「守破離 しゅはり」とは、武道、茶道、などにおける修業の理想的なプロセスを3段階で示したものである。

「守」は、師や流派の教え、型などを忠実に守り、確実に身につける段階、師匠に言われた事を徹底的に「守る」ところから修業が始まる。

次に、「破」は師匠に言われてきた事、守ってきた型を破る時期、否定しなければならないときがやってくる。良いものを取り入れ、自分に合った型をつくることにより「守」を破る段階である。

そして最後 「離」は師や流派から離れて、新たな知識、自分なりの独自の表現をする時期がやってくる。新しいものを生み出し確立させていく段階である。

演奏行為を仮に奏道と名付けて「守破離」を考えてみるとどうなるだろう。

「守」は先生に言われたことを守り、テクニックを確実に身につける段階。先生を盲目的に信じ、型を真似るところから修業が始まる。

「破」は先生に言われてきた事、守ってきた型を破る時期。広い世界から知識を吸収し、良いものを取り入れ、自分に合った型をつくることにより既存の型を破る段階である。

そして「離」は先生や、多様な情報から離れて、自分なりの独自の表現をする時期。新しいものを生み出し確立させていく時期である。

これら3つのこと、「守破離」まで来てやっと奏道も完成するはずである。

バッハ演奏における「守」は基礎的テクニックとバッハの作法を習うことである。

「破」は更に高度な先生を捜し求め、これまでの弾き方を破り、自分に合った型をつくることである。

「離」では新しいものを生み出し確立していかねばならないが、ここで止まってしまう人が多い。バッハ演奏においては「離」まで完成した人が少ない。これまでの常識を離れて新しい型を生み出した人と言えば、ランドフスカ、グレングールド、アーノンクールが思い浮かぶ程度である。
今バッハ演奏の世界に、新しい価値観が求められている。

新しいものを生み出すためには伝統、つまり「守」と「破」を熟知しなければならない。そうでなければ、単なる遊び、でたらめで終ってしまう。「守破」を乗り越えた後に新しい価値観をバッハの演奏において生み出すことが求められている。