やわらかなバッハの会

先入観念にとらわれることなく、バッハの音楽に親しむ会です。
イコール式音楽研究所

2007年06月

出版譜

「平均律クラヴィーア曲集」の出版譜が世に出たのはバッハの死後50年を経た1901年のことでした。出版譜が出るまでは自筆譜をはじめとする手書きの筆写譜によって伝承されてきました。最初の出版譜は時期を同じくしてライプツィヒのフォルケル校訂、ボンのシュヴェンケ校訂、チューリヒのネーゲリ校訂による3種類でした。これらの出版譜は死後世間から忘れ去られていたバッハの復興運動を起こす導火線の役目も果たしました。

1829年はメンデルスゾーン(1809生)によってマタイ受難曲の復活上演がバッハ縁の地ライプツッヒで行われ、それが大センセーションを巻き起こした年です。この時以後バッハの音楽の偉大さが広く再認識されることになり、1837年にはチェルニーの校訂による解釈付き「平均律クラヴィーア曲集」が出版されました。
1850年にはバッハ没後100年を記念してバッハ協会が設立され、バッハの全作品の校訂が始まることになります。何度も改訂の手を加えた自筆譜や沢山ある筆写譜を校訂する作業は半世紀もの年月を要し、バッハ全集の最終巻が出版されたのは1900年のことでした。このバッハ全集の中にあるクロル校訂の「平均律クラヴィーア曲集」は当時としては最も権威のあるものでした。ビショッフ、ブゾーニ等の校訂者にも多大な影響を与え、多くの校訂版が出版されました。

当時としては画期的だったバッハ全集も第2次世界大戦を経て1950年には絶版になっていました。再版も可能でしたが、これを機会に新バッハ全集を作ろうという声が上がり、新バッハ協会が設立されました。旧バッハ全集が主に音楽的見地から校訂されているのに対して、新バッハ全集は文献的な見地から校訂されています。文献的とは現存するすべての資料を調査し、資料間の親子関係を明らかにし、その家系図を作り、さらに資料批判をするという緻密な作業で、今回もまた半世紀の年月を要しました。ゲッティンゲンのバッハ研究所で編纂されたデュル校訂の「平均律クラヴィーア曲集」が出版されたのは1997年、最終巻の出版完了が伝えられたのは極最近のことで2007年6月13日でした。

新バッハ全集の校訂進行中に、イルマー校訂版、デーンハルト校訂版、トーヴィ校訂版などが相次いで出版されたことによって、従来の解釈的校訂版に替わって原典版ブームが起こり、通称ヘンレ版は音大生必携原典版になりました。しかし1出版社の1校訂者が世界中に散らばった資料の大捜査や資料批判をすることは個人の仕事としては限界を超えています。このことはゲッティンゲンのバッハ研究所でバッハ全集の編纂に携わった小林義武氏は「すべての資料のレチェンジオ(資料批判)を行って原典を探る仕事は、収益とは無関係に、国家の文化政策の一環としてのみ実現されるものである」と述べていることからも明らかです。新バッハ全集をもとにベーレンライター社から出版されたデュル校訂の「平均律クラヴィーア曲集」も、ベーレンライター社に出版のみを委託したに過ぎません。
デュル校訂版は通称ベーレンライター版と言われていますが、本当は出版社名を言うのではなく、ゲッティンゲンのバッハ研究所編纂による新バッハ全集のデュル校訂版「平均律クラヴィーア曲集」です。
原典版の主流であったヘンレ社はベーレンライター社に負けじと2007年に更に新しい校訂版を出版しました。最新版は「平均律クラヴィーア曲集 第2巻」に関する世界的権威である富田庸の校訂によるものです。

ピッチが半音低い時代

平均律クラヴィーア曲集第1巻から3番嬰ハ長調プレリュードを取り上げます。キラキラと輝く2つ声部が位置を交換しながら輪舞する天使を思わせる佳曲です。バッハは、足が地に着かないほど高いシャープ調の嬰ハ長調を平均律クラヴィーア曲集で使用した以外には使っていません。

バッハが作曲した当時、最も一般的だったミ−ントーン音律における嬰ハ長調では、その主要3和音がすべて非常に極端な響きになります。当時の音楽理論家たちの耳に嬰ハ長調がどのように聴こえたのかケレタート著、竹内ふみ子訳「音律について」から探ることにしましょう。マッテゾン(1681生)は「その効果があまりまだ知られていない」、ゾルゲ(1703年)は「殆どどうしようもなく硬い」、シューバルト(1739生)は「やぶにらみのような調性、この調性にはただ珍しい性格と情緒しか託すことができない」、クラーマー(1752生)は「ただ不愉快感だけが残っている」と述べました。しかし、バッハが平均律クラヴィーア曲集で用いた嬰ハ長調は明るく輝く調性として捉えられており、マッテゾン等の捕らえ方と正反対のようでもあります。バッハが用いた音律は12等分平均律に近いものだったと考えられていますが、現在の私たちが使っている12等分平均律のピアノでは、すべての調が同一の調性格を持ちモノクロの世界が広がるだけです。

バッハが作曲した当時のピッチはどうだったでしょうか。
作曲された当時の楽器や奏法をオリジナル或いはピリオド楽器と言います。現代の楽器はモダン楽器と言います。オリジナル楽器のピッチはa’=415ぐらいであるのに対してモダン楽器はa’=442〜445 です。モダン楽器の方が約半音高いのです。つまり、オリジナル楽器で演奏する嬰ハ長調の曲はモダン楽器ではハ長調になってしまうわけです。

イコール式の「平均律クラヴィーア曲集」は嬰ハ長調の曲をハ長調で記譜しています。モダン楽器のピアノで演奏する場合には、嬰ハ長調の曲をハ長調に移調すると丁度バッハの時代のピッチになります。しかしイコール式が目的としていることは、古い時代のピッチを再現することではありません。古い時代のピッチに合わせるだけなら平均律クラヴィーア曲集をすべて半音づつ低く移調して記譜すれば良いのですがイコール式はすべての調をハ長調とイ短調に移調しました。それはイコール式の目的が古楽思考ではなく、相対音感による鍵盤楽器教授法だからです。ハ長調とイ短調だけは、絶対音感読みと相対音感読みがイコールになります。この二つの調に限定することによって、絶対音感を持つ生徒も、持たない生徒も耳に抵抗なく相対音感を身につけることができるのです。

イコール式が従来の移動ド読みと何処が違うかと言うことをご説明しましょう。ト長調のメヌエットを例にとると、固定ド読みの「レーソラシドレーソーソ」の移動ド読みは「ソードレミファソードード」となります。この時、絶対音感を持たない生徒は耳に抵抗を感じることはありませんが、絶対音感を持つ生徒は音の読み方とその音高が食い違っていることに抵抗を感じます。イコール式の楽譜の場合は記譜されている音符そのものもハ長調の「ソードレミファソードード」ですから、絶対音感を持っていても抵抗を感じなくてすみます。イコール式がハ長調とイ短調に限定しているのはこういった理由からです。

現状の鍵盤楽器教授法は固定ド読みが一般的です。固定ド読みは絶対音感を持つ生徒に抵抗がありませんが、絶対音感を持たない生徒にとって「レーソラシドレーソーソ」は耳に抵抗が生じます。このことは非常に危険なことでもあります。例えば、本番中に音を忘れた場合です。今弾いているところが何ページ目の何段目のあたりであるか分っており、音楽が頭の中で鳴ってはいるのですが、絶対音感を持たないためにその音名が分からず弾くべき鍵盤の見当がつかないのです。「レーソラシドレーソーソ」という固定ド読みで覚えてもそれは音楽理論的に意味を持たないメロディーですから、頭の中にある音程記憶の引き出しからこのメロディーを呼び出すことは不可能です。
しからば絶対音感さえあれば安心といえるでしょうか。絶対音感を持つ生徒は、このメヌエットを「レーソラシドレーソーソ」とソルフェージュすることは可能でしょう。しかし、それは弦楽器奏者などが作る正しい音程ではなく、12等分平均律のメロディーでしかないのです。音楽は相対音感で捉えた時に始めてメロディーが生命を持ち、その和声とともに理解できるのです。私の生徒の中にはピアノの鍵盤を無茶苦茶に10個以上同時に鳴らしてもそのすべてを言い当てる絶対音感の持ち主もおります。そういった生徒でもテレビから流れてくるメロディーをピアノでさぐり弾きする時や、作曲、編曲をする時は不思議なことに相対音感でやってしまうのです。

イコール式は絶対音感による鍵盤楽器教授法の危険性に警鐘を鳴らし、相対音感による教授法を提唱しています。バッハの時代には存在していた調による性格の違いも、モノクロの12等分平均律においては空理空論になってしまいました。また、時代と共にピッチが変化することによって調の絶対音高も定まりません。このことは同時に標準音a’=440の時の12等分平均律というものに基づく絶対音感も神話に過ぎないことを物語っています。こういった状況にある現在鍵盤楽器教授法において「平均律クラヴィーア曲集」を元の調のままで演奏することに何のメリットが望めると言うのでしょうか。実体のない調性格やピッチにこだわることよりも、相対音感による鍵盤楽器教授法によって、楽曲を深く理解することの方が音楽力を高める近道です。

バッハの転職

時は1720年のクリスマス前、ドイツのハンブルク聖ヤーコビ教会で起こった話です。
ケーテン宮廷楽長で35歳になっていたバッハは聖ヤーコビ教会オルガニストに志願しました。最も名高く最も偉大なオルガンの巨匠はハンブルグの最も大きなオルガンによって見事な演奏を聞かせ、絶賛を浴びました。老巨匠のラインケン(1623生)はバッハの演奏に「オルガン音楽はもう死滅したものと思っていたが、今君の演奏を聴いて未だその精神が受け継がれていることが良く分った」という賛辞を贈りました。

しかし、その採用試験には、他の無能なオルガン奏者とならんである金持ちの職人の息子も志願していました。彼は指で弾くよりも財産で弾く方が上手でした。そして、その彼がオルガニストに選ばれたのです。これにはほとんどすべての人が納得できませんでした。聖ヤーコビ教会の後任者を実力ではなく寄付金で決めたことに対する不満の意をヤーコブ教会牧師がその年のクリスマス説教で次のように述べました。
「たとえ、天使がこの教会のオルガニストを志望して天から舞い降り、神の様な演奏をしても、現金を持ち合わせていなければこの町では受け入れられないのだから、虚しく飛び去る以外にないであろう」

バッハが失望することはこのことの前、31歳の時にも起こりました。それはヴァイマル宮廷でのことです。高齢の宮廷楽長の後任になりうるという見通しで奉職していたバッハが、自分ではなく、高齢で亡くなった楽長の息子にその地位を奪われたことです。今まで認められてきたバッハの業績が軽視され、全く凡庸な息子の下に位置づけられるということは、バッハの正当な自負心を傷つけ、辞任を願うこと意外にありませんでした。そして、バッハは自ら望んだ転職によって、ヴァイマルでは得られなかった楽長の地位をケーテンで与えられ驚くほどの高額な俸給を約束されたのです。





やわらかなバッハの会
第1日曜日 輪奏会17:00 PM
第2金曜日 輪読会10:00 AM
第4土曜日 輪奏会10:00 AM

バッハ・イン・ザ・サブウェイズ
2018.3.21(水・祝)

第5回バッハ礼讃音楽会
2018.7.29(日)

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<プロフィール>
やわらかなバッハの会 代表
新しい鍵盤楽器記譜法「イコール式」の創始者

子供の頃、父と一緒に、バッハのフーガをピアノ分担奏で弾くことによって、声部進行を直感的に学び取り
バッハのとりこになった。
これまで約400人のピアノレッスンを通じて、バッハのフーガを弾くことの重要性を認識し、初級者でもバッハ演奏を楽む方法を提案。

2007年 世界で初めての楽譜《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》カワイ出版 

2009年 音楽書『やわらかなバッハ』春秋社

2013年「やわらかなバッハの会」設立

2014年 バッハ礼讃音楽会 (於 旧県会議事堂) 毎年開催

2016年 バッハ・イン・ザ・サブウェイズ (於 新山口駅南北自由通路 )毎年開催

2017年 Bach Network UK 対話会議研究発表 (於 ケンブリッジ大学)

Prof.Yo Yomita (富田庸) 講演会「バッハを嗜む」主催 (於 山口大学)

イコール式とは「鍵盤楽器においてどの調も皆同じ」という意味です。
なぜなら12等分平均律の鍵盤楽器における調性とは、ただ高さのみによって識別される2つの旋法、すなわち長調と短調の性格だけに限られるからです。
12等分平均律は勿論のこと、不等分音律を前提に論じたマッテゾンでさえも調性格の恣意性を指摘しています。
異名同音、ピッチの変動、バッハの手による移調の試みなどを考慮すれば、《バッハ平均律クラヴィーア曲集》の中の難しい調を簡単な調に移調してまず親しむことが大切です。初級者は更にそれをアンサンブルで楽しむことが大切です。
やわらかなバッハの会は既成概念にとらわれず、自分自身の判断で音楽の本質を探究するところです。


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音楽の構造が良く解る










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<イコール式の意味>
*12等分平均律の鍵盤楽器においてはどの調も同じ(イコール)です *フーガの各声部は主従関係ではなく対等(イコール)です *12等分平均律の調律法はイコール・テンペラメントと言います *音名と階名が同じ(イコール)読み方です
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