やわらかなバッハの会

先入観念にとらわれることなく、バッハの音楽に親しむ会です。
イコール式音楽研究所

富田庸教授のセッション

2015年11月14〜15日に第66会日本音楽学会全国大会が開催された。
学会発表の中から英国クィーンズ大学、富田庸教授の発表を紹介する。
 「J.S.バッハの作曲過程と演奏へのヒントを八分音符の連桁から読み解く」 という大変興味深いセッションである。

富田先生はバッハの自筆譜の八分音符には、2種類の連桁があるという全く新しい視点を示された。改めて自筆譜ファクシミリを丁寧に見てみると確かに2種類ある。
例えば4分の4拍子の同一曲の中に、八分音符が2連桁の形と4連桁の形が混在している。ピアノで弾けばどちらでも結果は同じであるが、バッハは何らかの意図をもって2種類の連桁を使い分けたのではないだろうか。

一例を紹介する。曲は《平均律クラヴィーア曲集 第1巻24番 ロ短調フーガ》である。
フーガの主題は19個の八分音符が続き、やがて二分音符にたどり着くが、19個の八分音符の連桁が曲中に2通りあるのだ。
24番フーガ分析
完全な形で提示される主題は太字、断片や不完全な呈示は灰色+[]で示した。
八分音符の2連桁は薄い灰色で、それ以上の長い連桁は濃い灰色で示した。

完全な形で提示される13回の主題のうち、八分音符2個づつの連桁が全く入ってないのが3か所あり、それらは曲の最初の方に集中している。曲の終わりの方になると八分音符2個づつの連桁が増える傾向にある。

連桁を市販の楽譜で確認するのは難しい。なぜならバッハの書いた連桁を正確に反映してないからである。弾けば結果は同じであっても、連桁の在り様を正しく確認するには自筆譜ファクシミリを参照しなくはならない。自筆ファクシミリの無い場合は、《自筆譜によるオリジナルクレフ版 Urtext Edition in original Clefs from the autograph Manuscript, edited by David Aijon Bruno》 にバッハの自筆譜通り打ち込んだ楽譜があるので便利だ。

富田先生の推察によると、バッハが2種類の八分音符の連桁を使用した理由は以下の4つである。

1、音楽的に注意を払う
  長い連桁は水平的(旋律的関心)、2個の連桁は垂直的(和声的関心)を示す
  
2、音楽的素材の使い分け
  モチーフには長い連桁、終止形の音型には2個の連桁を使用する

3、書体
  音の薄い箇所では長い連桁、音の厚い箇所、密集箇所では2個の連桁を使用する

4、曲中のポジション
  曲の始めの部分は長い連桁、曲の終わりの部分は2個の連桁を使用する

性格的な連桁が使用された2種類のタイプとしては以下の説明があった。

1、跳躍する音程が連合する八分音符群で、活発な演奏やスタッカートのアーティキュレーションを示唆するも  の(平均律第1巻3番嬰ハ短調 フーガの主題など)

2、同音上の繰り返し、音階の順次進行する八分音符群でゆったりとした速度とムードを示唆するもの(平均   律第1巻12番へ短調 プレリュードなど)

富田先生は、外国での研究生活が長く、英語や独語の論文が多いからだろうか、日本語に苦労するとおっしゃるが、日本語での研究発表を多くの研究者が待っていると思う。「J.S.バッハの作曲過程と演奏へのヒントを八分音符の連桁から読み解く」という新しい課題は、今後の発展が大いに期待されるところである。尚、この研究はオックスフォードジャーナル EARLY MUSIC に掲載されるということである。
同誌には、富田先生の Report や Book Review が過去にいくつもあるので興味のある方は参照されたい。

バッハにとっての「作品」とは

 《マタイ受難曲 BWV 244》 といえば、これはバッハの作品である。バッハの「作品」という表現はわれわれにとって自明のことである。しかしバッハ自身にとって「作品」という概念はどうであったかを考えてみたい。

BWV はバッハの作品番号を示すもので、 Bach(バッハ) Werk(作品) Verzeichnis(目録) の略である。これはバッハ没後200年ほど経って、フランクフルト大学図書館に勤務するシュミーダー(1901~1990)がバッハの全作品をジャンル別に整理したものである。だからシュミーダー番号とも言われている。この目録が国際的標準になり今日に至っている。というわけで、バッハは BWV に全く関与せずである。われわれは後世の「作品」観をバッハに当てはめているにすぎない。

われわれの概念からすれば、「作品」とは作者が自分の名前を永遠に刻むべく自ら制作するものである。独創的なもの、出来上がったもの、他者が勝手に手を加えることのできないものを誰々の「作品」という。しかし、礒山雅氏によると、バッハの手紙や序文、推薦状などに Werk (作品)という言葉は無く、バッハの文章の中で頻繁にあらわれるのは、Arbeit(仕事、作業、研究)だという。したがってバッハの手紙や序文は「この作品をお収めください」ではなく「この仕事をお収めください」という言い方をしていることになるという。バッハにとっての音楽は完成された「作品」ではなく、作業を意味する。それは現在進行形の「音楽」への意識である。「〇〇という作品を書いた作曲家」という発想はバッハにはないのである。バッハは常に現在進行形の音楽実践能力を示し続けることが重要だと考えていたのである。


音楽を「作品」ではなく、現在進行形の作業と考えるバッハにとって、作曲と演奏は不可分である。当時の楽曲は永久保存的なものではなく、1回限りの機会のために作られることが多かった。即興演奏も言うまでもなく1回限りのものである。たとえ楽譜に書かれた曲でも演奏の度に姿を変えた。
バッハはフリードリッヒ大王に招かれ、王が提示したテーマで見事な即興演奏を披露した。そしてライプチッヒに戻ったバッハは、王のテーマによる、3声と6声のリチェルカーレ、トリオソナタ、さまざまなカノンの楽譜を王に捧げた。これが《音楽の捧げもの BWV 1079》であるが、王の前で演奏したものと、楽譜に書いたものは、当然異なっていただろう。

われわれは《平均律クラヴィーア曲集》 と言うが、これもバッハは 《Das Wohltemperierte Clavier》 としか書いてない。《巧みに調律されたクラヴィーア》 という意味が書かれてあるのみで、「曲集」に当たる言葉は無い。われわれは後世の「作品」観をバッハに持ち込み、《平均律クラヴィーア曲集》も既に完成した作品として過去を向いた捉え方をしているようである。バッハにとっては、上手く調律されたクラヴィーアを使用する作業というほどの意味だった。 《平均律クラヴィーア曲集》は バッハが演奏する度に、生徒にレッスンする度に改訂の手が加えられ、姿を変え続けた。それでよいとバッハは考えていた。

バッハの教育用クラーヴィーア曲はすべて歌うような奏法の習得に加えて、作曲に関する充分な基礎感覚を養うことが求めらている。演奏と作曲は一体のものであり、演奏を学ぶことは作曲を学ぶことだった。
当時の作曲作業は定旋律の新たな発見や結合であると理解されていた。バッハにおいても当然のことながら音楽とは機会の度に生み出される新たな結合であり、ひとたび出来上がれば、再び新たな結合に委ねられるものである。
カンタータなども演奏の機会ごとにその条件に対応するように作り変えられることが多かった。例えば結婚式のカンタータ 《満ち足れるプライセの都よ BWV 216 》 の第3曲は 《われはおのがうちに満ち足れり BWV 204》 からの転用である。同じく第7曲は《破れ、砕け、壊て BWV 205》 からの転用である。

礒山氏によると バッハは Werk(作品)という言葉を使わなったということである。この言葉がバッハに関して初めて現われるのは、バッハの没後まもなくである。息子のC.P.E.バッハが 父の大作《フーガの技法》 を出版する際に Werk((作品) という言葉を使って、《フーガの技法》 の販売広告を出したのが最初である。
またバッハの最晩年における《ミサ曲ロ短調》は演奏の機会が存在しない状況下であるにもかかわらず、死後に残すことを意識して完成させたと思われる。この発想はWerk(作品)という言葉こそ使わなかったが、近代的な意味での「作品」という観念がバッハの意識の中に芽生えていたとみることもできるだろう。

バッハが自身の手で移調した作品

《G線上のアリア》 は 《管弦楽組曲第3番 ニ長調》 の中の一曲を、ヴァイオリンとピアノ用に編曲して広く知られるところとなった。編曲にあたってニ長調の管弦楽組曲をハ長調に移調した。このような後世の音楽家によるバッハ作品の移調や編曲は枚挙に暇がない。
しかし、今回は、後世の音楽家によるものではなく、バッハ本人が自身の手で移調した作品だけを挙げる。

BWV 232 《ミサ曲 ロ短調》 の第17曲「十字架につけられ」 ・・・・・ へ短調 → ホ短調
  カンタータ 12番 「泣き、嘆き、憂い、怯え」の第2曲 からミサ曲ロ短調の「十字架につけられ」に転用する  際にバッハはへ短調からホ短調に移調した。

BWV 243  《マニフィカト ニ長調》 ・・・・・・・ 変ホ長調 → ニ長調
  クリスマス礼拝用に最初は変ホ長調で作られたが、他の祝日にも演奏できるものに作りる際に、トランペッ  トがよく響くニ長調に移調した。変ホ長調は♭3個、ニ長調は♯2個、この2つは非常に隔たった調であるが、  バッハは移調した。

BVW 515 《パイプにおいしいタバコを詰めて》 ニ短調 → ト短調
  息子のハインリヒが作ったニ短調の旋律(BWV 515a)を母親のアンナ・マグダレーナが筆写し、バッハがバ  スを加筆する際にト短調に移調した。

BWV 594 《オルガン協奏曲 ハ長調》 ニ長調 → ハ長調
  ヴィヴァルディの《ヴァイオリン協奏曲 ニ長調》 を編曲する際にハ長調に移調した

BWV 831 《フランス様式による序曲 ロ短調》・・・・・ハ短調→ロ短調
  この曲は 《イタリア協奏曲 》 BWV 971 とともに 「クラヴィーア練習曲集第2部」を構成する作品。ヘ長調の   《イタリア協奏曲》と三全音の関係におかれているが、これは両者の対立を強調するための、出版時の工夫  と思われる。なぜなら、アンナ・マグダレーナの手で書かれたハ短調の筆写譜があるからだ。
  
BWV 846 〜 893 《平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第2巻》
  全曲が一度に書き下ろされたものではなく改訂の手を加えて編纂されたものである。曲集を編纂するにあ   たり、移調して収録された曲もみられる。主として遠隔調の曲がそうである。先に簡単な調で作曲したものを  半音上げるか下げるかの移調を試みたものが多い。

BWV 946 《フーガ ハ長調》 ・・・・・・・変ロ長調 → ハ長調
  主題はアルビノーニのトリオ・ソナタ 変ロ長調からとられた。

BWV 976 《協奏曲 ハ長調》・・・・・・・・ホ長調 → ハ長調
  ヴィヴァルディの 《調和の霊感 第12番》、ヴァイオリン協奏曲とチェンバロとオルガン用に編曲した。その  際バッハがハ長調に移調した。

BWV 978 《協奏曲 ヘ長調》 ・・・・・ト長調 → ヘ長調
  同じく 《調和の霊感》からの編曲

BVW 1030 《オブリガート・チェンバロとフルートのためのソナタ ロ短調 》 ・・・・・ト短調 → ロ短調
  移調の際と思われる3度音程の書き間違えが自筆総譜に散見されることから、もとはオーボエ用としてト短  調で書かれていた可能性が高い。 

BWV 1053  《1台のチェンバロのための協奏曲 第2番 ホ長調》 ・・・・・変ホ長調 → ホ長調
  バッハは 1726年に 《オーボエ協奏曲 変ホ長調》 を一端、ホ長調のオルガン協奏曲に編曲し、更に加   筆修正してチェンバロ協奏曲として完成させた。

BWV 1056 《チェンバロ協奏曲 第5番 へ短調》 ・・・・ト短調 → へ短調
  2楽章の有名な美しいラルゴはへ短調の平行調の変イ長調である。この協奏曲は2つの協奏曲からの組み  合わせで成立したものである。両端の速い楽章はおそらくヴァイマル時代に書かれたト短調のヴァイオリン  協奏曲にさかのぼる。これに対して2楽章のラルゴ変イ長調はカンタータ 156 番 「わが片足すでに墓穴に  入りぬ」の第1曲「シンフォニア ヘ長調」のオーボエのソロに豊かな装飾を加えてチェンバロ協奏曲に転用  した。その際ヘ長調から変イ長調に移調した

BWV 1057 《チェンバロ協奏曲 第6番 ヘ長調》・・・・・ト長調 → ヘ長調
  この曲は《ブランデンブルク協奏曲 第4番 ト長調》 のヴァイオリンパートをチェンバロに書き換えたもので  あるが、その際ト長調からヘ長調に移調した

BWV 1060 《2台のチェンバロのための協奏曲 ハ短調》 ・・・・・ニ短調 → ハ短調
  原曲は 《オーボエとチェンバロのための協奏曲 ニ短調》である 



<バッハ自身の手による移調が疑われるもの>

BWV 539  《前奏曲とフーガ ニ短調》・・・・・ト短調 → ニ短調
  BWV 1001《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第1番》のフーガの編曲に、手鍵盤のみによるプレリュードを加え  た

<アンナ・マグダレーナ・バッハ の手による移調>

 BWV 82  《カンタータ 82番 われは満ち足れり》 ・・・・ハ短調 → ホ短調
    レチタティーヴォ 「Ich habe genug!」はハ短調をホ短調に移調して 《アンナ・マグダレーナ・バッハの     ためのクラヴィーア曲集》に収めた。
    同じく アリア 「Schlummert ein,ihr matten Augen」 は変ホ長調からト長調に移調して同曲集に収め     た
以上

ミサ曲ロ短調

鈴木雅明率いるバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)は今年創設25周年を迎えた。2013年にはバッハの《教会カンタータ》全曲録音を完成させるなど世界的な高い評価を受けている。

2015年7月28日バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)は第45回サントリー音楽賞受賞記念コンサートにおいて《ミサ曲ロ短調》を演奏した。この7月28日は後で述べるが重要な日である。

鈴木は言う。「ミサ曲ロ短調はバッハの作品群の集大成である。その理由は緻密な対位法を駆使していること、もう一つはラテン語の歌詞を使ったこと」

「ラテン語の歌詞を使ったこと」とはどういう意味か。
バッハはルター派教会に属し、プロテスタント信仰を持っていた。プロテスタント教会ではルターによるドイツ語聖書が用いられ、膨大な曲数の「教会カンタータ」はすべてドイツ語の歌詞である。一方カトリック教会ではラテン語典礼文に基づくミサが演奏され、すべてラテン語の歌詞である。プロテスタント信者としてのバッハが、ラテン語の歌詞を書く必要は全くないばかりか、むしろプロテスタントらしからぬ、よくないことになるのではないだろうか。
にもかかわらず、バッハは39歳から65歳で没する間際まで断続的にラテン語の歌詞を書き進めた。
ラテン語の歌詞を使うことがバッハの作品群の集大成なのか?
生前に《ミサ曲ロ短調》全曲が演奏された形跡もなく、作曲の目的に関する謎が深まるばかりである。

この点について鈴木は次のように主張する。
「バッハがラテン語の歌詞を使ったのは、カトリックとプロテスタントの垣根を超える共通語を意識したからだ。普遍的なものへの希求を最も感じさせる音楽」と。

私は拙著《やわらかなバッハ》 (2009年 春秋社)の”あとがき”として、この点について述べている。
「死を覚悟した時にバッハが書いたのは、《ミサ曲ロ短調》のクレド以降の部分だった。ドイツ語ルター派の会衆には、ラテン語のミサ曲は理解できないにもかかわらずである。バッハはカトリックに改宗したのではなく、プロテスタントとカトリックの融合、超時代性、超地域性をミサ曲というジャンルで集大成しようとしたのである。《ミサ曲ロ短調》は異なった宗教観を克服した世界平和へのバッハの最後の祈りと言うことができるだろう」

バッハ・コレギウム・ジャパンによる 《ミサ曲ロ短調》 の公演が行われたのが7月28日、この日がバッハの命日であることをうたっての演奏会であった。バッハの命日が一般に意識され始めたことは、私には喜ばしいことに思えた。

何故なら、わがイコール式音楽研究所は、2年前の2013年からバッハの命日を記念してバッハ礼讃音楽会を開催しているからだ。この音楽会はバッハの命日を意識して7月28日に一番近い日曜日と決めた。バッハが亡くなった日 1750年7月28日は、西洋音楽の分水嶺をなす日であり、1作曲家が亡くなった日というにとどまらないのではないか。バッハの誕生日を記念して世界中でバッハが演奏される 「バッハ・イン・ザ・サブウェイ」 の運動にも通じるのではないだろうか。

バッハ・イン・ザ・サブウェイ

バッハ・イン・ザ・サブウェイとは、NYのチェリストから始まった世界的ムーブメントで、J.S.バッハの誕生日3月21日に、プロアマ問わず街中でライブを繰り広げ、多くの方にバッハの音楽をお届けする運動です。

この運動は2010年3月21日、すなわち5年前のJ. S. バッハの誕生日、 チェロ奏者デール・ヘンダーソンが、ニューヨークの地下鉄ホームでひとりバッハの 《 無伴奏チェロ組曲 》 を弾き始めたことから起こりました。

地下鉄が走る喧騒の中にあってさえも、その音は道行く人の心を自然ととらえ、多くの人が足を止め、ほぼ初めて身近で聴く生のチェロの音色に感動を覚えたのです。地下鉄で偶然デール・ヘンダーソンが奏でるチェロの音色を聴いた多くの人は、300年前のバッハの音楽がときに鮮烈でときに温かく響き、たった一台のチェロからまるでオーケストラのように音が流れ重なっていくことに驚きました。

居合わせた人々は彼にチップを払おうとしますが、彼はそれを受け取らず、 かわりにポストカードを配りました。 そこにはこう書いてありました。

「偉大なる”音楽の父”ヨハン・ゼバスティアン・バッハの誕生日を祝って、今日は一日中バッハの音楽を奏でます。
音楽に対する愛と敬意を街ゆく人々と分かち合い、クラシック音楽を育む次世代につないでいくために」



たった一人のチェロ奏者から始まったこの運動は2015年の誕生日には世界50都市以上に広がりました。
来年は更に増えることでしょう。

調性格はお伽話

バッハの時代の調律法はミーントーンが一般的だった。
この調律においては、調号にシャープやフラットが沢山付く遠隔調は、極端な響きになり、使用することが難しかった。使えるのはシャープ、フラット3個ぐらいまでの調に限られていた。

ところが、バッハが理論上考えらるすべての調に挑戦し、《平均律クラヴィーア曲集》という歴史的金字塔を完成した。この時代はバッハだけではなく、同じようなことを試みた作曲家もあった。例えば

.泪奪謄哨鵝Johonn Mattheson 1681〜1764)
《規範的オルガニストの試験》:Exemplarische organisten-Prove 1719

▲肇薀ぅ弌次Johann Philipp Treiber1675〜1727)
《一風変わったインヴェンション:全ての音、和音、拍子記を用いた一つのメロディーによるアリア》
        :Sonderbare Invention : eine Arie in einzigen Melodey aus allen Tonen und Accorden         auch jederley Tocten zu componiren 1702

《通奏低音における正確なオルガニスト》 Der accurate Organist im General-Bass 1704

キルヒホフ(Gottfried Kirchhoff 1685〜1746)
《ABCムジカル:全ての調によるプレリュードとフーガ》 :L’ABC musical : Plaeludia und Fugen aus allen                                     Tonen (消失)


ミーントーン調律と違って、24すべての調が演奏可能な調律においては、美しく響く調と、極端に響く調という差異が薄れ、必然的にどの調も似たりよったりとならざるを得ない。その結果、何調という音階終止音による違いは薄れ、長調か短調かという違いのみになる。

ケラー(Hermann Keller 1885〜1967) は「平均律クラヴィーア曲集以来ようやく、調の性格と言う問l題が純粋に精神的なもの、作曲者と演奏者のなかにのみ存する問題となったのであった」と述べた。

前述のマッテゾンは後に、「どんな調もそれ自体ではその逆を作曲し得ないほど悲しかったり楽しかったりする事はない」と述べ、『新管弦楽法』で述べた調性格論を後になって自ら取り下げている

ゾルゲ(Georg Andress Sorge 1703〜78)はマッテゾンが『新管弦楽法』で述べた調性格論に対して、「調のアフェクト(情念)を述べる場合は、長調は楽しく愉快な感情に適し、短調は悲しく憧れに満ちた感情に適していると言えるだけである」と嘲笑した。

理論上考えられる24すべての調が自由に弾ける調律を、今、我々は使っている。したがって、調による性格の違いはお伽話の域を出ないのである。
どの調も同じという意味で”イコール式”と名付けた鍵盤楽器教授法は新しい教育法である。

作曲家が選ぶ時

一般に作曲家が調を決定する際、どのような要因が考えられるだろうか?
概して次のような要因から決定されるのではなかろうか。

1)古典から学んだ既成概念
2)個人的な感覚、気質
3)楽器の特質、
4)音域の制約

1)古典から学んだ既成概念について

バッハという作曲家を例にとるならば、彼にとっての古典とは教会旋法ということになる。バッハは教会旋法を近代和声学として集大成した作曲家であり、バッハの作品は教会旋法と近代和声学が混在している。

教会旋法においては、各旋法の音階構造が異なるので、旋法ごとに性格が違うのは当然である。しかし同じ旋法の中で音階終止音が違っても性格は変わらない。例えばドリア旋法はド調ドリア、レ調ドリア、ミ調ドリアと言う具合に音階終止音がいろりろ考えられるが、音階終止音が変わっても調の性格はドリア旋法である。音階終止音がいかに変化しようと、音階構造が同じである以上、性格は不変である。

イオニア旋法は近代和声学における長音階に匹敵するが、これも同様に、ド調イオニア、レ調イオニア、ミ調イオニアといろいろな音階終止音が考えられるが、調の性格はすべてイオニア旋法である。

近代和声学では、ド調イオニアのことを、音階終止音がドである長音階という。ド調イオニアはハ長調、レ調イオニアはニ長調、ミ調イオニアはホ長調である。
ハ長調、ニ長調、ホ長調とどのように音階終止音が変わろうとも、調の性格はイオニア=長調という不変のものである。

にもかかわらず、ハ長調、ニ長調、ホ長調がそれぞれ異なる性格だという思い込みがあるようだ。どれも同じ長調の音階なのに既成概念にとらわれて調性格が異なると思い込んでいるようである。再三述べたように、鍵盤楽器で演奏する限り、異名同音がある限り、調性格の違いはない。12等分平均律では当然であるが、不等分音律では違いがあるという意見もあるだろう。これについては 2)個人的な感覚、気質の項で詳しく述べる。

今ここでは音階構造が同じであれば終止音がいかに変化しても調の性格は変わらないということを覚えておいてほしい。我々の近代和声学においては音階は長調と短調の2種類しかない。音階終止音としては12種考えられるが、その12種はすべて同じ性格である。長調1種である。

2)個人的な感覚、気質について

これについては、調性格の代表者マッテゾンが次のように述べている。
「調の性質について何か確実なものを定めようとすればするだけ、おそらく、意見の食い違いも表面化してくるように思われる。この問題をめぐる見解はほとんど数えきれないほどあるからである。その理由としてただ一つ考えられるのは、人間の体液の組成が一人一人非常に異なっていると言うことである。それゆえ、例えばある調を、多血質の人は楽しげで快活に感じ、一方、粘着質の人は、ものうく、嘆き、悄然としているように感じたとしてもまったく不思議はないのである」

例えばホ長調の調性格を比較してその意見の食い違いを確認しよう。

マッテゾン・・・絶望、死ぬほどの悲しみ
シューバルト・・・賑やかな歓声、満足感
フォーグラー・・・身を切るようにつらい
クラーマー・・・尊大さが目立ち癪に障る
シリング・・・燃えるような黄色、聖なる愛、率直さ
シュテファニー・・・火花を散らす、明るい、純金
ミース・・・耳をつんざくような、優雅な、愛らしい
ベック・・・精神的な温かさ

このようにホ長調という調の性格は8人8様で、何の共通性も感じられない。
例えば《平均律クラヴィーア曲集》にあるホ長調を比較するだけでも、全く共通性が無いことがわかる。

1巻9番ホ長調プレリュード=平安な牧歌的情緒
  ”      フーガ    =熱烈な青春の喜びが奔流となって躍動している
2巻9番ホ長調プレリュード=穏やかな淡い光、洗練された美しさ
  ”      フーガ    =パレストリーナ様式の厳かな宗教合唱曲風 

調性格を考える得る場合、調律法が不等分音律であることが前提となる。なぜなら不等分でないと微妙な響きの違いが出ないからである。12等分平均律の響きはどこをとっても均一である。多少なりとも響きの違いを得るためには不等分音律でなければならないのだ。

バッハの時代は不等分音律の一つであるミーントーンが主流だった。ミーントーンはハ長調、ト長調といった調号の少ない調は綺麗に響くが、変ニ長調、嬰へ長調といった調号の多い調は聞くに堪えない響きとなる。
そのため、バッハの時代には、♯♭3個ぐらいまでの調しか使えなかった。

そのような時代にあって、バッハは理論上24すべての調が聞くに堪える響きとなる独自の調律法を考案した。その独自の調律法でもって24の調を演奏した。24の調を網羅した《平均律クラヴィーア曲集》を演奏した。それは音楽史上画期的なことであった。♯♭3個までの調だけではなく、♯♭6,7個の調まで使える調律は、純正の綺麗な響きを少し不純に、聞くに堪えない響きを純正に近づけて、どの調も平均的な響きにならざるを得ない。つまり24すべての調が弾けるためには12等分平均律に限りなく近い調律法にならざるを得ないのである。
12等分平均律に非常に近いということは、調による性格の違いはほぼ無いということである。

よってバッハの《平均律クラヴィーア曲集》は不等分音律といえども、12等分平均律に非常に近いものであり、調による響きの違いは殆どないということである。

1)古典から学んだ既成概念、2)個人的な感覚、気質 の考察からいえることは、バッハの《平均律クラヴィーア曲集》は長調と短調2種の性格があるのみで、音階終止音が異なるだけである。調性格は2種類しかないと言うことが理解できるであろう。《平均律クラヴィーア曲集》に24種類の異なる調性格があると思うのは根拠のない固定観念に過ぎない。










マッテゾンが調性格を否定

マッテゾン(Mattheson 1681〜1764)は 『新管弦楽法』 の 「各調の性質とアフェクト表現上の作用について」 という項目のもとに調性格論を展開した。これは彼自信が認めるようにあくまで 「私論」 であり、各調がそれぞれ絶対的な性格を有するという見解にマッテゾンは懐疑的であった。

その証拠に、彼は 『完全なる楽長』 において 「調の性質については、何も絶対的なことを言うことはできない。なぜならば、どんな調もそれ自体では、その逆を作曲し得ないほど悲しかったり楽しかったりすることはできないからである」 と述べている。

マッテゾンの調性格論を見ると24の調のうち7つの調については記述がない。♯♭の多い7つの調である。これらは当時使われてなかったので触れられてないのだろう。このことから、マッテゾンの調性格論は、ミーントーン音律に近いと考えられる。

つまりマッテゾンはミーントーン音律においてすら、絶対的な調性格は存在しないと言っているのである。ましてや24の調のすべてが演奏可能な音律においては、調性格の存在のしようがない。

マッテゾンとバッハは同時代であり、教会旋法と近代長短調の移行期に2人は位置する。
マッテゾンが述べたのは近代長短調の調性格であるが、次にプリンツ(Prinz 1641〜1717) が述べた教会旋法の特有な性格をあげてみよう。

イオニア旋法・・・・・・・・陽気で活発
ドリア旋法・・・・・・・・・・・温和、敬虔
フリギア旋法・・・・・・・・非常に悲しい
リディア旋法・・・・・・・・過酷、不親切
ミクソリディア旋法・・・・陽気、いくらか穏健
エオリア旋法・・・・・・・・穏健、優しい、いくらか悲しい

教会旋法においては、例えばイオニア旋法とドリア旋法は音階が全く違う。だから調の性格も違う。教会旋法には6種類の音階が存在するからこそ、6種類の調性格が存在する。

近代長短調においては長調と短調の2種類の音階しか存在しない。だから2種類の調性格しかない。
ハ長調、ニ長調、変ホ長調などと言ってあたかも違う調ように思われがちだが、これらはすべて長調という同じ音階である。ただ音階開始音が違うのみである。

長調と短調という2つの音階が、音階開始音の違いだけで24種類もの調性格があると考えてはならない。
特に鍵盤楽器においてはこのことを銘記する必要がある。なぜなら鍵盤楽器は、異名同音だからである。長3度と減4度は、音楽理論上では明らかに異なる音程であるが、鍵盤上では同じ鍵盤だからである。鍵盤楽器においてはどんな達人でも、長3度と減4度などの異名同音を弾き分けることは不可能である。この点が弦楽器などとは違うところである。

バッハの代表作の一つ 《平均律クラヴィーア曲集》 を移調によってより解りやすく弾くことのできる 《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》 は、大きな音楽的成長をもたらすだろう。移調することに抵抗のある方は以下のことをもう一度考えてみて欲しい。

1、バッハ自身が移調して編集した曲も入っている《平均律クラヴィーア曲集》
2、同一調なのに全く性格の異なる曲が多い《平均律クラヴィーア曲集》
3、ウィーンのシュテファン大聖堂の楽長、ベートヴェンやチェルニーの教師であったアルブレヒツベルガーが   編集したウィーンの移調譜は《平均律クラヴィーア曲集》の中の遠隔調を移調して♯♭の少ない調にしたも   のである。
4、バッハの弟子たちの筆写譜に移調したものが見られる
5、その他、バッハは前に作った曲を他の曲に転用する際、頻繁に移調している
6、ピッチの変動を考えるとバッハの時代は現代より約半音低いので、《平均律クラヴィーア曲集》 の全24曲   を半音低い調に移調すべきであるが、元の調で演奏しているのは絶対音感的発想の矛盾である。





長3度と減4度は同じ鍵盤

「ドーミ」は「ドレミ」と全音が3つ分だから長3度という。

では「 ド」 の代わりに 「シ♯」を使って「シ♯ーミ」と書くとどうなるか?
ピアノには「シ」の ♯ たるべき黒鍵がないので「シ♯」は白鍵の「ド」になる.
「ド」と「シ♯」は 異名同音である。
従って「ドーミ」と「シ♯ーミ」はどちらも同じ音程だ。あくまで鍵盤上では。

実は「ドーミ」と「シ♯ーミ」は、鍵盤上では同じ音程であっても、音楽理論上では異なるのだ。
「ドーミ」は長3度、「シ♯ーミ」は減4度である。長3度と減4度は鍵盤上では同じ鍵盤を弾くしかない。
しかし音楽理論上では異なる音程であるし、声楽やヴァイオリンなどは「ドーミ」と「シ♯ーミ」を異なる音程でもって弾き分けることができるのだ。

音楽理論上では、長3度は協和音程、減4度は不協和音程である。同じ音程なのに、一方は協和、他方は不協和。
このような音楽理論と鍵盤上の音の矛盾が存在する。

ここで「シ♯ーミ」の減4度を含むフーガを探してみると 《平均律クラヴィーア曲集》の第1巻4番、ハ短調フーガのテーマが思い浮かぶ。
減4度音程 「シ♯ーミ」を含むテーマは重苦しく、十字架を背負って喘ぎながら歩く姿などと考えられがちである。
しかし鍵盤楽器で弾くと、重苦しいはずの減4度が、同時に明るい長3度でもあるのだ。かくのごとき大きな矛盾が鍵盤楽器には存在する。

バッハが独自の調律法でもって 《平均律クラヴィーア曲集》を演奏したとき、このテーマの減
4度をどのような音程で演奏したのか興味深い。
因みに主要な音律における鍵盤楽器の長3度=減4度のセント値を以下に示す。

中全音律・・・386セント(純正)
キルンベルガー機ΑΑΑ386セント(純正)
ヴェルクマイスター掘ΑΑ390セント
12等分平均律・・・・400セント
ピュタゴラス・・・・408セント

バッハの独自の音程はどの音律に近いのだろうか。バッハの音程が純正に近くても遠くても「ドーミ」と「シ♯ーミ」が同じ鍵盤である以上、同じ音程であることにかわりはない。

鍵盤楽器の同じ音程をして、長3度は明るい、減4度は重苦しいなどと区別するのは甚だ滑稽である。
今日のピアノが12等分平均律だから滑稽なのではない。
不等分音律の場合においても、長3度と減4度の音程は同じである。不等分音律においても長3度と減4度の違いを右顧左眄することは滑稽である。同じ鍵盤を弾くからである。
声楽やヴァイオリンならば、長3度と減4度を区別することができるが、鍵盤楽器は調律法の如何にかかわらず、区別することは不可能である。



バッハの原体験

私は子供の頃、父とよくピアノ連弾をして遊んでいた。正確にいえばピアノソロ曲を2人で弾いて遊んでいたというべきだろう。本来一人のピアニストが弾くべきピアノ曲を2人で弾いていたのである。ピアノの楽譜は2段楽譜なので、父は上段を、私は下段という具合に分担して弾くという方法である。2人合わせれば立派な曲になるのだった。この方法なら結構難しい曲もラクに弾けた。
ブルグミュラー、ソナチネ、ソナタ、インヴェンション、シンフォニアなどのピアノレッスン用の曲や、いろいろな作曲家のピアノピースなどを父との分担奏で楽しんだ。時間の経つのも忘れて興じていたが、中でも特にバッハのフーガは楽しかった。

父は技術開発の研究者で、楽譜は読めたが、ピアノはほとんど独学だった。父は大学と大学院で学生オーケストラに所属しクラリネットを吹いていた。当時、学生オーケストラの指揮者はあの朝比奈隆である。朝比奈隆は京大の学生オーケストラからプロになった異色の指揮者で、大阪フィルハーモニーを設立し、大阪音楽大学で教鞭をとり、ブルックナーの指揮者として世界中に名を馳せた。92歳まで現役の指揮者として活躍し、音楽界では初めての文化勲章受賞者になった。父は朝比奈隆の後輩にあたり、毎年のOB演奏会には喜々として出かけていた。また父は、仕事で海外に行くことが多かったので、町々のオーケストラを聴いて回り、その様子を家で話してくれたものである。

このように音楽好きの父との連弾で最も楽しかったのはバッハのフーガであった。子供だった私には、なぜバッハにそれほど心を奪われるのか、その理由はわからなかった。音楽理論も何も知らない子供と、音楽家ではない父とのたわいもない連弾であったにもかかわらず、バッハのフーガは格別の響きがして恍惚となるのだった。バッハのフーガだけは、曲の終わりまで弾いてくるとまた曲の頭から繰り返したくなるのである。それは本能的な要求だった。バッハの音響にいつまでも浸っていたいような、法悦、至福といった感覚だった。バッハだけは何度繰り返しても飽きるどころか、何度でも永遠に繰り返したくなるのであった。

シュヴァイツァーの言葉に「バッハのフーガを練習したことのある子供は、その際どんなに機械的に行われたにせよ、声部進行を目のあたりに学び取るのであり、この直感はもう2度と消し去られることはないであろう。そのような子供はどんな曲にも同様な音響の線による尊厳な動きを本能的に求めるようになり、その欠如を貧しさと感ずるであろう」というのがある。
子供のの頃、私はまさにこのシュヴァイツァーの言葉と全く同じことを感じていたのだ。
この直感が、私の原体験である。私はこの厳かで高貴なハーモニーがどこから来るのか、バッハが語り書けてくるものを虚心に受け止めたいと思った。それがバッハ研究の原動力になっている。








バッハ定例会
第1日曜日 15:00 PM
第2金曜日 10:00 AM
第4土曜日 10:00 AM

富田庸講演会&公開レッスン
講演会:2017年9月9日 午後2時
公開レッスン:9月10日午前10時
場所:山口大学
大学会館1階大ホール
お問い合わせはこちら

<プロフィール>
鍵盤楽器の
新しい記譜法
「イコール式」を提唱

子供の頃、父と一緒に、バッハのフーガをピアノ分担奏で弾くことによって、声部進行を直感的に学び取った。爾来バッハの鍵盤作品の
とりこになった。

延べ400人の生徒のレッスンを通して、バッハのフーガを弾くことが音楽力を向上させる最も有効な手段であることを再認識した。
移調によって難易度を下げることで、ピアノの初心者も《平均律クラヴィーア曲集》に親しむことができる。

イコール式とは「鍵盤楽器においてどの調も皆同じ」という意味です。
なぜなら12等分平均律の鍵盤楽器における調性とは、ただ高さのみによって識別される2つの旋法、すなわち長調と短調の性格だけに限られるからです。
12等分平均律は勿論のこと、不等分音律を前提に論じたマッテゾンでさえも調性格の恣意性を指摘しています。
異名同音、ピッチの変動、バッハの手による移調の試みなどを考慮すれば、《バッハ平均律クラヴィーア曲集》の元調にこだわる必要は無くなります。簡単な調に移調して、まず親しむ方が大切なことです。
やわらかなバッハの会は既成概念にとらわれず、自分自身の判断で音楽の本質を探究するところです。
橋本絹代 著  『やわらかなバッハ』 春秋社
橋本絹代 編著 《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》


世界唯一! 平均律クラヴィーア曲集の移調
音楽の構造が良く解る










Amazon


<イコール式の意味>
*12等分平均律の鍵盤楽器においてはどの調も同じ(イコール)です *フーガの各声部は主従関係ではなく対等(イコール)です *12等分平均律の調律法はイコール・テンペラメントと言います *音名と階名が同じ(イコール)読み方です
Archives
記事検索

イコール式チラシ
  • ライブドアブログ