今日のピアノ教授法は絶対音感に基づいた固定ド読みで行われるのが一般的です。絶対音感という概念は19世紀終わり頃にできたものですから、それ以前のバッハ、モーツァルト、ベートーベン、ショパン、ブラームスなどの音楽を絶対音感という概念で捕らえることは甚だ疑問です。絶対音感という概念が生まれる以前の調性音楽は相対音感に基づく移動ド読みをしなければ音楽の構造が理解できないはずです。今日私たちが弾くピアノ曲の大半は調性音楽ですから、相対音感に基づく移動ド読みの方がが適しています。

にもかかわらず、鍵盤楽器の世界を見ると現状は断然、絶対音感に基づく固定ド読み教授法が優勢です。しかも信じがたいことですが、絶対音感を持たない生徒に対してまで絶対音感教授法が行われています。これは英語が全く分らない日本人に英語で聞かせ、話させるのと同じぐらい無茶苦茶な話です。このような無謀な教授法は1オクターヴ内12個の音が固定されている鍵盤楽器に特に顕著に見られる傾向です。音程を作りながら演奏する弦楽器や声楽、移調楽器である管の世界ではむしろ相対音感の方を大切にしています。

バッハの時代には絶対音感という概念はありませんでした。従ってバッハは相対音感でもって作曲しました。バッハは「平均律クラヴィーア曲集」を編集する際に、簡単な調の草稿を難しい調に移調するということをしています。また、カンタータはピッチの高いオルガンとピッチの低い管弦楽や合唱をそろえるために、オルガンパートは1音低く移調して書きました。また、バッハは管弦楽のピッチより1音あるいは短3度高いオルガンでも見事な即興演奏を繰り広げることができました。もし、バッハが音楽を絶対音感で捉えていたら、これらの事は出来なかったでしょう。

そもそも絶対音感という言葉は、平均律のピアノが一般家庭に普及し始めた19世紀中頃以降に出来上がってきたものです。従って絶対音感は1オクターヴを等しい12の半音で頭ごなしに振り分けた音律である平均律に基づいています。バッハの時代に使われた音律は不等分音律でしたから今日の平均律に基づく絶対音感という考え方はありませんでした。バッハは相対音感でもって不朽の名作を書いたのです。

イコール式は絶対音感に基づく鍵盤楽器教授法に警鐘を鳴らし、相対音感に基づく鍵盤楽器教授法を提案するものです。イコール式は相対音感に基づく移動ド読みを楽にする目的でハ長調とイ短調に限定して移調しました。移動ド読みは絶対音感を持たない人には問題なく受け入れられますが、絶対音感を持つ人にとっては耳に抵抗があります。例えばト長調の移動ド読みで「ドミソ」となる主音が、絶対音感を持つ人には「ソシレ」としか聞こえないので厄介です。絶対音感を持つ人にも持たない人にも適用できるのが前述の2つの調、すなわちハ長調とイ短調だけなのです。「イコール式 バッハ平均律クラヴィーア曲集」は48のプレリュードとフーガをハ長調とイ短調に移調しました。まず、最初にハ長調とイ短調で全曲弾くことが大切であると考えます。しかるのちに移調して原調や全調で弾くのも良いでしょう。しかし、これは非常にレベルの高い人にしかできないことですので、一般的にはハ長調とイ短調で十分です。「平均律クラヴィーア曲集」は聴くためのものではありません。自ら弾くためのものです。イコール式によって多くの方が「平均律クラヴィーア曲集」を弾いて至福の時を味わってくださることを望みます。