紀元前5世紀ごろ、ピュタゴラスは音の調和の法則を発見した。彼は古代ギリシャの数学者、哲学者、宗教家、音楽理論家で、ピュタゴラス学派は「万物は数である」という根本原理から成り立っている。
 
 ピュタゴラスは、2つの音が協和する時、2つの音の振動数比は簡単な整数比になることを発見した。オクターヴは 1:2、完全5度は2:3、完全4度は 3:4 である。
振動数比を視覚的に把握するには、共鳴箱に1本の弦を張り、移動駒によって弦の長さを調節する装置をイメージするとよい。オクターヴとは「ド」から上の「ド」までの幅であるが、移動駒を2分の1のところにもってきて弦の長さを半分にすれば1オクターヴ上の「ド」が得られる。
同様に、移動駒を3分の2のところに持ってきて弦を短くすれば「ド」から完全5度上の「ソ」が得られる。

 このように音の協和が振動数比で数学的に理論付けられ、それが全宇宙を支配するものと考えられた。なぜ、人間が簡単な整数比の音を協和音と感じるかといえば、宇宙と人間の魂が同じ振動数に基づいているからであり、宇宙の調和を表す音楽は人間の魂を調和させると考えられたのである。ピュタゴラスは簡単な振動数比を一種の神的啓示としてとらえ、神聖なものと考えた。今日の言葉で言えば純正の音程を神聖なものと考えたということだ。数学も音楽も哲学もその創始者は同じであり、古代ギリシャにおいてこれらは一つの学問だった。

 その後のピュタゴラス学派は宇宙形成原理として受け継がれた。
プラトン(紀元前427〜347)の世界霊魂形成、プレトマイオス(83〜168)のハルモニア論、ケプラー(1571〜1630)の世界の調和など、哲学的伝統を形成していく。
ライプニッツ(1646〜1716)はドイツの哲学者、数学者、科学者など幅広い分野で活躍し、学者・思想家として知られる知の巨人である。17世紀の様々な学問を統一し、体系化しようとした。その業績はベルリン科学アカデミーの創設など多岐にわたる。彼は「予定調和説」を唱え、極めて広い領域にまたがる思想を打ち立て、「音楽は魂が自ら知らずに行うひそかな数学的実践である」という言葉を残した。ここでいう音楽とは簡単な振動数比の数学を意味している。
現在我々が耳にする12等分平均律の音階や微分音などは簡単な振動数比ではない。現代人は簡単な振動数比の響きを忘れ、濁った音に慣らされてしまったようだ。

 ピュタゴラスの発見した 2:3 の振動数比、すなわち純正の完全5度を積み重ねて得られる音階をピュタゴラス音律と呼んでいる。純正の完全5度を積み重ねるとドレミファソラシドの7音音階が得られる。これは全音といえども大全音と小全音によって構成される7音音階である。
純正の完全5度を11回積み重ねると12個の半音階が得られる。しかし、ここに大問題が発生する。すべての完全5度を純正で得ようとするとオクターヴの環が閉じないのだ。不都合にも自然の摂理に阻まれる。環の最後の音、すなわち His=C が最初の C より24セントも高くなってしまう。この不都合な24セントを如何様に処理するかという難問が音律の諸相である。処理の仕方によって幾通りもの音律が考えられる。12個すべての音を純正に得たいという人間の理想に反して、神の摂理は常に割り切れない。1日24時間では処理し切れないから4年に一度うるう年を設けて調整しなくてはならない。円周率3.14 も割り切れない数字だ。音律も割り切れない。神様はいつも科学的理論的に割り切れないという粋な計らいをなさるのである。

 ピュタゴラス音律は、古代中国の三分損益法、近代邦楽の順八逆六の法とも基本的に同じである。国も言葉も文化も違う。それでも人間が協和音と感じる振動数比は共通である。気候風土、思想、宗教、伝統を超越した振動数すなわち波動の世界は共通だ。人間が言語表現の世界にとどまっている限り、共通理解を見出すのは難しい。言語を超えた波動の世界におけるピュタゴラスの思想は全く正しい。「万物は数である」