『絶対音感』 という本が出版されたのは1998年だった。当時に比べると多少、絶対音感崇拝の熱狂が静まった感があるが、それでもまだ「絶対音感はプロの必須条件」と思っている人もいるようだ。
そこで絶対音感がプロにとって必要か必要でないかを問う前に、絶対の音感というものが本当に存在するのかということを問いたい。

世の中には様々な標準ピッチが存在するから、絶対音感は非絶対音感だと言うのは簡単だ。当たり前過ぎるほどの正論だ。
しかしこれから述べようとすることは、たとえ、標準ピッチが時と場所を超えて 440Hz に固定されても、尚、非絶対だという話である。

絶対音感は12等分平均律の産物であり、この調律法ができるまでは絶対音感という言葉は存在しなかった。世界が12等分平均律に移行する1850 年〜1900年 以降にできてきた言葉である。従って絶対音感を知るには12等分平均律を知る必要がある。

それでは12等分平均律を知るための基本を簡単に説明しよう。
ドレミファソラシド ♪ は ド から シ まで7個の音があり、その次の8個目はまた ド に戻る。この1サイクルをオクターヴという。オクターヴを繰り返す度にどんどん音が高くなる。ちなみにピアノには ド が8個あり、右に行くほど高い ド になる。

男と女が一緒に歌を歌えば、大人の場合自然に、男声と女声は1オクターヴ離して歌うが、そのことをあまり気にしない。なぜなら1オクターヴ離して歌うと音が一致しているかのように聞こえるからだ。もし1オクターヴ以外の間隔で離して歌うと男声と女声は明らかに違って聞こえる。
ピアノでいうと、オクターヴの間隔で2つの音を弾けば一つの音のように聞こえ、ドとファ などオクターヴ以外の間隔で2つの音を弾けば明らかに違いがわかるということである。
このようにオクターヴはうっかりすると同じ音に聞こえるくらい最も澄んだハーモニーである。

ではなぜオクターヴが澄んだハーモニーといえるのだろうか?
少し科学的に説明をしなくてはならないが、小学生の掛け算程度で理解できる範囲で説明しよう。

音は空気の振動である。振動が細かいほど音が高くなる。音の高さは1秒間の振動数で表すことになっており、それを周波数という。周波数の数が多いほど高音である。周波数の単位はHz (ヘルツ)である。
例えば ラ=440Hz といえば、 ラ の音は1秒間に 440 振動すると言う意味である。

ラ =440Hz の場合、ラより低い方の ド=262Hzである。
高い方の ド=524Hzである。
ここで ドード のオクターヴが丁度2倍の周波数であることに気付く。
262:524=1:2 という整数比である。
12等分平均律とは 262Hz から 524Hz までのオクターヴを等しい比率で12等分したものであり、これが今日我々が弾いているピアノの調律法である。

ピアノのオクターブ内には、白鍵7個、黒鍵5個が含まれる。黒鍵とは左右にある白鍵の丁度中間の音である。例えば ド と レ の白鍵の間にある黒鍵は ド♯ あるいは レ♭ と呼ばれる。ド♯ は ド より少し高く、
レ より少し低い音である。白鍵黒鍵合わせて12個の音がすべて等しい比率で周波数の増す調律を12等分平均律という。

さあこれから本題に入る。

ド=262 から 高いド=524 までを等比率で分けるにはどうすればよいだろうか?
それは 262 に何かの公数を12回掛けて 524 になればよいのだ。
従って公数は2の12乗根になる。この計算は省略して答えを言うと
1.0594  である。
ド=262 に1.0594 を12回掛けると オクターヴ高いド=524 になる。
例えば ド♯ は ド×1.0594=262×1.0594=278である。
レは ド♯×1.0594=278×1.0594=295である。同様にして12回の掛け算をすると524 になる。 
ド=262、ド♯=278、レ=295、レ♯=313、ミ=332 ・・・・・・・・・高いド=524 である。

ド=262ならば、263, 265, 267, 268・・・・・は何と言えばよいのだろうか?
ド とも言えないし、 ド♯ とも言えない。1Hzだけ高い263Hz は ド と言えないのかという問題が起こる。
アバウトに 262 の周辺の周波数を ド というのか?
それなら ド と ド♯ の丁度中間の270Hz は ド なのか、ド♯ なのかという問題も起こってくる。

262Hzの近辺をアバウトに ド だというのであれば、絶対音感は曖昧音感である。
絶対音感が絶対ではない理由はここにある。絶対音感は非絶対音感である。

ピアノの鍵盤は針が次に進んだ瞬間に数字が変わるデジタル時計のようなものだ。
デジタル時計はアナログ時計の秒針の動きを無視する。
つまりピアノの鍵盤は ド から ド♯ の間に至る秒針の動きを無視せざるを得ないつくりである。
音のデジタル化は鍵盤楽器と一部の楽器だけの現象であるから、絶対音感という言葉を、ピアノに限定された絶対"鍵感"というなら多少わかるが、絶対音感というのは疑問だ。

長年、絶対音感の牙城であった桐朋学園『子供のためのハーモニー聴音』による影響で絶対音感教育が日本中津々浦々まで盛んであった。しかし桐朋の室長であった別宮貞夫氏は「われわれは皆絶対音感を持っていなかったので、それがすばらしいと思ってしまったんだね。私は絶対音感訓練の加熱が原因で教室をやめたのです」と述べている。
また、桐朋の教室の生徒であったピアニストの青柳いずみこ氏は「思ってしまうのは勝手だが、それで集団訓練された子供の身にもなってほしい。古典やロマン派の音楽を演奏する際にはむしろ障害になっていると思う」と述べている。
青柳いずみこ氏は集団訓練で440Hzの12等分平均律の音感だけを身につけてしまった。しかし実際の音楽の現場では標準ピッチや音律の多様性があって、身につけた”絶対音感”なるものと一致しない場合があるから困るという意味であろう。
また「障害になっている」というのは古典派やロマン派の調性音楽は相対音感的に理解するものなので、”絶対音感”的な音の把握では、音楽の理解の障害になるという意味である。
このようにかつての憧れだった”絶対音感”なるものは非常に問題が多いのである。