シュヴァイツァー(1875〜1965)はオルガンの名手であり音楽家としての成功を約束されていましたが、30歳の時、医療と伝道に生きることを志し、アフリカのランバレネにおいて、住民への医療などに生涯を捧げました。彼は医師としてアフリカに行く準備のための多忙な生活の中で『J.S.Bach』を書き上げました。この論文は今もなお、バッハ研究書としての価値を失わずシュヴァイツァーの名を永く音楽界に残すことになりました。この中から一部を以下に引用します。

「本物の芸術と偽者の芸術を区別する分別においてはたしかにずっとすぐれているとすれば、それは第一にバッハのこれらの曲に負うものといえよう。それを練習したことのある子供はーその際どんなに機械的に行われたにせよー声部進行を目のあたりに学び取るのであり、この直感は2度と消し去られることはないであろう。そのような子供は他のどんな曲にも同様な音響の線による尊厳な動きを本能的に求めるようになり、その欠如を貧しさと感ずるであろう。」

また彼は《平均律クラヴィーア曲集》の世界を次のような美しい言葉で表現しています。
「平均律クラヴィーア曲集は宗教的な感化を与える。喜び悲しみ泣き嘆き笑いーすべてが聴く者に向かって響き寄せてくる。しかし、その際にわれわれは、このような感情を表現する音によって、不安の世界から平安の世界へと導き入れられ、あたかも山間の湖畔で底知れない深さをたたえた静かな水面に山や森や雲の映る姿を眺めるときのように、現実を見るのである。平均律クラヴィーア曲集ほど、バッハが自己の芸術を宗教を感じていたことをよく理解させてくれる作品はない。彼が描写するものは、ベートーベンがそのソナタでしたような自然のままのさまざまな魂の状態ではなく、また一つの目標に向かっての苦闘や抗争でもなく、生を超越していることをあらゆる瞬間に自覚している精神―最も激しい悲しみと最も底抜けの朗らかさなどの極度に対立した感情をいつも同一の超然たる根本的態度によて体験する精神―が感じ取る生の実在なのである。それゆえに第1巻の悲痛に打ち震える「変ホ短調プレリュード」の上にも、また第2巻の憂いなく流れてゆく「ト長調プレリュード」のなかにも同一の浄い光が漂っている。」