バッハのWTC(The Well Tempered Clavier 平均律クラヴィーア曲集)は調を厳守して弾くというのが世界中の音楽学校で教えられてい「標準の作法」である。
例えば第3番のCis:Dur(嬰ハ長調)をC:Dur(ハ長調)で弾くことを許されないのが「標準の作法」である。

しかし、バッハの時代のピッチは現在より約半音低かったことはよく知られていることである。
ならば現在ではハ長調で弾く方が、バッハの頭の中でイメージした嬰ハ長調の高さに忠実と言える。

それでも未だに、原調に忠実に嬰ハ長調で弾くべきで、移調するとバッハの意図した音楽が壊れるという思い込みが、音楽学校において「標準の作法」となっている。

西洋音楽の源であるグレゴリオ聖歌は、記譜された音と実際の音の高さは自由に変化する。
記譜された音は常に歌手が最も歌い易い高さに移調して歌われるからである。

またシューベルトの歌曲集なども声域に合わせて、3種類の高さの異なる移調楽譜が出版されている。

12平均律に調律されたピアノで、ある旋律や和音をどの調に移調しても音楽の構造に全く変化を生じないのは自明のことである。
ただピッチが変化するだけである。

音楽の構造に変化を生じるのは12平均律以外の音律で弾く場合に限られるのである。

断固として言う。
あなたのピアノ(12平均律)で弾く場合、どの調全く同じである。
あなたのピアノ(12平均律)で弾く場合、長調か短調かの違いしか存在しないのである。

ピッチは本来自由であった。音楽の生命はピッチに影響されない。

調性格云々もまた単純な思い込みにすぎないことを次回説明したい。