やわらかなバッハの会 The Society of Soft Bach

先入観念にとらわれることなく、バッハの音楽に親しむ会です。
イコール式音楽研究所 所長 橋本絹代 Kinuyo Hashimoto

絶対音感 無効論

絶対音感とは聞こえた音の絶対的な高さを楽器等の助けを借りずに識別する能力である。ピアノはもとより、三味線、、鳥の声、サイレン、飛行機の爆音、グラスが割れる音など、ありとあらゆる音の絶対的な高さを識別する人間音叉のような人を絶対音感保持者という。

絶対音感イコール音楽的才能と信じる人は未だに結構多い。これは特に日本人に多く見られる特徴で、日本には絶対音感教育という特殊なレッスンもある。
外国にはこういう特殊な教育法はない。なぜなら彼らにとっては教育の必要性が感じられないからである。外国では絶対音感は知らないうちにに生じてくるものと考えている。

絶対音感教育の創始者は園田清秀(1903〜35)、ピアニスト園田高弘の父である。
清秀の理論と実験は笈田光吉、山田耕作、斉藤秀雄らの協力を得てついに『絶対音 早教育』として世に出ることになり、「音楽教育の革命、天才児大量生産」と音楽界にセンセーションを巻き起こした。これは1935年、終戦の10年前であった。このとき「絶対音感」とは言わず「絶対音」と言っていることは非常に重要である。

清秀が32才の若さで亡くなると、『絶対音 早教育』は郷里の大分県で引き継がれる。
一方、東京では笈田光吉が「絶対音」を勝手に「絶対音感」と改め、『絶対音感 及 和音感教育法』を体系化する。笈田の「絶対音感」教育は学校現場の教師たちから「楽しんで学習できない。神経衰弱になる」との猛反発をくらったが、軍部はこれを採用し、小学校で強制的にやらせた。軍部の「絶対音感」教育の目的はB29の機種や高度を判別させるためのものであって音楽教育ではなかった。このために絶対音感教育には戦争のイメージがつきまとうことになり、終戦後は一端否定された。

このまま永久に止めておけばよかったものを、終戦後間もなく絶対音感の平和利用が始まる。かつての「天才児大量生産」の夢よ再びというわけで今度は斉藤秀雄、吉田秀和、柴田南雄らが桐朋学園子供のための音楽教室を開設し、絶対音感教育を復活する。
この教室で使用する『子供のためのハーモニー聴音ー音感訓練の本』はロングイセラーとなる。内容は1番「ツェー、エー、ゲー」の和音から、416番「♯デー、♯エー、♯♯ゲー、♯ハー」の和音の羅列である。進んだ?教育ママたちは、わが子が何番まで和音を覚えたかを競い合い、「絶対音感」教育は過熱していく。

同書の前書きには 「a' 音を440Hzとし、正しく調律されたピアノで実施せよ」と書かれている。これは標準音を440Hzにせよ、12等分平均律に正しく調律せよという意味である。しかし世の中の音楽がすべて440Hzだろうか。442Hzのオーケストラもあれば、445Hzもある。古楽の演奏では415Hzである。現状を無視して440Hz に限定して教育してしまうと、精密な絶対音感保持者ほどオーケストラの音が狂って聞こえてしまう。絶対音感を持ったが故の悲劇が起こる。いったい何をもって「絶対」というのか甚だ疑問である。

更に大きな問題は12等分平均律でもって教育することである。
例えば「ド」の音から「ミ」の音を作るとき、音楽家は正しい長3度を心のうちに聴かねばならない。弦や管の奏者は心のうちに聴いた長3度を奏でる。ところが12等分平律のピアノは正しい長3度よりも大幅に広い音程である。心のうちに聴く純正の長3度とはかけ離れており全くハモらない3度である。ゾルゲ(1703〜78)は「あまりに耳障りである。これは杓子定規の音律に由来する」と評した。この極端な長3度を刷り込むのが「絶対音感」教育であるから恐ろしいことである。12等分平均律のピアノはすべての音程を等しく狂わせる調律なので、オクターヴ以外はすべて狂っている。これでは自然の耳が破壊されて当然だ。絶対音感教育とは自然の美しい音程を心のうちに持った人間を、杓子定規で濁った音程に改悪することに他ならない。

戦後の日本は西欧に追いつけ追い越せの時代である。和音名をドイツ語で言う教育法は、西洋音楽を知らない人達には高尚で芸術的に思えたのかもしれない。しかしそれは軍部が行った絶対音感教育で使われた「ハ、ホ、ト」をドイツ音名に変えただけの中身は変わらないものである。一方はB29、他方はピアノ楽曲とその使用目的は違えど、とちらも音の高さのみを識別する人間音叉教育に他ならないということを見抜くべきである。戦後の日本は外国のように家庭の中に音楽がある家などほとんど無かった。ピアノの音が家の中にあることに憧れを抱いた。高価なピアノも割賦販売開始とともに憧れであったものが庶民の手にも届くようになる。そして全国津々浦々、ピアノ教室ができ、我も我もと絶対音感教育に狂奔する。

音の高さをピアノの鍵盤に例えてレッテル貼りをするのが絶対音感教育であるが、「ド」の鍵盤と「♯ド」の鍵盤との間には無数の音があることを忘れている。「ド」は 264Hz、「♯ド」は 275 Hz である。その間にある無数の音を無視し、1オクターブを12鍵盤でもってレッテルを貼るのが絶対音感教育である。音の高さは鍵盤楽器のように階段的に上下するのではなく、ヴァイオリンのようにスロープ的に上下する。絶対音感教育は絶対「鍵感」教育に他ならない。

最後に絶対音感教育の最大の罪は「音感」という言葉を使ったことである。B29の音を識別できることを音楽的才能と考える人はいない。音の感覚だから「音感」という程度のことである。ところがこれと全く同じ識別能力に過ぎないものが、ドイツ語や桐朋というブランド力によって音楽的才能であると勘違いしてしまった。
ピアノの鍵盤名を当てることは音楽的な意味の「音感」ではない。一つの音が過去とも未来とも断絶して、個々の音の高さのみを識別することは音楽と全く無縁である。色彩を見て赤や白というレッテルを貼ることができても、それが天才的な画家ではないのと同じである
真の「音感」とは「ド」の音に対して「ミ」の音を正しく心のうちに聴く能力である。つまり相対的な音程が「音感」であり、音の絶対的な高さは問題ではない。絶対的な音の高さと音楽の内容が無関係であるからこそ、シューベルトの「冬の旅」は高声用、中声用などいろいろな音の高さで歌われる、いろいろな調の楽譜が出版されている。「冬の度」をどの高さで歌っても「冬の旅」に変わりはない。絶対音感保持者のように鍵盤名で「冬の度」を歌うのではなく、階名で歌えば高声用の楽譜も中声用の楽譜も同じシラブルになる。

「桐朋学園子どものための音楽教室」の室長の別宮貞雄は「我々は皆、絶対音感を持っていなかったので、それがすばらしいと思ってしまったんだね」と後に述べているように、当時の日本は音楽的に非常に貧しかった。それが60年も続き、今もって絶対音感を妄信する風潮がある。絶対音感教育は真の「音感」を破壊するものである。真の「音感」とは、ハモる音程と階名(移動ド)である。絶対音感教育はハモらない音程で音名(固定ド)だから音楽的とはいえない。



原典版は原典に非ず

《平均律クラヴィーア曲集》は、バッハの死後50年を経て1800年にようやく出版されました。
フォルケル、シュヴァンツ、ネーゲルらによるものが最初期の校訂版です。続いて後世の研究者や演奏家がさまざまな校訂版を出版してきました。
それらは独自の解釈版もあれば、バッハの原典に戻ろうとする資料批判版までその内容は実に多種多様です。
また、いわゆる原典版と言われるものであっても、校訂した人それぞれの視点が反映されるので全く同一というわけではありません。つまり原典といえども一つではないということです。

従って《平均律クラヴィーア曲集》には非常に多くの版が存在していますが、ここに一つのユニークな版があります。
それは Bruno 校訂の 《バッハ:平均律クラヴィーア曲集1  自筆譜に基づくオリジナル音部記号版》です。

Bach,J.S. Das Wohltemperirte Clavier 1:
Urtext Edition in original Clefs from the autograph Manuscript
edited by David Aijon Bruno
UT ORPHEUS EDIZIONI

Bruno版は単にオリジナル音部記号を採用しただけではなく、声部や連桁などもバッハの自筆譜に忠実です。
そのBruno 校訂の自筆譜に基づくオリジナル音部記号版と、Dull 校訂のベーレンライター原典版 を比較すると実に多くの相違点があります。ということはつまり、ベーレンライター原典版はバッハの自筆譜に忠実ではないということです。

一例として《平均律クラヴィーア曲集第1巻24番ロ短調フーガ》の 64〜69小節 を比較してみましょう。
参考までに晴れやかなカーブのバッハ自筆譜も最後に掲載しておきます。

《Dull 校訂のベーレンライター版》
バスの8分音符がすべて4連桁であることに注意
DSCN2486


《自筆譜に基づくオリジナル音部記号版》
バスの8分音符がすべて2連桁で、それが和音の交代を示す。
(注:上段のハ音記号は、ト音記号の「ミ」に当たるところを「ド」と読みます)
DSCN2485


《バッハの自筆譜》
同じくバスの8分音符がすべて2連桁で、それが和音の交代を示す。
赤線はバッハの特徴的な連桁
BlogPaint


このように印刷されて見やすくなった自筆譜を見ると、原典版が決してバッハの自筆譜に忠実ではないことがよくわかります。
上段のハ音記号や紙を節約するために小節が2段にまたがっていることまで自筆譜と全く同じように反映すべきとは思いません。しかし、連桁など下手に変えない方が良い場合もあります。
現代記譜法に翻訳した原典版が正しいか間違っているかをここで議論することが主旨ではありません
ここでは楽譜にこだわる姿勢そのものを批判することが主旨であります。

《平均律クラヴィーア曲集》が出版される以前は弟子達の手書き楽譜が唯一の伝承手段でした。手書きにはいろいろな不備があったでしょうが、真の音楽家たちはちゃんと《平均律クラヴィーア曲集》の真髄を知り得たのです。
なぜなら《平均律クラヴィーア曲集》は楽譜にこだわらず、無心に弾けばおのずと真髄が会得できるからです。

例えばショパンはショパンの演奏作法にのっとって弾く事と、必ずピアノで弾くことが絶対条件となります。これを外すとショパンではなくなるし、全くつまらない音楽になってしまいます。
ところがバッハはどうでしょうか。バッハはどのような演奏作法で弾いても、どのような楽器で演奏しても、バッハはビクともしません。
演奏作法を示唆する楽譜も自筆譜であろうが、原典版であろうが、解釈版であろうが、バッハの真髄は壊れようがないのです。

1800年に最初の出版譜が出現し、それから今日まで約200年の間に、様々な校訂版が出版されてきたわけですが、バッハの真髄は楽譜如何によって変化するようなものではありません。楽譜如何によってバッハの受容態度が変化するだけです。したがって重箱の隅を突付く様な楽譜比較は全く意味のないことです。

旧バッハ全集の時代にはクロル校訂版が主流でした。
しかし、新バッハ全集の刊行が進むにつれて、デーンハルト校訂のウィーン原典版、次にデュル校訂のベーレンライター原典版へと変わってきています。
わが国においては一昔前まで井口基成校訂版が主流でしたが、今では影をひそめ、音大ではヘンレ版が人気です。
まるで時代の流行のごとき原典版、あるいは有名音楽家の解釈版に振舞わされるバッハではありません。
バッハの音楽は楽譜を超越し、演奏作法を超越し、楽器を超越し、時間空間を超越し、ただ自己の内なる声にのみ依存するのです。
自己の内なる声とは昔から色々な言葉で表現されているもので、それは宇宙の法則、つまり神と言われるものです。
バッハの音楽は目に見えない実在である神を、音の波動で表しています。
バッハの音楽は楽譜という目に見える物質ではないのです。
ですからどうでもよい楽譜に捉われて、バッハの音楽の真髄を見失わないようにしたいものです。

世界でただ一つ
『イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集』
全曲をハ長調とイ短調に移調することによって、音楽の構造が分りやすくなりました。

世界でただ一つ、平均律クラヴィーア曲集の移調

バッハの《平均律クラヴィーア曲集》は、最初から24の調でもって作曲され、順番通り一気に書き上げられた作品ではありません。
バッハはまず中全音律で美しく響く調から先に作曲しました。
それから中全音律で極端な響きになる遠隔調(調号が非常に多い調)は後で作曲しました。

しかも遠隔調は、まず調号の少ない調で作曲して、それを移調するという方法をバッハは試みたようです。
普通に考えても作曲家は嬰ハ長調や嬰へ長調の曲を作るのに、まずハ長調やヘ長調で作曲するのが自然ではないでしょうか。
バッハもそのようにしたと思われます。
その際、日頃ほとんど使わない遠隔調への移調にはバッハといえども少々手こずったようです。
移調譜を清書する時にシャープの付け方を間違えるなどして、それを修正した痕跡がバッハの自筆譜にちゃんと残っているのです。

このようにバッハが曲を清書中に同時に移調を試みたと考えられる根拠が修正箇所に残るものは、結構多くの調種に及びます。
すなわち第1巻では変ホ短調、嬰ニ短調、嬰ト短調、ロ短調、
第2巻では嬰ハ長調、変ホ長調、嬰ニ短調、嬰へ長調、変イ長調、変ロ短調、ロ長調です。

(『バッハ全集12 チェンバロ曲2』  礒山雅 他 著    小学館 P.77 より
平均律クラヴィーア曲集第1巻 成立過程と改訂の歴史  富田庸 鈴木雅明CDライナーノート より) 


例えば《平均律クラヴィーア曲集》第2巻22番の変ロ短調プレリュードは、最初、イ短調で作曲されてから変ロ短調に移調されたと考えられるわけですが、もしこれをイ短調で弾くと何か不都合があるでしょうか?
何が何でも移調後の変ロ短調で弾かねばならない理由があるでしょうか?
元のイ短調の方が断然譜読みが楽ではないでしょうか?

第2巻22番の変ロ短調プレリュードを、あえてイ短調で弾く方が理にかなう16の理由を次に述べます。

1、ピッチ
バッハの時代のピッチは今日より約半音低かったので、今日のピッチのピアノで弾くイ短調は、当時の変ロ短調に匹敵する。

2、12等分平均律
我々のピアノは12等分平均律なので、変ロ短調もイ短調も全く同じ音階構造であり、どの調も同じである。

3、不等分音律
もし仮に、不等分音律のピアノで演奏するにしても、バッハは《平均律クラヴィーア曲集》において調ごとに一つの気分を確立することはが目的ではなかった。詳しくは『やわらかなバッハ』P.57

4、聴覚
絶対音感のない人は楽譜を見るまで何調かわからない。絶対音感のない人にとっての調とは楽譜上の問題でしかない。

5、歌唱
シューベルトの歌曲は高声用、中声用などいろいろな調で出版されている。我々は普段歌を歌う時、何調かということよりは声の高さを問題にする。歌い易い高さの調(キー)で歌うだけである。

6、演奏上の制約
例えばトランペットやヴァイオリンは楽器の特性として、よく響く調とそうでない調がある。しかし《平均律クラヴィーア曲集》を鍵盤楽器で弾く場合は、よく響く調と響かない調の区別はない

7、合奏
教会カンタータを合奏する場合、管や弦とのピッチを合わせるためにオルガンパートの方を移調した。オルガンは移調楽器であった。

8、音域
歌手の場合、移調すると声が出ないなどの問題が起こってくる。しかし、鍵盤楽器においてはどの調に移調しても音域の問題は起こらない。

9、バッハの音律
バッハは24の調がすべて演奏可能な音律を前提としたので、美しい調と美しくない調があっては困る。従ってどの調も同じ程度の美しさの響きになるように調律したはずである。ということは、どの調も似たりよったりの調律にならざるを得ない。だから調ごとの性格はほとんど同じになる。

10、440Hz 調
絶対音感を持つ人にとって、イ短調の主音は 440Hz の a の音である。しかし標準ピッチは変動している。例えばバッハの時代のイ短調の主音は 415Hz だった。ピッチでもって調を決定するのは愚かなことである。

11、倍音列
音楽は自然界の倍音列から出来ている。従って1オクターヴを頭ごなしに12等分する平均律を基準とする絶対音感教育は音楽と無縁である。移調を嫌悪する傾向は絶対音感教育の弊害である。

12、階名
当たり前過ぎる話だが音楽理論は階名である。にもかかわらず音名がピアノ教育界を席巻している。音名は固定ド読みで簡単だからという理由だけで階名が疎かにされている。しかしイ短調は、固定ド読みしてもそのまま階名になるので誠に都合が良い。

13、絶対音感
イ短調はシラブルとピッチが一致するので、絶対音感を持っていても抵抗なく階名読みができる調である。シラブルとピッチの一致を考えると、絶対音感を持っている人はハ長調とイ短調の曲が好ましい。

14、曲の性格
ある曲が明るく祝祭的なのは、曲そのものが明るく祝祭的なのである。ニ長調が明るく祝祭的という刷り込みに惑わされてはならない。曲の性格は曲そのものにあり、決して調如何にあるのではない。調性格はもともと恣意的なものである。ましてやどの調も同じ12等分平均律において調性格を云々するのは大嘘つきと言わざるを得ない。

15、移調
音律の如何にかかわらず《平均律クラヴィーア曲集》においてバッハ自身が移調しながら清書したことは事実である。だからいわゆる自筆譜の調に捉われてはならない。一番弾きやすい調で弾くべきである。難しい調を見て《平均律クラヴィーア曲集》は難しいものと敬遠するのは本末転倒である。

16、自由
音楽よ、もっと自由に、もっと自分の内なる声に従って間違った常識は棄てよう


世界でただ一つ
『イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集』
全曲をハ長調とイ短調に移調しました。

あるピアノ少女の話

ある少女は幼い時からピアノのレッスンを続けています。
今週はモーッアルトのピアノソナタ K 332 ヘ長調が宿題です。この曲はもう3週目です。

少女は遅刻をしたので、先生はピアノを弾いて待っていました。
少女はしばらくその演奏に耳を傾けてから先生に尋ねました。
「今、先生がお弾きになっていた曲は何ですか?」
先生は驚いて答えました。
「これは今日あなたがレッスンに持ってくる曲ではありませんか」

なぜ少女は3週間も練習してきた曲が分らなかったのでしょうか?
これは現在のピアノ教育の盲点なのです。非常に重要な問題点です。
つまり少女は相対音感の持ち主だったのです。相対音感の少女に対して、固定ド読みでピアノを教える現在の教育に大きな問題があるのです。

少女はヘ長調のソナタのメロディーを 「ファーラ ドーラ シ♭ーソ ファミミ」 と固定ド読みで練習してきました。
ところが少女は相対音感なので、先生の演奏が 「ドーミ ソーミ ファーレ ドシシ」と移動ドでしか聴こえないのです。

つまり少女は楽譜を見れば 「ファーラ ドーラ〜」と読めるのですが、楽譜なしで耳だけで聴くと「ドーミ ソーミ〜」となるのです。だから先生の弾く曲が何の曲か分らなかったのです。
このような読譜に関するねじれ現象は相対音感の少女にとって誠に深刻な問題です。

反対に絶対音感の少女なら問題がないかというと、これもまた問題なのです。
絶対音感の少女には先生の弾く曲が「「ファーラ ドーラ〜」と聴こえますから、少なくとも先生に何の曲かと尋ねる必要はありません。

しかしこの曲のメロディーを 「ドーミ ソーミ〜」というように主和音の上にたつ分散形として読むとき、この曲のもつ愛らしさと優雅な幸福感が真の意味を伴って理解されるのです。
「ファーラ ドーラ〜」と読んだのでは主和音ではなく下属和音になってしまい、メロディーの意味が理解されません。
さらにやっかいなことに、絶対音感を持っていると、音楽を音の高さのみで判別するので、 音の高さが違う「ドーミ ソーミ〜」は歌えないから問題があるのです。
音楽の内容を考えると 「ドーミ ソーミ〜」 であるべきものが、絶対音感を持っているとその音の高さでしか歌えないので「ファーラ ドーラ〜」の高さのものを「ドーミ ソーミ〜」と歌うと気持ちが悪い、或いは歌うことが不可能となるのです。これもまた深刻な問題です

現在のピアノ教育では、固定ド読みと移動ド読みの両方にドレミというシラブルを使います。
これはドレミの本来の機能である、移動ドとしての存在価値を骨抜きにするものです。
ドレミは移動ド読みだけに使用可能であることを断固として主張しなくてはなりません。

このようなねじれピアノ教育は例えてみれば、日本人の少女が、アラビアで話すようなものです。アラビア語の意味もわからずにただカタカナ書きしたアラビア語を一生懸命練習しているようなものです。
正しいピアノ教育とは、日本語で意味を理解してきちんと話す方法を教えることです。

イコール式の教育法はこのようなねじれピアノ教育の弊害を軽減することができます。
『イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集』は全曲をハ長調とイ短調に移調しました。ハ長調とイ短調だけが相対音感にも絶対音感にも適応できる調です。この調で全曲を練習することによって真の読譜力を伸ばすことができます。
音楽の意味を理解できるのは相対音感、つまり移動ドです。絶対音感は音の高さを理解するだけで、音楽の意味は理解できません。これがわかるとイコール式で学ぶことによって真の音楽力がつくことも理解できるのです。

専門家も知らない《平均律クラヴィーア曲集》の話

今回は一応音楽専門家と言われる人のブログから《平均律クラヴィーア曲集》に関する記述をご紹介し、それに対する私の意見を書いていきます。
*印は私の意見です。

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<1> J.S.バッハ作曲の平均律クラヴィーア曲集は1巻と2巻があり、それぞれ24曲、音楽の基本である24調の調性から作られています。
音楽にはハ長調やト短調など、様々な調性があり、それぞれ色彩や性格があります。

*この専門家の言うことが本当なのかという問題を考えるには、まず12等分平均律で弾く場合と非平均律で弾く場合とに分けて考えねばなりません。私達が日頃弾いているピアノは12等分平均律です。12等分平均律で弾く場合は、ただ高さのみによって識別される12の調性はすべて同一の音程で構成されます。つまりどの調も音程構成は同じになります。主音のピッチの違いによって調性の違いだと勘違いしているに過ぎません。
このことは《平均律クラヴィーア曲集》を例に考えると一層はっきりします。《平均律クラヴィーア曲集》はイオニア旋法(ド旋法=ハ長調)と、エオリア旋法(ラ旋法=イ短調)というの2つの旋法を近代長短調に完成させたものです。二つの旋法の12の異なる音階開始音を網羅しているので、12×2=24の調が存在するかのように誤解され易いのです。《平均律クラヴィーア曲集》における24の調とは、異なる音階開始音をもつ2つの調を便宜的に調性と呼んでいるに過ぎません。いくら12の音階開始音をそれぞれ異なる調性であるかのごとく呼んでみたところで、12等分平均律においてはどの調も同じ音階構造ですから、結局、長調と短調という2つの調性しか存在しないのです。12等分平均律における調性の正体とはただ音階開始音の高さの違いを示すだけです。調による色彩や性格の違いは音高に起因するものではなく、調ごとに異なる音階構造の相違に起因するものです。したがって《平均律クラヴィーア曲集》には長調と短調の二種の音階構造が存在し、二つの色彩と性格が存在します。ある専門家が言うように「様々な調性があり、それぞれ色彩や性格があります」というようなことは12等分平均律においてはあり得ない話です。《平均律クラヴィーア曲集》に24種の調があるからといって、決してそこに24種もの色彩と性格があると考えてはならないのです。

次に非平均律で弾く場合を考えます。非平均律には無数の調律法が存在し得ます。調ごとの違いが大きな調律法も、非常に小さい調律法も無数にあります。バッハは《平均律クラヴィーア曲集》において24すべての調が演奏可能になる調律法を独自に考案しました。バッハの作品のほとんどが♯♭3個以下で作られていますので、これらの作品は中全音律でも演奏可能でした。現代のピアノでは演奏不可能な調があるということは考えられませんが、バッハの時代は遠隔調の演奏は不可能で、作曲もされませんでした。ところがバッハは《平均律クラヴィーア曲集》において24すべての調を網羅するという野望を抱きました。一気に♯♭が6〜7個の調まで増えましたので中全音律ではとうてい演奏不可能です。そこでバッハは24すべての調が演奏できる調律法を考え出さねばなりませんでした。バッハ独自の調律法については様々な議論があり、ここでは詳しく述べることはできませんが、いずれも断定することはできません。ただ確実に言えることは、24すべての調の使用に堪え得る調律法は、概ね調ごとの違いが非常に少ないか、或いはほとんど無いものに限られてくるということです。調ごとの違いが大きい調律法では、必ず使えない調ができてしまうからです。従って非平均律で弾く場合も調ごとの色彩や性格の違いは極小であると言えます。
結局、非平均律で弾く場合も、12等分平均律で弾く場合も大差無いということになります。

ここで再度<1>の文章を読んでみると不適切な表現に気付くことになります。
<1> J.S.バッハ作曲の平均律クラヴィーア曲集は1巻と2巻があり、それぞれ24曲、音楽の基本である24調の調性から作られています。
音楽にはハ長調やト短調など、様々な調性があり、それぞれ色彩や性格があります。

<1>の文章をより適切に私流に表現すれば、「J.S.バッハ作曲の平均律クラヴィーア曲集は1巻と2巻があり、それぞれ24曲、音楽の基本である長調と短調から作られています。音階開始音ごとにハ長調やト短調など、様々な調性がありますが、12等分平均律で弾く場合、色彩や性格は2種類しかありません」となります。

 


<2>例えば、変ホ長調は壮大で朗々とした響きがして英雄的な性格があります。ベートーヴェンの「英雄」交響曲やピアノ協奏曲「皇帝」、ホルストの『惑星』より「木星」などは変ホ長調ですね。

*調性各論の代表者マッテゾン(Mattheson 1681〜1764)による『各調の性質とアフェクト表現上の作用について』の中から「変ホ長調」を調べると、「非常に悲愴、それ自体非常に悲愴であり、深刻以外の何ものでもない・・・・・」と述べており、英雄的ではありません。

シューバルト(Schubart 1739〜91)は『音楽美学の理念』において「変ホ長調は愛、敬虔、神とのくつろいだ対話。3つのフラットをもって三位一体を表す」と述べました。

変ホ長調の性格についての論評は、ハイニヒェン(Heinichen 1683〜1729)に言わせると「美しい調性」であり、
クラーマー(Cramer 1752〜1807)にとっては「どこか描写し難い優しさ」であり、
シリング(Shiling 1805〜80)にとっては「荘重で、真剣」であり、
シュテファニー(Stephani 1877〜1960)にとっては「高潔、変ロ長調を一層英雄的に高めた調」であり、
ミース(Mies 1880〜1976)にとっては「非常に悲愴的」であり、
ベック(Beckh 1929〜80)にとっては「強い調性、闘う英雄の調性」とさまざまな性格が述べられています。
各論者の意見がまちまちでかなり恣意的と言わざるを得ません。
上記の調性格論者の中で変ホ長調が「英雄的」であると述べたのはシュテファニーとベックの2人だけです。しかしこの2人はいずれもベートーヴェンの没後ずっと後に生まれた論者ですから、ベートーヴェン自身は「変ホ長調が英雄的」だという調性格話を全く聞かなかったはずです。ベートーヴェンの変ホ長調のすべてではなく、いくつかの作品がたまたま英雄的だったので後の調性格論者がそのように思い込んだのでしょう。ホルストについても同様のことが言えます。ベートーヴェン以外の作曲家において、変ホ長調が英雄的だという話はほとんどありません。またベートーヴェン作品ですら、ピアノソナタop.81a「告別」などは全く「英雄的」ではありません。

 ではここで本論であるバッハの《平均律クラヴィーア曲集》における変ホ長調が「英雄的」であるかどうか検証してみましょう?
《平均律クラヴィーア曲集》 第1巻の変ホ長調プレリュードは流れるような美しいパッセージのあと厳格な2重フーガが続く大規模な曲です。フーガは愛らしく軽い曲想です。どうみても英雄的な要素は見当たりません。
《平均律クラヴィーア曲集》 第2巻の変ホ長調プレリュードはやわらかく流れるような曲想で無邪気さと可憐さを伴うクラヴィーア曲です。フーガは静観的なコラールフーガです。これも全く「英雄的」ではありません。

しかも2巻の方のフーガは全く異なる調性の「ニ長調」で書かれた早期バージョンが存在します。(ベーレンライター版《平均律クラヴィーア曲集》 P.354 参照)。24の調性を網羅するという目的で移調を試みて編集作業を行ったバッハにとっては、このフーガが変ホ長調でもニ長調でもかまわなかったのでしょう。

ついでにバッハとベートーヴェンの間に位置するモーツァルトの変ホ長調はどうでしょうか。
モーツァルトの作品分析で有名なリューティ(Luthy)はモーツァルトの「変ホ長調」について次のように述べました。
「深い情感をもつ調性。深い愛情ばかりでなく、悩みをもたらす愛の苦悩をも表現し、木陰の場面、墓の場面などでも現れる」
やはりモーツァルトの「変ホ長調」も全く「英雄的」ではありません。
結論として、ベートーヴェンやホルストのごく一部の作品において、たまたま変ホ長調が「英雄的」であることをもって、変ホ長調の音楽がすべて「英雄的」であるかのような言い方は問題があります。

 


<3>バッハには「インベンション」という子供向けの平均律クラヴーィーア曲集のような作品集があります。これを子供の頃に、いろいろな調性に移調して弾くトレーニングを行いました。例えば、ハ長調の曲を、その場でト長調で弾いたり、ヘ長調で弾いたりするわけです。
そのとき感じたのは、同じハ長調の曲でも、ホ長調で弾くと、響きも性格も違って聴こえるということです。
トレーニングの一環で行ったことだったのですが、やはり、バッハがもともと書いてあった調性が一番しっくりくるということがよく分かりました。

*ここで最初に確認しておきたいことは、子供のころに弾いたピアノは12等分平均律であったということです。12等分平均律においてハ長調の曲をト長調やヘ長調に移調して弾いて、「響きも性格も違って聴こえる」というのは根拠がありません。ハ長調もト長調もヘ長調も和音はすべて同じ音程構成ですから響きも性格もすべて同じです。単に音高の違いがあるのみです。音高の違いをもって「響きも性格も違って聞こえる」と思い込んでいるだけです。もしシューベルトの歌曲を「高声用」の楽譜から「中声用」の楽譜に変えて演奏したら、響きも性格の違って聞こえますか?音高が違うだけで、シューベルトの歌曲の響きも性格も変わらないでしょう。この音楽専門家においては根拠の無い思い込みが重なった結果、「やはり、バッハがもともと書いてあった調性が一番しっくりくる」という思い込みが形成されたのでしょう。

 




<4>面倒くさがりやの私は子供の頃、「なんでこんなに♯や♭がいっぱいついてて、楽譜が読みにくいな。ぜんぶハ長調かイ短調にしてくれればいいのに」と思っていたのですが、ちゃんと#や♭がついている意味があったのです。
 *もし「♯や♭がいっぱいついていることに意味があった」と言うならば、自分のピアノを不等分音律に調律変えしてから言うべきでしょう。12等分音律のピアノで弾いていながら、このように言うのはいかに音を聞いていないかの証拠であります。もし、中全音律のピアノで弾けば♯や♭がいっぱいついた調とそうでない調との響きや性格の違いがよくわかります。しかし12等分平均律のピアノでは、♯や♭がいっぱいついても、つかなくても同じです。
12等分平均律では、♯や♭がいっぱいついた調とそうでない調との「響きや性格」の違いはありません。
結論として「なんでこんなに♯や♭がいっぱいついてて、楽譜が読みにくいな。ぜんぶハ長調かイ短調にしてくれればいいのに」と思った子供の頃の素直な直感を持ち続けるべきでした。大人になって旧態依然とした音楽教育を受けたために、子供の時の素直な気持ちを否定してしまったのですがイコール式音楽教育は
これを否定しません。イコール式音楽研究所はバッハの《平均律クラヴィーア曲集》を全曲ハ長調とイ短調に移調して出版しました。『イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集』は世界で初めての試みです。

バッハは旧約聖書に非ず

「バッハは旧約聖書、ベートーヴェンは新約聖書」という有名な格言があります。これはバッハとベートーヴェンが特に重要だということを聖書にたとえて表したものです。
このたとえが本当に適当かどうか考察しますが、その前に基礎知識を確認しておきます。
バッハ(Bach 1685〜1750)はバロック後期、ベートーヴェン(Beethoven 1770〜1827)は古典派、共にドイツの作曲家です。
「旧約聖書」は天地創造に始まる歴史書であり、救世主イエスご降誕の予言などが書かれています。
一方、「新約聖書」はイエスの生涯と十字架の贖い、旧約の戒律を否定する愛の教えが書かれています。


これをバッハ=旧約聖書、ベートーヴェン=新約聖書という格言に従って解釈します。
するとバッハは天地創造ということになります。バッハが何も無い混沌から音楽を創造したのですか?否、バッハの前に沢山の立派な音楽家がいました。

6世紀にボエティウス(Boethius 480頃〜524)が四学科という有名な分類概念を導入し、ムシカ(音楽)もその中の一つでした。グレゴリウス1世(Gregorius機540頃〜604)は典礼聖歌を収集校訂し、後にグレゴリオ聖歌と呼ばれるものの基礎を作りました。
中世においてはレオニヌス(Loeniuns)が《大オルガヌム曲集》を書き、理論書『アルス・ノヴァ』を書いたヴィトリ(Vitry)も多くのモテトやロンドーの多声音楽を書きました。、
14世紀になるとマショー(Machaut) が《ノートルダム・ミサ曲》を書き、ランディーニ(Landini)、ダンスタンブル(Dunatable)も活躍しました。
15世紀になるとデュファイ(Dufay)などが大規模な4声ミサ曲を書き、ティンクトーリス(Tinctoris)は音楽史における最古の辞書『音楽用語定義集』を書きました。この頃にはオケヘム(Ochkeghem)、ビュノア(Busnois)、ジョスカン・デプレ(Josquin Desprez)、イザーク(Isaac)など多くの作曲家が活躍しました。
16世紀になるとプロテスタントのカントルの模範となったヴァルター(Walter)が現れます。カベゾン(Cabezon)、ラッソ(Lasso)、パレストリーナ(Palestrina)などが沢山の曲を書きました。
17世紀になるとスウェーリンク(Sweelinck)、モンテヴェルディ(Monteverdi)、フローベルガー(Froberger)、リュリ(Lully)、ブクステフーデ(Buxtehude)、パーセル(Purcell)、コレリ(Corelli)、ラモー(Rameau)などバロックの作曲家が次々に出てきます。

ここにいたって、やっとバッハが登場します。バッハは1685年に生まれ、1750年に没しました。
バッハは決して無から音楽を天地創造したのではありません。バッハはそれまでの音楽を集大成しかつ完成したのです。従って「バッハは旧約聖書」という格言は大きな間違いです。

さらにバッハ=旧約聖書、ベートーヴェン=新約聖書という格言に従って解釈していきます。旧約には救世主イエスの降誕の予言があります。さすれば旧約聖書=バッハは救世主イエスの降誕を予言したことになります。予言通りに降誕したのが新約=ベートーヴェンですか?
バッハはそれまでの音楽の相続者であり、完成者です。バッハは音楽理論上未完成なものは何一つ無く、未来の救世主を予言してもいません。バッハは何が悲しくて救世主の降誕を待ち望まなくてはならないのですか?バッハは最初にして最後の作曲家であり、音楽の救世主は他ならぬバッハ自身であります。

さらに続けてバッハ=旧約聖書、ベートーヴェン=新約聖書という格言に従って解釈します。イエスは旧約の教えを否定して、新しい愛の教えを唱えました。さすれば新約=ベートーヴェンが旧約=バッハを否定して新しい愛の教えを唱えたことになります。これは全く逆の話です。ベートーヴェンはバッハを否定するどころか、バッハを救世主イエスの如く崇めたのです。新約が旧約を崇めたという逆の話になってしまいます。ベートーヴェンに限らずバッハ以降すべての作曲家はバッハを崇め、何人もバッハを凌駕しえないのです。

ここで後世の作曲家によるバッハ頌の中から幾つかを紹介しましょう。
ベートーヴェン(Beethoven 1770〜1827)は「音の組み合わせと和声とのあの無限の、汲み尽くしがたい豊かさのゆえに、彼は小川ではなくして大海と称すべきだ」と語りました。

メンデルスゾーン(Mendelssohn 1809〜47)はバッハが人々から忘れられ、ヘンデルの方がもてはやされていた時代にあってバッハを実際に演奏することによって讃え再評価した作曲家です。彼が音楽祭の委員に当てた手紙には「この音楽祭にあたって、もう一人の不滅な巨匠。いかなる曲においてもヘンデルに劣ることなく、多くの曲ですべての者の上に立つこの巨匠を、いまやこれ以上忘れていてはならないときなのです」と書きました。

シューマン(Schumann 1810〜56)は「ただ一人の人間からだけは、万人によって常に新たに汲み取られねばなるまい、ヨーハン・ゼバスティアン・バッハからは!」と書き、バッハ協会の設立を働きかけました。彼の功績によってバッハ全集の刊行が始まりました。

ヴァーグナー(Wagner 1813〜83)は「ドイツ精神の驚くべき特性と力とその意味とを、比類なく雄弁な姿のうちに捉えようと欲するなら、音楽における奇蹟たるゼバスティアン・バッハの、謎という以外にほとんど説明しがたい現象に鋭く細心な目を向けるがいい」と述べました。

ドビュッシー(Dubussy 1862〜1912)は「好意にあふれた神バッハの業績に私たちが目を向けるなら、つい昨日書かれたように思われる箇所をいたるところに見出せるそのはかりしれぬ数の作品、うつり気なアラベスクからあの宗教的な表明にいたるまで、今日なお凌駕するもののないその作品に、趣味のひとつのあやまりも探すだけ無駄であろう」と書きました。 

[以上  『バッハ頌』 角倉一朗・渡辺健 編 白水社  より抜粋]

幾多の作曲家が讃えているように、バッハは救世主イエスのように現在も讃えられています。最後にバッハ頌として私が最も好きな言葉を紹介させていただきます。
シュニトケ(1934〜98)の言葉です。
 「あまねく世界に神は存在し、あまねく音楽にバッハは存在する」

「バッハは旧約聖書、ベートーヴェンは新約聖書」という格言は余りに有名で、誰もが鵜呑みにしていますが、ちょっと冷静に考えると理屈に合わないことがわかります。
この格言を最初に言ったとされるビューロー(Bulow 1830〜94)はドイツの指揮者・ピアノ奏者です。彼はヴァーグナーを支持し、同じくヴァーグナーに共感するリストの娘コジマと結婚しました。ところが、コジマはヴァーグナーと深い仲になり、ダブル不倫の状態でイゾルデを生みました。2人は後に再婚し。ビューローとヴァグーナーは当然ながら不仲になりました。ビューローはヴァーグナーに敵対するブラームス派に転向します。
ビューローの格言が「バッハは旧約聖書、ヴァーグナーは新約聖書」だったら面白いですね。

ビューローの時代はメンデルスゾーンによる「マタイ受難曲」の蘇演などによって、バッハの作品が少しずつ世に認められてきた時です。シューマンの呼びかけによってバッハ協会が設立され、バッハ全集が刊行され始めます。バッハ全集が完結するのは1900年ですから、ヴァーグナーもビューローもバッハ全集の完成を見ずに天国に行ったことになります。このような時代にビューローが言った「バッハは旧約聖書、ベートーヴェンは新約聖書」という言葉は、まだバッハに対する理解が浅かった時代を感じさせます。まさにロマン派の匂いがする格言です。一方、ビューローが最も情熱を傾けて演奏したのがベートーヴェンであったことなど、ビューローのベートーヴェン贔屓から出た言葉でしょう。ロマン派の時代であったればこそ、このような間違った格言も同時代の人々に受け入れられたのでありましょう。しかし、ロマン派が終わった現在も、音楽学校でこの格言を教えています。だから現在のアカデミズムは古色蒼然と言わざるを得ません。無益なアカデミズムを棄て、自分自身の判断力を持つことが大切です。

結論として、バッハは旧約聖書に非ず、バッハは新約聖書なり。
この格言は「グレゴリオ聖歌は旧約聖書、バッハは新約聖書」と変えればよいでしょう。

調性格からの開放

バッハの《平均律クラヴィーア曲集》は史上初めて,理論上考えられる24すべての調を踏破した記念碑的作品です。
そしてこの作品は単に24の調で書かれただけでなく、深い宗教性をtたたえています。
その宗教性はキリスト教の枠を超えて万教帰一の宗教性をもつ故に、バッハの《平均律クラヴィーア曲集》はあらゆる宗派の人々から受け入れられています。
バッハは《平均律クラヴィーア曲集》に理論上考えられる24すべての調を網羅しましたが、24の調に対してそれぞれ個別の調性格を与えたのでしょうか。

《平均律クラヴィーア曲集》はプレリュードとフーガのペアが24セット入っており、第1巻と第2巻があります。ですから別名《48のプレリュードとフーガ》とも言います。
これから調性格を考えていくわけですが、今回は「ロ短調」を例にとって考えてみましょう。曲集はハ長調ーハ短調ー嬰ハ長調ー嬰ハ短調と長短交互に半音づつ上昇する順番で編集されていますので、「ロ短調」は両巻の一番最後を締めくくる24番です。また「ロ短調」はバッハが好んだ特別な調とも言われています。果たしてバッハは曲集の最後を飾る「ロ短調」にどのような調性格を与えたのでしょうか。

まず最初に「ロ短調」について、調性格論者の代表的な見解を調べてみましょう。、
マッテゾンは「奇怪で不快、メランコリック、めったに用いられない、このような性格が修道院から排斥される原因になった」と述べています。
シューバルトは「いわば忍耐の調、静かに己の運命を待つ、そして神の摂理への服従の調である。この嘆きはとても穏やかな嘆きであって、侮辱するような苦言を呈したり、すすり泣きを始めるようなことはない。この調の使用は、どのような楽器においてもかなり難しいため、この調で作曲された楽曲はあまりない」と述べました。
(『やわらかなバッハ』 橋本絹代 著 P.43 ,49 より)

次に、《平均律クラヴィーア曲集》の中の「ロ短調」で書かれた曲を調べてみましょう。
*第1巻24番プレリュード・・・・・ギャラントなトリオソナタです。歩き続けるバスの上を2つの旋律が模倣的に進行  し、穏やかで夢のように美しい曲です。

*第1巻24番フーガ・・・・・・・・・《平均律クラヴィーア曲集》全体の総締めくくりと言える傑作です。主題は12の半 音をすべて含み、当時としては非常に大胆なものです。12音技法の確立者シェーンベルクはこの曲によってバッ ハを「最初の12音音楽家」と位置づけました。しか しこのフーガは中庸であり、非常に崇高なポリフォニーです。

*第2巻24番プレリュード・・・・・最後を飾るほどの力作ではなく、軽い戯れのような2声インヴェンションです。

*第2巻24番フーガ・・・・・・・・・・気楽なフゲッタです。陽気でユーモアに富む軽快なフーガです。

どうでしょうか。一見して第2巻よりも第1巻の方が最後を飾るにふさわしい大曲だとわかりますが、「バッハのロ短調はすべてこうだ」と言えるような共通した性格を見出すことができますか。バッハと同時代に生きたマッテゾンの見解にある「奇怪で不快」な曲がありますか。また「修道院から排斥される調というほど非宗教的な曲がありますか。反対に非常に美しく宗教的ではないでしょうか。(特に第1巻)。第1巻の「ロ短調」の曲想はむしろシューバルトの見解に近いと言えますが、第2巻に見られる「軽い戯れ」や「陽気で軽快」といった性格はマッテゾンともシューバルトとも一致しません。結局バッハはマッテゾンと正反対の「ロ短調」を書き、シューバルトと一部分だけ一致した「ロ短調」を書いたと言えるでしょう。もっともシューバルトの調性格論はバッハの死後の1789年に発表されたので、逆にシューバルトの方がバッハの影響を受けているかもしれませんね。そのように考えると結論としてバッハの「ロ短調」は調性各論者の意見と全く不一致であると言えます。

以上で「ロ短調」の性格に普遍性が無いことがわかりましたが、これは当然といえば当然であります。なぜなら富田庸の研究により、第1巻24番ロ短調フーガはハ短調から移調された形跡があることがわかったからです。(富田庸 『鈴木雅明CD解説』 参照)
また《平均律クラヴィーア曲集》以外のバッハ作品にも移調されて「ロ短調」になった曲があるようです。
例えばシューレンバーグは「バッハの《 ロ短調ミサ曲》のキリエ、BWV 1030 の《フルート・ソナタ ロ短調》のいずれも初期稿は他の調で書かれていた可能性がある」と述べています。(『バッハの鍵盤音楽』 シューレンバーグ著 P.341 より)

バッハは理論上考えられる24すべての調を踏破するという目的で《平均律クラヴィーア曲集》を編集しました。当時の主流はミーントーン調律でしたので、せいぜいシャープフラット3、4個の範囲でしか作曲できず、24もの調に挑戦するのは大冒険でした。バッハは24の調が演奏できるように絶妙な音律を自ら作り出し、その音律で《平均律クラヴィーア曲集》を演奏しました。その時バッハは24の調を演奏可能にする音律は固有の調性格をほとんど持ち得ないことを確信したことでしょう。もはや調とは音高の違いに過ぎず、調性格は音楽家の迷信であると確信したことでしょう。弦や管や声楽においては奏者の意思で微妙な音程を作ることが可能です。しかし24の調が弾けるように調律された鍵盤楽器においては調性格と言えるほどの差は存在し得ません。つまりバッハ独自の音律は限りなく12等分平均律に近づかざるを得ないのです。従ってバッハが《平均律クラヴィーア曲集》において「ロ短調」の調性格を確立しようとしたのではなく、24の調性格の確立を目的としたのでもありません。

その証拠に、バッハは《平均律クラヴィーア曲集》を編集する際、よく使われる調から半音上げ下げして多くの遠隔調の曲を作りました。つまり遠隔調の曲はよく使われる調で作曲された後、移調によって完成されたものです。バッハにとって移調は日常茶飯事でした。むしろバッハは《平均律クラヴィーア曲集》によって調性格という迷信を開放したといっても過言ではありません。

調は決して「音楽の生命」を限るものではありません。調は「音楽の生命」の認識の形式に過ぎず、「音楽の生命」が主であって調は従なのです。楽譜の上に投影されたる「音楽の生命」の放射せる観念の影絵、これを称して調性格というのです。調性格は本来無にして性格無く力もないのです。これに性格があり、また「音楽の生命」を支配する力あるかのごとき感を呈するのは[[「音楽の生命」が認識の形式を通過する際に起こしたる妄信に過ぎません。私たちはこの妄信に捉われることなく「音楽の生命」を正観しなければなりません。

バッハの音楽は調を超えた「音楽の生命」に真髄があり、それがキリスト教を超えたすべての宗教の真髄なのです。これが宗派を超えてバッハの音楽が受容されている要因なのです。
バッハの代表作である《平均律クラヴィーア曲集》は調性格からの開放、「音楽の生命」の真髄に他ならないのです。

このようなバッハの真の意図に反して、理論的根拠無き調性格を信奉し、オリジナルの調で弾くべきだと頑なに主張することがクラシック音楽界の常識とされています。現代は12等分平均律に調律された鍵盤楽器が世界を席捲し、調性格の根拠を示すことが不可能であるにもかかわらず、調性格を持ち出す指導者が後を絶ちません。恐らくバッハはこの状況を天国で嘆いていることでしょう。「調ではなく音楽の生命を正観せよ!」と。
今こそ「かたくななバッハ」から「やわらかなバッハ」への転換が必要な時なのです。
『イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集』 は全48曲をハ長調とイ短調に移調し、「音楽の生命」がより簡単に理解できるようにと考えて出版したものです。全48曲をイコール式で弾くことによって、音楽の真髄を体得し、「音楽の生命」すなわち「宇宙の法則」に触れ、円満光明なる世界に遊行されんことを。

クラムマー=ビューロー 60練習曲

クラムマー=ビューロー 60練習曲とは、チェルニー40番を終わったあとに使用するピアノ練習曲です。
この題名は、クラムマーが作曲した練習曲をビューローが編集したことに由来します。
クラムマー(1771〜1858)はドイツのピアニストで《84の練習曲 Op.50》を作曲しましたが、この中から60曲を選んで編集し、校訂の筆を加えたのがビューロー(1830〜94)というわけです。あの有名な言葉「バッハの平均律クラヴィーア曲集は旧訳聖書」を残したのはビューローです。彼はドイツの指揮者、ピアノ奏者、教育者、著述家として活躍しました。またリストの娘コジマと結婚したことでもよく知られています。

ビューローはこの練習曲を編集する際に、第7番の練習曲をニ長調から変ニ長調に移調しました。
彼は注意書きにこのように書きました。
「この曲は、原本ではニ長調なのであるが、編者の教授上の経験から考えると、原調では比較的効果がなく、変ニ長調に移調した方が有効であることを確信する。原調においては、手の小さい人の運指によどみないレガートを求めることは、冒頭2小節についても無理なのである」と。
(クラムマー=ビューロー 60練習曲、全音出版社、P. 19)

この注意書きを読む限り、ビューローは調性というものを単なる運指上の問題としか考えてなかったようですね。
もし、調の性格を言うならば、もとの調はニ長調で、移調後は変ニ長調ということで、シャープ系からフラット系への大胆な移調と言えます。

シャープ系のニ長調についてマッテゾンは「陽気で好戦的なもの、元気を鼓舞する〜」、シューバルトは「勝利、祝祭歌、天に向かって歓喜の声を上げる〜」、シリングは「力強いマーチ」、ミースは「輝き、フォーグラーは「派手な騒ぎ」・・・・etc. と述べています。

フラット系の変ニ長調についてマッテゾンは「嬰ヘ長調と同様に嬰ハ長調(変ニ長調)もその効果がまだあまり知られていない」、シューバルトは「やぶにらみのような調性、ゆがんだ幸福〜」、リューティーは「暗く、世間から離れた〜」、シュテファニーは「非人間的で超俗的で、気高い」・・・etc. と述べています。

大まかに言うとシャープ系は上昇気分、シャープ系は下降気分と言えるでしょう。
ビューローは変ニ長調に移調したのですが、異名同音調の嬰ハ長調でも鍵盤楽器においてはどちらも同じ鍵盤で弾くことになり、運指は変わりません。
バッハは《平均律クラヴィーア曲集》に変ニ長調を書かず、自筆譜はすべて嬰ハ長調で書きました。
リーマンはバッハの《平均律クラヴィーア曲集》の分析において「暑い盛夏の気分、この稲妻、瞬き、輝きは嬰ハ長調の精神から創出されたものである」と述べています。
変ニ長調と嬰ハ長調では同じ鍵盤を弾くにもかかわらず随分と異なる調性格を述べていますね。
調性格とは主として不等分音律において論じられるものですが、論者によって随分と異なる性格を述べていますから恣意的なものと云わざるを得ません。ましてや今日私たちが演奏する等分平均律においては何をか云わんやです。話が脱線してしまいました。

本論に戻って、ビューローは運指を変える目的で、ニ長調から変ニ長調に移調しました。なぜ異名同音調の嬰ハ長調にしなかったのでしょうか。嬰ハ長調でも運指の目的は達成できたはずです。
もしビューローが調の性格を多少でも認めていたならば、変ニ長調より嬰ハ長調(鍵盤上では同じ)に移調したはずです。まるで真逆のようなフラット系の変ニ長調への移調など到底考えられなかったはずです。
彼は調性を運指の問題としか考えておらず、嬰ハ長調はシャープが7つもつくから煩わしいと単純に避けたのではないでしょうか。

私たちは音楽を聴いて楽しむ時、「調は何か」などと考えません。
好きな歌を歌う時も、「元のキー(調)は何か」などとは考えません。
グレゴリオ聖歌がそうであったように、自分にとって歌い易い音域で歌おうとします。
音程を微調整できない鍵盤楽器を弾くときも、もとの調は何かなどと考える必要はないのです。
ビューローの言うように、調は単に運指上の問題でしかないのです。

したがってバッハの《平均律クラヴィーア曲集》も鍵盤楽器で演奏するからには、自分に合った調で弾けばよいのです。現代の私たち弾く鍵盤楽器は普通は平均律ですから調による性格の違いは皆無です。
移調によって変わるものは運指とピッチと楽譜づらの3つですが、これらはすべて音楽の本質とはかかわりのなりものばかりです。
ここでは詳しく述べませんが、《平均律クラヴィーア曲集》の成立過程をよく知ると、移調の源流はバッハにあるとすら言えるぐらいです。
(『やわらかなバッハ』 橋本絹代 著、 春秋社  参照)

ケンプやタチアナ・ニコラーエワといった超一流のピアニストは《平均律クラヴィーア曲集》を全曲、全調で弾く練習をしたそうです。
ハノンを全調で練習した人は多いでしょうが、平均律クラヴィーア曲集の中の何曲かだけでも、全調で練習したという人は少ないでしょう。
何ともレベルの高すぎる話ですが、せめて私たちは、《平均律クラヴィーア曲集》を基本調(ハ長調とイ短調)とオリジナルの調ぐらいではで弾けるようになりたいものですね。基本調で練習すれば、音楽の構造がすっきりと見えてきます。

平均律クラヴィーア曲集を全曲ハ長調とイ短調に移調した《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》でまずお弾きください。この曲集はデュル校訂のベーレンライター原典版をもとに移調したものです。
今の所、誤植は発見しておりません。
《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》を全曲お弾きになった富田庸氏からもご指摘はございませんでした。

クロル版にみる移調の試み

クロル版とはバッハの《平均律クラヴィーア曲集》をクロル (Franz Kroll 1820〜77)が編集・校訂したものです。1866年に「旧バッハ全集」第14巻としてブライトコップ社より出版されました。「新バッハ全集」が刊行されるまでの間、クロル版が最も権威ある《平均律クラヴィーア曲集》と認められていましたので、ブゾーニ、ビショフ、トーヴィなどの著名な校訂者たちは、皆クロル版をもとにして校訂しています。

クロル版の《平均律クラヴィーア曲集》の中には、クロルが異名同音の移調を試みた楽章がいくつかあります。それらは、第1巻8番のフーガ、第2巻3番のプレリュードとフーガ、第2巻8番のプレリュードとフーガです。これらの楽章は、クロルによって移調されたために、バッハの自筆譜と違う調になっています。なぜ移調したのでしょうか?
今回は《平均律クラヴィーア曲集》 第1巻8番のフーガを取り上げます。

バッハの自筆譜では、このフーガは嬰ニ短調ですが、クロル版では変ホ短調に移調されています。
バッハの嬰ニ短調はシャープ系、クロルの変ホ短調はフラット系です。
異名同音とはいえ、シャープが鋭く上昇する、フラットが穏やかに下降するというイメージで捉えると、バッハとクロルの譜面づらは相当イメージが異なってきます。
もし、クロルが本来嬰ニ短調で書かれたフーガを変ホ短調に移調することによって、音楽に重大な問題が起こると考えたら校訂者として移調を試みることはなかったはずです。
クロルは嬰ニ短調と変ホ短調は同じと考えたから移調したのです。

実はこの二つの調が同じと考えたのは、クロルよりバッハの方が先なのです。
なぜなら、第1巻8番のプレリュードとフーガのセットは全48曲中の例外で、プレリュードとフーガが同じ調ではないからです。バッハはプレリュードが変ホ短調なのに、フーガを嬰ニ短調で編集しています。
プレリュードとフーガを同一の調でワンセットにする編集方針でやってきたバッハが、この1曲のみ、例外的に異なる調をワンセットにしたのは何故でしょうか。
それはバッハ自身が、異名同音の関係にある変ホ短調と嬰ニ短調が同じ調だと考えたからでしょう。

更に面白いことに、この嬰ニ短調フーガはバッハが最初、ニ短調で作曲し、その後、嬰ニ短調に移調したということが、自筆譜の修正箇所から推測できます。確かに、ニ短調で作曲したなら、嬰ニ短調に移調する方が、変ホ短調に移調するより楽ですね。
そうなると、バッハは嬰ニ短調とニ短調も同じと考えたことになります。
同様にプレリュードに関しても、元はホ短調で書かれていたという形跡が残っています。これも、ホ短調で作曲したならば変ホ短調に移調する方が簡単にできますね。

つまりバッハはホ短調でプレリュードを、ニ短調でフーガを作曲し、それをそれぞれ半音上げ下げして移調し、難しい調にはめ込み、理論上考えられる24の調を網羅したのです。

このように、移調の過程を知ると、バッハの自筆譜の調にこだわり過ぎる必要がないことがわかりますね。ここでは詳しく論じませんが、アルブレヒツベルガーなど後世の校訂者による移調の試みが多々存在することから 《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》も移調を試みました。



旋法の性格在り、調の性格無し

長調の音階とは半音の位置が第3音−第4音間、第7音ー第8音間にあるということです。長調ならば何長調でもすべて半音の位置は同じで音階構造は変わりません。
これに反して旋法は音階ににおける半音の位置がそれぞれ異なり、音階構造が違います。
音階構造が違えば性格が変わり、音階構造が同じならば性格も同じです。
これは至極当たり前のことですが、どの長調も同じ音階構造なのに、何調かによって性格がそれぞれ異なると思い込んでいる人が少なくないのです。

旋法とは近代長短調が確立する前の音階で教会旋法といわれるものです。教会旋法と言えばパレストリーナ(Palestrina 1525〜94)が有名ですが、その旋法は6種類あります。
6つの旋法は音階構造がそれぞれ違う(半音の位置がそれぞれ違う)ので、音階固有の性格が在ります。
イオニア旋法は半音の位置が第3音−第4音間、第7音ー第8音間にあるので長音階と同じです。
またエオリア旋法は半音の位置が第2音ー第3音間、第5音ー第6音間にあるので短調自然音階と同じです。
残り4つの旋法は長調、短調とは異なる独特の音階です。
6つの旋法の性格は以下の通りです。

イオニア旋法(長音階)・・・・・・・・・・・陽気で活発
ドリア旋法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・温和 敬虔
フリギア旋法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・常に悲しい
リディア旋法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・過酷 不親切
ミクソリディア旋法・・・・・・・・・・・・・・・陽気 いくらか穏健
エオリア旋法(自然的短音階)・・・・・穏健 優しい いくらか悲しい

以上 プリンツ(Wolfgang Caspar Printz 1641〜1717) 『やわらかなバッハ』 P.40 より

パレストリーナから時代が下がってバッハの時代になると、リディア旋法とミクソリディア旋法がイオニア旋法に集約されて今日の長調になりました。またドリア旋法とフリギア旋法がエオリア旋法に集約されて今日の短調になりました。
この時点で、長調はイオニア旋法の「陽気で明るい」性格を、短調はエオリア旋法の「いくらか悲しい」性格をもつことになったのです。

近代長短調では旋法の数がイオニアとエオリアの2つだけに減少することになります。減少を補うかのように、理論上考えられる12の音階開始音が12の調として考えられるようになりました。イオニアとエオリアで12×2=24の調が在るかのように見えますが、あくまで旋法は2つであり、調の性格は2種類しか存在しないのです。24の調にそれぞれ異なる性格が在ると思い込んでいる人は後述する根拠なき調性格論に惑わされているのです。
もし6つの旋法にそれぞれ12の音階開始音が在るとすれば 12×6=72種類の調が存在することになりますが、誰も72の調性格などを論じません。旋法の性格は6種類しかないと理解する人も、イオニア旋法(長調)になると12種類の性格が在るように錯覚してしまうのです。

バッハは《平均律クラヴィーア曲集》において理論上考えられる24の調を確立しました。決して24の調性格を確立したのではありません。ここのところは誤解されがちで非常に重要です。
《平均律クラヴィーア曲集》に12の長調と12の短調を網羅したということは「陽気で活発」な長調が12個、「いくらか悲しい」短調が12個あるという単純な事実に過ぎないのです。

なぜならバッハ自身が、難しい調は簡単な調で作曲し、それを移調することによって《平均律クラヴィーア曲集》に24すべての調を網羅したからです。(詳しくは 富田庸「ロンドン自筆譜」と《平均律クラヴィーア曲集》、『やわらかなバッハ』P.76参照)
バッハ自身による移調の事実は、等分平均律に近い音律は、どの調もほとんど差が無いとバッハが考えていた証拠ではないでしょうか。

異なる24の調性格が在るとする論理は不等分音律に根拠を置くわけですが、その調の性格を論ずる際にどの音律に基ずくかということが明記されていません。
ある一つの調の性格を論ずる時、それがミーントーンか、キルンベルガーか、はたまたキルンベルガーの気兇靴ということが不明なのです。これでは音律が変わればまた違う調性格を述べるのかどうか不明です。

また調性格を主張する論者たちは、同じ調に対して、相反する調性格を述べることも珍しくありません。例えばイ長調についてマッテゾンは「攻撃的、悲痛」と述べ、シューバルトは「純情な愛の告白、自己への満足」と両者かけ離れた性格を述べています。(詳しくは『やわらかなバッハ』P.52 参照)
これでは調性格が恣意的な思い込みであると言わざるを得ないでしょう。

バッハが《平均律クラヴィーア曲集》で24の調を網羅した時、当時の主流だったミーントーン音律に比べて、使用できる調の数が急増したことになりますが、それに従って音楽の性格も急増したとはいえないでしょう。
24すべての調が使用できる音律ということになると等分平均律に近づかざるを得ないのであって、等分平均律に近づけば近づくほど、調による差はゼロに近づくのです。
ましてや世界中のピアノが等分平均律で調律されている今日においては、調ごとの固有の性格など在り得ないのです。空理空論、全くの妄想に過ぎないのです。
ここで誤解の無いように説明しておきますと、空理空論とは等分平均律の鍵盤楽器の場合について述べているのでありまして、音程の微調整が可能な弦楽器などについてはこの範疇ではありません。

よく知られているように、標準ピッチが変動し続けており、バッハ時代と今日では約半音のズレがあります。
例えばバッハの時代にハ長調だった曲は、今日嬰ハ長調に聴こえるのではないでしょうか。
もし音階構造が同じでも音階開始音のピッチの違いによって異なる調性格が存在すると主張するならば、この場合、ハ長調と嬰ハ長調に異なる調性格が在ることになり自己矛盾です。

結論として、旋法にそれぞれ異なる性格が在るという事実と、同一旋法における音階開始音の違いを表す調を混同しないことが最重要です。同一旋法に異なる性格は存在しないのです。
旋法の性格は在るのです。しかし調の性格は無いのです。無いものは無いのです。

宇宙の法則である《平均律クラヴィーア曲集》は調性格などという曖昧なものを超越した永遠に鳴り響く波動です。何調で弾いても、宇宙の法則、その生命は生きているのです。「平均律」という邦訳はいろいろな意味で誤解を生じる訳ですが、英語ではwell、仏語ではbien と単純に訳しています。両方とも単に「良い」という意味です。
そこで私が考えた訳は《最善律クラヴィーア曲集》、あるいは《神秘律クラヴィーア曲集》 です。いかがでしょうか。

全曲をハ長調とイ短調に移調した《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》で難易度を下げて弾けば、音楽の本質、すなわち音楽の生命が真の意味で解ってくることでしょう。
《平均律クラヴィーア曲集》 のもつ波動があなたの魂を調律し、あなたの心は常に現象を超越した平安に満たされ、自分の周りのすべての現象が整ってくることになるでしょう。

やわらかなバッハの会
〒753-0072 山口県山口市大手町
3−6 大手町ビル4F
第1日曜日 輪奏会17:00 PM
第2金曜日 輪読会10:00 AM
第4土曜日 輪奏会10:00 AM

バッハ・イン・ザ・サブウェイズ
2018.3.21(水・祝)

第5回バッハ礼讃音楽会
2018.7.29(日)

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<プロフィール>
やわらかなバッハの会 代表 橋本絹代
新しい鍵盤楽器記譜法「イコール式」の創始者

子供の頃、父と一緒に、バッハのフーガをピアノ分担奏で弾くことによって、声部進行を直感的に学び取り
バッハのとりこになった。
これまで約400人のピアノレッスンを通じて、バッハのフーガを弾くことの重要性を認識し、初級者でもバッハ演奏を楽む方法を提案。

2007年 世界で初めての楽譜《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》カワイ出版 

2009年 音楽書『やわらかなバッハ』春秋社

2013年「やわらかなバッハの会」設立

2014年 バッハ礼讃音楽会 (於 旧県会議事堂) 毎年開催

2016年 バッハ・イン・ザ・サブウェイズ (於 新山口駅南北自由通路 )毎年開催

2017年 Bach Network UK 対話会議研究発表 (於 ケンブリッジ大学)

Prof.Yo Yomita (富田庸) 講演会「バッハを嗜む」主催 (於 山口大学)

イコール式とは「鍵盤楽器においてどの調も皆同じ」という意味です。
なぜなら12等分平均律の鍵盤楽器における調性とは、ただ高さのみによって識別される2つの旋法、すなわち長調と短調の性格だけに限られるからです。
12等分平均律は勿論のこと、不等分音律を前提に論じたマッテゾンでさえも調性格の恣意性を指摘しています。
異名同音、ピッチの変動、バッハの手による移調の試みなどを考慮すれば、《バッハ平均律クラヴィーア曲集》の中の難しい調を簡単な調に移調してまず親しむことが大切です。初級者は更にそれをアンサンブルで楽しむことが大切です。
やわらかなバッハの会は既成概念にとらわれず、自分自身の判断で音楽の本質を探究するところです。


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<イコール式の意味>
*12等分平均律の鍵盤楽器においてはどの調も同じ(イコール)です *フーガの各声部は主従関係ではなく対等(イコール)です *12等分平均律の調律法はイコール・テンペラメントと言います *音名と階名が同じ(イコール)読み方です
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