WTC(平均律クラヴィーア曲集)は事実上たった2つの調で作曲されています。長調と短調の2つです。
24もの調があるかのように錯覚しているだけであることを、思い込みに過ぎないバッハ解釈4(調性)で示しました。

この思い込みに過ぎない24の調に対して、思い込みに過ぎない調性格が論じられています。
思い込みなので、当然のことながら調性格は論者によってまちまちです。

WTCは近代長短調で24の調が網羅されていますが、音階構造の種類としては長調と短調の2種類だけです。
音階開始音が異なる12の長調と音階開始音が異なる12の短調が網羅されているに過ぎないのに、24種類の調があると思い込んでいるのです。

WTC成立以前は、長い間教会旋法で作曲されていました。
もし、教会旋法について論じるならば、音階構造の種類は2種類以上存在します。
しかし、近代長短調について論じるならば、長調と短調の2種類しか存在しません。
教会旋法と近代長短調を混同しないことが大切です。

教会旋法の種類を以下に示します。

イオニア旋法は陽気で活発、ドリア旋法は敬虔、温和、フリギア旋法は非常に悲しい、リディア旋法は過酷、不親切、ミクソリディア旋法は陽気、いくらか穏健、エオリア旋法は穏健、優しい、いくらか悲しい(プリンツ 1641~1717)

近代長短調において、イオニア、リディア、ミクソリディア旋法が長調に、ドリア、フリギア、エオリア旋法が短調に集約されました。
つまり、陽気で活発、過酷、不親切、陽気、いくらか穏健といった性格が長調に集約されて「明るい長調」、敬虔、温和、非常に悲しい、穏健、優しい、穏健いくらか悲しいといった性格が短調に集約されて「暗い短調」と考えれるようになりました。

集約された2種類の調性格で作曲されているのがWTC(平均律クラヴィーア曲集)なのです。
勿論、教会旋法の名残りを感じさせる部分も多少ありますが。

再度結論を言うと、教会旋法と近代長短調を混同しないこと。
近代長短調は明るい長調と、暗い短調の2種類しか存在しないこと。
理論上考えられる24の調の本質は2種類の調であることです。

恣意的な調性格というものの正体を「甘露の法雨」を拝借して明かしましょう。

ーーーー「甘露の法雨」とは「生長の家」の代表的な聖典である。「生長の家」とは谷口雅春(1893〜1985)が創始した宗教団体。人間は皆神の子、人間=神という神学に基づく宗教。宗教の多様性を認める万教帰一の哲学に基づく宗教。

”汝ら感覚にて認むる調性格を実在となすことなかれ。調性格はものの実質に非ず、生命に非ず、真理に非ず、調性格そのものには知性なく感覚なし。調性格はひっきょう「無」にしてそれ自身の性質あることなし。これに性質を与うるものは「心」にほかならず。「心」に健康を思えば健康を生じ、『心』に病を思えば病を生ず。

”音楽は主にして調性格は従なり。楽譜の上に投影されたる音楽の放射せる観念の彩、これを称して調性格という。調性格は本来無にして自性なく力なし。これに性質あり、また音楽を支配する力あるかの如き観を呈するは、音楽が「認識の形式」を通過する際に起こしたる「歪み」なり。汝ら、この「歪み」に捉われることなく、音楽の実相を正観せよ。音楽の実相を知る者は、既成概念を超越して音楽本来の歪みなき円相的自由を獲得せん” l
[『甘露の法雨』谷口雅春 著  日本教文社)]