やわらかなバッハの会 The Society of Soft Bach

先入観念にとらわれることなく、バッハの音楽に親しむ会です。
イコール式音楽研究所  所長  橋本絹代
Equal Method Music Institute President Kinuyo Hashimoto

イコール式

トニック・ソルファ法

トニック・ソルファ法とは主音の「ド」を中心に据えた1種の記譜法とそれに基づいた視唱指導システムです。トニックは主音の意味で、イギリスのカーウェン(1816ー80)が考案しました。

カーウェンは会衆の讃美歌唱を改善する目的で視唱指導法の研究に取り組みました。やがて彼は「グイードの手」のソルミゼーションと同様に、相対音高を耳で知覚することを基にして讃美歌の旋律を簡単に読み取る方法を完成させました。その方法とは従来の5線記譜法を使わずに、文字と点や線を使って音階を表すものでした。文字譜の発展ぶりは目覚しく、あっという間に何万人もの会員をもつ全国的な組織に成長しました。そしてトニック・ソルファ音楽カレッジやトニック・ソルファ楽譜出版社まで創立するに至りました。トニック・ソルファ法はイギリス全国のアマチュア合唱団に定着したに留まらず、学校教育でも公認の方法として採用されるほどになりました。

しかし年月とともにトニック・ソルファ法の欠陥が露呈してきました。それはヘンデルの「メサイア」の文字譜が1890年までに約4万部も売れる一大勢力となったものの、トニック・ソルファ譜になれた人々は本格的な5線譜を前にすると訓練を受ける前と同様にほとんどそれを理解することができないという問題が出てきました。トニック・ソルファ譜の学習を5線記譜法の理解に発展させることが不可能だということが分ってきたのです。トニック・ソルファ音楽カレッジはこの欠陥を改善するべく、訓練の早い段階から5線記譜法の学習を組み込むという改革を行い、トニック・ソルファ法それ自体が学習の目的とならないように配慮しました。

「グィードの手」、ルソーの数字譜、カーウェンの文字譜などの根底にあるのは相対音感です。それは中心の音を定めてそこからの距離によって、音の機能を分りやすく理解する方法です。
イコール式も根本原理は同じですが記譜法が違います。音階を数字や文字で表すのではなく、5線記譜法の音符を使います。5線記譜法は本来、固定ド読みに適していますが、イコール式はその5線譜を簡単に移動ド読みできるようにしました。その方法とは固定ド読みと移動ド読みが等しくなる調だけを用いる方法です。固定ド読みと移動ド読みが等しくなる調はハ長調とイ短調の2つだけです。この2つのモードですべての鍵盤楽曲を記譜するのがイコール式です。音楽を学ぶのにハ長調とイ短調だけを使いますので音の機能を簡単に理解することができます。

音部記号

音部記号とは5線譜の一番最初に書いてある記号で音符の読み方を決定するものです。5線上の音符の位置が同じでも音部記号ぶよってその読み方は変わってきます。

「グィードの手」以降13世紀頃までは音符の5線上の位置と、ドレミと、実際に鳴る音とは無関係でした。昔の作曲家は定旋律を伝統的に記譜されてきた音高で書き、ピッチは自由」でした。ローマカトリック聖歌集では現在に至っても尚、旋律は絶対音高とは無関係です。

14世紀頃になるとト音記号、ハ音記号、ヘ音記号が定着してきます。
ト音記号は「ト」の音、ハ音記号は「ハ」の音、ヘ音記号は「へ」の音の位置を5線上に指定するものです。ハ音記号はバッハの自筆譜によく見られるものですが、現在のピアニストにはほとんど無縁のものです。何故ならばバッハがハ音記号で書いた作品であっても現在はト音記号とヘ音記号に書き直した出版楽譜を使って弾くからです。

次にト、ハ、ヘ音記号をそれぞれ見ていきますが、5線は下から順に第1線、第2線と数えます。
ト音記号はソルミゼーションの「Sol」の「s」の文字を象形化した形で、第2線が「ソ=1点g」 であることを示します。ト音記号は高音部記号であり、別名ヴァイオリン記号とも言います。

ハ音記号は反対向きのCの文字を上下に2つ連ねたもので「ド=1点c」の音を示します。ハ音記号の位置が第1線にあるものをソプラノ記号、第2線がメゾソプラノ記号、第3線がアルト記号、第4線がテノール記号と言い、c の文字の位置によって4種類存在します。

ヘ音記号はFという文字の2本の横線が2つの点に変わったもので、2つの点の間が「ファ=f」 であることを示します。ヘ音記号の点の位置によって2種類あり、第3線にあるものをバリトン記号、第4線にあるものをバス記号と言います。単にヘ音記号と言うときはバス記号、低音部記号を指します。

音部記号の種類はト音記号1つ、ハ音記号4つ、ヘ音記号2つ、全部で7種類の読み方があることになります。ト音記号1種類だけでもなかなか読めない初心者にとって7種類もの音部記号を読むのは大変な負担です。初心者のみならず、ピアノ教師でもハ音記号などは難しく感じるものです。7種類もの音部記号があるにもかかわらずト音記号とヘ音記号の2種類しか使っていないということは実は移動ド読みの盲点なのです。このことについて次に説明しましょう。

まず「1点c=ド」を7種類の音部記号で記譜してみましょう。「1点c=ド」が下加線の位置にくるのがト音記号(ヴァイオリン記号)、第1線にくるがソプラノ記号、第2線がメゾソプラノ記号、第3線はアルト記号、第4線はテノール記号、第5線はバリトン記号、上加線はヘ音記号(バス記号)となります。
こうして見てみると私たちは「1点c=ド」が下加線にくるト音記号と、上加線にくるヘ音記号の両極端の2種類だけで普段、楽譜を読んでいることがわかります。

ではここでト長調の曲を移動ド読みする場合を考えてみます。ト長調は第2線の「ト=g」を「ド」と読むのですから、音部記号に当てはめると第2線が「ド」になるメゾソプラノ記号で読むことになります。メゾソプラノ記号で読んで弾くことができて初めてト長調読みができると言えます。ハ音記号の一種であるメゾソプラノ記号をすらすら読めるピアノ教師はほとんどいません。ということはト長調読みがすらすら読めるピアノ教師がほとんどいないということです。通常、ト音記号とヘ音記号の2種類の音部記号しか読まないピアノ教師が果たして移動ド読み出来ると言えるのでしょうか。しかも速いテンポで沢山の和音を移動ド読みできるはずがありません。

ハ長調はト音記号(ヴァイオリン記号)読み、ホ長調はソプラノ記号読み、ト長調はメゾソプラノ記号読み、ロ長調はアルト記号読み、ニ長調はテノール記号読み、ヘ長調はバリトン記号読み、イ長調はヘ音記号(バス記号)読みです。以上7種類の音部記号が自由に読める人だけが、本当の意味で移動ド読みができる人言えるのです。

ルソーが考案した数字譜について、ルソーが最も大きな利点として上げたのは「移調と音部記号を廃止した」ということでした。
イコール式もルソーの主張である「移調と音部記号を廃止」しました。イコール式は音部記号をト音記号とヘ音記号の2種類しか使わずに、しかも移動ド読みが簡単にできる方法です。その方法とは従来の5線記譜法を使って、ハ長調とイ短調の2つのモードに移調することです。ハ長調とイ短調の2つの調だけは固定ド読みと移動ド読みが重なります。等しくなるという意味からイコール式と名付けました。
イコール式の楽譜は移動ド読みする必要がありません。そのまま読むだけで移動ド読みができるので、音の機能を理解し易くなります。
イコール式の鍵盤楽器教授法は安易な固定ド読みによる教授法に警鐘を鳴らし、ハ長調とイ短調だけで音楽の構造を分りやすく理解できるように考案したものです。

ルソーの数字譜

ルソー(1712ー78)は「社会契約論」や「人間不平等起源論」などを書き、フランス革命に多大な精神的影響を及ぼした啓蒙思想家として有名ですが、その一方で、音楽家、小説家としても優れた業績を残しました。作曲家としてはオペラ・ブッファや器楽曲、100曲ほどの歌曲があり、音楽著述家としては「近代音楽論究」や「百科全書」の音楽関係項目執筆などがあります。中でもとりわけユニークな業績は従来の5線記譜法の複雑さに疑問を投げかけた数字譜の考案です。

ルソー考案の数字譜は「音楽のための新記号案」として1742年にパリの学士院で発表されました。彼は従来の5線譜が音部記号、シャープ、フラット、ナチュラル、単純及び複合拍子、全音符、2分音符、8分音符、16分音符、32分音符、全休符、2分休符、4分休符、8分休符、16分休符、32分休符など多数の記号の無駄な組み合わせから成り立っており、これが読譜を難しいものにしていると考えました。
それだけではなく彼の主張の中にはソルフェージュの根幹に関わることが含まれていました。つなわち、彼は「ミーファ」が音楽家の心に自然な形で半音の観念を呼び起こすので、ホ長調における「ミー嬰ファ」を「ミーファ」と歌うことは心を欺き耳に不快感を与えると述べました。ルソーによれば「すべての音が相対的な書き表し方を持てば十分であり、それぞれの音にそれが基音との関係で占める位置を指定すればよい。従ってドレミファソラシは1234567で表わされ、シャープ記号は右肩上がりの線を、フラット記号は右肩下りの線を数字の上に重ねて書く。シャープ、フラットは出現する度に示されるのでナチュラルは不要・・・・」と続きますが数字譜についての詳しい説明はここでは省きます。要するにルソーの新記号案とは1本の線上に7つの数字と簡単な線や点を使うだけですべての楽曲を記譜する方法でした。

発表当時ルソー考案の「音楽のための新記号案」を審査検討したのはアカデミーの物理学者、化学者、天文学者からなる3人でした。ルソーはこの3人が判断した見当違いの評価に不満を持ち、そのことを彼自身が書いた「告白」の中で「3人とも確かに有能の士であったが、しかし1人も音楽を知らず、少なくとも私の案を判断できるほど十分には知らなかった・・・私の方法の最大の利点は移調と音部記号とを廃止することだった」と述べました。

また彼は「数字譜に対する唯一のしっかりした反論はラモー(1683ー1764)によってなされた。私が彼に説明するやいなや、彼はその弱点を見抜いた。」と言いました。当時フランスを代表する機能和声論の大家であったラモーが見抜いた弱点とは「演奏の速さについていけないほどの、精神の働きを要求している」ということでした。つまり、5線記譜法では音符の動きが目に対して描かれるのに対して、数字譜では数字を一つずつ拾って行かなければならないということです。32分音符の速いパッセージを数字譜で書いたらどうなるか想像してみればラモーの指摘の正しさが理解できます。

結局、直ぐにはルソーの新記号案が5線記譜法の世界に革命を起こすことはありませんでしたが、数字譜はまずフランスの教育者たちによって受け継がれました。ガラン(1786ー1821)は数字譜を更に簡素化したメロプラストという初等学年児童のための読譜法を考案しました。これは後にパリ(1798ー1866)とシュヴェ(1804ー64)らによって改良され、ガラン・パリ・シュヴェ法としてヨーロッパに広まりました。イギリスではグラヴァーが「ノリッチ・ソルファ法」を更にカーウェン(1816ー80)が改良して「トニック・ソルファ法」を考案しました。ドイツではフンデッガーが「トニカ・ド唱法」を、ハンガリーではコダーイが教育システムに発展させました。

イコール式の記譜法はルソーが最大の利点とした「移調と音部記号を廃止する」という点で全く同じ利点を持っています。しかし、大きな相違点は数字譜を使わず、従来の5線記譜法を使うことです。従ってイコール式はラモーが見抜いた数字譜の弱点を克服したものです。イコール式は移調と音部記号を廃止し、尚且つ音を5線譜上に一連の動きとして目で見ることができます。イコール式はルソーの数字譜と正式な5線記譜法の長所を併せ持つ記譜法です。

ドレミ法

ドレミ法の起源は770年頃に書かれた単旋律聖歌「洗礼者ヨハネの賛歌」と言われています。この賛歌は初めの6行の出だしが「ウトut,レre,ミmi,ファfa,ソルsol,ラla」という音節になっています。
Ut queant laxis
Resonare fibris
Mira gestorum
Famili tuorum
Solve polluti
Labil reaturm   以下省略
この音節に合わせて1行目は音高が「ド」から、2行目は「レ」からという具合に順次上行して「ラ」に至る単旋律聖歌です。このテキストと旋律に基づいて、音節を指の関節や指先に配したものがいわゆる「グィードの手」と言われているものです。「グィードの手」は1000年頃にイタリア人修道僧のグィード・ダレッツォが考え出したとされており、ソルミゼーションのシステムを史上初めて記録したものと言われています。それ以来数世紀にわたって引き継がれていったのは6つの音節をC,G,F上に配するシステムでした。Cから始まる6音音階は「自然な」、Gは「硬い」Fは「軟らかい」ヘクサコードと呼ばれました。最初の音節である「Ut=ウト」は17世紀にギベリウスによって発案された「Do=ド」に変わりました。

「洗礼者ヨハネの賛歌」を起源とするドレミ法は音高の絶対的なピッチとの関係はありませんでした。つまり、西洋の音楽の起源は絶対的ピッチとの関連を持たない階名としてのドレミ法しか存在しなかったのです。やがてピッチが固定し始めると共に音名という概念が形成されてきました。現在ではもともと階名であったドレミ法が音名としても使われるようになりました。両方に使うということは階名という音の機能を表すものと、音名という音の高さを即物的に表すものを同じシラブルで歌うという混乱を引き起こしました。例えばト長調の場合、階名では「ドレミ」、音名では「ソラシ」と、同一の鍵盤を弾いているのにそのシラブルが異なります。

こういった混乱を整理するために考案した方法がイコール式です。イコール式は階名の「ドレミ」と音名の「ドレミ」が一致する調、すなわちハ長調とイ短調で12の全長調を記譜する方法です。「グィードの手」が考案された時代は勿論のこと20世紀始め頃まで、絶対的なピッチは存在しませんでした。「ド」のピッチが歌手ごとに違う時代や町ごとに違う時代を経て世界標準音がa=440hzと定められたのは20世紀に入ってからのことです。現在ではピッチが440hzより更に上昇傾向にある反面、古楽演奏家はバッハやモーツァルト時代のピッチに立ち戻るべく415hzぐらいの低いピッチで演奏します。

イコール式は不確実で音楽の本質とは言えないピッチを自由にすることで、ドレミ法を統一しました。イコール式ではすべての音楽をハ長調とイ短調から移調したものとして考えます。バッハ「平均律クラヴィーア曲集」の全48曲をハ長調とイ短調に移調した楽譜を使います。
イコール式では属調への転調は常にハ長調からト長調、下属調は常にヘ長調、並行短調は常にイ短調と非常に解り易くなります。

移動ド読みと固定ド読みのどちらが良いかという論争は一長一短で決着をつけ難い問題です。イコール式の鍵盤楽器教授法は移動ドと固定ドの長所を採用した解決法の一つとして提案させていただきました。イコール式によって音楽の構造が一目瞭然によく分り、相対音感をさらに伸ばすことができるでしょう。相対音感は人間が生来持っているものであり、大人になってからでも伸ばすことのできる能力です。しかも、相対音感こそ音楽の構造を表すものなのです。

ギャラ

バッハが生きた時代の鍵盤楽器奏者は今日のピアニストとは異なり、自分が作った曲を演奏するのが当たり前でした。自分で作曲する力を持たず、他人が書いたものを音にするだけの人は「楽士」と呼ばれ、酒場のヴァイオリン弾きと同等の扱いを受けました。
「楽士」とは「他の人々が書いたものを楽器によって音にするという目的のために雇われる人」という意味でもありました。「雇われる」ということは「報酬を得る」と考えても良いでしょう。今日のピアニストは他の人々が書いたものを演奏してギャラを得ています。つまり、今日のピアニストは「楽士」と同じ行為をしているわけです。できるだけ高いギャラを得ることが高いステータスとなっていますが本当にそれでよいのでしょうか。音楽の本当の目的は何でしょうか。プロフィールに華々しい経歴を並べることが目的でしょうか。ステージで拍手喝采を浴び、高額のギャラを得ることが目的でしょうか。否、本当の目的は他のところにあるような気がします。華々しい経歴の中身はというと、日本においては難関有名音大の卒業、留学暦、著名教授の師事暦、コンクール暦から始まり、次にその立派な経歴が呼び寄せた数々のコンサート、内外オーケストラとの競演、受賞暦などです。これらはすべて審査委員や聴衆などの他人から見て自己の優秀性を証明するもの、つまり勝ち組を証明するものに他なりません。勝ち組になることが音楽の目的でしょうか。

音楽は本来人と競ったり、審査委員や評論家や聴衆に優劣を決めてもらうべきものでしょうか。否、音楽の起源は素朴な祈りでしょう。音楽を祈りとして考えると、音楽で人と競ってみたり、神ならね人間が優劣を判断するのはおかしな話です。しかも、今日のピアニストは自ら作曲しない場合が多いので、自分の祈りではなく他人の祈りを代読するに等しい状況です。祈りは本来一人静かに神と一体になることであって、その祈りは自分の内から汲み出す以外にはないはずです。他人の祈りをステージの上で仰々しく我が物顔で祈るものではないはずです。ましてその祈りによって聴衆からギャラを得たり、拍手喝采を浴びるのは音楽の本筋から外れているように思います。祈りはただ一人神の前にひざまずき自分のすべてを投げ出して感謝、讃美する行為です。演奏行為がこのように純粋な祈りであれば神に喜ばれるはずです。もし演奏行為が試験やコンクールやコンサートといった評価を伴う時は無用な緊張が伴うために、祈りというよりはむしろ大げさなパフォーマンスになってしまいます。

コンサートとは異なる教会の礼拝においては、演奏行為に対しての拍手やギャラはほとんどの場合ありません。なぜならば礼拝において讃えられるべきはただ神のみ、演奏行為はその神への讃美とみなされるからです。教会の礼拝ではコンサートのように演奏者を讃える拍手喝采は神への不遜であり場違いなものと考えられます。また、演奏の場も礼拝堂後部のバルコニーなど奏者の姿が見えない状態で音だけ聴こえる場合が多く、ステージでのスポットライトを浴びてのパフォーマンスとはかなり異なります。礼拝における祈りとしての音楽と、コンサートにおける娯楽的な音楽とではどちらが演奏者にとって幸せなのか考えさせられる問題です。

イコール式音楽研究所の主張はステージでパフォーマンスするための音楽ではありません。魂の至福を得るための音楽を目指しています。それには西洋音楽の中で最も優れた鍵盤曲と言われるバッハの《平均律クラヴィーア曲集》ほど宗教性に富んだ相応しいものはないと考えます。
専門的なピアニストも、ピアノ教師も、ピアノ愛好家も、学習途上の子供も、日々《平均律クラヴィーア曲集》を弾いて、決して乾くことのない水を汲んで欲しいと思います。この水を飲まずして、他の作曲家の曲ばかりを弾くのは大切な時間の無駄、人生の無駄ではないでしょうか。《平均律クラヴィーア曲集》を弾く時は速く流暢に弾こうとしたり、定評のある演奏家と比較検討してはいけません。音楽による真の祈りは他人の評価と無縁だからです。ただ無心に毎日少しの時間でも《平均律クラヴィーア曲集》と向き会うならば必ずや魂の奥底から至福の喜びが全身に広がるのを覚えることでしょう。

自分が作曲したのではないバッハの《平均律クラヴィーア曲集》を弾くのでは、自分の内から湧き出る祈りにならず単なる「楽士」にすぎないのではないかと心配しないでください。バッハは他の作曲家のように、作曲家個人の感情をもって作曲したのではありません。なぜならバッハの曲は個人の感情を超越した宇宙の法則だからです。宇宙の法則とは神であり、神という目に見えないものを波動で感じることを可能にしたのがバッハなのです。

バッハの至福の喜びを得るためには鑑賞するだけでは不十分です。自らの持てる技術の範囲内で結構ですから実際に演奏しなければ本当の至福は味わえないのです。信仰告白も念仏も、知識として知っているだけ、あるいは他人が唱えるのを聞くだけでは不十分です。自ら念じ行じることが先決です。《平均律クラヴィーア曲集》もCDを聴くだけでは不十分です。たとえ1パートだけでも自分で弾くことによって宇宙の法則が心の奥底に伝わってくるのです。

イコール式の《平均律クラヴィーア曲集》は多くの利点を持ちますが、その中の一つとして技術的に簡単にしてあるということが上げられます。全曲をハ長調とイ短調に移調し、難しい調号を廃止しました。多くの方がイコール式の楽譜によって、《平均律クラヴィーア曲集》を身近に感じ、実際に弾いてくださることを願うものです。バッハを弾かずして、また《平均律クラヴィーア曲集》の全曲を弾かずしてピアノを弾いたとは決して言えないことを理解していただければ嬉しいと思います。シューマンは《平均律クラヴィーア曲集》を日々の糧と言い、カザルスは毎朝《平均律クラヴィーア曲集》を弾くことから一日を始めました。その理由は、《平均律クラヴィーア曲集》が音楽の中の音楽、最初にして最後、これを越える曲が未だ人類に与えられていないことを証明しているように思います。

相対音感ピアノ教授法

今日のピアノ教授法は絶対音感に基づいた固定ド読みで行われるのが一般的です。絶対音感という概念は19世紀終わり頃にできたものですから、それ以前のバッハ、モーツァルト、ベートーベン、ショパン、ブラームスなどの音楽を絶対音感という概念で捕らえることは甚だ疑問です。絶対音感という概念が生まれる以前の調性音楽は相対音感に基づく移動ド読みをしなければ音楽の構造が理解できないはずです。今日私たちが弾くピアノ曲の大半は調性音楽ですから、相対音感に基づく移動ド読みの方がが適しています。

にもかかわらず、鍵盤楽器の世界を見ると現状は断然、絶対音感に基づく固定ド読み教授法が優勢です。しかも信じがたいことですが、絶対音感を持たない生徒に対してまで絶対音感教授法が行われています。これは英語が全く分らない日本人に英語で聞かせ、話させるのと同じぐらい無茶苦茶な話です。このような無謀な教授法は1オクターヴ内12個の音が固定されている鍵盤楽器に特に顕著に見られる傾向です。音程を作りながら演奏する弦楽器や声楽、移調楽器である管の世界ではむしろ相対音感の方を大切にしています。

バッハの時代には絶対音感という概念はありませんでした。従ってバッハは相対音感でもって作曲しました。バッハは「平均律クラヴィーア曲集」を編集する際に、簡単な調の草稿を難しい調に移調するということをしています。また、カンタータはピッチの高いオルガンとピッチの低い管弦楽や合唱をそろえるために、オルガンパートは1音低く移調して書きました。また、バッハは管弦楽のピッチより1音あるいは短3度高いオルガンでも見事な即興演奏を繰り広げることができました。もし、バッハが音楽を絶対音感で捉えていたら、これらの事は出来なかったでしょう。

そもそも絶対音感という言葉は、平均律のピアノが一般家庭に普及し始めた19世紀中頃以降に出来上がってきたものです。従って絶対音感は1オクターヴを等しい12の半音で頭ごなしに振り分けた音律である平均律に基づいています。バッハの時代に使われた音律は不等分音律でしたから今日の平均律に基づく絶対音感という考え方はありませんでした。バッハは相対音感でもって不朽の名作を書いたのです。

イコール式は絶対音感に基づく鍵盤楽器教授法に警鐘を鳴らし、相対音感に基づく鍵盤楽器教授法を提案するものです。イコール式は相対音感に基づく移動ド読みを楽にする目的でハ長調とイ短調に限定して移調しました。移動ド読みは絶対音感を持たない人には問題なく受け入れられますが、絶対音感を持つ人にとっては耳に抵抗があります。例えばト長調の移動ド読みで「ドミソ」となる主音が、絶対音感を持つ人には「ソシレ」としか聞こえないので厄介です。絶対音感を持つ人にも持たない人にも適用できるのが前述の2つの調、すなわちハ長調とイ短調だけなのです。「イコール式 バッハ平均律クラヴィーア曲集」は48のプレリュードとフーガをハ長調とイ短調に移調しました。まず、最初にハ長調とイ短調で全曲弾くことが大切であると考えます。しかるのちに移調して原調や全調で弾くのも良いでしょう。しかし、これは非常にレベルの高い人にしかできないことですので、一般的にはハ長調とイ短調で十分です。「平均律クラヴィーア曲集」は聴くためのものではありません。自ら弾くためのものです。イコール式によって多くの方が「平均律クラヴィーア曲集」を弾いて至福の時を味わってくださることを望みます。

ウィーンの移調譜

「平均律クラヴィーア曲集」はバッハの死後約50年を経て1801年に初めて出版されました。その約50年の間に「平均律クラヴィーア曲集」の音楽的価値を疑わない息子や多くの弟子たちによって手書きで伝承された。これらの資料が膨大であることは、この曲集が人々から愛されて口コミで面々と伝わっていたことを物語るものです。

そのような筆写譜の一つにウィーンで書かれた「平均律フーガ集」があります。ウィーンの筆写譜については世界的なバッハ研究者である富田庸の「1780年代ウィーンと平均律クラヴィーア曲集第2巻」に詳しく書かれています。

ウィーンの筆写譜はオーストリア公使としてベルリンに派遣されていたスヴィーテン男爵がウィーンに持ち帰った資料が元になっています。スヴィーテン男爵はバッハ自筆譜の初期の編集段階のものをバッハの息子か弟子のキルンベルガー経由の筆写譜でウィーンに持ち込みました。それをウィーンの有名なオルガニストであったアルブレヒツベルガーが1780年頃に筆写しました。アルブレヒツベルガー(1736生)はウィーンのモーツァルトやハイドンと親しく交わり、宗教曲を多数作曲し、音楽理論書を著し、シュテファン大聖堂の楽長として没したオルガニストです。

アルブレヒツベルガーは「平均律クラヴィーア曲集 第2巻」の中から、18曲のフーガと厳密な対位法で書かれたイ短調のプレリュードを含んだ「平均律フーガ集」を編集しました。このフーガ集に収められた曲のうち4曲はアルブレヒツベルガーによって移調されました。それらはロ長調→ハ長調、嬰へ長調→ヘ長調、変イ長調→ト長調、変ロ短調→イ短調に移調されています。移調のルールは#♭が多く難しい調を半音上げるか下げるかしてより簡単な調にするというものです。彼の移調は馴染みのない難しい調をよく使う簡単な調に移調して、原調とのずれを半音以内に収めるというものでした。

ウィーンの移調譜に対して、イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集は半音上げたり下げたりするのではなく、ハ長調とイ短調に限定して移調したものです。従ってアルブレヒツベルガーとは異なる目的を持っています。イコール式の目的は、単に簡単な調に移調することではなく、相対音感で音楽の構造を分り易く理解することです。ハ長調とイ短調に限定したのは、この2つの調だけが、絶対音感保持者の耳に混乱を与えないで済むからです。例えば簡単な調のヘ長調で移調ド読みする場合、ピッチとしては「ファ」である音を「ド」と歌わなくてはならないという混乱が起こってしまいます。またその前提として「ファ」を「ド」と読み替える移動ド読みの煩わしさもあります。イコール式の名前の由来はハ長調とイ短調が「移動ド読み=イコール=固定ド読み」であるということです。イコール式は相対音感育成の目的を持つもので、いわゆる移動ド読みとは違います。何故ならバッハのフーガなど複雑な曲ほど頻繁な転調や復調のために移動ド読みが困難になるからです。
現在のピアノ教授法は移動ド読みが困難であるか、あるいは不可能という理由で調性音楽も無調の音楽もありとあらゆる音楽を固定ド読みで指導するのが一般的です。幸か不幸か、自ら音程を作らなくてもキーを叩けば即座に目的の音が出るというピアノの特性が固定ド読み鍵盤楽器教授法を支援する要因の一つとなってきました。現在の教授法は生徒が絶対音感を持っていても持っていなくても、そんなことはおかまいなし、押しなべて固定ド読みで行われることが多いのです。
イコール式はこれに警鐘をならし、相対音感によるハ長調とイ短調限定の鍵盤楽器教授法によって音楽の構造を理解することが最初の近道であることを提唱するものです。

ピアニスト

1737年、バッハ52歳の時、進歩的な音楽雑誌の最新号はバッハを猛攻撃する記事を掲載しました。それはバッハ批判で有名な新進の音楽評論家シャイベが書いたものでした。シャイベは、バッハの手の込んだバロック風な作風を古臭い音楽として排斥し、もっと単純で分りやすい音楽を求める若い世代の美学を代表する音楽雑誌の編集者でもありました。彼がバッハのことを皮肉を込めて「優れた楽士」と書いたのです。音楽雑誌に書かれたバッハ批判の中で、バッハにとって最も侮辱的だたのは「楽士」という言葉でした。

この「楽士」という言葉に対してバッハ擁護派のライプツッヒ大学講師ビルンバウムが猛反撃に出ました。その内容についてはバッハ・アルヒーフ所長そしてハーヴァード大学教授のヴォルフの著書から引用させていただくとビルンバウムの反撃はおよそ次のようなものでした。「楽士と言う語は一般に、専ら音楽の実践と言う一形態しか主要な業績がない人々に用いられる語であり、そういう人々は他の人々が書いた作品を楽器によって音にするという目的のために雇われる。実際、この種の人々すべてに使われることすらなく、通常最も身分の低い人々だけがこう呼ばれる。従って、楽士は酒場のヴァイオリン弾きと大差がないのである」

ビルンバウムはバッハが「他の人々が書いたものを楽器によって音にする」ところの楽士ではなく、自ら作曲する音楽学者であると同時に最も偉大なオルガン奏者であり、クラヴィーア奏者であると言いたかったのです。
この音楽雑誌から分るように、バッハの時代は自ら作曲しない器楽奏者を楽士という侮辱的な言葉で呼んでいました。現在はどうでしょうか?ピアニストは主として他人が作曲した名曲を演奏するばかりで、自作の曲を演奏することは非常に稀なことです。今ではピアニストの殆どが楽士のようになってしまったかに見えます。これを画家の世界に置き換えるとどうなるでしょうか。他人が描いた絵を寸分違わず上手に写す行為は贋作ということになります。どんなに本物らしく描いてもそこにある感情や意図は原作者のものであって、贋作者のものではありません。ピアニストも全く同じことです。

シャイベをはじめ若い音楽家たちを中心とする時代の風潮が、もっと分りやすい旋律的なものに向かっている時代にバッハはフーガを書き続けました。バッハがいっさいの音楽の最初にして最後であるということを世の人々が知るのはずっと後になってからのことです。フーガ芸術が古臭いと考えられて新しい音楽の道を歩み始めた時、フーガの楽匠は存在しなくなり、どのようにフーガを語ろうとももはやフーガの教師でしかなくなったのです。そしてその道はやがて指の故障でピアノが弾けなくなったシューマンの時代から作曲家と演奏家という二つの道に別れ、それはもう後戻りできない音楽の終焉に向かう道となったのです。

富田 庸

英国クィーンズ大学音楽学部の富田庸はバッハに関する気鋭の研究者です。
彼は英国リーズ大学で「平均律クラヴィーア曲集第2巻」の論文によって博士号を取得しました。
また、ヘンレ版「平均律クラヴィーア曲集第2巻」の最新の校訂者として世界中の音楽家から注目されている研究者です。

富田庸は論文の中で、バッハが「平均律クラヴィーア曲集」を編集する際に移調したと思われる曲が幾つかあると述べています。バッハ全集 第12巻 (P.77)

富田庸は「ロンドン自筆譜の記譜中に同時に移調を試みたと考えられる根拠が修正箇所に見られるもの」として第2巻だけで8つのプレリュードやフーガを上げています。
バッハが移調したと見られる曲は編集第2段階の遠隔調に多く存在します。

2巻No.3 Cis: Fuga (C:の初期稿から移調)
  No.7 Es: Fuga (D:から)
  No.8 dis: Praeludium (e:から)
  No.8 dis: Fuga (d:から)
No.13 Fis: Fuga(F:から)
  No.17 As: Fuga (F:から)
  No.22 b: Praeludium (a:から)
  No.23 H: Fuga (C:から)
      
バッハは《平均律クラヴィーア曲集》を順番通り一気に完成させたのではありません。
草稿を発展拡張して編集し、それを浄書しながらも更なる改訂の手を何度も加えるという過程を経て書かれたものです。
更に出来上がった曲を弟子に教える時にもまた改訂の手を加え、それを弟子が写して持ってきた楽譜に書き込みました。
都合の悪いことにバッハは、レッスン中の改訂を、家に帰って自筆譜に書き改めることを怠っていました。
そのためいくつかの改訂稿が存在します。
バッハは生涯にわたって、文章を推敲するように、機会あるごとに改訂の手を加え続けたのです。
このように複雑な成立過程を経る中で、バッハは草稿を移調するという改訂も行いました。
バッハの手になる移調は、当時ほとんど使われなかった難しい調つまり遠隔調を作る一つの手段であったことが、富田庸の研究から明らかになったわけです。

ここで平均律クラヴィーア曲集第2巻の3番 嬰ハ長調フーガを例にとって考えてみましょう。
このフーガは初期ヴァージョンでは、一番基礎的なハ長調で書かれており、わずか19小節しかありませんでした。(  《平均律クラヴィーア曲集第2巻》  ベーレンライター P358参照)
またアグリーコラの筆写譜では、同じくハ長調ですが、30小節に増えています(同P352参照)
通常私たちが演奏しているものは、さらに増えて35小節です。これは32分音符の挿入により曲の終わりに向かって緊張感のあるものに作り変えたものです。小節数もさることながら、最も大きな改訂は半音上げて嬰ハ長調に移調したことです。

嬰ハ長調はシャープが7個もつく遠隔調であり、バッハの全作品の中でも《平均律クラヴィーア曲集》でしか使われていません。当時嬰ハ長調はよく知られておらず、バッハも最初から嬰ハ長調で作曲したとは考え難いのです。作曲家に聞けば先にハ長調で作曲してから移調したに違いないと言うことでしょう。

今私たちが嬰ハ長調フーガをハ長調で弾いたらバッハは何と言うでしょうか。
「半音低くて気持ち悪い」と今日の絶対音感者のようなことをバッハが言うでしょうか。
否、バッハは、調やピッチが変わっても音楽の生命は変わらないと言うことでしょう。
何故ならバッハ自身がハ長調で演奏した証拠の早期稿が現存するからです。

バッハの時代は絶対音感という概念が無く、楽譜に書かれている音とピッチの関係は絶対的なものではありませんでした。
例えばバッハはコーアトーンより、かなり高いピッチで調律されたオルガンでも見事に弾きこなしました。
もし、バッハが絶対音感で音楽を捕らえていたらピッチの違うオルガンで演奏することはできなかったはずです。

またバッハはカンタータ演奏の際、管弦楽や合唱と高すぎるオルガンのピッチをそろえるために、オルガンパートだけ低い調に移調しました。
もし、バッハが調性格にこだわっていたなら、オルガンパートを移調することはできなかったでしょう。
なぜなら、当時のオルガンは非平均律であり、調を変えれば、主和音の響きも何もかも変わってしまうのですから。

バッハの時代のピッチは町によってさまざまでしたし、一般に現在のピッチより約半音低かったとされています。
それならば、現在の半音高いピッチで弾くハ長調は、丁度バッハの時代の嬰ハ長調と同じピッチになるわけです。

このように調やピッチといったものは誠に不確実なものです。イコール式は不確実なものにこだわる愚を排します。ハ長調とイ短調の基本調に移調して音楽を正しく理解することの方がよほど大切です。イコール式音楽研究所はすべての調を絶対音感式固定ドで読む今日の鍵盤楽器教授法に警鐘を鳴らし、相対音感を大切にする教授法のひとつとしてハ長調とイ短調に限定したイコール式を提唱しています。
 



     

ピッチが半音低い時代

平均律クラヴィーア曲集第1巻から3番嬰ハ長調プレリュードを取り上げます。キラキラと輝く2つ声部が位置を交換しながら輪舞する天使を思わせる佳曲です。バッハは、足が地に着かないほど高いシャープ調の嬰ハ長調を平均律クラヴィーア曲集で使用した以外には使っていません。

バッハが作曲した当時、最も一般的だったミ−ントーン音律における嬰ハ長調では、その主要3和音がすべて非常に極端な響きになります。当時の音楽理論家たちの耳に嬰ハ長調がどのように聴こえたのかケレタート著、竹内ふみ子訳「音律について」から探ることにしましょう。マッテゾン(1681生)は「その効果があまりまだ知られていない」、ゾルゲ(1703年)は「殆どどうしようもなく硬い」、シューバルト(1739生)は「やぶにらみのような調性、この調性にはただ珍しい性格と情緒しか託すことができない」、クラーマー(1752生)は「ただ不愉快感だけが残っている」と述べました。しかし、バッハが平均律クラヴィーア曲集で用いた嬰ハ長調は明るく輝く調性として捉えられており、マッテゾン等の捕らえ方と正反対のようでもあります。バッハが用いた音律は12等分平均律に近いものだったと考えられていますが、現在の私たちが使っている12等分平均律のピアノでは、すべての調が同一の調性格を持ちモノクロの世界が広がるだけです。

バッハが作曲した当時のピッチはどうだったでしょうか。
作曲された当時の楽器や奏法をオリジナル或いはピリオド楽器と言います。現代の楽器はモダン楽器と言います。オリジナル楽器のピッチはa’=415ぐらいであるのに対してモダン楽器はa’=442〜445 です。モダン楽器の方が約半音高いのです。つまり、オリジナル楽器で演奏する嬰ハ長調の曲はモダン楽器ではハ長調になってしまうわけです。

イコール式の「平均律クラヴィーア曲集」は嬰ハ長調の曲をハ長調で記譜しています。モダン楽器のピアノで演奏する場合には、嬰ハ長調の曲をハ長調に移調すると丁度バッハの時代のピッチになります。しかしイコール式が目的としていることは、古い時代のピッチを再現することではありません。古い時代のピッチに合わせるだけなら平均律クラヴィーア曲集をすべて半音づつ低く移調して記譜すれば良いのですがイコール式はすべての調をハ長調とイ短調に移調しました。それはイコール式の目的が古楽思考ではなく、相対音感による鍵盤楽器教授法だからです。ハ長調とイ短調だけは、絶対音感読みと相対音感読みがイコールになります。この二つの調に限定することによって、絶対音感を持つ生徒も、持たない生徒も耳に抵抗なく相対音感を身につけることができるのです。

イコール式が従来の移動ド読みと何処が違うかと言うことをご説明しましょう。ト長調のメヌエットを例にとると、固定ド読みの「レーソラシドレーソーソ」の移動ド読みは「ソードレミファソードード」となります。この時、絶対音感を持たない生徒は耳に抵抗を感じることはありませんが、絶対音感を持つ生徒は音の読み方とその音高が食い違っていることに抵抗を感じます。イコール式の楽譜の場合は記譜されている音符そのものもハ長調の「ソードレミファソードード」ですから、絶対音感を持っていても抵抗を感じなくてすみます。イコール式がハ長調とイ短調に限定しているのはこういった理由からです。

現状の鍵盤楽器教授法は固定ド読みが一般的です。固定ド読みは絶対音感を持つ生徒に抵抗がありませんが、絶対音感を持たない生徒にとって「レーソラシドレーソーソ」は耳に抵抗が生じます。このことは非常に危険なことでもあります。例えば、本番中に音を忘れた場合です。今弾いているところが何ページ目の何段目のあたりであるか分っており、音楽が頭の中で鳴ってはいるのですが、絶対音感を持たないためにその音名が分からず弾くべき鍵盤の見当がつかないのです。「レーソラシドレーソーソ」という固定ド読みで覚えてもそれは音楽理論的に意味を持たないメロディーですから、頭の中にある音程記憶の引き出しからこのメロディーを呼び出すことは不可能です。
しからば絶対音感さえあれば安心といえるでしょうか。絶対音感を持つ生徒は、このメヌエットを「レーソラシドレーソーソ」とソルフェージュすることは可能でしょう。しかし、それは弦楽器奏者などが作る正しい音程ではなく、12等分平均律のメロディーでしかないのです。音楽は相対音感で捉えた時に始めてメロディーが生命を持ち、その和声とともに理解できるのです。私の生徒の中にはピアノの鍵盤を無茶苦茶に10個以上同時に鳴らしてもそのすべてを言い当てる絶対音感の持ち主もおります。そういった生徒でもテレビから流れてくるメロディーをピアノでさぐり弾きする時や、作曲、編曲をする時は不思議なことに相対音感でやってしまうのです。

イコール式は絶対音感による鍵盤楽器教授法の危険性に警鐘を鳴らし、相対音感による教授法を提唱しています。バッハの時代には存在していた調による性格の違いも、モノクロの12等分平均律においては空理空論になってしまいました。また、時代と共にピッチが変化することによって調の絶対音高も定まりません。このことは同時に標準音a’=440の時の12等分平均律というものに基づく絶対音感も神話に過ぎないことを物語っています。こういった状況にある現在鍵盤楽器教授法において「平均律クラヴィーア曲集」を元の調のままで演奏することに何のメリットが望めると言うのでしょうか。実体のない調性格やピッチにこだわることよりも、相対音感による鍵盤楽器教授法によって、楽曲を深く理解することの方が音楽力を高める近道です。
やわらかなバッハの会
〒753-0072 山口県山口市大手町
3−6 大手町ビル4F
毎週土曜日18:00 PM
毎週金曜日10:00 AM
毎月1回   対話集会18:00 PM
都合により日時を変更する場合もありますので初めての方は事前にご連絡ください

お問い合わせはこちら

マンスリーバッハ (第2日曜日)
午後4時〜6〜時
場所:新山口駅構内

バッハ・イン・ザ・サブウェイズ
2019年3月21日
場所:新山口駅構内

<プロフィール>
やわらかなバッハの会 
会長 橋本絹代
新しい鍵盤楽器記譜法「イコール式」の創始者

子供の頃、父と一緒に、バッハのフーガをピアノ分担奏で弾くことによって、声部進行を直感的に学び取り
バッハのとりこになった。
初級者でもバッハのフーガを楽む方法を提案している。

2007年 世界で初めての楽譜《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》カワイ出版 

2009 音楽書『やわらかなバッハ』春秋社

2013「やわらかなバッハの会」設立

2014 バッハ礼讃音楽祭 (於 旧県会議事堂) 毎年開催

2016 バッハ・イン・ザ・サブウェイズ (於 新山口駅構内)毎年開催

2017 Bach Network UK 対話会議研究発表 (於 ケンブリッジ大学)

2017 Prof.Yo Yomita (富田庸) 講演会「バッハを嗜む」主催(於山口大学)

2018 Thomas Cressy 明治150年記念「日本の明治時代におけるバッハ受容」

イコール式とは「鍵盤楽器においてどの調も皆同じ」という意味です。
なぜなら12等分平均律の鍵盤楽器における調性とは、ただ高さのみによって識別される2つの旋法、すなわち長調と短調の性格だけに限られるからです。
12等分平均律は勿論のこと、不等分音律を前提に論じたマッテゾンでさえも「どんな調もそれ自体では、その逆を作曲し得ないほど悲しかったり楽しかったりすることはできない」と述べています。
異名同音、ピッチの変動、バッハの手による移調の試みなどを考慮すれば、《バッハ平均律クラヴィーア曲集》の中の難しい調を簡単な調に移調してまず親しむことが大切です。初級者は更にそれをアンサンブルで楽しむことが大切です。
やわらかなバッハの会は既成概念にとらわれず、自分自身の判断で音楽の本質を探究するところです。


世界唯一! 平均律クラヴィーア曲集の移調
音楽の構造が良く解る










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<イコール式の意味>
*12等分平均律の鍵盤楽器においてはどの調も同じ(イコール)です *フーガの各声部は主従関係ではなく対等(イコール)です *12等分平均律の調律法はイコール・テンペラメントと言います *音名と階名が同じ(イコール)読み方です
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