平均律クラヴィーア曲集(以下 WTC) の即興演奏を交えて演奏する試みを聴いた。2018 年のバッハ音楽祭のプログラムの一つだった。演奏者はアメリカ の レヴィン (Robert Levin 1947〜)。彼はハーバード大学名誉教授で、今年のバッハメダル受賞者である。
バッハメダル受賞式はライプツヒの旧市庁舎で行われた。毎年6月にライプツヒで開催されるバッハ音楽祭の中で、レヴィンは市長などの祝辞を受け、過去のバッハメダル受賞達がお祝いの演奏を披露していた。
 
 レヴィンのコンサートはスタインウェイピアノだけで行われたが、その演奏はWTCを深い彫琢で築き上げ、声部が生き生きと飛び回っていた。それらの演奏の途中でレヴィンは短い即興演奏を挿入した。例えば14番嬰へ短調フーガの最後の和音から15番ト長調プレリュードに進む時、唐突に聞こえる半音進行を滑らかにするために、即興で実に上手く爽やかな転調を試みた。耳に自然な形でト長調に流れ込んだあと、また次の場所でも繋ぎの即興演奏を挿入して進んだ。彼の即興は、さりげない短いものであったがバッハに対する敬意と感謝の意を表しているように感じられた。彼は割れんばかりの拍手に包まれ、年齢を感じさせない若々しい足取りでステージを後にした。


 バッハ平均律クラヴィーア曲集(以下 WTC)は24の調が半音づつ上昇する順序で構成されており、これをハ長調から順にロ短調まで弾くことに意義ありと考えている人は多いと思う。
ハ長調 ⇒ ハ短調 ⇒ 嬰ハ長調 ⇒ 嬰ハ短調 ⇒ ニ長調 ⇒ ニ短調 ⇒・・・・・・・嬰へ長調 ⇒ 嬰へ短調 ⇒ ト長調 ⇒ ト短調・・・・・・ ⇒ 変ロ長調 ⇒ 変ロ短調 ⇒ ロ長調 ⇒ロ短調 で終わる。
長調の後に同主調 ( 短調 ) を配置している。
調号で示すと、無 ⇒ ♭3 ⇒ ♯7 ⇒ ♯4 ⇒ ♯2 ⇒ ♭1⇒・・・・・・・・ ♯6 ⇒ ♯3 ⇒ ♯1⇒ ♭2 ・・・・・・・ ・♭2 ⇒ ♭5 ⇒ ♯5⇒ ♯2 である。この順で演奏すると、調が半音上がる時の最後の和音と最初の和音は非常に遠い関係にある。例えば2番ハ短調の最後の和音から、3番嬰ハ長調の最初の和音に弾き進む時、両和音は非常に遠く離れている。WTCの並び順は1番から順に続けて演奏していくとき、調は前後関係を無視して唐突に進む感じは避けられない。

 ショパン 《 24のプレリュード op.28 》 や ショスタコーヴィチ 《 24 のプレリュードとフーガ op.87 》 は WTCとは並び順が違う。5度圏の順序で ♯ が一つづつ増えていき、長調の後に平行調(短調)が配されている。
ハ長調 ⇒ イ短調 ⇒ ト長調 ⇒ ホ短調 ・・・・・・・嬰へ長調 ⇒ 変ホ短調 ⇒ 変ニ長調 ⇒ 変ロ短調 ・・・・・ ヘ長調 ⇒ ニ短調 で終る。この並び順序で1番から続けて演奏すると和声的に滑らかに進むことができる。5度圏に準じて弾き進むことがきるからである。

  レヴィンの即興演奏はWTCの並び順の唐突な感じを見事に解消していた。