変化しないのです。

逆に言えば、原調の24の調で演奏しても平均律の鍵盤楽器で演奏する限り、その音楽の本質は同じであって、そこにはモードとして長調と短調の2種類しか存在しません。
もし、24種類の調性格を実際の音として聴きたいならば、不等分音律の楽器で演奏しなければなりません。

平均律の鍵盤楽器で演奏する「平均律クラヴィーア曲集」は本質的に長調と短調の2つしかないのに、わざわざ調号の多い調で弾くことは音楽の正しい理解を困難にしているだけではないでしょうか。

イコール式のハ長調とイ短調だけの楽譜を用いれば音楽の構造が一目瞭然に読み取れるのです。


音楽は長い歴史を通して相対音感で捉えられてきましたが、20世紀後半から絶対音感という考え方が台頭してきました。
このことによって、絶対音感という考え方が無かった時代の音楽まで絶対音感で演奏するようになってしましました。
音楽を最初から絶対音感で読むのではなく、まず相対音感で読むことが大切であり、それが作曲家の方法です。
よってイコール式は音楽の正しい理解への道を開くものです。







































やわらかなバッハの会
〒753-0072 山口県山口市大手町
3−6 大手町ビル4F
第1日曜日 輪奏会17:00 PM
第2金曜日 輪読会10:00 AM
第4土曜日 輪奏会10:00 AM

バッハ・イン・ザ・サブウェイズ
2018.3.21(水・祝)

第5回バッハ礼讃音楽会
2018.7.29(日)

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<プロフィール>
やわらかなバッハの会 代表 橋本絹代
新しい鍵盤楽器記譜法「イコール式」の創始者

子供の頃、父と一緒に、バッハのフーガをピアノ分担奏で弾くことによって、声部進行を直感的に学び取り
バッハのとりこになった。
これまで約400人のピアノレッスンを通じて、バッハのフーガを弾くことの重要性を認識し、初級者でもバッハ演奏を楽む方法を提案。

2007年 世界で初めての楽譜《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》カワイ出版 

2009年 音楽書『やわらかなバッハ』春秋社

2013年「やわらかなバッハの会」設立

2014年 バッハ礼讃音楽会 (於 旧県会議事堂) 毎年開催

2016年 バッハ・イン・ザ・サブウェイズ (於 新山口駅南北自由通路 )毎年開催

2017年 Bach Network UK 対話会議研究発表 (於 ケンブリッジ大学)

Prof.Yo Yomita (富田庸) 講演会「バッハを嗜む」主催 (於 山口大学)

イコール式とは「鍵盤楽器においてどの調も皆同じ」という意味です。
なぜなら12等分平均律の鍵盤楽器における調性とは、ただ高さのみによって識別される2つの旋法、すなわち長調と短調の性格だけに限られるからです。
12等分平均律は勿論のこと、不等分音律を前提に論じたマッテゾンでさえも調性格の恣意性を指摘しています。
異名同音、ピッチの変動、バッハの手による移調の試みなどを考慮すれば、《バッハ平均律クラヴィーア曲集》の中の難しい調を簡単な調に移調してまず親しむことが大切です。初級者は更にそれをアンサンブルで楽しむことが大切です。
やわらかなバッハの会は既成概念にとらわれず、自分自身の判断で音楽の本質を探究するところです。


世界唯一! 平均律クラヴィーア曲集の移調
音楽の構造が良く解る










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<イコール式の意味>
*12等分平均律の鍵盤楽器においてはどの調も同じ(イコール)です *フーガの各声部は主従関係ではなく対等(イコール)です *12等分平均律の調律法はイコール・テンペラメントと言います *音名と階名が同じ(イコール)読み方です
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