古楽の演奏会に行くと、プログラムに書いてある調と、実際の音が違うことがある。プログラムにハ長調と書いてあっても、絶対音感者の耳には、ロ長調に聴こえるらしい。バッハの時代は、今日のピッチより半音程度低かったので、古楽では低いピッチを採用することもある。ピッチとは音高のことであり、今日の標準ピッチは a’= 440とされているが、近年はa’=442、445と上昇傾向にある。
a’ はピアノの「1点ラ」音が440Hzと言う意味であるが、標準ピッチが440Hzと決定されたのは1938年のことである。従ってバッハをはじめ、日頃親しんでいるピアノ作品のほとんどが、標準ピッチ以前の作品であり、ほとんどの作品を作曲家のピッチと違うピッチで演奏していると言える。

ここでピッチの歴史を調べてみよう。
最古のメロディーであるグレゴリオ聖歌は、ピッチと無関係に、口承されるものであった。9世紀頃に楽譜が登場し、それまで歌い手の記憶に頼っていたグレゴリア聖歌がネウマ譜に書かれることによって、人々は音に高さがあることを知り、旋律を異なる高さでハモることを発見した。やがて、2つ以上のメロディーを同時に演奏する多声音楽の興隆とともに、ネウマ譜は五線となり、そのまま今日に及んでいる。しかし今日の楽譜と違う点は、音の高低の動きを示すことができたが、記譜された音と実際の音が無関係であったことだ。ピッチは歌手の声域如何によってその都度決められた。1523年のアーロンの著作はハープシコードの調律法について、最初のC音を任意のピッチに置いてよいと教えた。また、ガナッシは1542年の著書で弦楽器と声のピッチは作品や演奏能力に合わせて自由に変えて良いと教えている。