講演の題名である「よい音楽家とは」はコダーイ(1882年生)が約50年前に故郷のブタペストにあるリスト音楽アカデミーの終業式で語ったものです。
コダーイは作曲家としての他に、音楽教育のシステムに画期的な改革を行ったことで有名です。その改革とはトニック・ソルファを改良したソルフェージュ教育と「移動ド」唱法の導入、民族音楽の採用です。これらは日本にも「コダーイ・システム」として紹介されました。

まず、コダーイは音楽アカデミーの学生たちにシューマン(1810年生)著の「音楽の家訓と処世訓」を紹介しながら、ドイツの音楽教育がシューマンの理想とはかけ離れた欠点の多いものであったことを説明しました。
そして次にコダーイはこう述べました。「ハンガリーの音楽教育はシューマンの警告を意にも留めないでもっぱらドイツの悪い例に倣い、ソルフェージュ教育の痕跡すらなかったのです。ハンガリーの音楽アカデミーでは1882年になってやっとヴェルナーのコールユーブンゲンが使用されるようになりました。音楽の書き取りが導入されたのはその後の1903年のことです。」

コダーイが言う「音楽の書き取り」の意味は単に楽譜を書き写したり、楽譜をピアノの鍵盤に置き換えて指でなぞる行為とは全く違うものです。それは内的聴覚に基づくものです。ピアノの助けなしに初見視唱できる能力といってもよいでしょう。つまりソルフェージュと言われる音楽の基礎を意味しているのです。

以下はコダーイが講演で語った言葉です。
「輝かしいピアニストなのに、単純な一声部の旋律でもそれを書き留めることができなかったり、そんな旋律でも誤りなしに初見視唱することができなかったりするのです。こんなに内的聴覚が未発達なピアニストの場合、多数声部の複雑な曲などどう表象しようというのでしょうか。そんなピアニストは、指だけで弾いているのであって、頭と心では弾いていないのです。彼らは音楽家ではなくタイピストです。音楽アカデミーはポンポンとピアノを鳴り響かせるだけの高貴なお嬢さんを入学させることを目指すわけにはいきません。そんなお嬢さんたちは以前は「乙女の祈り」を弾き、今日ならバルトークの「アレグロ・バルバロ」を弾くことでしょうが、それが音楽とは全く関係のない人達であることは今も昔も変わりがないのです。」と述べました。
そしてコダーイは続けました。「卒業証書の名目上の価値と実際の価値との間のギャップはますます大きくなっていきました。学校が卒業証書を出すことによって、それを受け取った人の能力をはるかに超えた力量を証明したからです。」

「たしかに読譜ができなくても、名人的技量にまでこぎつけることはできます」

「訓練すべき初めの二つの要素はソルフェージュと和声楽式論によって習得されます。必要な捕捉は、できるだけ多面的な音楽活動によって行われます。室内楽や合唱に参加することなしには、よい音楽家になれないでしょう」

ここでコダーイが言っている「合唱に参加」するという意味はピアノ伴奏者としてではなく、自ら音程を取って歌うという意味です。アルトパートなどの内声は特に良い訓練になるでしょう。
ピアニストは自分の内的聴覚でもって次に出すべき音を頭に思い浮かべることができない人でもキーを叩けば簡単に目的の音を出すことができてしまいます。
自分の弾くピアノの音程が他者である調律師よって既に固定されているという鍵盤楽器特有の事情が内的聴覚を未発達のままにする大きな落とし穴になっているのです。

イコール式はこの大きな落とし穴に警鐘を鳴らすものです。内的聴覚なしでも鍵盤を叩けば音程がとれるという安易さのお陰で絶対音感的固定度読み鍵盤楽器教授法を推進してきました。内的聴覚は相対音感によって音の前後関係を認識して始めて習得できるものです。イコール式の目的の一つは内的聴覚を育成すことです。音符の読み替えなしでも移動ド読みができてしまう調、すなわちハ長調とイ短調による鍵盤楽器教授法を提案しています。