平均律クラヴィーア曲集は1巻2巻共に、プレリュードとフーガを一組としてハ長調、ハ短調、嬰ハ長調、嬰ハ短調の順に半音ずつ上がり、ロ長調、ロ短調で終わる構成になっています。
ところが1巻のNo.8だけはプレリュードが♭6個の変ホ短調、フーガが#6個の嬰ニ短調です。なぜバッハはプレリュードとフーガを同じ調で書かなかったのかという疑問が湧いてきます。

この疑問を解く鍵がフーガの第16小節の1拍目にあります。
第14小節の最後から始まるのソプラノ上行音階はロ音上の掛留で停滞するのではなく、いっきに嬰ニまで上昇したはずです。ところが上行音階の最高音となるはずの嬰ニ音が当時のクラヴィーアにはありませんでした。バッハが平均律クラヴィーア曲集に用いたクラヴィーアは3点ハが最高音だったからです。

シュピッタ(近代バッハ研究の基礎を築いた音楽学者)たちの主張によると、バッハはニ短調で書いたフーガを嬰ニ短調に移調する際、旋律線の頭を撥ねなければならなかったというわけです。
今日の私たちは、本来の望ましい形に書き換えて演奏することも可能です。実際、
バレンボイムは上行音を一気に嬰ニ音まで駆け上がる形で演奏しています。

バッハが平均律クラヴィーア曲集を編集するにあたって、ニ短調を嬰ニ短調に移調したために、プレリュードと揃えて変ホ短調にすることができず、嬰ニ短調にしたのでしょう。
また、プレリュード自体もホ短調からの移調であると考えられています。
これらの移調は♭系から#系への遠く離れた調への移調であり、調性格に対する配慮をそこに感じることはできません。

「平均律クラヴィーア曲集」は史上初めて24すべての調を網羅した記念碑的作品です。それまでに無かった新しい調を開拓したのですが、その開拓に相応しい新しい感情が開拓されたのではありません。

バッハにとって、「平均律クラヴィーア曲集」の目的は24すべての調を踏破することだけで十分でした。24種類の調性格まで列挙して確立することを考えていたとは思われません。
何故なら、バッハ自身がすべての調を弾くことが可能な調律法を考案し、その調律で自ら平均律クラヴィーア曲集を弾いたからです。平均律に限りなく近い調律で弾く場合、もはや調性格の確立は不可能であることをバッハ自身が一番良く承知していたことでしょう。