・・・・バッハのフーガを練習したことのある子供は(その際どんなに機械的に行われたにせよ)声部進行を目のあたりに学び取るのであり、この直感はもう二度と消し去られることはないであろう。そのような子供はどんな曲にも同様な音響の線による尊厳な動きを本能的に求めるようになり、その欠如を貧しさと感じるであろう・・・・

バッハの本質をこのようにズバリ言ってのけたのはシュヴァイツァーである。神学者、哲学者、医者、オルガニスト、音楽学者と実に多くの肩書きをもっている人である。彼はバッハに傾倒し、著書の『ヨハン・ゼバスィアン・バッハ』は今も多くの人に親しまれている名著だ。

シュヴァイツァーはバッハのフーガが子供に深い感化を与えると言っているのであるが、大人から見るとバッハのフーガほど難しいものはないと思われかもしれない。
しかし、ベートーヴェンの自由と平等の思想、あるいはシューマンのクララへの熱情といったものは、大人の感情であって子供には理解できないし、感化されることもないだろう。バッハのフーガは神の音楽である。人間の音楽ではないのである。バッハのフーガは宇宙普遍の大生命の響きだから幼子のように神を無心に呼び求めるがよい。無心にバッハを弾くがよい。バッハのフーガは理解を超越してもっと深い魂のレベルで二度と消し去ることのできない刻印を押すのである。

バッハに回帰しよう。バッハの平均律クラヴィーア曲集に回帰しよう。
少しでもピアノを習ったことのある人は皆、平均律クラヴィーア曲集を弾くべきである。演奏が困難であるという理由だけで平均律クラヴィーア曲集を知らないまま天国に行くのは余りにもったいない。
ハ長調とイ短調に移調した《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》なら譜読みが簡単。
声部を分けてアンサンブルで演奏すれば誰でもすぐ弾ける。