バッハが《平均律クラヴィーア曲集》を編集して鍵盤音楽の金字塔を打ち立てたのは1722年である。
日本は江戸時代中期、歌舞伎の全盛期である。
サビエルが鹿児島に上陸し、キリスト教関連の西洋音楽が日本に入るのは1549年で、バッハが生まれる136年前だ。
キリスト教は瞬く間に全国に広がり200もの教会が建つ。4人の少年使節がローマに迎えられ、ローマ教皇グレゴリウス13世に謁見し、日本人がジョスカン・デ・プレ(Josquin Des Prez 1440 - 1521)の鍵盤曲を演奏できるまでになる。
しかし日本での西洋音楽の受容は1638年の島原の大出血をもって幕を下ろす。
この後、ドイツにバッハは生まれ、《平均律クラヴィーア曲集》でもって西洋音楽の大改革を成し遂げる。
日本が鎖国中の出来事である。

明治になり、バッハの死後100年以上も経てやっと日本人はバッハを知ることになる。
日本は文明開化となり、物質文明謳歌の道が開かれる。日本人は物質文明の一つとして西洋音楽を輸入する。西洋音楽の受容は鹿鳴館の舞踏会のように華やかだが皮相的な真似ごとに終始する。
明治の人たちは、鍵盤調律の知識不足から、バッハの《平均律クラヴィーア曲集》という誤訳を公式に使って恥じず、今もその誤りを引きずっている。
しかしこれはむしろ些細な誤りだ。
最も重大な誤りは《平均律クラヴィーア曲集》も何もかも「クラシック」という一言で受容してしまうことである。

バッハの時代、音楽家たちはこぞって合理主義的な啓蒙思想に傾き、学問においては理性が、芸術においては感性が中心にすえられるようになる。独創性と主観が尊ばれ、個性や自由を主張する表現形式が「新しい音楽」としてもてはやされる時代が到来する。「合理」と「自由」の精神は、やがて「人権」という名で呼ばれるフランス革命の前兆である。フランス革命とは、神授にして不可侵の王殺しであり、神との結びを断ち切るものである。革命後の人間は神と断絶して自由な個人となる。見えない世界は否定され、頭脳と身体だけが存在すると考える。唯物論者が世界を席巻する。人間は「猿の子孫」であり、父母の淫行によってできた獣人と考える。神からも祖先からも父母からも断絶し、死ねばすべて終わりという「無限」に繋がれてない孤独感。「神は死んだ」という個人主義、唯物主義。

このような市民階級が誕生しようする前夜にバッハは存在する。
バッハただ一人が、この目覚めによって古代から中世を経て続いてきた霊性文化たる音楽が駆逐されることを喝破する。バッハは西洋音楽の終焉を見通し、時代の啓蒙思想に背を向ける。もはや誰も顧みないフーガをつくり続け、対位法を発展させ、後世の誰一人として凌駕し得ない高みに達する。バッハは音楽が神秘なる偉大な力の波動であり、人間と神との結びであると考える。音楽は神の霊性、宇宙の法則に他ならない。音楽に「個」の喜怒哀楽を歌わず、神の生命を歌う。音楽は魂の調律である。人間は「神の子孫」であり、死んでも死なない霊である。バッハは先祖の家系図を熱心に作り、その系図の中に自分のいのちを見出す。血族と親しく交わり家は非常に円満で多くの子孫を得る。バッハにおいて悲劇と至福は一つのものであって、この世の現象が如何様であれ、バッハの魂は常に完全円満で明るい。バッハの言う「死への憧れ」とは現象を超越した永遠の魂が光り輝く姿への憧れである。飛行機に乗って上昇すると下界が雨でも上空は晴天である。このような晴天をバッハは「死への憧れ」と言う。《平均律クラヴィーア曲集》はこのような世界観を表している。

非常に残念なことに日本人の《平均律クラヴィーア曲集》受容は、単にクラシック音楽の中の一つでしかない。
バッハ、ベートーヴェン、ブラームスと並び称せられ「3大B」などと一まとめにするのは許しがたいことだ。
クラシック通の人でもせいぜい、「バッハはキリスト教徒でなければ理解できない」と言うのが関の山だ。これは大きな誤りである。
なぜならバッハはキリスト教を超越し、宇宙に遍満する神の霊性を鳴り響かせるからだ。

仏教は最初中国から渡来したが、高僧たちは教えを元の形が分らないほど日本風に作り変えて仏教の真髄を伝えようとした。
仏教が漢文あるいはサンスクリット語でなければならないと言う人はいない。
中国から伝来した琴も日本風に作り変え、もはや日本古来の楽器のように発展しきた。
「ひらがな」は中国から輸入した漢字をくずしてできたものだ。
禁教時代の隠れキリシタンたちはキリスト教の真髄をオラショというものに作り変えて唱え、明治政府のキリスト教解禁後もオラショのまま伝承している。
日本人はこのように外来のものを作り変えるのが得意である。
それなのに何故《平均律クラヴィーア曲集》を作り変えないのだろう。

国が違えば言葉が違う。
国ごとに方言やアクセントが違っていて、それぞれの個性をあらわし伝統も風習も異なってくる。
今は英語が”国際語”みたいな顔をしているが、それでもイギリス英語とアメリカ英語ではずいぶん異なる。イントネーションや発音が違い、綴りの違いもある。それにネイティブ以外の英語は、皆アクセントやイントネーションが母国語に似てきて、大変聞き取り難いものである。つまりどうしても各国の個性が現れてくるからだ。

バッハの《平均律クラヴィーア曲集》も各国の個性が現れてよいのではないか。バッハの真髄を日本風に作り変えても良いではないか。
日本は伊勢神宮に代表される木の文化であり、バッハの国の石の文化とは違う。
《平均律クラヴィーア曲集》を日本人が真に理解するためには木の文化に作り変えねばならない。
サンスクリット語の原典で読むのだけが仏教だと有難がっていては何もわからない。私たちは最澄や空海の手を経た日本語の仏教を学んでいるではないか。
同じように《平均律クラヴィーア曲集》も原典の調にこだわっていては何もわからない。難しい嬰ハ長調はハ長調に移調すればよい。原典版にこだわらず、理解しやすい様に作り変えて真髄を伝えればよいのだ。全曲を移調した《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》 


《平均律クラヴィーア曲集》を日本人に解り易くするするにはもう一つ方法がある。
伊勢神宮の神楽殿における祈祷では、雅楽の生演奏にあわせて巫女の典雅な舞いが奉納される。この雅楽はゆったりを通り越して、むしろ間延びして聴こえる。メトロノームでいうと一つの音のテンポが12ぐらいだったと記憶する。テンポ12というのは、1分間に12回打つ速さである。つまり1つの音を5秒間ロングトーンする。
国家「君が代」も他の国歌に比べると日本は非常にゆったりしている。
日本語のイントネーションも悠長である。
従って《平均律クラヴィーア曲集》も日本人の演奏ならばゆったりとするはずである。
仏教の聖典の読み方が上手くなるとか、ものすごい早口で読めるとかに価値がないように、《平均律クラヴィーア曲集》を猛スピードで上手に演奏することに価値は無い。
バッハの作品の中で最も深い宗教性があらわれている《平均律クラヴィーア曲集》を日本人はもっとゆったりと演奏したいものである。そうすればバッハの真髄がわかり、魂が調律され進歩するのだ。