やわらかなバッハの会

先入観念にとらわれることなく、自由にバッハの音楽を楽しむ会です。
イコール式音楽研究所

移調

クロル校訂出版譜

クロル校訂の「平均律クラヴィーア曲集」は異名同音移調をしています。この移調は、実際の音響としては変化がないものです。「平均律クラヴィーア曲集」の中にはバッハ自ら移調して編集したものが幾つかありますが、それらは異名同音移調ではなく、へ長調を嬰へ長調に移調して編纂するといった形です。ところが、旧バッハ全集の校訂者クロルは以下の異名同音移調をしています。

第1巻8番フーガ        嬰ニ短調を変ホ短調に
第2巻3番プレリュードとフーガ 嬰ハ長調を変ニ長調
第2巻8番プレリュードとフーガ 嬰ニ短調を変ホ短調に

クロル版は19世紀の知識の集大成として未だ注目に値するものですが、クロル式移調の一部が後世に引き継がれ、第1巻8番、嬰ニ短調フーガを変ホ短調に移調してプレリュードとの統一を図った版は、ブゾーニ、バルトーク、カゼッラ、園田高弘版などに見られます。第1巻8番以外の異名同音的移調は、近年ではあまり見られなくなったようです。

クロル校訂の「平均律クラヴィーア曲集」は旧バッハ全集第14巻として1866年にブライトコップフ社より出版されました。批判的原点版に先立つこと100年以上前に出版されたために、ロンドン自筆譜などの重要な資料を知らないで行われたものの、19世紀の学問の非常に大きな業績でした。トーヴィー、ビショフ、ブゾーニなど、その後のほとんどの校訂譜はクロルの校訂譜をもとにしているほどです。

第2巻8番、嬰ハ長調を変ニ長調に移調した楽譜をあまり見かけなくなったせいかもしれませんが、シャープ系の嬰ハ長調は「明るく高い調」であり、フラット系の変ニ長調は「沈んだ低い調」であるから、移調すると情緒が全く変わってしまうと考える人が多いのです。

等分平均律のピアノは何度も言いますが、どの調であっても明るかったり暗かったりすることはありません。どの調も皆同じ明度です。等分平均律のピアノを弾きながら嬰ハ長調は明るく、変ニ長調は暗いと考える人は、実際の音を聴いていないと言わなければならないでしょう。

他方、古楽の習慣から言えば、バロック・ピッチは現代より約半音低かったので、嬰ハ長調の楽章は今日のピッチで言うとハ長調のピッチになります。つまり実音記譜すると嬰ハ長調はハ長調で書くことになります。嬰ハ長調の楽章を、変ニ長調やハ長調で記譜することが、間違っているとは言えないのです。

また、「平均律クラヴィーア曲集」第2巻の成立過程を調べると、嬰ハ長調の楽章はハ長調で作曲した後、移調して編集されたことがわかります。ハ長調で書かれた楽譜はバッハの弟子アグリーコラの手写本にあり、これは全音から出版されているベーレンライター原典版 P.352 で確認することができます。さらにもっと初期のバージョンは同書 P.358 に掲載されています。

しかし、ピアニストやピアノ科教授にとって信じきっていたことを捨てなければならないのは難しいことでしょう

暗譜

もし、暗譜の不安を吹き飛ばす方法があれば、よく眠れますか?


ハ長調とイ短調に移調した楽譜を使われるのはいかがでしょう。


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同じように、ピアノで「ドレミ」と弾くと色々な意味の「ドレミ」があります。

調によって、「ドレミ」の意味が違ってきます。


もし、「ドレミ」の意味が一つしかなかったら迷わないでしょう。

そうすれば、暗譜の不安も吹き飛びます。

イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集
全曲をハ長調とイ短調に移調しました。








「平均律クラヴィーア曲集」を何故移調したのか

私は楽典や音楽理論を知るに及んで、音楽を直感だけではなく理論的に理解するようになりましたが、それは音で理解するのではなく、机上で理解するものに過ぎませんでした。何かが変だという漠然とした違和感を抱きなら各種のピアノメソード、各楽器メーカーの教育システム、リトミック、オルフシュールベルクなどを研究して解決の道を探りました。

そんなある日、書店でケレタート著「音律について」という本が目に留まりました。早速読み始めると「平均律に調性格はない。平均律には長調と短調の選択肢しかない」と書いてあり衝撃を受けました。「それなら何故、私たちは調性格のない平均律のピアノを弾いているにもかかわらず、バッハの平均律クラヴィーア曲集を24もの難しい調で弾かなければならないのか」という疑問が湧いてきました。               
私は直ぐに「バッハ平均律クラヴィーア曲集」を楽譜作成ソフトのフィナーレを使って全曲ハ長調とイ短調に移調して弾いてみました。自宅の2台のグランドピアノを従来の平均律ではないキルンベルガー、ヴェルクマイスター、ミーントーンなどの音律に変え、更に多種の音律が設定できるキーボードでも弾き比べてみました。そのような研究の結果でき上がったのがイコール式平均律クラヴィーア曲集です。
ハ長調とイ短調に移調した「イコール式 バッハ平均律クラヴィーア曲集」は下記の URLをご覧ください。
http://blog.livedoor.jp/equal_shiki/

多声音楽は連弾で弾こう



鍵盤楽器は一人で3声、4声を受け持って多声音楽を演奏しますが、管楽器や声楽はその特性から1声しか受け持つことができません。人間の頭は一つしかないのですから、一人1声が基本です。無理して3声4声を弾いても、頭の中はテーマが出てくるパートを綱渡りしているだけで、結局一度に1声しか聞いていない場合が少なくありません。曲の最初から最後まで、たった一つの声部でさえ1音もらさず横の流れを聞き取って演奏できる人は稀です。
鍵盤楽器も無理せず、アンサンブルで多声音楽を楽しみましょう。
イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集は全曲をハ長調とイ短調に移調しました。鍵盤曲の私の音楽の原点は父と一緒に1台のピアノで連弾したバッハの多声音楽です。
父は大阪フィル創立名誉指揮者の朝比奈隆が学んだ京都大学交響楽団でクラリネットを吹いていました。朝比奈隆は京都大学法学部を卒業後、再度文学部に入学するなどして、京都大学交響楽団指揮者のメッテルに学び、やがてプロの指揮者になってしまった方です。朝比奈隆は世界中のオーケストラを指揮し、グレン・グールド、メニューヒン、パールマンなどと協演しました。また音楽人としては山田耕作以来2人目の文化勲章受賞者として、93歳まで現役指揮者を通すという輝かしい生涯でした。
父は先輩の朝比奈隆を尊敬しながら、大学ではクラリネット、家ではオルガンに親しみました。卒業後はOBオーケストラを楽しみにし、仕事で海外に出張した時は必ずその地のオーケストラを聴いてくるという愛好家でした。
私が父から受け継いだものを一言で言うと「アタマ、アタマ!」です。
この言葉は朝比奈隆の師であるメッテルの言葉です。メッテルはウクライナに生まれ、大学で法律を学んで弁護士になり、その後、リムスキー=コルサコフやグラズノフについて音楽を学びました。奥さんが宝塚歌劇団の日本人であった縁で、京都大学交響楽団の指揮者になった人です。

音楽を愛した父と子供だった私は、ちょっと変わったピアノ連弾をよくやりました。それはピアノソロ用の楽譜を上段と下段に分けて2人で分担して弾く連弾です。この方法は片手練習の手軽さで曲全体が音になるのでブルグミュラー、ソナチネ、ソナタ、バッハ、その他の名曲を簡単に楽しむことができました。とくに多声音楽の声部進行には連弾が最適な方法でしたので、子供だった私でも直感的にバッハの声部進行を学び取ることができました。その時以来バッハのフーガに魅せられ、多声音楽意外のものを物足りなく感じるようになりました。

バッハのフーガは難しいとされて初心者のレッスンでは敬遠されがちですが、連弾で弾けば簡単です。管楽器や声楽の人は最初から1声分しか担当できません。ところが鍵盤楽器奏者は頭が一つしか無いのに、一人で幾つもの声部を弾かなくてはなりません。それ故にテーマばかりを拾って繋ぐパッチワークのような演奏になり勝ちですが、連弾で弾けば簡単に声部進行を正しく理解できます。

一人ですべての声部を弾く醍醐味も捨て難いものですが、アンサンブルの形で弾く楽しみはまた格別なものがあります。
最高峰である「バッハ 平均律クラヴィーア曲集」を是非アンサンブルでお弾きください。カワイ出版のご協力を得て、世界に類を見ない、バッハ平均律クラヴィーア曲集を発売中。http://blog.livedoor.jp/equal_shiki/

メロプラスト法

メロプラスト法
メロプラスト法とは音部記号のない5線譜表のことです。フランスのガラン(1786〜1821)が考案し、ガラン=パリ=シュヴェ法の中で用いられる指導法です。

図をクリックして拡大していただくと、一人の教師と楽器を持っていない生徒たちとのソルフェージュの授業風景であることが分ります。前のボードには5線と上下各2本の加線が書いてあり、音部記号がありません。教師が棒で指し示しているのは第2線です。もし、音部記号としてト音記号が書いてあると想像して読めば、教師の棒は「ソ」の音を示していることになります。
しかし、メロプラスト法では音部記号がなく、「ド」の位置が移動するので、これが必ずしも「ソ」になるとは限りません。つまりメロプラスト法では、「ド」の位置を何処にするかによって、教師が指している第2線が「ドレミファソラシ」の中のどれか一つという7つの可能性を持つことになります。

教師が7種類もの「ド」記号で読む練習をさせているということは、言い換えれば移動ド読みの練習です。ピアニストは普段、7種類もの「ド」記号で読む練習をしていないので、調ごとに「ド」の位置が変わる移動ド読みは苦手という人が多いでしょう。苦手というより、ピアニストの特性として、移動ド読みを排除して、固定ド読みの人が多いでしょう。

この現象は従来のピアノ教授法がもたらした当然の結果と言えます。従来の教授法では、まず最初に下第1線の「ド」がピアノの真ん中の「ド」であると教えます。これは明らかに1種類の「ド」記号しか念頭に置いていない教授法です。本当は「レ」と読む場合や「ミ」と読む場合など調によって7種類もあるのです。もっと厳密に言うならば「ド」と「嬰ド」を分けて12種類あることになります。
下第1線を何と読むかという問題は音部記号と調によって様々に異なります。

こういったことを考慮せずに、従来の教授法ではたった一つの読み方で短絡的に「ド」と教える場合が多いのです。その結果、音楽的白紙状態にある生徒が初歩の段階から固定ド読み教育を受けてしまうのです。ハ長調の次にト長調が出てくる頃には、既に移動ドで読む芽を摘まれてしまっているので、ト長調の「ドミソ」を「ソシレ」と読んで何の疑問も持たなくなっています。そして、どんどん調号が増えるに従って、固定ド読みの教授法が続いていくのです。

イコール式では、すべての調性音楽をハ長調とイ短調に移調した楽譜を用います。
これは1種類の「ド」記号だけであらゆる調の音楽を、正しく読むことができる方法です。イコール式は固定ド読みの弊害を改め、音楽を正しく理解するための相対音感による鍵盤楽器教授法を提唱しています。

音部記号

音部記号とは5線譜の一番最初に書いてある記号で音符の読み方を決定するものです。5線上の音符の位置が同じでも音部記号のよってその読み方は変わってきます。

「グィードの手」以降13世紀頃までは音部記号とその譜表上の位置は決まっておらず、実際に鳴る音とは無関係でした。昔の作曲家は定旋律を伝統的に記譜されてきた音高で書き、ピッチを考慮せずに作品を記譜したものと思われます。ローマカトリック聖歌集では現在に至っても尚、旋律は絶対音高ではないそうです。

14世紀頃になるとト、ハ、ヘ音記号が定着してきます。
ト音記号は「ト」の音、ハ音記号は「ハ」の音、ヘ音記号は「へ」の音の位置を5線上に指定するものです。ハ音記号はバッハの自筆譜によく見られるものですが、現在のピアニストにはほとんど無縁のものです。何故ならばバッハがハ音記号で書いた作品であっても現在はト音記号とヘ音記号に書き直した出版楽譜を使うからです。

次にト、ハ、ヘ音記号をそれぞれ見ていきますが、5線は下から順に第1線、第2線と数えます。
ト音記号はソルミゼーションの「Sol」からSの文字を象形化したもので、第2線が「ト=ソ=1点g」の音を示します。ト音記号は高音部記号であり、別名ヴァイオリン記号とも言います。

ハ音記号は5線上の位置によって4種類あります。ハ音記号は反対向きのCの文字を上下に2つ連ねたもので「ハ=ド=1点c」の音を示します。ハ音記号の位置が第1線にあるものをソプラノ記号、第2線がメゾソプラノ記号、第3線がアルト記号、第4線がテノール記号です。

ヘ音記号も5線上の位置によって2種類の読み方があります。ヘ音記号はFという文字の2本の横線が2つの点に変わったもので「ヘ=ファ=f」の音を示します。ヘ音記号の位置が第3線にあるものをバリトン記号、第4線にあるものがバス記号です。単にヘ音記号と言うときはバス記号、低音部記号を指します。

音部記号の種類はト音記号1つ、ハ音記号4つ、ヘ音記号2つ、全部で7種類の読み方があることになります。ト音記号1種類だけでもなかなか読めない初心者にとって7種類もの音部記号を読むのは大変な負担です。初心者のみならず、ピアノ教師でもハ音記号などは抵抗を感じるものです。7種類もの音部記号があるにもかかわらず通常2種類しか使っていないということは実は移動ド読みの盲点なのです。このことについて次に説明しましょう。

まず「1点c=ド」を7種類の音部記号で記譜してみましょう。「1点c=ド」が下の加線の位置にくるのがト音記号(ヴァイオリン記号)、第1線にくるがソプラノ記号、第2線がメゾソプラノ記号、第3線はアルト記号、第4線はテノール記号、第5線はバリトン記号、上の加線はヘ音記号(バス記号)となります。こうして見てみると私たちは「1点c=ド」が下の加線にくるト音記号と上の加線にくるヘ音記号の両極端の2種類で普段、楽譜を読んでいることがわかります。

ではここでト長調の曲を移動ド読みする場合を考えてみます。ト長調は第2線の「ト=g」を「ド」と読むのですから、音部記号に当てはめると第2線が「ド」になるメゾソプラノ記号で読むことになります。メゾソプラノ記号で読んで弾くことができて初めてト長調読みができると言えます。ハ音記号の一種であるメゾソプラノ記号をすらすら読めるピアノ教師はほとんどいません。ということはト長調読みがすらすら読めるピアノ教師がほとんどいないということです。通常、ト音記号とヘ音記号の2種類の音部記号しか読み慣れていないピアノ教師が果たして移動ド読み出来ると言えるのでしょうか。しかも速いテンポで移動ド読みできるでしょうか。

ハ長調はト音記号(ヴァイオリン記号)読み、ホ長調はソプラノ記号読み、ト長調はメゾソプラノ記号読み、ロ長調はアルト記号読み、ニ長調はテノール記号読み、ヘ長調はバリトン記号読み、イ長調はヘ音記号(バス記号)読みです。以上7種類の音部記号が自由に読める人だけが移動ド読みができる人言えるのです。

ルソーが考案した数字譜について、ルソーが最も大きな利点として上げたのは「移調と音部記号を廃止した」ということでした。
イコール式もルソーの主張である「移調と音部記号を廃止」しました。イコール式は音部記号をト音記号とヘ音記号の2種類しか使わずに、しかも移動ド読みが簡単にできる方法です。その方法とは従来の5線記譜法を使って、ハ長調とイ短調の2つのモードに限定することです。ハ長調とイ短調の2つの調だけは固定ド読みと移動ド読みが等しくなります。等しくなるという意味からイコール式と名付けました。
イコール式の楽譜は移動ド読みする必要がありません。そのまま読むだけで音の機能を理解することができ、同時に相対音感も発達します。
イコール式の鍵盤楽器教授法は安易な固定ド読みによる教授法に警鐘を鳴らし、ハ長調とイ短調だけで音楽の構造を分りやすく理解できるように考案したものです。

ウィーンの移調譜

「平均律クラヴィーア曲集」はバッハの死後約50年を経て1801年に初めて出版されました。その約50年の間に「平均律クラヴィーア曲集」の音楽的価値を疑わない息子や多くの弟子たちによって手書きで伝承された。これらの資料が膨大であることは、この曲集が人々から愛されて口コミで面々と伝わっていたことを物語るものです。

そのような筆写譜の一つにウィーンで書かれた「平均律フーガ集」があります。ウィーンの筆写譜については世界的なバッハ研究者である富田庸の「1780年代ウィーンと平均律クラヴィーア曲集第2巻」に詳しく書かれています。

ウィーンの筆写譜はオーストリア公使としてベルリンに派遣されていたスヴィーテン男爵がウィーンに持ち帰った資料が元になっています。スヴィーテン男爵はバッハ自筆譜の初期の編集段階のものをバッハの息子か弟子のキルンベルガー経由の筆写譜でウィーンに持ち込みました。それをウィーンの有名なオルガニストであったアルブレヒツベルガーが1780年頃に筆写しました。アルブレヒツベルガー(1736生)はウィーンのモーツァルトやハイドンと親しく交わり、宗教曲を多数作曲し、音楽理論書を著し、シュテファン大聖堂の楽長として没したオルガニストです。

アルブレヒツベルガーは「平均律クラヴィーア曲集 第2巻」の中から、18曲のフーガと厳密な対位法で書かれたイ短調のプレリュードを含んだ「平均律フーガ集」を編集しました。このフーガ集に収められた曲のうち4曲はアルブレヒツベルガーによって移調されました。それらはロ長調→ハ長調、嬰へ長調→ヘ長調、変イ長調→ト長調、変ロ短調→イ短調に移調されています。移調のルールは#♭が多く難しい調を半音上げるか下げるかしてより簡単な調にするというものです。彼の移調は馴染みのない難しい調をよく使う簡単な調に移調して、原調とのずれを半音以内に収めるというものでした。

ウィーンの移調譜に対して、イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集は半音上げたり下げたりするのではなく、ハ長調とイ短調に限定して移調したものです。従ってアルブレヒツベルガーとは異なる目的を持っています。イコール式の目的は、単に簡単な調に移調することではなく、相対音感で音楽の構造を分り易く理解することです。ハ長調とイ短調に限定したのは、この2つの調だけが、絶対音感保持者の耳に混乱を与えないで済むからです。例えば簡単な調のヘ長調で移調ド読みする場合、ピッチとしては「ファ」である音を「ド」と歌わなくてはならないという混乱が起こってしまいます。またその前提として「ファ」を「ド」と読み替える移動ド読みの煩わしさもあります。イコール式の名前の由来はハ長調とイ短調が「移動ド読み=イコール=固定ド読み」であるということです。イコール式は相対音感育成の目的を持つもので、いわゆる移動ド読みとは違います。何故ならバッハのフーガなど複雑な曲ほど頻繁な転調や復調のために移動ド読みが困難になるからです。
現在のピアノ教授法は移動ド読みが困難であるか、あるいは不可能という理由で調性音楽も無調の音楽もありとあらゆる音楽を固定ド読みで指導するのが一般的です。幸か不幸か、自ら音程を作らなくてもキーを叩けば即座に目的の音が出るというピアノの特性が固定ド読み鍵盤楽器教授法を支援する要因の一つとなってきました。現在の教授法は生徒が絶対音感を持っていても持っていなくても、そんなことはおかまいなし、押しなべて固定ド読みで行われることが多いのです。
イコール式はこれに警鐘をならし、相対音感によるハ長調とイ短調限定の鍵盤楽器教授法によって音楽の構造を理解することが最初の近道であることを提唱するものです。

富田 庸

英国クィーンズ大学音楽学部の富田庸はバッハに関する気鋭の研究者です。
彼は英国リーズ大学で「平均律クラヴィーア曲集第2巻」の論文によって博士号を取得しました。
また、ヘンレ版「平均律クラヴィーア曲集第2巻」の最新の校訂者として世界中の音楽家から注目されている研究者です。

富田庸は論文の中で、バッハが「平均律クラヴィーア曲集」を編集する際に移調したと思われる曲が幾つかあると述べています。バッハ全集 第12巻 (P.77)

富田庸は「ロンドン自筆譜の記譜中に同時に移調を試みたと考えられる根拠が修正箇所に見られるもの」として第2巻だけで8つのプレリュードやフーガを上げています。
バッハが移調したと見られる曲は編集第2段階の遠隔調に多く存在します。

2巻No.3 Cis: Fuga (C:の初期稿から移調)
  No.7 Es: Fuga (D:から)
  No.8 dis: Praeludium (e:から)
  No.8 dis: Fuga (d:から)
No.13 Fis: Fuga(F:から)
  No.17 As: Fuga (F:から)
  No.22 b: Praeludium (a:から)
  No.23 H: Fuga (C:から)
      
バッハは《平均律クラヴィーア曲集》を順番通り一気に完成させたのではありません。
草稿を発展拡張して編集し、それを浄書しながらも更なる改訂の手を何度も加えるという過程を経て書かれたものです。
更に出来上がった曲を弟子に教える時にもまた改訂の手を加え、それを弟子が写して持ってきた楽譜に書き込みました。
都合の悪いことにバッハは、レッスン中の改訂を、家に帰って自筆譜に書き改めることを怠っていました。
そのためいくつかの改訂稿が存在します。
バッハは生涯にわたって、文章を推敲するように、機会あるごとに改訂の手を加え続けたのです。
このように複雑な成立過程を経る中で、バッハは草稿を移調するという改訂も行いました。
バッハの手になる移調は、当時ほとんど使われなかった難しい調つまり遠隔調を作る一つの手段であったことが、富田庸の研究から明らかになったわけです。

ここで平均律クラヴィーア曲集第2巻の3番 嬰ハ長調フーガを例にとって考えてみましょう。
このフーガは初期ヴァージョンでは、一番基礎的なハ長調で書かれており、わずか19小節しかありませんでした。(  《平均律クラヴィーア曲集第2巻》  ベーレンライター P358参照)
またアグリーコラの筆写譜では、同じくハ長調ですが、30小節に増えています(同P352参照)
通常私たちが演奏しているものは、さらに増えて35小節です。これは32分音符の挿入により曲の終わりに向かって緊張感のあるものに作り変えたものです。小節数もさることながら、最も大きな改訂は半音上げて嬰ハ長調に移調したことです。

嬰ハ長調はシャープが7個もつく遠隔調であり、バッハの全作品の中でも《平均律クラヴィーア曲集》でしか使われていません。当時嬰ハ長調はよく知られておらず、バッハも最初から嬰ハ長調で作曲したとは考え難いのです。作曲家に聞けば先にハ長調で作曲してから移調したに違いないと言うことでしょう。

今私たちが嬰ハ長調フーガをハ長調で弾いたらバッハは何と言うでしょうか。
「半音低くて気持ち悪い」と今日の絶対音感者のようなことをバッハが言うでしょうか。
否、バッハは、調やピッチが変わっても音楽の生命は変わらないと言うことでしょう。
何故ならバッハ自身がハ長調で演奏した証拠の早期稿が現存するからです。

バッハの時代は絶対音感という概念が無く、楽譜に書かれている音とピッチの関係は絶対的なものではありませんでした。
例えばバッハはコーアトーンより、かなり高いピッチで調律されたオルガンでも見事に弾きこなしました。
もし、バッハが絶対音感で音楽を捕らえていたらピッチの違うオルガンで演奏することはできなかったはずです。

またバッハはカンタータ演奏の際、管弦楽や合唱と高すぎるオルガンのピッチをそろえるために、オルガンパートだけ低い調に移調しました。
もし、バッハが調性格にこだわっていたなら、オルガンパートを移調することはできなかったでしょう。
なぜなら、当時のオルガンは非平均律であり、調を変えれば、主和音の響きも何もかも変わってしまうのですから。

バッハの時代のピッチは町によってさまざまでしたし、一般に現在のピッチより約半音低かったとされています。
それならば、現在の半音高いピッチで弾くハ長調は、丁度バッハの時代の嬰ハ長調と同じピッチになるわけです。

このように調やピッチといったものは誠に不確実なものです。イコール式は不確実なものにこだわる愚を排します。ハ長調とイ短調の基本調に移調して音楽を正しく理解することの方がよほど大切です。イコール式音楽研究所はすべての調を絶対音感式固定ドで読む今日の鍵盤楽器教授法に警鐘を鳴らし、相対音感を大切にする教授法のひとつとしてハ長調とイ短調に限定したイコール式を提唱しています。
 



     

ピッチが半音低い時代

平均律クラヴィーア曲集第1巻から3番嬰ハ長調プレリュードを取り上げます。キラキラと輝く2つ声部が位置を交換しながら輪舞する天使を思わせる佳曲です。バッハは、足が地に着かないほど高いシャープ調の嬰ハ長調を平均律クラヴィーア曲集で使用した以外には使っていません。

バッハが作曲した当時、最も一般的だったミ−ントーン音律における嬰ハ長調では、その主要3和音がすべて非常に極端な響きになります。当時の音楽理論家たちの耳に嬰ハ長調がどのように聴こえたのかケレタート著、竹内ふみ子訳「音律について」から探ることにしましょう。マッテゾン(1681生)は「その効果があまりまだ知られていない」、ゾルゲ(1703年)は「殆どどうしようもなく硬い」、シューバルト(1739生)は「やぶにらみのような調性、この調性にはただ珍しい性格と情緒しか託すことができない」、クラーマー(1752生)は「ただ不愉快感だけが残っている」と述べました。しかし、バッハが平均律クラヴィーア曲集で用いた嬰ハ長調は明るく輝く調性として捉えられており、マッテゾン等の捕らえ方と正反対のようでもあります。バッハが用いた音律は12等分平均律に近いものだったと考えられていますが、現在の私たちが使っている12等分平均律のピアノでは、すべての調が同一の調性格を持ちモノクロの世界が広がるだけです。

バッハが作曲した当時のピッチはどうだったでしょうか。
作曲された当時の楽器や奏法をオリジナル或いはピリオド楽器と言います。現代の楽器はモダン楽器と言います。オリジナル楽器のピッチはa’=415ぐらいであるのに対してモダン楽器はa’=442〜445 です。モダン楽器の方が約半音高いのです。つまり、オリジナル楽器で演奏する嬰ハ長調の曲はモダン楽器ではハ長調になってしまうわけです。

イコール式の「平均律クラヴィーア曲集」は嬰ハ長調の曲をハ長調で記譜しています。モダン楽器のピアノで演奏する場合には、嬰ハ長調の曲をハ長調に移調すると丁度バッハの時代のピッチになります。しかしイコール式が目的としていることは、古い時代のピッチを再現することではありません。古い時代のピッチに合わせるだけなら平均律クラヴィーア曲集をすべて半音づつ低く移調して記譜すれば良いのですがイコール式はすべての調をハ長調とイ短調に移調しました。それはイコール式の目的が古楽思考ではなく、相対音感による鍵盤楽器教授法だからです。ハ長調とイ短調だけは、絶対音感読みと相対音感読みがイコールになります。この二つの調に限定することによって、絶対音感を持つ生徒も、持たない生徒も耳に抵抗なく相対音感を身につけることができるのです。

イコール式が従来の移動ド読みと何処が違うかと言うことをご説明しましょう。ト長調のメヌエットを例にとると、固定ド読みの「レーソラシドレーソーソ」の移動ド読みは「ソードレミファソードード」となります。この時、絶対音感を持たない生徒は耳に抵抗を感じることはありませんが、絶対音感を持つ生徒は音の読み方とその音高が食い違っていることに抵抗を感じます。イコール式の楽譜の場合は記譜されている音符そのものもハ長調の「ソードレミファソードード」ですから、絶対音感を持っていても抵抗を感じなくてすみます。イコール式がハ長調とイ短調に限定しているのはこういった理由からです。

現状の鍵盤楽器教授法は固定ド読みが一般的です。固定ド読みは絶対音感を持つ生徒に抵抗がありませんが、絶対音感を持たない生徒にとって「レーソラシドレーソーソ」は耳に抵抗が生じます。このことは非常に危険なことでもあります。例えば、本番中に音を忘れた場合です。今弾いているところが何ページ目の何段目のあたりであるか分っており、音楽が頭の中で鳴ってはいるのですが、絶対音感を持たないためにその音名が分からず弾くべき鍵盤の見当がつかないのです。「レーソラシドレーソーソ」という固定ド読みで覚えてもそれは音楽理論的に意味を持たないメロディーですから、頭の中にある音程記憶の引き出しからこのメロディーを呼び出すことは不可能です。
しからば絶対音感さえあれば安心といえるでしょうか。絶対音感を持つ生徒は、このメヌエットを「レーソラシドレーソーソ」とソルフェージュすることは可能でしょう。しかし、それは弦楽器奏者などが作る正しい音程ではなく、12等分平均律のメロディーでしかないのです。音楽は相対音感で捉えた時に始めてメロディーが生命を持ち、その和声とともに理解できるのです。私の生徒の中にはピアノの鍵盤を無茶苦茶に10個以上同時に鳴らしてもそのすべてを言い当てる絶対音感の持ち主もおります。そういった生徒でもテレビから流れてくるメロディーをピアノでさぐり弾きする時や、作曲、編曲をする時は不思議なことに相対音感でやってしまうのです。

イコール式は絶対音感による鍵盤楽器教授法の危険性に警鐘を鳴らし、相対音感による教授法を提唱しています。バッハの時代には存在していた調による性格の違いも、モノクロの12等分平均律においては空理空論になってしまいました。また、時代と共にピッチが変化することによって調の絶対音高も定まりません。このことは同時に標準音a’=440の時の12等分平均律というものに基づく絶対音感も神話に過ぎないことを物語っています。こういった状況にある現在鍵盤楽器教授法において「平均律クラヴィーア曲集」を元の調のままで演奏することに何のメリットが望めると言うのでしょうか。実体のない調性格やピッチにこだわることよりも、相対音感による鍵盤楽器教授法によって、楽曲を深く理解することの方が音楽力を高める近道です。

第2巻 プレリュードとフーガ 変イ長調

バッハが自ら移調した曲のひとつである平均律クラヴィーア曲集第2巻17番 変イ長調を取り上げます。プレリュードとフゲッタ ヘ長調 BWV 901 プレリュードこの曲はヘ長調のプレリュードとフゲッタ BWV 901として作曲されたものをバッハ自身が変イ長調に移調し、大幅な改作を行った上で平均律クラヴィーア曲集に収録しました。
写真をクリックしてご覧いただくとプレリュードには「3点ハ」が4回出てきます。バッハの時代の楽器は今より鍵盤数が少なく「3点ハ」が最高音でした。このプレリュードを変イ長調に短3度上げると演奏不可能な音が出てくるためにバッハは新たにプレリュードを書きました。ヘ長調の前作は静かなパストラーレ風、変イ長調の新作はバッハ円熟期の卓越したプレリュードです。

フーガはフゲッタとして作曲されたものでもともと23小節で終わっていました。
バッハはその後に27小節も付け加え、その継ぎ目が誰にも気づかれないほど上手に前半と後半のまとまりをつけています。

バッハの時代に一般的であった中全音律における変イ長調は極端な調です。
主和音「変イーハー変ホ」にウルフの5度を含むからです。さらに凝戮力族察嵎僖蹇縞僖法璽悄廚鉢催戮力族察屮悄縞僖ぁ璽蓮廚盒肪爾紛舛です。属和音だけが純正です。音楽理論家のシューバルト(1739生)は変イ長調を「墓の調性であり、死、墓、朽ち果てること、審判、永遠がその範疇にある」と述べました。さらにシリング
(1805生)も「霊や魂がゆらゆら揺れながら天国へと到達するかに見える」と述べました。

ではバッハの変イ長調はどうでしょうか。バッハの全鍵盤曲の中で変イ長調は平均律クラヴィーア曲集にある2曲のみです。
平均律クラヴィーア曲集第1巻17番のプレリュードは合奏と独奏が交替する協奏曲形式ですがこの曲ほど音楽的解釈が分かれる曲は珍しいと言えるでしょう。暗く荘厳な解釈、威風堂々としたフォルテの解釈、穏やかで優美な解釈、軽いスケルツァンド風の解釈などです。フーガはまるで鐘のように反響する主題によって「大寺院フーガ」と呼ばれ、厳粛な宗教的情緒を感じさせます。
平均律クラヴィーア曲集第2巻17番のプッリュードは整然とした流暢な流れがナポリの7の和音に向けて強烈な終結的盛り上がりに達する威風堂々とした佳曲です。フーガは48曲中最も卓越していると言われ技巧的かつ変化に富んだ雄大なフーガです。

もしもバッハが、平均律クラヴィーア曲集を編集する際に調性格の確立を主たる目的にしていたとしたら、ヘ長調だった初稿を遠く離れた変イ長調に移調できなかったのではないでしょうか。バッハの主たる目的は24すべての調を網羅することでしたから、#♭の多い調は#♭の少ない調から移調することも平気でやったのでしょう。

イコール式は調性という不確実な神話に囚われることなく、音楽にとって最も大切なことを教授することを目指しています。それは従来の絶対音感による鍵盤楽器教授法を相対音感による教授法に変えることです。絶対音感による教授法は、絶対音感という概念が定着した20世紀末以降の音楽にこそ相応しいのです。それ以前の音楽は、相対音感で捉える方が分かりやすいのです。



バッハ定例会
第1日曜日 15:00 PM
第2金曜日 10:00 AM
第4土曜日 10:00 AM

第4回バッハ礼讃音楽会
日時:2017年7月30日(日)
午後2時
場所:山口県旧県会議事堂

富田庸講演会&公開レッスン
講演会:2017年9月9日 午後2時
公開レッスン:9月10日午前10時
場所:山口大学
大学会館1階大ホール
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<プロフィール>
鍵盤楽器の
新しい記譜法
「イコール式」を提唱

子供の頃、父と一緒に、バッハのフーガをピアノ分担奏で弾くことによって、声部進行を直感的に学び取った。爾来バッハの鍵盤作品の
とりこになった。

延べ400人の生徒のレッスンを通して、バッハのフーガを弾くことが音楽力を向上させる最も有効な手段であることを再認識した。
移調によって難易度を下げることで、ピアノの初心者も《平均律クラヴィーア曲集》に親しむことができる。

イコール式とは「鍵盤楽器においてどの調も皆同じ」という意味です。
なぜなら12等分平均律の鍵盤楽器における調性とは、ただ高さのみによって識別される2つの旋法、すなわち長調と短調の性格だけに限られるからです。
12等分平均律は勿論のこと、不等分音律を前提に論じたマッテゾンでさえも調性格の恣意性を指摘しています。
異名同音、ピッチの変動、バッハの手による移調の試みなどを考慮すれば、《バッハ平均律クラヴィーア曲集》の元調にこだわる必要は無くなります。簡単な調に移調して、まず親しむ方が大切なことです。
やわらかなバッハの会は既成概念にとらわれず、自分自身の判断で音楽の本質を探究するところです。
橋本絹代 著  『やわらかなバッハ』 春秋社
橋本絹代 編著 《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》


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<イコール式の意味>
*12等分平均律の鍵盤楽器においてはどの調も同じ(イコール)です *フーガの各声部は主従関係ではなく対等(イコール)です *12等分平均律の調律法はイコール・テンペラメントと言います *音名と階名が同じ(イコール)読み方です
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