やわらかなバッハの会

先入観念にとらわれることなく、バッハの音楽に親しむ会です。
イコール式音楽研究所

2015年05月

作曲家が選ぶ時

一般に作曲家が調を決定する際、どのような要因が考えられるだろうか?
概して次のような要因から決定されるのではなかろうか。

1)古典から学んだ既成概念
2)個人的な感覚、気質
3)楽器の特質、
4)音域の制約

1)古典から学んだ既成概念について

バッハという作曲家を例にとるならば、彼にとっての古典とは教会旋法ということになる。バッハは教会旋法を近代和声学として集大成した作曲家であり、バッハの作品は教会旋法と近代和声学が混在している。

教会旋法においては、各旋法の音階構造が異なるので、旋法ごとに性格が違うのは当然である。しかし同じ旋法の中で音階終止音が違っても性格は変わらない。例えばドリア旋法はド調ドリア、レ調ドリア、ミ調ドリアと言う具合に音階終止音がいろりろ考えられるが、音階終止音が変わっても調の性格はドリア旋法である。音階終止音がいかに変化しようと、音階構造が同じである以上、性格は不変である。

イオニア旋法は近代和声学における長音階に匹敵するが、これも同様に、ド調イオニア、レ調イオニア、ミ調イオニアといろいろな音階終止音が考えられるが、調の性格はすべてイオニア旋法である。

近代和声学では、ド調イオニアのことを、音階終止音がドである長音階という。ド調イオニアはハ長調、レ調イオニアはニ長調、ミ調イオニアはホ長調である。
ハ長調、ニ長調、ホ長調とどのように音階終止音が変わろうとも、調の性格はイオニア=長調という不変のものである。

にもかかわらず、ハ長調、ニ長調、ホ長調がそれぞれ異なる性格だという思い込みがあるようだ。どれも同じ長調の音階なのに既成概念にとらわれて調性格が異なると思い込んでいるようである。再三述べたように、鍵盤楽器で演奏する限り、異名同音がある限り、調性格の違いはない。12等分平均律では当然であるが、不等分音律では違いがあるという意見もあるだろう。これについては 2)個人的な感覚、気質の項で詳しく述べる。

今ここでは音階構造が同じであれば終止音がいかに変化しても調の性格は変わらないということを覚えておいてほしい。我々の近代和声学においては音階は長調と短調の2種類しかない。音階終止音としては12種考えられるが、その12種はすべて同じ性格である。長調1種である。

2)個人的な感覚、気質について

これについては、調性格の代表者マッテゾンが次のように述べている。
「調の性質について何か確実なものを定めようとすればするだけ、おそらく、意見の食い違いも表面化してくるように思われる。この問題をめぐる見解はほとんど数えきれないほどあるからである。その理由としてただ一つ考えられるのは、人間の体液の組成が一人一人非常に異なっていると言うことである。それゆえ、例えばある調を、多血質の人は楽しげで快活に感じ、一方、粘着質の人は、ものうく、嘆き、悄然としているように感じたとしてもまったく不思議はないのである」

例えばホ長調の調性格を比較してその意見の食い違いを確認しよう。

マッテゾン・・・絶望、死ぬほどの悲しみ
シューバルト・・・賑やかな歓声、満足感
フォーグラー・・・身を切るようにつらい
クラーマー・・・尊大さが目立ち癪に障る
シリング・・・燃えるような黄色、聖なる愛、率直さ
シュテファニー・・・火花を散らす、明るい、純金
ミース・・・耳をつんざくような、優雅な、愛らしい
ベック・・・精神的な温かさ

このようにホ長調という調の性格は8人8様で、何の共通性も感じられない。
例えば《平均律クラヴィーア曲集》にあるホ長調を比較するだけでも、全く共通性が無いことがわかる。

1巻9番ホ長調プレリュード=平安な牧歌的情緒
  ”      フーガ    =熱烈な青春の喜びが奔流となって躍動している
2巻9番ホ長調プレリュード=穏やかな淡い光、洗練された美しさ
  ”      フーガ    =パレストリーナ様式の厳かな宗教合唱曲風 

調性格を考える得る場合、調律法が不等分音律であることが前提となる。なぜなら不等分でないと微妙な響きの違いが出ないからである。12等分平均律の響きはどこをとっても均一である。多少なりとも響きの違いを得るためには不等分音律でなければならないのだ。

バッハの時代は不等分音律の一つであるミーントーンが主流だった。ミーントーンはハ長調、ト長調といった調号の少ない調は綺麗に響くが、変ニ長調、嬰へ長調といった調号の多い調は聞くに堪えない響きとなる。
そのため、バッハの時代には、♯♭3個ぐらいまでの調しか使えなかった。

そのような時代にあって、バッハは理論上24すべての調が聞くに堪える響きとなる独自の調律法を考案した。その独自の調律法でもって24の調を演奏した。24の調を網羅した《平均律クラヴィーア曲集》を演奏した。それは音楽史上画期的なことであった。♯♭3個までの調だけではなく、♯♭6,7個の調まで使える調律は、純正の綺麗な響きを少し不純に、聞くに堪えない響きを純正に近づけて、どの調も平均的な響きにならざるを得ない。つまり24すべての調が弾けるためには12等分平均律に限りなく近い調律法にならざるを得ないのである。
12等分平均律に非常に近いということは、調による性格の違いはほぼ無いということである。

よってバッハの《平均律クラヴィーア曲集》は不等分音律といえども、12等分平均律に非常に近いものであり、調による響きの違いは殆どないということである。

1)古典から学んだ既成概念、2)個人的な感覚、気質 の考察からいえることは、バッハの《平均律クラヴィーア曲集》は長調と短調2種の性格があるのみで、音階終止音が異なるだけである。調性格は2種類しかないと言うことが理解できるであろう。《平均律クラヴィーア曲集》に24種類の異なる調性格があると思うのは根拠のない固定観念に過ぎない。










マッテゾンが調性格を否定

マッテゾン(Mattheson 1681〜1764)は 『新管弦楽法』 の 「各調の性質とアフェクト表現上の作用について」 という項目のもとに調性格論を展開した。これは彼自信が認めるようにあくまで 「私論」 であり、各調がそれぞれ絶対的な性格を有するという見解にマッテゾンは懐疑的であった。

その証拠に、彼は 『完全なる楽長』 において 「調の性質については、何も絶対的なことを言うことはできない。なぜならば、どんな調もそれ自体では、その逆を作曲し得ないほど悲しかったり楽しかったりすることはできないからである」 と述べている。

マッテゾンの調性格論を見ると24の調のうち7つの調については記述がない。♯♭の多い7つの調である。これらは当時使われてなかったので触れられてないのだろう。このことから、マッテゾンの調性格論は、ミーントーン音律に近いと考えられる。

つまりマッテゾンはミーントーン音律においてすら、絶対的な調性格は存在しないと言っているのである。ましてや24の調のすべてが演奏可能な音律においては、調性格の存在のしようがない。

マッテゾンとバッハは同時代であり、教会旋法と近代長短調の移行期に2人は位置する。
マッテゾンが述べたのは近代長短調の調性格であるが、次にプリンツ(Prinz 1641〜1717) が述べた教会旋法の特有な性格をあげてみよう。

イオニア旋法・・・・・・・・陽気で活発
ドリア旋法・・・・・・・・・・・温和、敬虔
フリギア旋法・・・・・・・・非常に悲しい
リディア旋法・・・・・・・・過酷、不親切
ミクソリディア旋法・・・・陽気、いくらか穏健
エオリア旋法・・・・・・・・穏健、優しい、いくらか悲しい

教会旋法においては、例えばイオニア旋法とドリア旋法は音階が全く違う。だから調の性格も違う。教会旋法には6種類の音階が存在するからこそ、6種類の調性格が存在する。

近代長短調においては長調と短調の2種類の音階しか存在しない。だから2種類の調性格しかない。
ハ長調、ニ長調、変ホ長調などと言ってあたかも違う調ように思われがちだが、これらはすべて長調という同じ音階である。ただ音階開始音が違うのみである。

長調と短調という2つの音階が、音階開始音の違いだけで24種類もの調性格があると考えてはならない。
特に鍵盤楽器においてはこのことを銘記する必要がある。なぜなら鍵盤楽器は、異名同音だからである。長3度と減4度は、音楽理論上では明らかに異なる音程であるが、鍵盤上では同じ鍵盤だからである。鍵盤楽器においてはどんな達人でも、長3度と減4度などの異名同音を弾き分けることは不可能である。この点が弦楽器などとは違うところである。

バッハの代表作の一つ 《平均律クラヴィーア曲集》 を移調によってより解りやすく弾くことのできる 《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》 は、大きな音楽的成長をもたらすだろう。移調することに抵抗のある方は以下のことをもう一度考えてみて欲しい。

1、バッハ自身が移調して編集した曲も入っている《平均律クラヴィーア曲集》
2、同一調なのに全く性格の異なる曲が多い《平均律クラヴィーア曲集》
3、ウィーンのシュテファン大聖堂の楽長、ベートヴェンやチェルニーの教師であったアルブレヒツベルガーが   編集したウィーンの移調譜は《平均律クラヴィーア曲集》の中の遠隔調を移調して♯♭の少ない調にしたも   のである。
4、バッハの弟子たちの筆写譜に移調したものが見られる
5、その他、バッハは前に作った曲を他の曲に転用する際、頻繁に移調している
6、ピッチの変動を考えるとバッハの時代は現代より約半音低いので、《平均律クラヴィーア曲集》 の全24曲   を半音低い調に移調すべきであるが、元の調で演奏しているのは絶対音感的発想の矛盾である。





やわらかなバッハの会
第1日曜日 輪奏会17:00 PM
第2金曜日 輪読会10:00 AM
第4土曜日 輪奏会10:00 AM

バッハ・イン・ザ・サブウェイズ
2018.3.21(水・祝)

第5回バッハ礼讃音楽会
2018.7.29(日)

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<プロフィール>
やわらかなバッハの会 代表
新しい鍵盤楽器記譜法「イコール式」の創始者

子供の頃、父と一緒に、バッハのフーガをピアノ分担奏で弾くことによって、声部進行を直感的に学び取り
バッハのとりこになった。
これまで約400人のピアノレッスンを通じて、バッハのフーガを弾くことの重要性を認識し、初級者でもバッハ演奏を楽む方法を提案。

2007年 世界で初めての楽譜《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》カワイ出版 

2009年 音楽書『やわらかなバッハ』春秋社

2013年「やわらかなバッハの会」設立

2014年 バッハ礼讃音楽会 (於 旧県会議事堂) 毎年開催

2016年 バッハ・イン・ザ・サブウェイズ (於 新山口駅南北自由通路 )毎年開催

2017年 Bach Network UK 対話会議研究発表 (於 ケンブリッジ大学)

Prof.Yo Yomita (富田庸) 講演会「バッハを嗜む」主催 (於 山口大学)

イコール式とは「鍵盤楽器においてどの調も皆同じ」という意味です。
なぜなら12等分平均律の鍵盤楽器における調性とは、ただ高さのみによって識別される2つの旋法、すなわち長調と短調の性格だけに限られるからです。
12等分平均律は勿論のこと、不等分音律を前提に論じたマッテゾンでさえも調性格の恣意性を指摘しています。
異名同音、ピッチの変動、バッハの手による移調の試みなどを考慮すれば、《バッハ平均律クラヴィーア曲集》の中の難しい調を簡単な調に移調してまず親しむことが大切です。初級者は更にそれをアンサンブルで楽しむことが大切です。
やわらかなバッハの会は既成概念にとらわれず、自分自身の判断で音楽の本質を探究するところです。


世界唯一! 平均律クラヴィーア曲集の移調
音楽の構造が良く解る










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<イコール式の意味>
*12等分平均律の鍵盤楽器においてはどの調も同じ(イコール)です *フーガの各声部は主従関係ではなく対等(イコール)です *12等分平均律の調律法はイコール・テンペラメントと言います *音名と階名が同じ(イコール)読み方です
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