バッハの《平均律クラヴィーア曲集》は史上初めて,理論上考えられる24すべての調を踏破した記念碑的作品です。
そしてこの作品は単に24の調で書かれただけでなく、深い宗教性をtたたえています。
その宗教性はキリスト教の枠を超えて万教帰一の宗教性をもつ故に、バッハの《平均律クラヴィーア曲集》はあらゆる宗派の人々から受け入れられています。
バッハは《平均律クラヴィーア曲集》に理論上考えられる24すべての調を網羅しましたが、24の調に対してそれぞれ個別の調性格を与えたのでしょうか。

《平均律クラヴィーア曲集》はプレリュードとフーガのペアが24セット入っており、第1巻と第2巻があります。ですから別名《48のプレリュードとフーガ》とも言います。
これから調性格を考えていくわけですが、今回は「ロ短調」を例にとって考えてみましょう。曲集はハ長調ーハ短調ー嬰ハ長調ー嬰ハ短調と長短交互に半音づつ上昇する順番で編集されていますので、「ロ短調」は両巻の一番最後を締めくくる24番です。また「ロ短調」はバッハが好んだ特別な調とも言われています。果たしてバッハは曲集の最後を飾る「ロ短調」にどのような調性格を与えたのでしょうか。

まず最初に「ロ短調」について、調性格論者の代表的な見解を調べてみましょう。、
マッテゾンは「奇怪で不快、メランコリック、めったに用いられない、このような性格が修道院から排斥される原因になった」と述べています。
シューバルトは「いわば忍耐の調、静かに己の運命を待つ、そして神の摂理への服従の調である。この嘆きはとても穏やかな嘆きであって、侮辱するような苦言を呈したり、すすり泣きを始めるようなことはない。この調の使用は、どのような楽器においてもかなり難しいため、この調で作曲された楽曲はあまりない」と述べました。
(『やわらかなバッハ』 橋本絹代 著 P.43 ,49 より)

次に、《平均律クラヴィーア曲集》の中の「ロ短調」で書かれた曲を調べてみましょう。
*第1巻24番プレリュード・・・・・ギャラントなトリオソナタです。歩き続けるバスの上を2つの旋律が模倣的に進行  し、穏やかで夢のように美しい曲です。

*第1巻24番フーガ・・・・・・・・・《平均律クラヴィーア曲集》全体の総締めくくりと言える傑作です。主題は12の半 音をすべて含み、当時としては非常に大胆なものです。12音技法の確立者シェーンベルクはこの曲によってバッ ハを「最初の12音音楽家」と位置づけました。しか しこのフーガは中庸であり、非常に崇高なポリフォニーです。

*第2巻24番プレリュード・・・・・最後を飾るほどの力作ではなく、軽い戯れのような2声インヴェンションです。

*第2巻24番フーガ・・・・・・・・・・気楽なフゲッタです。陽気でユーモアに富む軽快なフーガです。

どうでしょうか。一見して第2巻よりも第1巻の方が最後を飾るにふさわしい大曲だとわかりますが、「バッハのロ短調はすべてこうだ」と言えるような共通した性格を見出すことができますか。バッハと同時代に生きたマッテゾンの見解にある「奇怪で不快」な曲がありますか。また「修道院から排斥される調というほど非宗教的な曲がありますか。反対に非常に美しく宗教的ではないでしょうか。(特に第1巻)。第1巻の「ロ短調」の曲想はむしろシューバルトの見解に近いと言えますが、第2巻に見られる「軽い戯れ」や「陽気で軽快」といった性格はマッテゾンともシューバルトとも一致しません。結局バッハはマッテゾンと正反対の「ロ短調」を書き、シューバルトと一部分だけ一致した「ロ短調」を書いたと言えるでしょう。もっともシューバルトの調性格論はバッハの死後の1789年に発表されたので、逆にシューバルトの方がバッハの影響を受けているかもしれませんね。そのように考えると結論としてバッハの「ロ短調」は調性各論者の意見と全く不一致であると言えます。

以上で「ロ短調」の性格に普遍性が無いことがわかりましたが、これは当然といえば当然であります。なぜなら富田庸の研究により、第1巻24番ロ短調フーガはハ短調から移調された形跡があることがわかったからです。(富田庸 『鈴木雅明CD解説』 参照)
また《平均律クラヴィーア曲集》以外のバッハ作品にも移調されて「ロ短調」になった曲があるようです。
例えばシューレンバーグは「バッハの《 ロ短調ミサ曲》のキリエ、BWV 1030 の《フルート・ソナタ ロ短調》のいずれも初期稿は他の調で書かれていた可能性がある」と述べています。(『バッハの鍵盤音楽』 シューレンバーグ著 P.341 より)

バッハは理論上考えられる24すべての調を踏破するという目的で《平均律クラヴィーア曲集》を編集しました。当時の主流はミーントーン調律でしたので、せいぜいシャープフラット3、4個の範囲でしか作曲できず、24もの調に挑戦するのは大冒険でした。バッハは24の調が演奏できるように絶妙な音律を自ら作り出し、その音律で《平均律クラヴィーア曲集》を演奏しました。その時バッハは24の調を演奏可能にする音律は固有の調性格をほとんど持ち得ないことを確信したことでしょう。もはや調とは音高の違いに過ぎず、調性格は音楽家の迷信であると確信したことでしょう。弦や管や声楽においては奏者の意思で微妙な音程を作ることが可能です。しかし24の調が弾けるように調律された鍵盤楽器においては調性格と言えるほどの差は存在し得ません。つまりバッハ独自の音律は限りなく12等分平均律に近づかざるを得ないのです。従ってバッハが《平均律クラヴィーア曲集》において「ロ短調」の調性格を確立しようとしたのではなく、24の調性格の確立を目的としたのでもありません。

その証拠に、バッハは《平均律クラヴィーア曲集》を編集する際、よく使われる調から半音上げ下げして多くの遠隔調の曲を作りました。つまり遠隔調の曲はよく使われる調で作曲された後、移調によって完成されたものです。バッハにとって移調は日常茶飯事でした。むしろバッハは《平均律クラヴィーア曲集》によって調性格という迷信を開放したといっても過言ではありません。

調は決して「音楽の生命」を限るものではありません。調は「音楽の生命」の認識の形式に過ぎず、「音楽の生命」が主であって調は従なのです。楽譜の上に投影されたる「音楽の生命」の放射せる観念の影絵、これを称して調性格というのです。調性格は本来無にして性格無く力もないのです。これに性格があり、また「音楽の生命」を支配する力あるかのごとき感を呈するのは[[「音楽の生命」が認識の形式を通過する際に起こしたる妄信に過ぎません。私たちはこの妄信に捉われることなく「音楽の生命」を正観しなければなりません。

バッハの音楽は調を超えた「音楽の生命」に真髄があり、それがキリスト教を超えたすべての宗教の真髄なのです。これが宗派を超えてバッハの音楽が受容されている要因なのです。
バッハの代表作である《平均律クラヴィーア曲集》は調性格からの開放、「音楽の生命」の真髄に他ならないのです。

このようなバッハの真の意図に反して、理論的根拠無き調性格を信奉し、オリジナルの調で弾くべきだと頑なに主張することがクラシック音楽界の常識とされています。現代は12等分平均律に調律された鍵盤楽器が世界を席捲し、調性格の根拠を示すことが不可能であるにもかかわらず、調性格を持ち出す指導者が後を絶ちません。恐らくバッハはこの状況を天国で嘆いていることでしょう。「調ではなく音楽の生命を正観せよ!」と。
今こそ「かたくななバッハ」から「やわらかなバッハ」への転換が必要な時なのです。
『イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集』 は全48曲をハ長調とイ短調に移調し、「音楽の生命」がより簡単に理解できるようにと考えて出版したものです。全48曲をイコール式で弾くことによって、音楽の真髄を体得し、「音楽の生命」すなわち「宇宙の法則」に触れ、円満光明なる世界に遊行されんことを。