《フーガ ト短調》 あるいは《 小フーガ》という通称でよく知られているのは BWV 578 のフーガである。主題は歌唱的な前半と器楽的な後半が好対照をなし、端正な美しさと親しみやすさを合わせ持つ佳曲である。

このフーガを市販の楽譜で見ると♭2個の調号で記譜してあるものが多い。♭2個の調号で終止音が「 g 」であるから、なるほどト短調のようである。ただし「近代長短調」の考え方でいえばの話である。
なぜなら、バッハはこのフーガを♭2個の調号では書いてないからである。

バッハの意図を知るには、ゲッティンゲンのバッハ研究所とライプツィヒのバッハ資料館が長い年月を費やして完成させた『新バッハ全集』を見るのが一番だ。これは現在最も信頼できる版である。
『新バッハ全集』はドイツのベーレンライター社から随時出版され2007年に完成を見た。《フーガ BWV 578 》 は 1999年に出版された。『新バッハ全集』 の 検檻供∧埆玄圓蓮Dietrich Kilian である。

[Neue Ausgabe saemtlicher Werke, harausgegeben vom Jphann-Sebastian-Bach-Institute Goettingen und vom Bach-Archiv Leipzig, Serie , Orgelwerke,Band 6, herausgegeben von Dietrich Kilian.]


『新バッハ全集』で見ると、《 フーガ BWV 578 》は♭1個の調号で記譜されている。♭1個の調号なのに、終止音は「g」である。我々の常識では、♭1個はニ短調であり、終止音は「d」のはずだ。もし、終止音が「 g 」 ならば調号は♭2個というのが我々の常識だ。

しかしバッハの時代にはこのような記譜法も一般的だった。それは今日の我々にはあまり馴染みのないドリア旋法の記譜法である。ドリア旋法は教会旋法の一つで、今日の記譜法より♭を一つ少なく記譜する。バッハの初期の作品によく見られる記譜法である。

《 トッカータとフーガ ニ短調 BWV 565 》 という通称で呼ばれるあの有名な曲も、バッハはドリア旋法で書いている。調号には♯ も♭もつかず一見するとイ短調のようである。しかし終止音は「 d 」である。我々の常識ではニ短調は♭1個のはずだが。

ドリアなどの教会旋法で書かれるのが一般的だった時代に、バッハはそれを近代長短調へと徐々に収斂し確立した。今日我々は種々のジャンルの音楽において、初めから長調と短調が存在しているかのごとく思っているが、これはすべてバッハのお陰である。だから「あまねく世界に神は存在し、あまねく音楽にバッハは存在する」と言われるのだ。

《 フーガ BWV 578 》 は《アンドレーアス=バッハ本》の中に収められている。『アンドレーアス=バッハ本』とはバッハの甥(1713〜79)の名前に由来し、「J・アンドレアス・バッハ 1754」という所持を示す文字の書かれた手書きの楽譜集である。この中に収められた作品は遅くともヴァイマール時代までに書かれたことがわかっており、《 フーガ BWV 578 》はバッハ初期の作品と言える。バッハの初期の作品にはドリア旋法の記譜法で書かれたものが多い。

以上見てきた通り、我々が 《フーガ ト短調 》 と思い込んでいた曲は、実はドリア旋法である。
ドリアなど種々の教会旋法にはそれぞれ異なる性格がある。ちなみにプッシュテット(1666〜1727)による教会旋法の性格付けによると、ドリア旋法は「活発、喜ばしい、そして壮重」となる。ドリア旋法のこの性格は終止音が変わっても不変である。これは大変重要なポイントである。つまり 《 フーガ ト短調 》 も 《 トッタータとフーガ ニ短調 》もドリア旋法であるから終止音が「 ト 」あるいは 「 ニ 」 、その他何の音に変わっても性格は不変である。すべて「活発、喜ばしい、そして壮重」という性格である。

今日の常識では 《フーガ ト短調 》 と 《 トッタータとフーガ ニ短調 》 は調が違うから性格も違うと考えられている。これは大きな間違い、両方ともドリア旋法でその性格は同じである。
バッハは 「 ト 」を終止音とするドリア旋法のフーガを意図したのであって、「ト短調」を意図したのではない。我々は勝手に「ト短調」だと思い込んでいる。

ドリア旋法において、終止音は何であれ、その性格は不変であると先に述べた。にもかかわらず、《 フーガ ト短調 》 以外の調で弾くと、曲の性格が変わってしまうと考えている人は少なくない。もしそのように考えているなら、間違った常識、あるいは既成概念に捉われている証拠であろう。