全調が弾ける12等分平均律が世界の標準になって、せいぜい150年ほどである。昔は不等分音律だった。一口に不等分音律といっても全調が弾ける不等分と、限られた調しか弾けない不等分がある。

全調が弾けるということは、極端な響きになる調がないということである。どの調も同じように支障なく弾けるということは、どの調もほとんど等しいということであり、不等分音律といっても12等分平均律に限りなく近いということである。12等分平均律における調とは音高が異なるだけである。12種の長調は名こそ違えど、音階構造はどれも全く同じで、調性格はすべて「長調は明るい」といえるだけだ。同様に12種の短調もすべて「短調は淋しい」」といえるだけだ。つまり12等分平均律の調性格は長調と短調の2種類しかない。ハ長調、ニ長調、イ長調など名前はいろいろあるが、調性格までいろいろあるのではない。ある長調を他の長調に移調するということは、移高という方が適格である。

「確かに12等分平均律においては調性格は2種類だけだ」 と理解はできるが、しかし 「芸術家のイマジネーションの中には、しっかりと調性格が存在している」と感じる人も多いのではないだろうか。

そこで、不等分音律の時代に盛んに論じられた調性格について少し調べてみよう。不等分音律は調によって音階構造がそれぞれ違う。、12等分平均律は何調でも全く同じ音階構造である。従って調性格の違いを論ずるには、音階構造の異なる不等分音律によらなければならない。
例として、昔の調律法、つまり不等分音律における「ト短調」の調性格について調べてみよう。

・マッテゾンは『新管弦楽法』1713年において 「ト短調は最も美しい調性、優美さ、憧れ、満足」と最大級のプラスイメージを述べた。

・シューバルトは『音楽美学の理念』1789年において 「ト短調は不機嫌、不愉快、恨み」と最低のマイナスイメージを述べた。

・ミースは『調の性格ー試論』1948年において 「ト短調に確固たる性格はない」と中立の立場をとった。

調によってはある程度共通した性格が述べられる場合もあることを断っておくが、正反対の性格が述べられるとは不可解である。また、ブルーメが「ト短調は激しい悲劇、憧憬の甘美さ」と言ったように、どっちかわからないような意見を述べる論者もいる。

それでは、ここで調性格の代表格と言えるマッテゾンの意見に耳を傾けてみよう。
マッテゾンは、
「調の性格について何か確実なものを定めようとすればするだけ、おそらく、意見の違いも表面化してくるように思われる。この問題をめぐる見解はほとんど数えきれないほどあるからである。その理由としてただ一つ考えられるのは、人間の体液の組織が一人一人非常に異なっていると言うことである。それゆえ、例えばある調を多血質の人は楽しげで快活に感じ、一方、粘着質の人は、ものうく、嘆き、悄然としているように感じたとしてもまったく不思議はないのである」

マッテゾンの見解によると調性格は人それぞれの感じ方があり、恣意的ということになる。

またマッテゾンは『完全なる楽長』1739年 において 「調の性質については、何も絶対的なことを言うことはできない。なぜならば、どんな調もそれ自体では、その逆を作曲しえないほど悲しかったり楽しかったりすることはできないからである」とも述べている。

つまり、マッテゾンは、「絶対的な調性格は無い」と言っているのである。マッテゾンは不等分音律においてさえこのように言うのである。

ある曲の曲想が楽しかったり悲しかったりするのは、調性格に由来するのではなく、実は曲そのものに原因がある。曲そのものが、楽しい曲であったり悲しい曲であったりするだけだ。だから移調して調を変えても曲想は変わらないのである。楽しい曲を弾けば、それは何調で演奏しても楽しいのである。私たちは、ピアノ以外において、このことを極自然に受け入れているのに、ピアノに向かえば調性格に捉われてしまうのだろうか。

・私たちはカラオケに行って、ピッチを上げ下げ、つまり移調して歌っている。
・吹奏楽は移調楽器が多いので移調はごく当たり前にやっていることである。
・マッテゾンの時代のパオプオルガンは町によってピッチが違っていたので、オルガンも移調楽器だった。
・シューベルトの歌曲集は、低声用と高声用に移調された楽譜が出版されている。
・マッテゾンの時代と現代のピッチは約半音違うので、昔のト短調は現代の嬰ヘ短調である。
・バッハは24の調を網羅する《平均律クラヴィーア曲集》を簡単な調からの移調を試みて完成させた。
・《平均律クラヴィーア曲集》 は同一調に同一の格があるとは言えない。
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論文018
 例えばニ短調を比較すると1巻と2巻のプレリュードは性格が違う。1巻のニ短調は瞑想的、内省的な落ち着きが感じられ、2巻のニ短調は生き生きと波たつ力に満ちている。

バッハは時代に先駆けて24すべての調が使用可能な調律法を見出したが、それは同時に、調による差異がほとんど消えることを意味する。バッハは調性格が恣意的だと理解したからこそ、自ら移調を試みたのではないだろうか。

ケラー(Hermann Keller 1885〜1967) はバッハの鍵盤音楽に関する著書や楽譜校訂で知られるドイツの音楽学者であるが、彼はこう述べた。
「平均律クラヴィーア曲集以来ようやく、調の性格と言う問題が純粋に精神的なもの、作曲者と演奏者のなかにのみ存する問題となったのであった」

ゾルゲ(Georg Andress Sorge 1703〜78)はバッハの息子の世代にあたるドイツの作曲家、オルガニストである。彼はマッテゾンが『新管弦楽法』で述べたところの調性格論に対して、「調のアフェクト(情念)を述べる場合は、長調は楽しく愉快な感情に適し、短調は悲しく憧れに満ちた感情に適していると言えるだけである」と調性格を嘲笑した。嘲笑されたマッテゾンも後になって「調性格について絶対的なことは言えない」と言ったことは前に述べた通りである。