年末になるとベートーヴェンの第九《歓喜の歌》が聞こえてくる。
1980年代に入った頃から特に盛んになり、年末の第九ブームが定着してきたようである。

日本におけるこの現象は1972年に欧州の歌として《歓喜の歌》が採択決定され公式に発表されたことと関係がありそうである。
ヨーロッパのシンボルとなる欧州の歌がベートーヴェンの《歓喜の歌》に決定された理由は何だろうか。
その鍵を握る人物は《歓喜の歌》を最初に提案したリヒャルト・ニコラウス・栄次郎・クーデンホーフ=カレルギー(1894〜1972)である。

名前から察しがつくように彼はハーフである。父はオーストリア=ハンガリー帝国駐日特命全権大使のハインリヒ・クーデンホーフ=カレルギー伯爵、母はハインリヒの大使公邸の女中頭だった日本女性、青山みつ(クーデンホーフ=カレルギー・光子)。父ハインリヒが在日中に、みつ(旧名)と出会い日本で結婚(みつは日本国籍を喪失し、夫と同じカトリックに改宗した)。日本で最初の国際結婚である。光子の父は憤慨して光子を勘当した。カレルギー家も東洋人との結婚を反対した。

栄次郎はクーデンホーフ=カレルギー夫妻の7人の子の次男として1894年に東京で生まれる。一家は栄次郎が2歳のときに日本を離れ、父親の故郷オーストリア=ハンガリー帝国に移り住んだ。

栄次郎はウィーン大学で哲学博士号を取得する。そして、欧州連合構想の先駆けになった「汎ヨーロッパ論」を提唱する。
「汎ヨーロッパ論」とは第一次大戦の影響から欧州が衰退するのを克服するために、小国に分かれて覇権を競う欧州の状況を打開し、アメリカのような欧州合衆国の設立を目指すべきだと呼びかけるものである。それまでは理念先行だった欧州統合論を政治運動に昇華させたのは彼である。自らの提案を出版するとともに、汎ヨーロッパ連合を設立し、各国にも汎ヨーロッパ協会を設けた。ために彼は「EUの父」と呼ばれている。

彼の経歴を簡単に述べたが、最も大事な経歴はこれからだ。彼は19歳の学生であったとき、親の反対を押し切って33歳の女優と結婚した。そして28歳の時にフリーメイソンに加入したのである。彼はグランド・オリエント・ロッジの高位階級のフリーメイソン会員であった。彼が汎ヨーロッパ運動を開始するとヨーロッパ各地のフリーメイソンリーが彼の運動を支援した。
こうしたフリーメイソンとの深い関係のなかで、彼は自らのメイソン精神をかけてベートーヴェンの《歓喜の歌》を欧州のシンボルに定めた。なぜなら《歓喜の歌》はまぎれもないメイソン讃歌だからである。

「歓喜の歌」はシラーの詩である。シラーはフリーメイソンのクリスティアン・ゴットフリート・ケルナーの求めに応じてドレスデンにあるフリーメイソンのロッジ「三振りの剣と緑のラウテ上のアストレア」の音楽付きの儀式のために1785年に詩を書いた。詩の内容は友情の絆により結束した平等な人々の社会というメイソンの理想を描写するものである。シラーの作品には自由思想と人間至上主義が見られる。

曲は勿論ベートーヴェンである。
彼はフリーメイソンが最も盛んだったボン大学で青春を過ごし、メイソン君主であるフリードリヒ2世の私生児とまでいわれた作曲家である。モーツァルトとハイドンは確実にフリーメイソンだったが、ベートーヴェンも作品を見る限りフリーメイソン的である。『フリーメイソン辞典』などではベートーヴェンをメイソンとしているし、セルビアのフリーメイソンリー本部(グランドロッジ)によると《歓喜の歌》を作曲したベートーヴェンはフリーメイソンであるという有力な証拠があるという。

歌詞 (抜粋)

歌えよ 一人の友だに持たば
さあらで寂しき 者は去るべし

ものみな歓喜(かんき)を 天より受けて
良し悪しへだてず 幸に輝く
酒あり 愛あり 真の友あり
虫さえ喜び 天使は空に

行け 行け 限りなき大空高く
あまたの太陽の 飛び交い馳せ行くごとく
いざ走れ 友よ
勝利に赴く英雄のごと
いざ走れ 友よ

フリーメイソンのキーワードは進歩的知識人、平等、自由、友愛、市民、理神論、太陽讃歌、光、自然科学などである。音楽面では変ホ長調とハ短調(フラット3つ)、グラスハーモニカ、ピアノ、クラリネットなどである。ベートーヴェンにはなぜかフラット3つの曲が多いのも頷ける。変ホ長調の《英雄》《皇帝》《告別》、ハ短調の《運命》《悲愴》《コリオラン序曲》など。

メイソン精神とは王権神授や君主やカトリック聖職者を否定する革命思想である。

ベルリンの壁が崩壊した後チェコで革命が起きたときも《歓喜の歌》が歌われた。革命には《歓喜の歌》がよく似合う。1989年12月14日、首都のプラハで革命を祝うための演奏会がヴァーツラフ・ノイマン指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団によって行われ、ここで歌われた《歓喜の歌》が東欧革命のテーマ曲となった。

日本でも毎年、年末になると《歓喜の歌》が歌われる。日本に革命を起こしたいのだろうかと思ってしまう。もっと日本古来の美しい心を歌った歌があるのではないだろうか。《歓喜の歌》に変わる何かもっと相応しい歌はないものだろうか。