マッテゾン(Mattheson 1681〜1764)は 『新管弦楽法』 の 「各調の性質とアフェクト表現上の作用について」 という項目のもとに調性格論を展開した。これは彼自信が認めるようにあくまで 「私論」 であり、各調がそれぞれ絶対的な性格を有するという見解にマッテゾンは懐疑的であった。

その証拠に、彼は 『完全なる楽長』 において 「調の性質については、何も絶対的なことを言うことはできない。なぜならば、どんな調もそれ自体では、その逆を作曲し得ないほど悲しかったり楽しかったりすることはできないからである」 と述べている。

マッテゾンの調性格論を見ると24の調のうち7つの調については記述がない。♯♭の多い7つの調である。これらは当時使われてなかったので触れられてないのだろう。このことから、マッテゾンの調性格論は、ミーントーン音律に近いと考えられる。

つまりマッテゾンはミーントーン音律においてすら、絶対的な調性格は存在しないと言っているのである。ましてや24の調のすべてが演奏可能な音律においては、調性格の存在のしようがない。

マッテゾンとバッハは同時代であり、教会旋法と近代長短調の移行期に2人は位置する。
マッテゾンが述べたのは近代長短調の調性格であるが、次にプリンツ(Prinz 1641〜1717) が述べた教会旋法の特有な性格をあげてみよう。

イオニア旋法・・・・・・・・陽気で活発
ドリア旋法・・・・・・・・・・・温和、敬虔
フリギア旋法・・・・・・・・非常に悲しい
リディア旋法・・・・・・・・過酷、不親切
ミクソリディア旋法・・・・陽気、いくらか穏健
エオリア旋法・・・・・・・・穏健、優しい、いくらか悲しい

教会旋法においては、例えばイオニア旋法とドリア旋法は音階が全く違う。だから調の性格も違う。教会旋法には6種類の音階が存在するからこそ、6種類の調性格が存在する。

近代長短調においては長調と短調の2種類の音階しか存在しない。だから2種類の調性格しかない。
ハ長調、ニ長調、変ホ長調などと言ってあたかも違う調ように思われがちだが、これらはすべて長調という同じ音階である。ただ音階開始音が違うのみである。

長調と短調という2つの音階が、音階開始音の違いだけで24種類もの調性格があると考えてはならない。
特に鍵盤楽器においてはこのことを銘記する必要がある。なぜなら鍵盤楽器は、異名同音だからである。長3度と減4度は、音楽理論上では明らかに異なる音程であるが、鍵盤上では同じ鍵盤だからである。鍵盤楽器においてはどんな達人でも、長3度と減4度などの異名同音を弾き分けることは不可能である。この点が弦楽器などとは違うところである。

バッハの代表作の一つ 《平均律クラヴィーア曲集》 を移調によってより解りやすく弾くことのできる 《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》 は、大きな音楽的成長をもたらすだろう。移調することに抵抗のある方は以下のことをもう一度考えてみて欲しい。

1、バッハ自身が移調して編集した曲も入っている《平均律クラヴィーア曲集》
2、同一調なのに全く性格の異なる曲が多い《平均律クラヴィーア曲集》
3、ウィーンのシュテファン大聖堂の楽長、ベートヴェンやチェルニーの教師であったアルブレヒツベルガーが   編集したウィーンの移調譜は《平均律クラヴィーア曲集》の中の遠隔調を移調して♯♭の少ない調にしたも   のである。
4、バッハの弟子たちの筆写譜に移調したものが見られる
5、その他、バッハは前に作った曲を他の曲に転用する際、頻繁に移調している
6、ピッチの変動を考えるとバッハの時代は現代より約半音低いので、《平均律クラヴィーア曲集》 の全24曲   を半音低い調に移調すべきであるが、元の調で演奏しているのは絶対音感的発想の矛盾である。