バッハといえば 《G線上のアリア》が有名である。しかしバッハ自身がこの題名をつけたわけではない。
また単独の小曲でもない。管弦楽組曲第3番 BWV 1068 の中の1曲である。序曲、エア(エール)、ガヴォット、ブーレー、ジーグの5曲から成る管弦楽組曲の第2曲目のエア(エール)だけを取り出して《G線上のアリア》として親しまれている。

 《G線上のアリア》はドイツの名ヴァイオリニスト、ヴィルヘルミ(August Emil Wilhelmi 1845~1908) が、エア(エール)をヴァイオリンとピアノ伴奏用に編曲したことて有名になった。1871年版の編曲の通称が《G線上のアリア》である。ヴァイオリンのG線だけで弾けるということから《G線上のアリア》という名前がついた。

この編曲で最も注目すべき点は、ハ長調に移調されていることである。バッハはこの曲をシャープ2個のニ長調で書いた。ニ長調というと元気なイメージを抱くかもしれないが、2曲目のエア(エール)はしっとりとした静かな曲想である。元気な二長調と真反対の性格とさえ言える。

ちなみに調性格論者が述べるニ長調の性格を上げると次のようなものがある。
シューバルトは勝利の喜び、ハレルヤ、戦勝の雄叫び、
マッテゾンは幾分鋭く頑固、騒動、陽気、好戦的、元気を鼓舞するようなもの、
シリングは魔法のように美しく魅力的な交響曲とマーチに似合う、
ユンカーは快活で最高に興奮した調整、
ヴォーグラーは派手な騒ぎ、騒音、戦闘の響き、
ミースは輝き、華麗なスウィング、
リューティーは祝典的壮麗さ、軍隊の果敢さ

いずれも《G線上のアリア》の静けさとは余りにかけ離れていないだろうか?
バッハの手にかかれば二長調でも、これほど静かな曲が作れるという証拠ともいえる。
同時にバッハが調に関係なく静かなエア(エール)=G線上のアリアを作曲し得ると考えた証拠である。

有名な調性格論者のマッテゾンは「調の性質については、何も絶対的なことを言うことはできない。なぜならどんな調もそれ自体では、その逆を作曲し得ないほど悲しかったり楽しかったりする事はできないからである」と述べたが、バッハも同じように考えたのだろう。

ヴィルヘルミの編曲以来、この曲がハ長調で演奏され続け、愛され続けているという事実が雄弁に語っているもの、それは音楽の性格を決定づけるものは調ではないということである。原調の二長調で演奏しなければいけないと思うのは根拠のない思い込みである。何調で演奏しようと、バッハの原曲の曲想は壊れない、壊すことは不可能である。
なぜなら、曲想は調に支配されず、曲自体に支配されるからである。
調に対する無意味な潜入観念を棄てるのがイコール式であるが、《G線上のアリア》は見事なイコール式である。