バッハは教会音楽家であり、聖トーマス教会のカントルとしてその生涯を閉じた。
教会の礼拝で使う音楽=カンタータをルター派の教理に基づいて書き、演奏することが仕事であった。

しかし、バッハが自らの死を覚悟したときに書いたのはカンタータではなかった。
それは《ロ短調ミサ》のクレド以降の部分だった。

カンタータはプロテスタント(ルター派など多数)の教会においてドイツ語で歌われるものである。
ミサはカトリックの教会において歌われるものでラテン語が使われる。
バッハの職場である聖トーマス教会の会衆はラテン語を理解しないにもかかわらず、バッハはミサ曲を書いた。

バッハはカトリックに改宗したのではなく、プロテスタントとカトリックの融合、超時代性、超地域性をミサ曲というジャンルで集大成しようとしたのである。
《ロ短調ミサ》は異なった宗教観を克服した世界平和へのバッハの最後の祈りと言うことができるだろう。

バッハの音楽は、自己の感情表現ではなく宇宙の法則であった。
バッハが追求したものは世界の神々に通底する開かれた宗教性に他ならない。キリスト教徒でなくとも、バッハの音楽に感動を覚えるゆえんである。

あらゆる宗教に通底する神のようにバッハはあらゆる音楽に内在している。どのルートから登山しても行き着く先はバッハである。バッハの作品の中で、最も深い宗教性をもつのは《平均律クラヴィーア曲集》であると言われている。