2015年11月14〜15日に第66会日本音楽学会全国大会が開催された。
学会発表の中から英国クィーンズ大学、富田庸教授の発表を紹介する。
 「J.S.バッハの作曲過程と演奏へのヒントを八分音符の連桁から読み解く」 という大変興味深いセッションである。

富田先生はバッハの自筆譜の八分音符には、2種類の連桁があるという全く新しい視点を示された。改めて自筆譜ファクシミリを丁寧に見てみると確かに2種類ある。
例えば4分の4拍子の同一曲の中に、八分音符が2連桁の形と4連桁の形が混在している。ピアノで弾けばどちらでも結果は同じであるが、バッハは何らかの意図をもって2種類の連桁を使い分けたのではないだろうか。

一例を紹介する。曲は《平均律クラヴィーア曲集 第1巻24番 ロ短調フーガ》である。
フーガの主題は19個の八分音符が続き、やがて二分音符にたどり着くが、19個の八分音符の連桁が曲中に2通りあるのだ。
24番フーガ分析
完全な形で提示される主題は太字、断片や不完全な呈示は灰色+[]で示した。
八分音符の2連桁は薄い灰色で、それ以上の長い連桁は濃い灰色で示した。

完全な形で提示される13回の主題のうち、八分音符2個づつの連桁が全く入ってないのが3か所あり、それらは曲の最初の方に集中している。曲の終わりの方になると八分音符2個づつの連桁が増える傾向にある。

連桁を市販の楽譜で確認するのは難しい。なぜならバッハの書いた連桁を正確に反映してないからである。弾けば結果は同じであっても、連桁の在り様を正しく確認するには自筆譜ファクシミリを参照しなくはならない。自筆ファクシミリの無い場合は、《自筆譜によるオリジナルクレフ版 Urtext Edition in original Clefs from the autograph Manuscript, edited by David Aijon Bruno》 にバッハの自筆譜通り打ち込んだ楽譜があるので便利だ。

富田先生の推察によると、バッハが2種類の八分音符の連桁を使用した理由は以下の4つである。

1、音楽的に注意を払う
  長い連桁は水平的(旋律的関心)、2個の連桁は垂直的(和声的関心)を示す
  
2、音楽的素材の使い分け
  モチーフには長い連桁、終止形の音型には2個の連桁を使用する

3、書体
  音の薄い箇所では長い連桁、音の厚い箇所、密集箇所では2個の連桁を使用する

4、曲中のポジション
  曲の始めの部分は長い連桁、曲の終わりの部分は2個の連桁を使用する

性格的な連桁が使用された2種類のタイプとしては以下の説明があった。

1、跳躍する音程が連合する八分音符群で、活発な演奏やスタッカートのアーティキュレーションを示唆するも  の(平均律第1巻3番嬰ハ短調 フーガの主題など)

2、同音上の繰り返し、音階の順次進行する八分音符群でゆったりとした速度とムードを示唆するもの(平均   律第1巻12番へ短調 プレリュードなど)

富田先生は、外国での研究生活が長く、英語や独語の論文が多いからだろうか、日本語に苦労するとおっしゃるが、日本語での研究発表を多くの研究者が待っていると思う。「J.S.バッハの作曲過程と演奏へのヒントを八分音符の連桁から読み解く」という新しい課題は、今後の発展が大いに期待されるところである。尚、この研究はオックスフォードジャーナル EARLY MUSIC に掲載されるということである。
同誌には、富田先生の Report や Book Review が過去にいくつもあるので興味のある方は参照されたい。