イコール式とは等しいという意味である。12等分平均律はイコール、12等分平均律における24の調の響きはイコール、フーガの4声の役割はイコール、ハ長調とイ短調だけは移動ド読みと固定ド読みがイコールである。WTCの全48曲を一音たりとも編曲せずに、ハ長調とイ短調に移調した《 イコール式 バッハ 平均律クラヴィーア曲集 》 橋本絹代編著、カワイ出版、2007 は、、バッハのフーガを正しく学ぶ手掛かりとなる。イコール式は公文式などと同様に教育法のひとつである。WTCをハ長調とイ短調に移調した楽譜は、この種の出版物として世界で初めての試みである。

WTCはハ長調からロ短調まで上昇順で24の調を弾くことに意義があると一般的に考えられている。
インヴェンンション&シンフォニアもハ長調からロ短調まで上昇順に編集されているが、WTCcと違う点は遠隔調を飛ばして15の調が網羅されているということである。
インヴェンション&シンフォニアまで最初から順に弾くことに意義があると考える人は少ないだろう。なぜなら全24の調がそろっていないからであろう。

WTCはそれぞれ多様な趣をもつ独立した曲であるが、24の調を網羅していることから順に弾くことに意義があると思われているようである。バッハは上昇する順作曲したのではない。書き溜めたものを編集し、時には移調も試みて上昇順に並べたのである。上昇順に弾くと調的に関連のない半音上昇となる。例えば2番ハ短調に続くのは3番嬰ハ長調でそれは♭3個の調から♯7個の調に続ける演奏となる。なめらかな転調のため繋ぎに即興演奏を入れるピアニストもいるくらいである。
ショパンの《24のプレリュード》 や ショスタコーヴィチの《24の前奏曲とフーガ》 は 自然な順序で網羅されている。すなわち C: → a: → G:→ e:→ D: → h:〜〜〜 F♯: → e♭: → D♭: → b♭: → F: → d: で環が閉じる。

WTCとインヴェンションシン&フォニアの違いは遠隔調があるか無いかである。WTCの成立過程から確かなことは非遠隔調を先に作った後に遠隔調を作ったということである。バッハの作品のほとんどは、ミーントーン音律で弾ける範囲の非遠隔調であり、日頃は遠隔調の作曲をしていなかったのであるから当然である。しかもバッハは遠隔調を挿入する際に非遠隔調からの移調を試みて編集した形跡がある。デュル(Alfred Durr 1918-2011) や 富田庸(1961-)の研究によって、バッハが浄書の際に書き間違いをしてしまい、それを訂正した痕跡を調べた結果、非遠隔調で作った曲を遠隔調に移調しながら書いたことがわかったのである。

バッハは教会ごとにピッチの違うオルガンで管弦楽や歌と合わせなければならなかったので、その際オルガンパートを移調した。合奏の際のオルガンは移調楽器として扱われていたのである。オルガンのソロ曲を演奏する際は、教会ごとに異なるピッチでそのまま演奏されたが、時には3度もピッチが違っていた。

またバッハは転用や編曲した作品が多いが、その際、様々な事情から多くの移調を試みた。
例えばカンタータ12番の第2曲はロ短調ミサ曲の ” Crucifixus  十字架につけられ ” に転用する際、へ短調からホ短調に移調された。ヴァイオリン協奏曲2番はチェンバロ協奏曲3番に編曲する際、ホ長調からニ長調に移調された。このような例は沢山ある。

「イコール式」教育法はハ長調とイ短調なので古典音律で弾けば美しい響きが得られる。また難易度を下げ、声部進行を正しく学ぶためにもアンサンブルをすすめる。
以下にイコール式の優れたところを説明する。

1、調号としての ♯ ♭ がゼロ
楽譜には臨時記号としての♯♭のみ存在することになる。♯ ♭ が常に音符と近い距離にあるので譜読みの間違いが起こり難い。

2、移動ド読みの煩わしさを解消
見たままで “ 移動ド読み ” になっているのでラクに移動ド読みができる。転調部分については後述する。

3、音楽の正しい理解
イコール式は “移動ド読み” が可能になるので、音の機能を表す階名がわかる。

4、近親調が常に同じ調
主調がハ長調の場合、属調がト長調、下属調がヘ長調、平行調がイ短調というように常に一定であるのでフーガの構造を理解しやすい。

4、相対音感者の救済
相対音感者は移動ド読みで耳に聞こえるので、ピアノ譜を固定ド読みで演奏するのは無理がある。イコール式は耳に聞こえる音と楽譜が一致するので無理なく演奏できる。

5、絶対音感者の救済
絶対音感者は固定ド読みで耳に聞こえるので、ト長調の主音の 「 ソ 」 を 「 ド 」 と歌うことに抵抗を感じる。イコール式はハ長調とイ短調なので固定ド読みと移動ド読みが一致するため無理なく歌える。音楽を階名で理解するという視点から厳密にいえば、絶対音感者はハ長調とイ短調以外の曲を演奏してはならないとも言える。

6、確実な暗譜
  音楽を正しく理解し、正しい記憶が可能になる。

7、古典音律で弾くと音感が良くなる
12等分平均律は24の調が弾ける半面、和音はどれも濁っている。古典音律は弾ける調が限られるが純正に近い和音が得られる。ハ長調とイ短調を古典音律で演奏するとハーモニー美しさを知ることができる。

次にイコール式に対してよくある質問について述べる。

1、元の調とのピッチの差

古来グレゴリア聖歌は楽譜なしで歌い継がれてきたものでピッチは歌手の自由であった。

1000年頃、楽譜が発明された。ネウマ譜や5線譜は音の高低を書き記すことはできたが記譜された音と実際の音の高さを示すことは無かった。

1500年頃、アーロン(Pietro Aaron 1480-1550) は ハープシコードの調理に関して「最初のC音を任意のピッチに置いて良い」と教え、ガナッシ(Fontege Dal  Ganassi 1492-16世紀中頃)は 「弦楽器と声のピッチは作品や能力に合わせて自由に変えて良い」と教えた。

1700年頃、バッハの時代は多様なピッチが共存しており時には3度くらいの幅があった。当時の音楽家はまだ寄付された音とピッチを厳密に関連させる習慣を持っていなかった。演奏機会に応じてまたオルガンのピッチに応じて移調が行われた。

1800年ごろ、多様なピッチへの対抗処置としてフランス政府委員会が a'=435 と決めた。一方イギリスではa'=450まで上昇し標準ピッチの変動が治まることはなかった。

1938年になってやっと英国規格協会会議の勧告に従い、標準ピッチがa'=440と 定められ、これが世界基準となった。標準ピッチ決定から80年を経て今日、また440が上昇傾向にある。一方1900年後半の古楽運動により古楽奏者は A'=415 という低いピッチを標準としている。グレゴリオ聖歌から今日にいたるまで、記譜された音と実音のピッチは一定していないと言える。

ピッチの歴史や現況を考えると、WTCもピッチを一定にする必要はないと思う。a'=440 のピッチでWTCが耳に馴染んでいる場合は 電子ピアノのトランスポーズでピッチを近づけることもできる。バッハの時代のピッチ対策は移調するしかなかったが、現代は電気的な方法がある。


2、転調部分の読み方
WTCのフーガにおける複雑な転調は近代和声で分析することは不可能である。フーガについてはSDTを持つ完全なカデンツよりもむしろ調的浮遊性のゼクエンツに支配されており、旋法、12音、復調、無調など、調が複雑に変化する。短い主題が途中で転調する転調主題も幾つかある。フーガは一つの調に長く留まらないという意味で転調が無いともいえるため、途中で「ド」を移動させて読み替える必要性に乏しい。
♯♭の多い遠隔調もそのまま固定ド読みするのが一般的なピアノ演奏法であるが、ハ長調とイ短調に移調してその近親調を固定ド読みする方がはるかにラクである。イコール式はハ長調とイ短調に移調し、すべてを主調の主音からの距離で読む。この読み方がベストとは言えないまでもベターであろう。