イコール式とは難しい調 ( ♯ ♭ の多い調 )を簡単な調 ( ♯ ♭ の少ない調 )に移調することによって、演奏を楽にする試みである。この種の移調をバッハ自身も試みていた。それは編曲の際などに見られる。

バッハはイコール式だけではなく、逆イコール式つまり簡単な調から難しい調に移調する試みまでも行った。WTC ( 平均律クラヴィーア曲集 ) を編集する際、バッハは簡単な調で作曲したものを、難しい調に移調しながら浄書したことが研究の結果わかってきているからである。24の理論上考えられるすべての調を網羅するには当時ほとんど使われなかった難しい調も入れなければならない。それらは簡単な調からの移調によって充当されたものが多く見られる。

バッハは自ら双方向つまり簡単にする移調と難しくする移調を試みたのである。


今回はバッハが難しい調から簡単な調に移調したイコール式の例を ヴィヴァルディ ( Vivaldi 1678〜1741 )の作品からの編曲もので考えてみよう。
ヴィヴァルディからの編曲作品はバッハのヴァイマル時代に成立したもので、ヨハン・エルンスト公子が協奏曲を1台の鍵盤楽器で演奏することに強い関心を抱き、編曲をバッハに依頼したものである。

ヴィヴァルディ作曲の 《 調和の霊感 Op.3 》 は全部で12曲からなり、ヴァイオリン協奏曲、2つのヴァイオリンのための協奏曲、4つのヴァイオリンのための協奏曲、2つのヴァイオリンとチェロのための協奏曲などが含まれる。調性としては ♯ 4個、♭ 2個までの調が含まれる。
バッハはヴィヴァルディの 《 調和の霊感 》の中の幾つかを鍵盤楽器用に編曲した。

・《 調和の霊感 第10曲 Op.3-10 》 は ロ短調 であるが、バッハは これをイ短調 に移調して 《 4台のチェンバロのための協奏曲 BWV 1065 イ短調 》 を書いた。♯ 2 個 から0 個への移調である。これはまさしくイコール式の考え方と同じである。難しい調から簡単な調への移調を、バッハ自身が実行したということは、バッハの中にイコール式の芽があったように思えてならない。

・《調和の霊感 第12曲 Op.3-12 》 は ホ長調 であるが、バッハはこれを ハ長調 に移調して 《 クラヴィーア協奏曲 BWV 976 》 を書いた。♯ 4個 から0個への移調である。これもまさしく ♯ が大幅に減って弾きやすくなるイコール式の最たるものである。

・《 調和の霊感 第3曲 Op.3-3 》 は ト長調 であるが、バッハはこれを ヘ長調 に移調して 《 クラヴィーア協奏曲 BWV 978 ヘ長調 》 を書いた。♯ 1個 から ♭ 1個への移調を試みたのである。この例は♯ が ♭ に変わっただけで個数としては1個であることにかわりはない。ヴィヴァルディはヴァイオリンが解放弦で美しく響く ト長調 でヴァイオリン協奏曲を書いたと推測できるが、バッハはこの曲を鍵盤楽器で演奏するためには ト長調  である必要はないと考えたのではないだろうか。鍵盤楽器においては ヘ長調 の方が弾きやすいと考えたかもしれない。

加えて、現代のピッチはバッハの時代より約半音高くなっている。絶対音感教育を受けた人達は、調と音高を厳密に結び付けて考える傾向にあるが、バッハの時代においては、調と音高の関係はフレキシブルであったことも考慮したい。 

今回はヴィヴァルディ作品からの編曲のみを取り上げたが、バッハは他にも種々の移調を試みて書いた作品があることを付け加えておく。

 
バッハは西洋音楽史の金字塔 WTC (平均律クラヴィーア曲集 ) を打ち立てたとき、確信したはずである。何を?鍵盤楽器に24種類の調性格を与えることの難しさを!
なぜなら鍵盤楽器は1オクターヴ12個の音しか出せないからである。鍵盤楽器以外はというと ド と ♯ ド の間に無数の音を作ることができる。しかし鍵盤楽器は ド の鍵盤の次は ♯ ド の鍵盤しかない。純正の和音を得るには、ド と ♯ ド の間の鍵盤が必要であるが、それが無いので便宜的に異名同音で処理せざるを得ない。当たらずとも遠からず、どれも均一的になる。このことは24等分平均律でも不等分音律でも、鍵盤数が1オクターヴ12個である以上あてはまる事実である。バッハが絶妙な不等分音律を考えたと言われているが、それがいかに優れていても、24の調すべてを破綻なく演奏できるということは、調ごとの違いが微小かつ聞き分け困難にならざるを得ない。

バッハが WTC 《 平均律クラヴィーア曲集 》 と名付けた理由もここにあるように思う。ここで問題にしているのは「平均律」という多少問題の残る翻訳ではなく、「クラヴィーア」という語についてである。クラヴィーアとは鍵盤楽器という意味である。24の調を網羅するという画期的な目標を完結した時、バッハはまた考えたであろう。鍵盤楽器において、もはや調性格の違いを音響的に求めることは難しいと。なぜなら当時の調性格はよ使われる調の範囲内での論であった。♯ ♭ の多い調は「良く知られてない調」と片づけられ、その性格も論じられなかった。♯ ♭ の少ない調の調性格に加えて、WTC 《 平均律クラヴィーア曲集 》 で新たに用いられた調に対して、それぞれに新たな調性格が生まれることは考えにくい。しかも、もともと調性格というものは論者によってまちまちでどれを信じてよいかわからないものである。確かなことは長調と短調の2つの性格が存在すると言うことだけである。