音楽理論家たちの平均律についての見解をケレタート著「音律について」から引用してみましょう。

ミツラー:「平均律を前提とすれば、ただ高さによってのみ識別される12の調種には、2つの調性、長調と短調。即ちこの概念はむしろ旋法と捉えることができる」

アードゥルング:「平均律を選択した人には・・・調性格の本質では無い音高の違いを除けば、12の各長調には何の違いも感じられない。12の各短調も同じである。しかし、不均等音律を採用した人は、すぐに音程の大きさの違いに気付くであろう。私たちは調性の数だけ異なる性格について論じることが出来る」

キルンベルガー:「平均律によって実際何も得られないばかりでなく、非常に多くのものを失った。平均律は作曲家に長調にするか短調にするかの選択肢しか残さない」

ヘルムホルツ:「すべての半音が音階全体を通じて同じ大きさであり、すべての音が同じ音色を持っているときには、異なる調性の作品が異なる性格をを持つはずであると言う見解に対する根拠を示せない」

上記の理論家は平均律に調性格が無いと主調していますが、一方でドレーヴィスとリーペルは楽器によっては調性格の違いがあると主調しました。
例えばヴァイオリンの開放弦ではト長調、二長調、イ長調、ホ長調が示され、これらシャープ系の調性は「明るく、爽やかに、きりっと引き締まって聴こえる」がフラット系の調性は「霞がかかったように、くぐもった響き」に聴こえるというのです。

結論としては、楽器を鍵盤楽器に限定して考えれば調性格が無いと言えるのではないでしょうか。