一般に作曲家が調を決定する際、どのような要因が考えられるだろうか?
概して次のような要因から決定されるのではなかろうか。

1)古典から学んだ既成概念
2)個人的な感覚、気質
3)楽器の特質、
4)音域の制約

1)古典から学んだ既成概念について

バッハという作曲家を例にとるならば、彼にとっての古典とは教会旋法ということになる。バッハは教会旋法を近代和声学として集大成した作曲家であり、バッハの作品は教会旋法と近代和声学が混在している。

教会旋法においては、各旋法の音階構造が異なるので、旋法ごとに性格が違うのは当然である。しかし同じ旋法の中で音階終止音が違っても性格は変わらない。例えばドリア旋法はド調ドリア、レ調ドリア、ミ調ドリアと言う具合に音階終止音がいろりろ考えられるが、音階終止音が変わっても調の性格はドリア旋法である。音階終止音がいかに変化しようと、音階構造が同じである以上、性格は不変である。

イオニア旋法は近代和声学における長音階に匹敵するが、これも同様に、ド調イオニア、レ調イオニア、ミ調イオニアといろいろな音階終止音が考えられるが、調の性格はすべてイオニア旋法である。

近代和声学では、ド調イオニアのことを、音階終止音がドである長音階という。ド調イオニアはハ長調、レ調イオニアはニ長調、ミ調イオニアはホ長調である。
ハ長調、ニ長調、ホ長調とどのように音階終止音が変わろうとも、調の性格はイオニア=長調という不変のものである。

にもかかわらず、ハ長調、ニ長調、ホ長調がそれぞれ異なる性格だという思い込みがあるようだ。どれも同じ長調の音階なのに既成概念にとらわれて調性格が異なると思い込んでいるようである。再三述べたように、鍵盤楽器で演奏する限り、異名同音がある限り、調性格の違いはない。12等分平均律では当然であるが、不等分音律では違いがあるという意見もあるだろう。これについては 2)個人的な感覚、気質の項で詳しく述べる。

今ここでは音階構造が同じであれば終止音がいかに変化しても調の性格は変わらないということを覚えておいてほしい。我々の近代和声学においては音階は長調と短調の2種類しかない。音階終止音としては12種考えられるが、その12種はすべて同じ性格である。長調1種である。

2)個人的な感覚、気質について

これについては、調性格の代表者マッテゾンが次のように述べている。
「調の性質について何か確実なものを定めようとすればするだけ、おそらく、意見の食い違いも表面化してくるように思われる。この問題をめぐる見解はほとんど数えきれないほどあるからである。その理由としてただ一つ考えられるのは、人間の体液の組成が一人一人非常に異なっていると言うことである。それゆえ、例えばある調を、多血質の人は楽しげで快活に感じ、一方、粘着質の人は、ものうく、嘆き、悄然としているように感じたとしてもまったく不思議はないのである」

例えばホ長調の調性格を比較してその意見の食い違いを確認しよう。

マッテゾン・・・絶望、死ぬほどの悲しみ
シューバルト・・・賑やかな歓声、満足感
フォーグラー・・・身を切るようにつらい
クラーマー・・・尊大さが目立ち癪に障る
シリング・・・燃えるような黄色、聖なる愛、率直さ
シュテファニー・・・火花を散らす、明るい、純金
ミース・・・耳をつんざくような、優雅な、愛らしい
ベック・・・精神的な温かさ

このようにホ長調という調の性格は8人8様で、何の共通性も感じられない。
例えば《平均律クラヴィーア曲集》にあるホ長調を比較するだけでも、全く共通性が無いことがわかる。

1巻9番ホ長調プレリュード=平安な牧歌的情緒
  ”      フーガ    =熱烈な青春の喜びが奔流となって躍動している
2巻9番ホ長調プレリュード=穏やかな淡い光、洗練された美しさ
  ”      フーガ    =パレストリーナ様式の厳かな宗教合唱曲風 

調性格を考える得る場合、調律法が不等分音律であることが前提となる。なぜなら不等分でないと微妙な響きの違いが出ないからである。12等分平均律の響きはどこをとっても均一である。多少なりとも響きの違いを得るためには不等分音律でなければならないのだ。

バッハの時代は不等分音律の一つであるミーントーンが主流だった。ミーントーンはハ長調、ト長調といった調号の少ない調は綺麗に響くが、変ニ長調、嬰へ長調といった調号の多い調は聞くに堪えない響きとなる。
そのため、バッハの時代には、♯♭3個ぐらいまでの調しか使えなかった。

そのような時代にあって、バッハは理論上24すべての調が聞くに堪える響きとなる独自の調律法を考案した。その独自の調律法でもって24の調を演奏した。24の調を網羅した《平均律クラヴィーア曲集》を演奏した。それは音楽史上画期的なことであった。♯♭3個までの調だけではなく、♯♭6,7個の調まで使える調律は、純正の綺麗な響きを少し不純に、聞くに堪えない響きを純正に近づけて、どの調も平均的な響きにならざるを得ない。つまり24すべての調が弾けるためには12等分平均律に限りなく近い調律法にならざるを得ないのである。
12等分平均律に非常に近いということは、調による性格の違いはほぼ無いということである。

よってバッハの《平均律クラヴィーア曲集》は不等分音律といえども、12等分平均律に非常に近いものであり、調による響きの違いは殆どないということである。

1)古典から学んだ既成概念、2)個人的な感覚、気質 の考察からいえることは、バッハの《平均律クラヴィーア曲集》は長調と短調2種の性格があるのみで、音階終止音が異なるだけである。調性格は2種類しかないと言うことが理解できるであろう。《平均律クラヴィーア曲集》に24種類の異なる調性格があると思うのは根拠のない固定観念に過ぎない。