間違った常識にとらわれたバッハ解釈から21世紀のバッハ解釈を示唆するパウル・バドゥル=スコダの言葉

「常識はいくつかの規則としてまとめられ、世界中の音楽学校で『標準の作法』として教えられています。しかしこのように普遍化された奏法がバロックの伝統に合致する保証は全くないばかりか、多くの奏法は粗雑な単純化がもたらした『思い込み』にすぎないのです。正しい知識の断片や、資料の部分的な参照から導かれ、限定された事象にのみ適用可能な奏法が、その他すべてに通用するわけではありません」

『バッハ 演奏法と解釈 ピアニストのためのバッハ』パウル・バドゥル=スコダ著、今井顕監修,松村洋一郎・堀朋平訳(全音楽譜出版社, 2008年)
本の帯・・・もっと自由なバッハへ、21世紀のバッハ解釈

パウル・バドゥル=スコダ(Paul Badura-Skoda 1927〜)はオーストリアのピアニスト、音楽学者。フルトヴェングラー、カラヤンといった著名指揮者と共演し、ウィーンの碩学として知られる人である。

スコダに共感する者の一人として、世界中の音楽学校で教えられている『標準の作法』に疑問をもつ者の一人として、手始めに日本の音楽学校で教えられている間違った思い込みに言及したい。

思い込み1

鍵盤作品の最高傑作と言われる「平均律クラヴィーア曲集」について一言。
この表題に使われている「平均律」とは1オクターヴを12等分した調律法のことである。
現在は世界中の鍵盤楽器が「平均律」で調律されている。

「平均律」を独訳すると zwolfstufige temperatur、あるいは gleich schwebende temperature となる。(oのウムラウト省略)

日本語に翻訳された表題から考えると、原題に上記のドイツ語が使われているはずである。
しかし、バッハは上記2つのどちらも使わなかった。
バッハは wohltemperierierte と表紙に書いたのである。
wohl temperierte は「上手く調律された」という意味。

同曲集の英語版は well tempered (上手く調律された)、仏語版は vien
tempere と正しく訳している。
日本語版は未だに「上手く調律された」ではない。
バッハが独語で「平均律」と書いたかのような誤解を生む翻訳の日本語版である。

日本の音楽学校では未だに誤訳がまかり通っている。
間違った『標準の作法』に疑いを持つ学生はほとんどいない。考えてみようともしない。学生たちは速く正確に弾くための練習に明け暮れているばかりである。

以上は間違った常識、間違った思い込みのごく一部である。