創世記 2章1節 「天地万物は完成された。第7の日に神はご自分の仕事を完成され、第7の日に神は御自分の仕事を離れ安息なさった」(新共同訳)

神は御自分の仕事を完成されて、やれやれ疲れたと言って休まれたのではない。7日というのはわれわれ暦日の7日ではない。

「七つ」とは「成々続(ななつ)」であって成り成り続くという意味である。したがって永遠に創造の聖業は成り成り続いている。

コトバ(言霊)は霊的波動であって、天地に鳴り響いている。すなわち宇宙は神の思念の霊的波動によって成り立っているので、神の創造は永遠に成り続いているという意味である。(以上 谷口雅春著『生命の実相』より)

神の創造の聖業は決してある期間で終わってしまったというようなものではない。それは一つの永遠に続く偉大な音楽のようなものである。したがって本来音楽は初めなく終わりなきものである。

音楽というものは1曲が終わりきらなければ調和した美しい完全なものに感じられないかというと、必ずしもそうではない。1曲のどの部分をとってもその部分だけで調和した美しい響きである。バッハのWTC(平均律クラヴィーア曲集)のように。

創世記の7日目が成り成り(鳴り鳴り)響く創造の聖業の無限進展をあらわしているとすると、バッハのWTCも鳴り鳴り続く宇宙の無限進展である。

バッハが弟子の前でWTC全曲を3回も繰り返して弾いた時、バッハはこのような心境にあったのではないだろうか。

永遠に鳴り鳴り続く音楽を一つ紹介しよう。
アメリカの作曲家ジョン・ケージ(John Milton Cage Jr. 1912〜1992)は鈴木大拙に禅を学び、音楽の概念を覆した前衛作曲家である。彼は世界最長の演奏時間を誇る”As Slow As Possible (出来る限りゆっくりと)”というオルガン曲を書いた。この曲は演奏時間が639年である。
ドイツ東部の廃教会で2001年9月5日に演奏が開始された。一つの和音が何年間も鳴り続くような音楽であるから、オルガンは機会仕掛けで鳴り続けている。2640年の終曲を目指して今日も演奏が続いている。
639年はとてつもなく長い時間のようであるが、永遠の生命からすれば一瞬である。

”生命は時間の尺度のうちにあらず、老朽の尺度のうちにあらず、却って時間は生命の掌中にあり、これを握れば一点となり、これを開けば無窮となる(谷口雅春著 甘露の法雨より)"