シューバルトは1739年生まれ、ドイツの詩人、作曲家、音楽評論家。作曲家のシューベルトと混同しないこと。シューバルトは調性格論者の一人で、マッテゾンより60年ほど後の世代である。作曲家としてよりもむしろ詩人としての方が有名だった。

調性格というものはあくまで感覚的なものだから、人によって感じ方が違う。例えば、ト短調の性格を例にとると、シューバルトは後述のように「不満、不快感、遺恨」と相当マイナスのイマージでとらえている。

一方マッテゾンのト短調の捉え方は「ほとんどすべての調性の中で最も美しい調性。優美さと好ましさ、心地よいほどほどの楽しさ、憧れ」と最高にプラスイメージでとらえている。シューバルトとマッテゾンは同じト短調でも感じ方が正反対である。

またミースは「ト短調に確固たる性格はない」と逃げ、ブルーメは「激しい悲劇、憧憬の甘美さ」とプラスマイナス両方の性格を述べている。

このようにト短調一つ比較しても、性格は様々にとらえられており、調性格は恣意的と言わざるを得ない。
以下に示したシューバルトの調性格論も、無数にある感じ方の一つと考えて参考にしていただきたい。

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シューバルトの調性格論
Schubart, Christian Freidrich Daniel
:Ideen zu einer Aesthetik der Tonkunst 1784


1ハ長調・・・完全な純粋、純真、素朴、子供が話す言葉のようである。
2 ハ短調・・・愛の告白と失恋の嘆き、恋する魂の悩みと憧れとため息
3 嬰ハ長調・・(変ニ長調)やぶにらみの調性、悩み過ぎたり喜び過ぎたり、笑うに笑えず泣くに泣けない、珍しい特色と感情
4 嬰ハ短調・・・悔悟の嘆き、神や友人や幼馴染との気楽な語らい、満たされない友情と愛に対するため息
5 ニ長調・・・勝利の喜び、ハレルヤ、戦勝の雄叫び、
魅力的な交響曲、行進曲、祝祭歌、天に向かって歓呼の声を上げる合唱曲などに使われる調性
6 ニ短調・・・憂鬱な女性、偏屈、もやもやとした悩み
7 変ホ長調・・・愛情、敬虔、神との信頼に満ちた対話、
3つのフラットによって三位一体を表す
8 変ホ短調/嬰ニ短調・・・非常に強い懸念、くよくよと思い悩んだ絶望、最もひどい憂鬱、不安と恐怖に苛まれる、残忍、
幽霊たちが話せるのであればこの調で話すだろう
9 ホ長調・・・にぎやかな歓声、まだ完全に楽しんではいないが喜びと享楽がある
10 ホ短調・・・女性の純真無垢な愛の告白、嘆き、
涙をにじませながらのため息、
       ハ長調の最も純粋な至福がまもなく実現するという希望、
       胸にバラ色のリボンがついた白いドレを着た少女のように本来1つの色しか持っていない調性。
       言い表せぬほどの優美さを持って再び主調のハ長調に戻れば心も耳も完全な満足に満たされる。
11 ヘ長調・・・好意、平安
12 ヘ短調・・・深い憂鬱、死者を悼む嘆き、悲痛なうめき声、死への憧憬
13 嬰ヘ長調・・(変ト長調)困難の中でも勝利、登り終えた丘の上で開放された呼吸、激しく戦い無事に勝利した魂の余韻
14 嬰へ短調・・・陰鬱、怨恨と不満の言葉
鎖に繋がれた凶暴な犬が噛付くように激情を引きずり出す、
居心地の悪い立場なので常にイ長調の休息とニ長調の勝利を待ち焦がれる。
15 ト長調・・・田舎風、田園的、牧歌的なものすべて。
静かで満たされた情熱、心からの友情と誠実な愛への感謝、
一言でいえば心優しく穏やかな動きのすべて。
田舎風、田園的、牧歌的なものすべこの調は手軽さのために今日あまりに軽視されているが、よく考えてみると優しい調も難しい調もない。難易の差はただ作曲家にのみ帰せられる。
16 ト短調・・・不機嫌、不快感、失敗したプレンを引きずっている状態、不満げな歯ぎしり、一言で言えば遺恨と怠惰
17 変イ長調・・・葬送、死、墓、朽ち果てること、裁き、永遠 
18 嬰ト短調・・・気難しく抑圧された心が窒息している状態、悲嘆の声がダブルシャープのところで呻く、困難な戦い、
        一言で言えば苦闘を強いられるものすべて
19 イ長調・・・純情な愛の告白、自己の現状に対する満足、神への信仰
恋人と別れるときの再会への期待、 若人の快活さ
20 イ短調・・・敬虔な女性らしさ、穏やかな性格
21 変ロ長調・・・快活な愛、善良な道徳心、希望、より良き世界への憧憬
22 変ロ短調・・・夜の衣をまとった変わり者、少し不機嫌、神と世間への嘲り、
好ましい印象を与えることは極めて稀である。
自分と全てのものへの不満足、自殺の準備を始める
23 ロ長調・・・けばけばしい強烈な色彩、荒々しい情熱を告げる、
怒り、憤り、嫉妬、半狂乱、絶望、
あらゆる激しい興奮がこの調性の領域に属する。
24 ロ短調・・・忍耐の調性、静かに天命を待つ、穏やかな嘆きでわめいたり泣いたりしない。この調の使用はあらゆる楽器においてかなり困難なため、ロ短調と明瞭に認識される作品は少ない。
 
注:原文ではg:がh:に、G:がH:になっているが、5度圏の平行調による配列から誤植であると考えられる 


シューバルトの調性格論とWTC(バッハ 平均律クラヴィーア曲集)の中の調性格がどの程度一致すのか比較してみよう。
一例としてイ短調を取りあげる。
シューバルトはイ短調の性格を「敬虔な女性らしさ、穏やかな性格」としているが、WTCに
見られるイ短調の性格は以下のとおりである。

第1巻20番イ短調 プレリュードはエネルギッシュな緊張感
同フーガは重厚に身を固めたフーガ。
第2巻20番イ短調 プレリュードは穏やか、機知に富んだ、シンメトリックな2声のインヴェンション。
同フーガは激しい4分音符と8分音符の鋭い切り込み、引き裂くような32分音符、荒れ狂う嵐の情景、緊張感

第1巻プレリュードはエネルギッシュであり、フーガは厳格なテーマが鎧兜に身を固めて重厚に進む。どちらもシューバルトが主張する「敬虔な女性らしさ、穏やかな性格」とは異なり、むしろ男性的である。
2巻のプレリュードは他の3楽章に比べると幾分優しい情緒が感じられるが、機知に富んだ楽想という性格が前面に押し出されている。つづくフーガは荒れ狂う激しい力と緊張感に満ちており、非常に男性的である。
以上見たようにWTCの中のイ短調は「女性らしさ穏やかさ」とは反対に力、厳格、緊張感などを感じる曲が多い。
そもそも4つの楽章がそれぞれ個性的な性格を持っているということはWTCの中のイ短調を一つの性格で言い表せないのだ。WTCのイ短調に確固たる不変の調性格を見出すことは困難であり、シューバルトの調性格とも一致しているとは言えない。バッハはWTCにおいて調性格を確立しなかった。というよりバッハは24の調を演奏可能にする調律において、もはや調性格を確立することが不可能であることを知っていたのだろう。