WTC(平均律クラヴィーア曲集)は1巻2巻それぞれに24の調が網羅され、全部で48のプレリュードとフーガから成る。24×2=48、各調2楽章づつ存在する。1巻、2巻それぞれに存在する同じ調の曲が同じ性格かどうか調べてみよう。もし、バッハが、WTCにおいて各調の調性格を確立しようとしたのなら、1巻と2巻の同じ調は同じ性格でなければならない。

まず最初のハ長調プレリュードを比較してみよう。

1巻1番ハ長調・・・・・・P=静穏な5声体分散和音
2巻  〃   ・・・・・・P=壮麗威厳に満ちたオルガン前奏曲

1巻の方は瞑想的、静かで淡い響きであるが、2巻の方は晴れやかなフルストップのオルガンを連想する分厚い響きである。巻頭を飾るプレリュードについては1巻と2巻でかくも性格が異なる。どちらもハ長調である。

続いてハ長調のフーガの方も比べてみよう。

1巻1番ハ長調・・・・・F=重層的な密接進行、緊張感
2巻 〃    ・・・・・F=快活なフゲッタ、ユーモア

ハ長調フーガも両者は対照的である。1巻の方はストレッタが多く複雑に編み込まれた織物である。2巻の方は軽やかな跳ね回るフゲッタで複雑さはない。 

ハ長調のプレリュードとフーガを両巻比較する時、ハ長調の情緒なるもの、共通点はいったい何だろうか?ハ長調を代表する調性格はどれだろうか?WTCのハ長調はどれも異なる性格の曲なのでハ長調という共通の性格を見出すことは誠に困難である。もし、バッハがハ長調に共通の調性格を認めていたとしたら、これほど性格の違う曲を同じ調で書こうとはしなかったはずである。


途中を省略して一気に最後の24番ロ短調を調べて見てみよう

1巻24番ロ短調・・・・P=夢見るトリオ・ソナタ、沈静
2巻  〃    ・・・・・P=厳格なインヴェンション

同しロ短調プレリュードでも1巻の方は丸みを帯びた深い宗教性を感じられるが、2巻の方はジグザグとしながらリズミックである。

続いてフーガも見てみよう。

1巻24番ロ短調・・・・F=厳粛な半音階的手法、宗教的情緒
2巻  〃    ・・・・・F=陽気な舞曲

ロ短調フーガも両者の性格はかけ離れている。1巻の方は人間的苦悩を表す重厚なフーガであり、巻末を飾るのに誠に相応しい大作である。これに反して、2巻の方は躍動感に富んだユーモラスな舞曲であり、巻末を飾るには軽過ぎる。

WTCにおけるロ短調の情緒も実に多種多様であって、ロ短調の性格と聞かれてどれが代表的なものなのか答えに窮する。バッハの場合、ロ短調は厳粛な宗教的情緒だと思いきや、夢見る対話であったり気楽な舞曲であったりもする。
バッハがロ短調に一定の性格を与えていないことはWTCを見る限り確実である。

Yo Tomita 他の研究によって、バッハはWTCを編集する際に、簡単な調からの移調を試みて遠隔調を作り上げたことが明らかにされた。もしバッハが移調によって、曲の性格が変わってしまうと本気で考えていたら、移調を試みることはなかったはずである。

そもそも調や調性格というものを、WTC も ロマン派の時代の作品も、ひっくるめて同じ俎上で論じようとすることに無理があるのではないか。なぜならバッハのフーガはSDTを持つ完全なカデンツより、調的浮遊性の強いゼクエンツに支配されてiいる。また教会旋法、復調もある。ゼクエンツは音度上での隣接性によって結ばれるもので調を確立するには短か過ぎる。テーマですら途中で転調するものがある。従ってフーガは一つの調に長く留まっていないという意味で転調が無いともいえるからである。バッハがWTC において理論上考えられる24の調を網羅して世に示したことは画期的なことであった。それまで使われていなかった調までを網羅した業績は大きかった。しかしバッハはそれまで無かった新たな調性格を示したわけではない。移調まで試みて珍しい調を網羅したのであるから。

この根本的なことを理解せず、ハ長調から半音づつ上昇する順序で演奏することに意義があり、移調などもっての外と考える人も多い。もしバッハがロマン派における調を基準としてWTCを編纂していたならば、ショパンの24のプレリュードがそうであるように5度圏の順序で並べたはずである。(C:→a:→G:→e:→D:→)。しかし、WTCは半音ずつ上昇する順(C:→c:→Cis:→cis:→D:→d→)を採用しており、5度圏は無視している。だからWTCを最初から順に弾くと隣接する楽章の調的飛躍が起こる。バッハが近代和声学の基礎を築いたと言われるが、ロマン派の調や調性格とは少し異なることがわかる。さらに言えば、バッハは同時代のマッテゾン(mattheson 1681〜1764) の言う調性格とも無縁であった。これについては拙著の中で詳しく述べた通りである。

既成概念はなかなか変わらないものである。それはト長調のメヌエットが実はペツォルトの作品だったということが発表されてもまだ、バッハの作品だと思っている人が結構多い事でもわかる。ト長調とト短調のメヌエットに関する記述はシュルツェ(H.J.Schulze 1934〜) が発表した論文(バッハ年鑑)にあるもので、それは 1979年のことだった。今から40年も前である。拙著『やわらかなバッハ』の中でト長調のメヌエットについて書いたのは2009年、今から10年ほど前のことである。日本の小学校の音楽教科書にト長調のメヌエットがペツォルト作曲と改訂されたのはほんの数年前である。メヌエットの例一つとっても、新事実が世に知れ渡るのには長い年月を要することがわかる。 WTCの真実も長い年月をかけて少しづつ既成概念が変わってゆくのだろう。