バッハのカンタータ、オルガン曲、室内楽曲、管弦楽曲などの中には旧作を編曲し、転用したものが多く見られる。
ヴァイオリン協奏曲は2挺用を含めて3曲あるが (BWV 1041~1043) 、バッハはそれらをチェンバロ協奏曲に編曲した。ヴァイオリンのソロパートを右手に移し、左手でバスをつけた。そしてチェンバロの音域の問題からすべての曲を移調して仕上げた。

・ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 BWV 1041 → チェンバロ協奏曲 第7番 ト短調 BWV 1058

・ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV 1042 → チェンバロ協奏曲 第3番 ニ長調 BWV 1054

・2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV 1043 → 2台のチェンバロのための協奏曲 第3番 ハ短調 BWV 1062

イ短調 → ト短調、ホ長調 → ニ長調、ニ短調 → ハ短調、バッハはすべての曲を1全音低く移調してチェンバロ協奏曲を作った。 

チェンバロ協奏曲は1台用8曲、2台用3曲、3台用2曲、4台用1曲 あり、原曲が存在する作品はすべてヴァイオリンをソロとした協奏曲である。だから原曲が失われた作品を、チェンバロ協奏曲から復元することも可能であり、さまざまな復元の試みが行われている。

バッハはこの他にも カンタータ、オルガン曲、クラヴィーア曲、管弦楽曲などを移調し、編曲した。バッハにとって移調は日常茶飯事であった。

マッテゾンの調性格論によると、ホ長調は「絶望、肉体と魂の宿命的な分断、死ぬほどの悲しみ 」 であり、ニ長調は「陽気、好戦的、元気を鼓舞する」となっている。
マッテゾンに従うなら、ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調は 「絶望」であり、同曲をチェンバロ用に編曲したチェンバロ協奏曲第3番 ニ長調 は 「陽気」ということになる。

ホ長調からニ長調に1全音低く移調するだけで、同一曲が 「絶望」 から 「陽気」 へと真逆の性格に変化するずもない。
むしろ1全音低く移調すれば、より沈んだ暗いイメージに変化してもよさそうなものである。それが反対に陽気に変化することになる。もとより、ヴァイオリン協奏曲をホ長調だからといって「絶望的」に感じたり、チェンバロ協奏曲をニ長調だからといって「陽気」に感じたりすることに無理がある。

この調性格論を書いたマッテゾン本人さえ以下のように述べて調性格には懐疑的であった。
「調の性質については何も絶対的なことを言うことはできない。なぜならば、どんな調もそれ自体では、その逆を作曲し得ないほど悲しかったり楽しかったりすることはできないからである」

もしもバッハが本気で、ホ長調を「絶望」、ニ長調を「陽気」と考えていたら、同一曲をホ長調からニ長調に移調するはずはないだろう。バッハも調性格に対しては懐疑的だったと思われる。