バッハの《平均律クラヴィーア曲集》は、最初から24の調でもって作曲され、順番通り一気に書き上げられた作品ではありません。
バッハはまず中全音律で美しく響く調から先に作曲しました。
それから中全音律で極端な響きになる遠隔調(調号が非常に多い調)は後で作曲しました。

しかも遠隔調は、まず調号の少ない調で作曲して、それを移調するという方法をバッハは試みたようです。
普通に考えても作曲家は嬰ハ長調や嬰へ長調の曲を作るのに、まずハ長調やヘ長調で作曲するのが自然ではないでしょうか。
バッハもそのようにしたと思われます。
その際、日頃ほとんど使わない遠隔調への移調にはバッハといえども少々手こずったようです。
移調譜を清書する時にシャープの付け方を間違えるなどして、それを修正した痕跡がバッハの自筆譜にちゃんと残っているのです。

このようにバッハが曲を清書中に同時に移調を試みたと考えられる根拠が修正箇所に残るものは、結構多くの調種に及びます。
すなわち第1巻では変ホ短調、嬰ニ短調、嬰ト短調、ロ短調、
第2巻では嬰ハ長調、変ホ長調、嬰ニ短調、嬰へ長調、変イ長調、変ロ短調、ロ長調です。

(『バッハ全集12 チェンバロ曲2』  礒山雅 他 著    小学館 P.77 より
平均律クラヴィーア曲集第1巻 成立過程と改訂の歴史  富田庸 鈴木雅明CDライナーノート より) 


例えば《平均律クラヴィーア曲集》第2巻22番の変ロ短調プレリュードは、最初、イ短調で作曲されてから変ロ短調に移調されたと考えられるわけですが、もしこれをイ短調で弾くと何か不都合があるでしょうか?
何が何でも移調後の変ロ短調で弾かねばならない理由があるでしょうか?
元のイ短調の方が断然譜読みが楽ではないでしょうか?

第2巻22番の変ロ短調プレリュードを、あえてイ短調で弾く方が理にかなう16の理由を次に述べます。

1、ピッチ
バッハの時代のピッチは今日より約半音低かったので、今日のピッチのピアノで弾くイ短調は、当時の変ロ短調に匹敵する。

2、12等分平均律
我々のピアノは12等分平均律なので、変ロ短調もイ短調も全く同じ音階構造であり、どの調も同じである。

3、不等分音律
もし仮に、不等分音律のピアノで演奏するにしても、バッハは《平均律クラヴィーア曲集》において調ごとに一つの気分を確立することはが目的ではなかった。詳しくは『やわらかなバッハ』P.57

4、聴覚
絶対音感のない人は楽譜を見るまで何調かわからない。絶対音感のない人にとっての調とは楽譜上の問題でしかない。

5、歌唱
シューベルトの歌曲は高声用、中声用などいろいろな調で出版されている。我々は普段歌を歌う時、何調かということよりは声の高さを問題にする。歌い易い高さの調(キー)で歌うだけである。

6、演奏上の制約
例えばトランペットやヴァイオリンは楽器の特性として、よく響く調とそうでない調がある。しかし《平均律クラヴィーア曲集》を鍵盤楽器で弾く場合は、よく響く調と響かない調の区別はない

7、合奏
教会カンタータを合奏する場合、管や弦とのピッチを合わせるためにオルガンパートの方を移調した。オルガンは移調楽器であった。

8、音域
歌手の場合、移調すると声が出ないなどの問題が起こってくる。しかし、鍵盤楽器においてはどの調に移調しても音域の問題は起こらない。

9、バッハの音律
バッハは24の調がすべて演奏可能な音律を前提としたので、美しい調と美しくない調があっては困る。従ってどの調も同じ程度の美しさの響きになるように調律したはずである。ということは、どの調も似たりよったりの調律にならざるを得ない。だから調ごとの性格はほとんど同じになる。

10、440Hz 調
絶対音感を持つ人にとって、イ短調の主音は 440Hz の a の音である。しかし標準ピッチは変動している。例えばバッハの時代のイ短調の主音は 415Hz だった。ピッチでもって調を決定するのは愚かなことである。

11、倍音列
音楽は自然界の倍音列から出来ている。従って1オクターヴを頭ごなしに12等分する平均律を基準とする絶対音感教育は音楽と無縁である。移調を嫌悪する傾向は絶対音感教育の弊害である。

12、階名
当たり前過ぎる話だが音楽理論は階名である。にもかかわらず音名がピアノ教育界を席巻している。音名は固定ド読みで簡単だからという理由だけで階名が疎かにされている。しかしイ短調は、固定ド読みしてもそのまま階名になるので誠に都合が良い。

13、絶対音感
イ短調はシラブルとピッチが一致するので、絶対音感を持っていても抵抗なく階名読みができる調である。シラブルとピッチの一致を考えると、絶対音感を持っている人はハ長調とイ短調の曲が好ましい。

14、曲の性格
ある曲が明るく祝祭的なのは、曲そのものが明るく祝祭的なのである。ニ長調が明るく祝祭的という刷り込みに惑わされてはならない。曲の性格は曲そのものにあり、決して調如何にあるのではない。調性格はもともと恣意的なものである。ましてやどの調も同じ12等分平均律において調性格を云々するのは大嘘つきと言わざるを得ない。

15、移調
音律の如何にかかわらず《平均律クラヴィーア曲集》においてバッハ自身が移調しながら清書したことは事実である。だからいわゆる自筆譜の調に捉われてはならない。一番弾きやすい調で弾くべきである。難しい調を見て《平均律クラヴィーア曲集》は難しいものと敬遠するのは本末転倒である。

16、自由
音楽よ、もっと自由に、もっと自分の内なる声に従って間違った常識は棄てよう


世界でただ一つ
『イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集』
全曲をハ長調とイ短調に移調しました。