絶対音感とは先行するいかなる音も参考とすることなく、ある音の高さを言い当てる、あるいはその高さの音を出す能力を言います。
一口に絶対音感といっても、ジェット機の爆音、鐘の音、鳥の鳴き声までも識別できる人間周波数測定器のような能力から、特に親しんでいる楽器や特定の音域に関してのみ識別能力を示すものまで様々な段階があります。

そもそも絶対音感という概念は世界中のピアノが12等分平均律になった後に、この調律法のピアノによって作られたものです。ですから19世紀末頃からの概念です。
aを440Hzとするとg は395Hz(小数点以下四捨五入)になりますが、これは12等分平均律の場合に限ります。
同じg 音でもピュタゴラス音律ならば391Hz, 中全音律ならば394Hzです。ですから標準音aが440Hzの場合の395Hz だけがg音であるとは言えないのです。
また歴史的にみても標準音は変化しており、最近のオーテケストラの標準音は 440Hz より上昇傾向にあります。その場合いったい何Hzをもってg の音だというのでしょうか。
また、何Hz から何Hzまでがgis音 でなくg音 に留まると言い得るのでしょうか。甚だ疑問であります。

もともと音楽は祈りとして発祥しました。まだ楽譜という記譜法がなかった頃、記憶に頼って伝承されたフレーズは自由な高さで歌われました。やがて記譜法が発明され、音楽が目で見えるようになりました。しかし楽譜に書かれた音と実際の音高の関係は全く自由なものでした。音高とは歌手の歌いやすい音域という意味でした。
バッハの時代になると一応の標準音というものがありました。しかし標準音といっても町ごとに違っているものでした。
作曲家たちは音高にはさほど関心を払いませんでした。音高に音楽の生命があるわけではないからです。

私たちが歌を歌う時、楽譜と違う高さで歌ったとしても、移調して歌ったとしても音楽そのものには何の変化も起こりません。シューベルトの歌曲集は上声用、中声用、低声用と3種類の異なる調で出版されていることは皆様ご存知のことと思います。カラオケを歌うときも、私たちは歌いやすいキーに変えて歌います。

昨今の日本では絶対音感を持っていることがプロの必須条件であるかのように誤解されていますが、これは音楽を破滅に導く愚かな考えです。絶対音感は音楽の生命と全く無縁であるばかりか、絶対音感が音楽をする上で邪魔になることも多いのです。音楽にとって重要なものは絶対音感ではなく相対音感です。相対音感を伸ばすことが音楽力を伸ばすことなのです。
もし不幸にして幼少時に絶対音感教育を受けさせられた人は、本当はハ長調とイ短調の曲しか弾いてはならないのです。
なぜならハ長調とイ短調だけは、固定ドで読んでも移動ドで読んでも、シラブルが同じだからです。
イコール式はすべてをハ長調とイ短調の2モードで記譜しますから、絶対音感者も相対音感者も使えるようになっています。
『イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集』を使って全曲制覇を試みることは真の音楽力を伸ばす近道です。