バッハ(Bach 1685〜1750) は音楽家であった父から手ほどきを受けたが、10歳の時に母と父を相次いで亡くした。14歳上の長兄のもとに引き取られることになった。聖ミヒャエル教会のオルガニストをしていた長兄から音楽を学び、15歳で修道院の附属学校の給費生になり聖歌隊で歌いながら勉学に励んだ。成績優秀だったバッハは弱冠18歳にして聖ボニファーチウス教会のオルガニストとして正式に採用された。以後音楽家としてのキャリアを積んでいくわけであるが、大学に行かず、仕事を通じて独学で学び、誰も凌駕できない高みにまで上り詰めた。
バッハの経歴は高卒でキリスト教会に就職ということになるが、周囲の大卒の音楽家よりも大きな名前を音楽史に残したのである。

モーツァルト (Mozart 1756〜91) はヴァイオリニストの父から音楽教育を受けた。幼少の頃より父に連れられて演奏旅行で各国を回り、外国の高名な教師の教えも受けることができた。大人になってもそのままフリーの音楽家としてのキャリアを積み、独学で多くの作品を残した。モーツァルトの経歴は、高卒以下ということになるだろうか。それでも同時代の多くの大卒音楽家よりも歴史に名を残したのである。

バッハ、モーツァルトの時代は今日のような音楽大学は存在しなかった。いわゆる音楽大学といわれるものはほとんどロマン派の時代からである。それ以前の音楽家は大卒といっても、大学では法学、哲学、神学などを学び、音楽は個別の教師について学んだ。優れたキャリアを持つ沢山の大卒音楽家が活躍していたがバッハ、モーツァルトほどに大きな名前を音楽史に残すことはできなかった。真に偉大な音楽家は大学ではなく、自ら学ぶ精神と音楽に対する熱意努力によって作られることが歴史によって証明された。真の音楽家には輝かしい経歴よりもずっと大切なことがある。最後に日本人作曲家で傑出した人、世界的に名を馳せた人といえば、武満徹であろう。彼の経歴にふれてみたい。

武満徹 (1930〜96) は音楽に無縁の家庭で育ったが、15歳の時、シャンソンを聴いて感銘を受けた。終戦後ラジオを通してドビュッシーなど近代フランス作曲家の音楽に親しむ一方、横浜の米軍キャンプで働きジャスに接した。高校卒業後、東京芸大の受験を意識的に拒否し独学に徹する。20歳の時、若手芸術家集団 「実験工房」 の結成メンバーとして参加し、湯浅譲二らと共に戦後日本の現代音楽をリードしてきた。武満徹の経歴も高卒である。湯浅譲二(1929〜)は大学中退、それも音楽大学ではなく慶応義塾大学医学部中退である。2人とも音楽大学とは無縁の存在だった。

コダーイ(Kodaly 1882〜1967) は音楽大学に関してこのようなことを述べている。
「〜そんなピアニストは、指だけで弾いているのであって、頭と心では弾いていないのです。彼らは音楽家ではなくタイピストです。音楽アカデミーはポンポンとピアノを鳴り響かせるだけの、高貴なお嬢さんを入学させることを目指すわけにはいきません。そんなお嬢さんたちは、以前は「乙女の祈り」を弾き、今日ならバルトークの「アレグロ・バルバロ」を弾くことでしょうが、それが音楽とは全く関係のない人達であることは、今も昔も変わりがないのです。卒業証書の名目上の価値と、実際の価値との間のギャップはますます大きくなっていきました。学校が卒業証書を出すことによって、それを受け取った人の能力を、はるかに超えた力量を証明したからです」

日本の一般社会では音楽家の経歴といえば、有名音大卒というのが最も歓迎されるようである。しかし世界的な音楽家になるには有名音大卒業だけではおぼつかない。世界で活躍できる音楽家になる人はのんびりと音大などに通っている暇はないのだろう。また音大の教育に期待してないのだろう。