ノーベル賞の発表の時期が近づいてきました。ノーベル物理学賞については重力波の発見が話題を呼んでいます。重力波とは アインシュタインが100年前にその存在を預言したもので「時間と空間のゆがみ」だそうです。莫大なお金をかけて重力波を測定する装置をつくり、宇宙の時間と空間のゆがみを証明することができたということです。重力波を バッハの WTC(平均律クラヴィーア曲集)第1巻8番フーガに感じるのは私だけでしょうか。なめらかに広がるテーマは広大な宇宙の天蓋、まるで重力波の中で各パートが宇宙遊泳しているようです。

宇宙を感じさせるこのフーガをどのようなテンポで弾くかと言う現実的な問題を考えてみましょう。有名ピアニストのテンポを、高木幸三氏の「演奏家別テンポ一覧表」から引用します。
一番速いテンポで弾いているのが、シフで ♩=84です。一番遅いテンポがレオンハルトで ♩=50 です。その間各ピアニストがめいめいのテンポで演奏しています。
ちなみにWTCの名演奏で知られるフィシャー(Fischer, 1886年生)のテンポは ♩=54 でかなり遅い方です。

バッハはテンポのメトロノーム表示を書かなかったので、どのピアニストも間違いだとは言えません。どのピアニストもおのずから欲するテンポで演奏していて、すべて好ましいと思います。

おのおのが、その持てるテクニックの範囲でバッハの宇宙を遊泳し、無限大の宇宙のハーモニーを感じながら弾けるテンポがベストだと言えるでしょう。それは人によって様々です。速いのもよし、遅いのもよしであります。しかし自分のテクニック以上のテンポで弾くことは問題です。

前掲のフィッシャーは次のように言っています。
「バッハのフーガは明瞭に弾けば弾くほど、また、よいフレージングをすればするほど、全くおのずから、ますますゆっくりと演奏することになるであろう」

フィシャーは、コルトーやフルトヴェングラーとも親交をもち、特にバッハの演奏にかけては同時代の第一人者でした。また教育者としても優れており、スコダ、バレンボイム、ブレンデルなどを育てました。

バッハのフーガは、この世的な感情を超越しており、それゆえに、そこに個人的な感情や思想のつけ入る隙はない。あらゆる瞬間に生を超越した精神が貫かれているのではないだろうか。時間、空間を超越したハーモニーが貫かれているのではないだろうか。