日本音楽学会 西日本支部 研究発表  ” やわらかなバッハ ” より一部をかみ砕いて紹介させていただきます。

BWV 232

2018年3月21日  新幹線 新山口駅 構内  やわらかなバッハの会
バッハの誕生日を祝う世界的イベント 「バッハ・イン・ザ・サブウェイズ」 で  《 ミサ曲ロ短調 BWV 232  より Dona Nobis Pacem われらに平安を与えたまえ  》 をハ長調で歌いました。ミサ曲ロ短調 は27曲から成りますが、ロ短調は5曲しかありません。最多の調はニ長調で 《Dona Nobis Pacem われらに平安を与えたまえ 》 もニ長調です。しかし「やわらかなバッハの会」ではイコール式でハ長調に移調した楽譜を見て歌っています。ニ長調からハ長調に移調すると標準ピッチで1全音、古楽ピッチで半音下がることになります。

 ハ長調の便利な点は、読み替えなしでそのまま移動ド読みができることです。移動ド読みにおいては、主音は常に「ド」、導音は常に「シ」というように、「ドレミ」が本来もっている機能を表すことが最大の利点です。機能を表す「ドレミ」で歌えば、音程も自然に取り易くなります。機能を表す「ドレミ」は階名感覚を伴いますので、楽譜の読めない人、音符に仮名をふらなければならない人でも何とか歌えます。階名感覚とは、素人でも 「ドレミファソラシド」と歌ってもらえば、音程が順に上昇し、下降しながらは歌えません。また「シード」を半音で自然に歌える等の感覚を言います。移動ド読みをすれば常に「シード」は半音で歌えば良いのですが、固定ド読みの場合は「シード」が半音であったり全音であったりするという不都合が起こります。

 絶対音感のある人は何調でも固定ドで歌いますが、それはドレミがもつ本来の機能を無視した歌い方です。調性音楽の場合、音の前後の関係、相対的な関係が重要になりますが、固定ドはむしろその障害になります。通常、絶対音感の人は移動ドでは歌えませんが、ハ長調とイ短調だけはドレミとピッチが一致するので歌えます。加えて音の機能も一致するのです。

 絶対音感教育の牙城、桐朋学園の『 子供のためのハーモニー聴音 』 ( 柴田南雄 1979 音楽之友社 )に「 正しく調律されたa’=440Hzのピアノで行うこと 」と書いてあります。正しく調律されたピアノとは正しく12等分平均律に調律されたピアノという意味ですから、オクターヴ以外のすべての音程が不純なピアノが正しく調律されたピアノということになります。12等分平均律のピアノの音程に従って耳の訓練をすると、不純な人工的で機械的な音感が身についてしまい、自然な純正のハーモニーから遠のいてしまうのです。

 ピアノの鍵盤を見ると「ド」の上の鍵盤は「ド♯」で、「ド」と「ド♯」の丁度中間あたりのピッチはどちらの鍵盤に属すのでしょうか?また自然界にある無数の音、「ド」と「ド♯」の間に存在する無数のピッチはどうなるのでしょうか?世の中のすべての色を12色の絵具で分類できるわけではなく、色はグラデーションなのです。自然界の音も12の鍵盤に分類することは不可能です。しかも、近年標準音440Hzは上昇傾向あるなかで果たして絶対という絶対音感などあり得るのでしょうか。

 絵具の12色を即座に言い当てることができてもそれは当たり前のことであって、その能力だけでプロの画家になれるわけではないように、絶対音感があってもプロの音楽家になれるわけではありません。桐朋の絶対音感教育の室長だった別宮貞雄氏は「 私は絶対音感訓練の加熱が原因で教室をやめたのです 」と語り「 我々は皆、絶対音感を持っていなかったので、それが素晴らしいと思ってしまったんだね 」と述懐しています 。

 世界の標準ピッチが定められて未だ80年ほどしか経っていません。約300年前のバッハの時代は標準ピッチという概念すら存在せず、パイプオルガンのピッチは教会ごとに違っていました。当時のオルガン調律は、パイプを継ぎ足す技術に乏しくパイプを切り取ることによって調律をしたのでオルガンは調律の度にピッチが上昇しました 。ですから他の楽器と合奏するためにオルガンの楽譜を下方に移調しなければなりませんでした。オルガンは移調楽器の一つでした。バッハや同時代のオルガニストたちは多様なピッチのオルガンに対応できる耳、つまり絶対音感ではない耳をもっていたと考えられます。もし絶対音感があったら、「ド」 の鍵盤を弾いて「レ」 の音が聞こえるなどの現象に耐えられないはずです。現代に生きる音楽家も古楽の世界では絶対音感を捨てなければやっていけません。

 今回演奏した《 Dona Nobis Pacem われらに平安をあたえたまえ 》 の演奏を聞いて、ハ長調だから原曲と違うと意義を唱える人はいませんでした。カラオケでキーを1全音下げたから、その歌謡曲が違うと意義を唱える人はいないでしょう。歌は歌手に適したピッチで歌う、音符と実音は無関係というのがグレゴリア聖歌の頃からの習慣です。 「 やわらかなバッハの会 」の会員たちは絶対音感の人も相対音感の人もいますが、ハ長調の移調楽譜を見て 《 Dona Nobis Pacem われらに平安をあたえたまえ 》  を歌うことに抵抗を感じた人は一人もいませんでした。