バッハと神道に共通点があると言うと荒唐無稽な話だと思われるかもしれませんが、西洋の作曲家の中でただ一人、バッハには日本神道の精神と共通するものがあるのです。日本神道の精神を音で翻訳したと言っても良いかもしれません。

主な理由は3つ。
その1
神道は地縁・血縁などで結ばれた共同体(部族や村など)を守ることを大切にする氏神信仰ですが、バッハも地縁・血縁で結ばれた共同体の中で生きた人でした。彼はドイツのテューリンゲン地方から外へは出ようとせず、その地縁の中で生涯を終えました。これは、バッハと同い年でドイツに生まれたヘンデルと対象的です。ヘンデルは生涯のほとんどをイギリスで暮らし名声を得てイギリスに帰化しました。
血縁はというと、バッハが最も大切にしたものが血縁でした。作曲家の中でこれほど熱心に血縁を調べた人は他にはいません。バッハは先祖の歴史と音楽遺産を体系的に調査し、バッハ一族の家系図を作成しました。バッハ一族こそは地縁・血縁で硬く結ばれた共同体でした。何度も言いますが、地縁・血縁に生きた作曲家はバッハをおいて他にないのです。

その2
神道は明確な教義を書いた経典が存在しませんが、バッハも明確な音楽理論書を書きませんでした。同時代の作曲家が競って音楽理論書や音楽書を出版したのとは非常に対照的です。バッハは1冊の理論書も音楽評論も書きませんでした。バッハが唯一書き残したものは先に述べた家系図のみです。バッハが神道と同じ考えを持っていたと思われる所以は形なく、文字なく、目に見えないものを音の響きとして信仰したということです。

その3
これが最も大切です。神道は仏教や儒教、キリスト教などの受容後も、日本人の精神の奥深いところに生き続けていますが、バッハもロマン派、印象派、12音音楽、現代音楽などの受容後も、音楽全般の根底に生き続けています。
神道が仏教やキリスト教によって駆逐されなかったように、バッハも新しい音楽によって駆逐されませんでした。それどころか、あまねく音楽界に影響を与え続けています。なぜバッハだけなのでしょうか。その理由を考える前提として時代背景を簡単に説明しましょう。

バッハが生きた時代は啓蒙思想が徐々に台頭してきた時代です。バッハの没後すぐに、フランスではルソーが『社会契約論』を発表し、市民が「人間の自由意志」というものに目覚めます。その風潮は一気にフランス革命へと突き進み、君主制から民主主義が打ち立てられます。自由と平等が叫ばれ、やがて人権という名で個人の思想が尊ばれるようになります。革命軍はルイ16世と王妃マリーアントワネットを断頭台に送ります。王殺ししは神の霊性との結びを断絶させます。神との断絶は全ヨーロッパに広がり、人間は理性と合理性を重んじる科学万能・物質主義に陥ります。人間と神が乖離する愚かな時代が始まります。

音楽はというと、バッハの時代に人間の感情や思想が尊ばれ個性が重んじられるようになります。
種々の情熱や感覚を表現する旋律とそれを支える和声という作曲スタイルが新しい音楽としてもてはやされます。新しい音楽は神の霊性と断絶し、人間の思想、自由、感情を歌うようになっていきます。
このような時代にあってバッハだけが新しい音楽の流れに逆らい、もはや誰も関心を示さなくなった対位法を作り続けます。

つまりバッハは確たる信念をもって、王殺し前の神の霊性に踏み止まり、神と人間が乖離することを否定したのです。やがてベートーヴェンによって個人思想が、シューマンによって異性への情熱が音楽と称されるようになることをバッハは冷静に見据え、新しい風潮に迎合することを潔しとしませんでした。
バッハ以降の作曲家たちは二度と戻れない音楽の終焉に向かって走り続けてきたわけですが、彼らは異口同音にバッハを賞賛し、「バッハに帰れ」と言うのです。
神の法則、宇宙の法則、現象を超越した実相の世界、聖なる明るさ、調和、平安という人智を超えたバッハの世界に何人も抗えないのです。これは何人も神道に抗えないことと共通しているのではないでしょうか。

”バッハの音楽は聴くものにあらず、弾くものにあらず。
ともに生くるものなり”

宗教とは生きることです。その生きることを教えるのが教育であると言うことになると、結局すべての教育は宗教でなければなりません。すべての教育はバッハの音楽であり、神道でなければならないのです。
優れた宗教性をもつバッハの音楽の中でも 《平均律クラヴィーア曲集》は最も深い宗教性を表しています。
音楽は形なく文字なく、目に見えない波動で宗教の真髄を伝えることができます。
《平均律クラヴィーア曲集》 の波動は人間が意識できない深いところに働いて、魂を調律します。
私は未だかつて 《平均律クラヴィーア曲集》 に触れながら不良になったり自暴自棄になった人を知りません。バッハの音楽は身の回りに如何に悪い現象が起こっても、それを超越した世界で、常に明るく楽しく感謝と平安の生活に導く力があるのです。

ハ長調とイ短調に移調した『イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集』  で難易度を下げて全曲演奏してみませんか?
拙著『やわらかなバッハ』をお読みになれば、《平均律クラヴィーア曲集》 を移調することに対する抵抗感も軽減すると思います。