やわらかなバッハの会

先入観念にとらわれることなく、バッハの音楽に親しむ会です。
イコール式音楽研究所

移動ド読みは機能読み

「ドレミファソラシ」という名前(シラブル)にはそれぞれ固有の機能がある。「ド」は大黒柱の主音であり、残り6個のシラブルは「ド」に中心帰一する。「シ」はそのすぐ上にある半音を前もって感じさせる役割がある。これを導音と呼び「シ」は自分のすぐ上にある半音を主音として通告する役割を持つ。一方、「ソ」は完全4度上の音を主音として通告する役割を持つなど、シラブル固有の機能がある。

ハ長調の音階各音を7人家族に例えると、ド=お父さん、ソ=お母さん、ファ=長男  レ=おじいさん、ラ=おばあさん・・・・というように、個々の家族の苗字や名前は知らねど、「ド」と言えばお父さんだとわかる。どの家も、つまりどの調も、「ド」はお父さんだ。常にお父さんの役割は「ド」と呼ばれる。これが「移動ド読み」である。例えばト長調の場合は「ド」が5度高くなるので鍵盤名の「ソ」に移動する。音高や鍵盤名がどうであれ、お父さんを「ド」と読み、主音だとわかるのである。「ド」と読む音高や鍵盤名が色々な位置に移動するので「移動ド読み」というわけである。

対する「固定ド読み」は、「ド」と読む音高や鍵盤名が移動しない。「ド」と読む音高や鍵盤が固定しているから「固定ド読み」という。7人家族に例えるなら、「ド」と読みながら、その役割はお父さんだったり、お母さんだったり、調によって様々に変化する。従ってお父さんのシラブルが何かさっぱりわからない。お父さんなのに「レ」や「ソ」などと読むことになる。「固定ド読み」は、音高や鍵盤名読みであり、シラブルのもつ機能は反映されない。

一般的に、自分で音程を作るヴァイオリンや声楽は「移動ド読み」、鍵盤楽器のように押すだけで音程が作れる場合は「固定ド読み」が用いられ易いようである。
或いは単旋律は「移動ド読み」、同時に沢山の音符を奏する場合は「固定ド読み」が用いられると言ってもよいだろう。
しかし調性音楽は「移動ド読み」で理解されるべきであり、これを「固定ド読み」で演奏するのは作曲家の方法に外れるのである。無調の音楽ならば許されるというものだ。

我々は「移動ド読み」と「固定ド読み」の双方に「ドレミファソラシ」というシラブルを用いているが、「移動ド読み」では音階の機能を示し、「固定ド読み」では音高や鍵盤名を示す。意味内容の違うものを同じシラブルで読むという矛盾が生じている。例えるなら「「高い」という言葉を使っても「高い山」 か 「確率が高い」 か わからないようなものである 。「ドレミファソラシ」の混用は発案者のグィードも驚き開いた口がふさがらないというところだろう。グィードが発案した「ドレミファソラシ」は音高と無関係であり、「移動ド読み」だったからである。現在の「ドレミファソラシ」が音高や鍵盤名を示すということなどグィードは想像だにしなかっただろう。










音には過去・現在・未来がある

音楽を演奏するということはメロディーの一つの音から、次の音を思い浮かべ、思い浮かべた音を現実に発音し、直後に過去のものになるということの連続であります。次の音を思い浮かべるのは内的聴覚の働きです。音楽家にとって内的聴覚は生命線ともいえるべきもです。
内的聴覚の想像する未来が必ず現実化していくということが即ち音楽の演奏ということになります。想像する未来が必ず実現するという宇宙の法則は、音楽の演奏にも当てはまります。内的聴覚によって想像された未来の音が、正しければ美しい演奏となり、狂っていれば下手な演奏となります。内的聴覚の想像が極端な場合は「音痴」ということになります。

しかし、ここに一つだけ音楽の演奏についての例外をあげなくてはなりません。それは鍵盤楽器の演奏です。鍵盤楽器は内的聴覚で想像する未来の音が現実化しないのです。それは鍵盤楽器の名人をもってしても不可能なことです。だから鍵盤楽器は宇宙の法則に反しているといえるでしょう。鍵盤楽器において、現実化する音とは、あらかじめ調律師の定めた音です。ここで問題にしている「音」とは、音階の音程という意味です。音色やタッチではありません。この音程は演奏者が内的聴覚で想像する音ではありません。内的聴覚で正しい音を想像しようが、狂った音を想像しようが、全く無関係に、一定の音が出ます。鍵盤楽器においては優れた音楽家も「音痴」と言われる人も同様の結果を得ます。鍵盤楽器の演奏に関しては「音程の良い人、悪い人」という表現は当てはまらないのです。鍵盤楽器の音程に関して内的聴覚は作用しないのです。

このような鍵盤楽器特有の事情から、ピアニストは内的聴覚で未来の音を想像しない習慣がつき、往々にして指だけが鍵盤の上をバタつかせるタイピストになってしまいます。正しい音程を取れない人でもピアノは難無く弾けてしまうが、正しい音程の取れない人がヴァイオリンを弾くとどうなるか想像してみてください。あるいは歌を歌ったらどうなるか想像してみてください。
ヴァイオリンや声楽は正しい音程を取ることが最重要課題ですが、ピアノはその技術を必要としません。

ハンガリーの作曲家にして音楽教育者として有名なコダーイ(1882〜1976)は「内的聴覚が未発達なピアニストは、指だけで弾いているのであって、頭と心では弾いていないのです。彼らは音楽家ではなく、タイピストです。音楽大学はポンポンとピアノを鳴り響かせるだけの高貴なお嬢さんを入学させることを目指すわけにいきません。そんなお嬢さんたちは、以前は《乙女の祈り》を弾き、今日ならバルトークの《アレグロ・バルバロ》を弾くことでしょうが、それが音楽とは全く関係のない人達であることは昔も今も変わりはないのです。卒業証書の名目上の価値と、実際の価値とのギャップは、ますます大きくなっていきました。音大が卒業証書を出すことによって、それを受けとった人の能力を、はるかに超えた力量を証明したからです」と述べました。

コダーイの言葉は、特にピアノ科出身の人には耳の痛い言葉となっています。
音には過去・現在・未来があります。内的聴覚によって、過去の音から未来の音を想像し、想像した音を現在において発音し、直後にその音は過去のものとなるという一連の作業が音楽を演奏するということ、です。音楽の演奏とは想像した未来を現実化する作業に他なりません。想像できない音は現実化することもできません。この想像力が、宇宙の大生命の法則であり、それはあなたの中にあるのです。

バッハ礼讃音楽会

第3回バッハ礼讃(らいさん)音楽会を7月31日に開催しました。バッハの命日7月28日を記念して、毎年この時期に開催しています。バッハ礼讃音楽会は「バッハが礼讃したものを礼讃する音楽会」という意味です。けっしてバッハという人間を礼讃するものではありません。その理由を述べましょう。
コンサートにおいては、とかく指揮者や演奏家が讃えられがちですが、その音楽は彼らが作ったものではありません。バッハの時代と違って、現在のコンサートは過去の作曲家のもの、他人の作品を演奏することが多いものです。それならばコンサートにおいて讃えられるべきは演奏家ではなく作曲家なのでしょうか。否、それも違います。本来、音楽というものは音を通じて宇宙の波動、宇宙の法則のような 「或る聖なるもの」 を讃えているのではないでしょうか。それこそがバッハの礼讃したものであり、バッハの作曲姿勢でした。バッハが礼讃したものが「バッハ礼讃音楽会」の目的とするものです。

バッハのみならず、名を成した偉人たちは、それぞれの分野において、名もなく形も無く言葉で言い表せない「或る聖なるもの」に目覚め、それを讃えました。「皮相な見解」である儀礼的、経典的、学説的なものを除去した「或る聖なるもの」 を礼讃しました。
バッハは自己に執着する芸術家のような自己表現には一切の関心を持ちませんでした。バッハは自我を捨て、ごく当たり前の生活の中で淡々と音楽を生産しました。今日に言うところの芸術家とはかけ離れており、むしろ技術者と言えるでしょう。バッハの音楽は宗教宗派を超越した宇宙の法則のようなものであり、バッハは楽譜の最後に「ただ神の栄光のために」と度々書いています。キリスト教ルター派として一生を終えたバッハですから 「ある聖なるもの」 「宇宙の法則」 といったものを 「神」 という言葉で表現しましたが、彼の真意はキリスト教の「神」に限定されず、あらゆる宗派に通底するとろの 「或る聖なるもの」 と考えられます。それこそが宗教宗派を超えてバッハの音楽に心から感動を覚える所以でしょう。

音楽会場は築100年の洋館、旧県会議事堂です。重厚感あふれる建物の中に優雅なバッハの音楽が鳴り響きました。30余名の奏者の熱演は、観客と一体となって、言葉に現せない或る聖なるものを感じとることができたように思います。

プログラム第1部は 《平均律クラヴィーア曲集第1巻》 の1番から12番までを順に演奏。
楽器は電子ピアノのソロあり、デュオあり。音色はオルガン、ハープシコード、ピアノなど曲によって様々です。中には、ヴァイオリンと電子ピアノで演奏した曲もありました。

プログラム第2部は、演奏形態自由、編曲自由のバッハ尽しです。

ヴォーカルとしては《インヴェンション》 8番 を男性2人が「ダバダバ」で合唱、
《マタイ受難曲》より アリア 「憐れんでください、神よ、私の涙ゆえに」 の カウンターテナー独唱、
《カンタータ186番》より「ああ、魂よ、憤ることなかれ」のソプラノ、アルト二重唱、
《無伴奏チェロ組曲1番》より「ジーグ」をバスのアカペラ独唱、
《クリスマスオラトリオ》より「主よ、勝ち誇れる敵どもの息まくとき」のテナー独唱など。

鍵盤楽器では《2つのヴァイオリンのための協奏曲》より第2楽章、
《チェンバロ協奏曲 5番》よりラルゴ、
《オルガン小曲集より》より「われ汝に呼ばわる」
《フランス組曲 6番》よりメヌエット など

その他にリュート独奏で《リュート組曲 BWV 996》より、アルマンド、ブーレ、
ダルシマーで「グノーのアヴェマリア」
鼓とのコラボで《無伴奏チェロ組曲 1番》よりプレリュード、
ジェンベとのコラボで《トッカータとフーガ ニ短調》、
ギターとコントラバスで《ゴルトベルク変奏曲》よりアリア、
ギターとのコラボで《トッカータとフーガ ニ短調》など。

最後は全員で《主よ人の望みの喜びよ》を演奏しました。続いて《G線上のアリア》でお客さまをお見送りしました。
長時間のコンサートでしたが、皆さんから「楽しかった」との感想をいただきました。
翌日の新聞には写真入りの大きな記事が載っていました。
高度な演奏を追及するアカデミックなバッハは演奏者を讃えることになりがちです。「バッハ礼讃音楽会」は演奏者ではなく、バッハが讃えた或る聖なるものを讃えます。誰でも自由にバッハ体験のできる「やわらかなバッハの会」が主体となって行っているこの音楽会は毎回大好評をいただいています。これからも暖かい目で見守っていただければ幸いです。




ベートーヴェンの調感覚

ベートーヴェンは最初ネーフェのもとで作曲の基礎を学ぶが、やがてウィーンに出て本格的な作曲の勉強に励む。作曲の師はシュテファン大聖堂オルガニストの地位にあって、ウィーンで最も有名な教師、アルブレヒツベルガーである。アルブレヒツベルガーがベートヴェンを指導する際に使用したのはキルンベルガー著「純正作曲の技法」だった。これはバッハの弟子のキルベルガーが、バッハの作曲法を著したものである。作曲に関する理論書を全く書かなかったバッハの作曲法を知る上で最も重要な理論書である。当時、理論書はいくつもあり、本人が書いた理論書も多数あったにもかかわらず、師のアルブレヒツベルガーによって、バッハの理論体系が選ばれたことは重要である。。その理論書の第1部第1章は「音階と音階の調整について」から書かれており、音律は作曲の一部であり最も重要なものであることが強調されている。

ウィーンではそのころから「12等分平均律クラヴィーア曲集」について議論されていたものの、鍵盤楽器においてはまだ一般的ではなかった。当時はキルンベルガー音律が一般的であって、それがウィーン古典派にとってのまさに”今日の音律”であった。当然ベートーヴェンもキルンベルガー音律を前提として多数のピアノ作品を書いた。音律ばかりか、作曲理論もキルンベルガーに負うところが大きい。

ベートーヴェン自身の言葉にもあるように、彼は音律にはことさら敏感で合っただけに調選択には極めて厳格だった。
彼は言う「緊張長3度を持つホ長調から祝典的な表現に適したニ長調、ト長調への移調は出来ない」。これはキルンベルガー音律で作曲したベートーヴェンだから言えることで、12等分平均律で作曲していたら、緊張長3度も、祝典的もない。なぜなら、どの調の長3度も皆等しいからである。

もう少し詳しく説明すると、キルンベルガー音律におけるホ長調の長3度 「E-Gis」は406セントと極端に広い。等分平均律の長3度は400セント、純正の長3度は386セントである。比較するとキルンベルガー音律は非常に緊張した長3度であることがわかる。一方キルンベルガー音律における、ニ長調 「D-Fis」 や ト長調「G-H」 は386セン、つまり純正である。
キルンベルガー音律において、ホ長調からニ長調やト長調に移調するということは、長3度が406ー386=20セントも違ってくるということだ。だからベートーヴェンは「ホ長調からニ長調やト長調への移調はできない」と言ったのである。この言葉はベートーヴェンの作曲がキルンベルガー音律を前提としていることの証拠でもある。

今私たちは、ベートーヴェンのピアノソナタを12等分平均律で弾いている。ホ長調の長3度を平均律の400セントで弾いている。キルンベルガー音律以外の音律でベートーヴェンのピアノ作品を弾くと、音体系つまり精神が変わってしまう。だからベートーヴェンのピアノ作品は音律の違いによって窒息してしまっている。現在ほとんどのピアノ奏者が演奏しているベートーヴェンは作曲者が意図した音響とはかなり違っていると思われる。

修道院の歌

古来より修道院では毎日グレゴリオ聖歌を歌ってきました。グレゴリオ聖歌は単旋律、無伴奏の歌です。或る時、修道院でグレゴリオ聖歌を歌うことを禁じたところ、修道士たちがみるみる元気を無くし、体調を崩す者が続出しました。再び歌うことが許されると、修道士たちは直ぐに元気になり、グレゴリオ聖歌とともに生活のリズムを取り戻すことができたということです。音楽は見えざる栄養素となって、人間の心と体に多大な影響を及ぼす一例といえるでしょう。
また音楽は人間だけでなく、植物やすべての物にも影響を及ぼします。次に音楽と植物の成長速度を調べた興味深い実験結果をご紹介しましょう。

3つの部屋を作り、そこに植物を置き次の3つの音楽を聴かせたのです。

1、ロックンロールのような騒がしい音楽の部屋
2、何の音もない部屋
3、神をたたえる音楽の部屋

植物の成長速度を比較してみました。結果は…

1,ロックンロールの部屋で育った植物は、約36cm.、根は弱く、茎はスピーカーと反対の方向に曲がっていました。
2.何の音もない部屋で育った植物は、40cm.。そして根は長く、毛も多く、茎も太く育ちました。
3、神をたたえる音楽が流れる部屋で育った植物は、なんと51cm。
根や茎は非常に丈夫に育ち、植物はスピーカーに向かい更に音楽を聴こうと、その方向に茎を傾けていたのです。

代表的なロックのスターたち115人の死亡原因を調べてみると、彼らの大部分は、20代、30代の若さで麻薬中毒、アルコール中毒、自殺等で死んでいたことがわかりました。
このように、私たちがよく聞いたり、歌ったりする歌は、私たちの人生に深いところで影響をもたらします。
感謝と賛美の音楽は私たちを健康にし、世俗的な歌はその人を病にし、滅ぼしてしまうのです。


感謝と賛美の歌が元気の元であった修道士たちは古来よりピュタゴラス音階で歌っています。ピュタゴラス音階の音程比が天体の運動と連動しており人体に影響を与えると考えられてきたからです。勿論無伴奏です。もしグレゴリオ聖歌を、12等分平均律のピアノ伴奏に合わせて、12等分平均律の音階で歌ったらどうなるでしょうか。
12等分平均律はどの音程も等しく非純正で、中立的、画一的で無彩色な音律ですから、その歌は当然不純になります。ハウプトマン(1792-1868)は12等分平均律について次のように述べました。
「諸音はもはやそれ自体で変化する力があったり、力の遊びの中で生き生きとているものではなく、12音に固定されて死んだ像として存在する」と述べました。

ピュタゴラス音階で歌うとメロディーが長3度跳躍する場合、その幅は408セントで、12等分平均律より相当広くなります。12等分平均律の長3度は400セント、純正の長3度は386セントですから、ピュタゴラス音階は12等分平均律よりももっと幅が広いです。長3度でハモると最も美しいのは純正の386セント、最も極端な響きになるのがピュタゴラス音階の408ということになります。しかしグレゴリオ聖歌は単旋律であり、長3度でハモることは皆無ですから、ピュタゴラス音階の単旋律は非常に美しく響くのです。

現代のピアノ調律

今日のピアノは1オクターヴを12に等分した平均律という調律法で調律します。12等分平均律の理論は古くからありましたが、実用化され、一般的になったのは1850年頃のことです。1850年といえば、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、メンデルスゾーンは既に昇天しており、短命のショパンも1849年に亡くなりました。1850年に活躍していた作曲家といえば ベルリオーズ、シューマン、リスト、ヴァーグナー、、ブラームスたちであり、ドビュッシーは活躍どころか生まれてもいません。

1850年という年をピアノの12等分平均律への転換点とすると、バッハの 《平均律クラヴィーア曲集》 も ベートーヴェンの 《ピアノソナタ》 も 12等分平均律ピアノを前提に作曲されたものではないことが分かります。バッハが演奏した鍵盤楽器は独自の調律を自分の手で行ったもので、その音律は不等分でした。ベートーヴェンはバッハの弟子であったキルンベルガーが考案したキルンベルガー音律を好みました。この音律も不等分です。ベートーヴェンは調ごとの微妙な変化のある不等分音律で、深い味わいを作曲に反映しました。

ベートーヴェンは、12等分平均律を嫌って次のような言葉を残しました。

「指の滑らかな動きによって、こうした人々からは知性と感性が流れ去ってしまってしまうのである。しかし、12等分平均律の音程の単純さは、時折、肉体的な限界まで能力を競うテンポの決定に重大な影響を及ぼしたに違いない」
ベートーヴェンの言葉の意味を要約すると、「もし、ピアノソナタ、キルンベルガー音律で弾くならば、ハーモニーの微妙な変化をゆっくりと味わいながら、知性と感性を研ぎ澄ますことが可能である。ところが、どの調の「ドミソ」も皆同じの単調な12等分平均律では、調ごとのハーモニーの変化を味わうことができない。12等分平均律においては何調も皆同じである。だからピアニストはハーモニーよりも、鍵盤上を素早く華麗に走り回ることに専念するようになる。ピアノ演奏は肉体的な限界までテンポの速さを競うスポーツになり果てる。そしてこうした人々からは知性と感性が流れ去ってしまう」ということです。

12等分平均律の実用化に貢献したのはエリス(1814-90)ですが、最初に平均律を算定したのは中国の「何承天」と言われています。続いて中国の朱載育が1596年に、フランスのメルセンヌが1636年に12平均律の理論を確立しました。メルセンヌより少し遅れて日本の和算家、中根元圭も1692年に「律原発揮」を著し平均律の算出法を紹介しました。しかし、まだどれも理論だけにとどまり、鍵盤楽器を12平均律で調律することはできませんでした。ただし、ギター、リュートなどのフレット楽器は12等分平均律の実用化が早くから行われていました。

12等分平均律の鍵盤楽器への実用化は、ヘルムホルツ(1821-94)が音の周波数を示し、エリス(1814-90)がセント値の定義と計算法を確立するに至って可能となりました。1850年ごろから起こったピアノの大量生産に伴って12等分平均律のピアノはあっと言う間に世界中を席巻し、今日に至ります。今日では調律といえば12平均律です。ピアノの調律師が仕事を始める前に「どの音律にしますか」などと尋ねられることはありません。もし尋ねられるとすればそれは「440 か 441か」などと言う標準ピッチだけです。現代の調律はすべて12平均律と決まっており、誰も疑わないのです。
現代の12等分平均律のピアノで弾くバッハやベートーヴェンと、昔の人々が耳にしたバッハやベートーヴェンとは全く別物だということを認識したいものです。

長3度の問題

長3度 (ドーミ、レーファ♯、ミーソ♯・・・・・等)は平均律では400セントの幅である。ところが、調律法を変えると幅が違ってくる。以下に様々な長3度を示す。

中全音律・・・386セント(純正)
キルンベルガー機ΑΑΑ386セント(純正)
ヴェルクマイスター掘ΑΑ390セント
12等分平均律・・・・400セント
ピュタゴラス・・・・408セント

最も綺麗にハモるのは純正の386セントである。その他はみな不順な音程である。現在世界の標準となっている12等分平均律も400セントと純正より音程幅が広く不純である。われわれの耳は不純な長3度に慣らされてしまったのか、自然な音感が麻痺してしまったのか、12等分平均律を平気で聞いているようだ。

しかし耳の良い音楽家たちは平均律の長3度を聞いて次のような言葉を述べた
「平均律の3度はあまりに耳障りである。これは杓子定規の音律に由来する」(ゾルゲ)
「平均律は非音楽的な人の耳をも汚すような3度の叫び」(ツァング)
「平均律の三和音のひどい響きは事実上きたない平均律3度のせいである」(ヘルムホルツ)

長3度、例えば「ドーミ」 は 「シ♯ーミ」 と記譜することもできる。この場合「ドーミ」は長3度、「シ♯ーミ」は減4度である。音楽理論上は異なる音程なのに、鍵盤上では同じになってしまう。同じ鍵盤を弾くのに、一方は協和音、他方は不協和音という矛盾。
鍵盤楽器以外(例えばヴァイオリン)なら、長3度と減4度を弾き分けることができるが、鍵盤楽器はどんな名手でも音程に関してはお手上げ状態である。鍵盤楽器奏者は自ら音程を作れない。ピアノ調律の時に作ってもらった音程を演奏するしかない。他の楽器のように、自分で音程の微調整をしながら演奏することはできない。

 《平均律クラヴィーア曲集》の第1巻4番、ハ短調フーガのテーマに減4度音程 「シ♯ーミ」がある。このテーマは重苦しく、十字架を背負って喘ぎながら歩く姿を減4度音程で示しているといわれる。しかし重苦しいはずの減4度=不協和音程は、楽譜の上だけのことであって、鍵盤上では、明るい長3度でもあるのだ。かくのごとき大きな矛盾が鍵盤楽器には存在する。鍵盤楽器は減4度、長3度どちらも妥協の音程である。どちらも不純な音程で、正しい長3度でもなく、減4度でもない。そして鍵盤上では同じ鍵盤、同じ音程である。

鍵盤楽器の同じ鍵盤を弾いて、長3度は明るい、減4度は重苦しいなどと区別するのは甚だ滑稽であることがわかる。
鍵盤楽器は長3度と減4度を弾き分けられず、両方とも同じ音程になってしまう。
このこと1つだけでも、鍵盤楽器に調性格のないことが理解できるだろう。

バッハ生誕祝い8時間演奏

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バッハの誕生日3月21日の9時から17時までの8時間、誕生を祝ってバッハの音楽を道行く人々に届けました。
場所は新幹線「新山口駅」の自由通路。垂直に植えられた自然の緑の壁が美しい駅通路で、電子ピアノ、リュート、ギター、二胡、クラリネット、ピアニカ、ヴォーカルによる、オールバッハプログラム。曲目は、《平均律クラヴィーア曲集》《G線上のアリア》《トッカータとフーガ ニ短調》《フーガ ト短調》《チェロ組曲》《目覚めよとわれらに呼ばわる物見らの声》《フーガの技法より》《われはここ飼葉桶のかたえに立ち》《リュート組曲》《チェンバロ協奏曲5番より》《われらが神は堅き砦》《インヴェンション》・・・・etc.・・・最後は演奏者全員で《主よ人の望みの喜びよ》を歌いました。

演奏者はピアノ教師、デモンストレーター、大学教授、医師、画家、牧師、ピアノ調律師、公務員、会社社長、主婦など、「やわらかなバッハの会」のメンバーが中心。

今回の企画は数年前、ニューヨークの地下鉄で始まった「バッハ・イン・ザ・サブウェイ」を山口県で初めて試みたものです。「バッハ・イン・ザ・サブウェイ」は一人のチェリストが、バッハの誕生を祝って、クラシック音楽を次世代に繋ぐために、一日中バッハの音楽を奏でたことから、世界中に広がったイベントです。世界の150都市以上、国内では10都市ほどがイベントに参加しました。

新山口駅の通路で、「やわらかなバッハの会」のメンバーや、応援のスタッフや聴衆が見守る中、ソロやアンサンブルでバッハの演奏が繰り広げられました。時ならぬ珍しい状況の通路は、急ぎ足の乗り換え客、足を留めてしばし耳を傾ける通行人、ベンチに腰掛けてゆっくりとバッハに浸る新幹線待ちの旅行者などで賑わいました。自然の緑の壁と、太陽の光、風が一体となって駅の通路は、やわらかな癒しの空間となりました。

新聞記者たちもいろいろ質問をしたり、演奏者の写真を撮ったりして、記事を書いてくれました。
読売新聞、中国新聞、山口新聞の3誌に写真入りで掲載されました。

通行人へのインタビューは「生で音楽を聴く機会が少ないのですごくいい。バッハの音楽が心にしみた」
「バッハの音楽はオルガンで演奏するイメージがあるけど、ピアノの音色で聞くと、違った柔らかい印象ですね」
と紙面に掲載されました。

また演奏者の一人は「私のような素人でもバッハを楽しんでいる。その雰囲気が伝われば」と話したと紙面にありました。

主催者への取材はかなり長かったのですが、要約されて次のように書かれていました。

「バッハの音楽は難しいと思われているが、工夫すれば誰でも楽しめる。美しい旋律を多くの人に届けられたら。今後も同様の催しを開いていく」(読売新聞)

「バッハの音楽は個人の感情を超えた世界を表現していて心が落ち着く。一方で演奏が難しく、とっつきにくいと思われがちなため、ソプラノやバスなどパートごとにピアノの楽譜を分け、複数で演奏する方法を日頃から実践しているという」(中国新聞)

「青空や緑が広がる場所なのでバッハの音楽とマッチし、癒しの空間になった」(山口新聞)

今回はバッハの音楽や 「バッハ・イン・ザ・サブウェイ」 を多数の方に知っていただく良い機会になりましたことを感謝申し上げます。
演奏者にとっては8時間が短く感じられるほど楽しい一日となりました。
ご協力いただいた演奏者、スタッフ、聴衆の皆様に心より御礼申し上げます。

バッハのテンポ

バッハ平均律クラヴィーア曲集のテンポはアーティストによってかなり違っている。
例として平均律クラヴィーア曲集第1巻24番プレリュード、歩き続けるバスの上を2つの声部が対位法的に進行する夢のような美しいトリオソナタ。

速いテンポはグスタフ・レオンハルト(1928-2012)である。彼はオランダに生まれ、ウィーンやアムステルダムで活躍したチェンバロ奏者で、ピリオド楽器による古楽演奏の先駆けを作った。彼はこの曲を ♩=100  で演奏している。

遅いテンポはフリードリッヒ・グルダ(1930-2000)である。彼はウィーン生まれのピアニスト、広いレパートリーに加えて、ジャズにも興味を示すなど、新しい音楽の可能性を探る挑戦者だった。彼は♩=48 で演奏している。前述のレオンハルトと比べると、ほぼ2倍の遅さである。2人とも同世代の音楽家であるが、これほどまでにテンポは違う。

《平均律クラヴィーア曲集》といえば必ず名盤として名が上がるのは、 エドゥイン・フィッシャー(1886-1960)である。彼はスイスに生まれたピアニストで、少し古い時代に活躍した。テンポ は♩=66 とややグルダに近いが中庸のテンポである。

同じく名盤として名高い スヴャトスラフ・リヒテル(1915-79) はソビエト連邦のピアニストで、レオンハルト、グルダとほぼ同世代である。彼も ♩=52 でかなりゆっくり弾く。グルダに近い。

独特の解釈で人気の グレングールド(1932-82) はカナダのピアニストで奇異な行動で知られる。彼は ♩=88 でやや速めだが、レオンハルトの速さにはかなわない。

上記の5人を遅いテンポから順に並べてみると、グルダ・・・リヒテル・・・フィッシャー・・・グールド・・・レオンハルト となる。いったいどのテンポが正しいと言えるのだろうか?

古楽の第一人者アーノンクール(1929〜)はバッハの演奏について次のように述べている。「もはやすべてを定められたものとして受け入れることはない。不遜や誤解にみちた伝統によって築かれた解釈の不確実性は、関心を抱くものの探求によって揺らいでいる」

バッハの解釈は変遷し続けてきたし、これからも変遷するだろう。しかしバッハの音楽はどのように演奏しようとも、音楽の生命を損なうことがない。様々な演奏法で、様々な素晴らしさを発揮する。どのように演奏してもバッハになるところが、他の作曲家と違う。バッハは変幻自在の音楽といえるだろう。

調性格は長調短調の2種類だけ

全調が弾ける12等分平均律が世界の標準になって、せいぜい150年ほどである。昔は不等分音律だった。一口に不等分音律といっても全調が弾ける不等分と、限られた調しか弾けない不等分がある。

全調が弾けるということは、極端な響きになる調がないということである。どの調も同じように支障なく弾けるということは、どの調もほとんど等しいということであり、不等分音律といっても12等分平均律に限りなく近いということである。12等分平均律における調とは音高が異なるだけである。12種の長調は名こそ違えど、音階構造はどれも全く同じで、調性格はすべて「長調は明るい」といえるだけだ。同様に12種の短調もすべて「短調は淋しい」」といえるだけだ。つまり12等分平均律の調性格は長調と短調の2種類しかない。ハ長調、ニ長調、イ長調など名前はいろいろあるが、調性格までいろいろあるのではない。ある長調を他の長調に移調するということは、移高という方が適格である。

「確かに12等分平均律においては調性格は2種類だけだ」 と理解はできるが、しかし 「芸術家のイマジネーションの中には、しっかりと調性格が存在している」と感じる人も多いのではないだろうか。

そこで、不等分音律の時代に盛んに論じられた調性格について少し調べてみよう。不等分音律は調によって音階構造がそれぞれ違う。、12等分平均律は何調でも全く同じ音階構造である。従って調性格の違いを論ずるには、音階構造の異なる不等分音律によらなければならない。
例として、昔の調律法、つまり不等分音律における「ト短調」の調性格について調べてみよう。

・マッテゾンは『新管弦楽法』1713年において 「ト短調は最も美しい調性、優美さ、憧れ、満足」と最大級のプラスイメージを述べた。

・シューバルトは『音楽美学の理念』1789年において 「ト短調は不機嫌、不愉快、恨み」と最低のマイナスイメージを述べた。

・ミースは『調の性格ー試論』1948年において 「ト短調に確固たる性格はない」と中立の立場をとった。

調によってはある程度共通した性格が述べられる場合もあることを断っておくが、正反対の性格が述べられるとは不可解である。また、ブルーメが「ト短調は激しい悲劇、憧憬の甘美さ」と言ったように、どっちかわからないような意見を述べる論者もいる。

それでは、ここで調性格の代表格と言えるマッテゾンの意見に耳を傾けてみよう。
マッテゾンは、
「調の性格について何か確実なものを定めようとすればするだけ、おそらく、意見の違いも表面化してくるように思われる。この問題をめぐる見解はほとんど数えきれないほどあるからである。その理由としてただ一つ考えられるのは、人間の体液の組織が一人一人非常に異なっていると言うことである。それゆえ、例えばある調を多血質の人は楽しげで快活に感じ、一方、粘着質の人は、ものうく、嘆き、悄然としているように感じたとしてもまったく不思議はないのである」

マッテゾンの見解によると調性格は人それぞれの感じ方があり、恣意的ということになる。

またマッテゾンは『完全なる楽長』1739年 において 「調の性質については、何も絶対的なことを言うことはできない。なぜならば、どんな調もそれ自体では、その逆を作曲しえないほど悲しかったり楽しかったりすることはできないからである」とも述べている。

つまり、マッテゾンは、「絶対的な調性格は無い」と言っているのである。マッテゾンは不等分音律においてさえこのように言うのである。

ある曲の曲想が楽しかったり悲しかったりするのは、調性格に由来するのではなく、実は曲そのものに原因がある。曲そのものが、楽しい曲であったり悲しい曲であったりするだけだ。だから移調して調を変えても曲想は変わらないのである。楽しい曲を弾けば、それは何調で演奏しても楽しいのである。私たちは、ピアノ以外において、このことを極自然に受け入れているのに、ピアノに向かえば調性格に捉われてしまうのだろうか。

・私たちはカラオケに行って、ピッチを上げ下げ、つまり移調して歌っている。
・吹奏楽は移調楽器が多いので移調はごく当たり前にやっていることである。
・マッテゾンの時代のパオプオルガンは町によってピッチが違っていたので、オルガンも移調楽器だった。
・シューベルトの歌曲集は、低声用と高声用に移調された楽譜が出版されている。
・マッテゾンの時代と現代のピッチは約半音違うので、昔のト短調は現代の嬰ヘ短調である。
・バッハは24の調を網羅する《平均律クラヴィーア曲集》を簡単な調からの移調を試みて完成させた。
・《平均律クラヴィーア曲集》 は同一調に同一の格があるとは言えない。
論文017
論文018
 例えばニ短調を比較すると1巻と2巻のプレリュードは性格が違う。1巻のニ短調は瞑想的、内省的な落ち着きが感じられ、2巻のニ短調は生き生きと波たつ力に満ちている。

バッハは時代に先駆けて24すべての調が使用可能な調律法を見出したが、それは同時に、調による差異がほとんど消えることを意味する。バッハは調性格が恣意的だと理解したからこそ、自ら移調を試みたのではないだろうか。

ケラー(Hermann Keller 1885〜1967) はバッハの鍵盤音楽に関する著書や楽譜校訂で知られるドイツの音楽学者であるが、彼はこう述べた。
「平均律クラヴィーア曲集以来ようやく、調の性格と言う問題が純粋に精神的なもの、作曲者と演奏者のなかにのみ存する問題となったのであった」

ゾルゲ(Georg Andress Sorge 1703〜78)はバッハの息子の世代にあたるドイツの作曲家、オルガニストである。彼はマッテゾンが『新管弦楽法』で述べたところの調性格論に対して、「調のアフェクト(情念)を述べる場合は、長調は楽しく愉快な感情に適し、短調は悲しく憧れに満ちた感情に適していると言えるだけである」と調性格を嘲笑した。嘲笑されたマッテゾンも後になって「調性格について絶対的なことは言えない」と言ったことは前に述べた通りである。
バッハ定例会
第1日曜日 17:00 PM
第2金曜日 10:00 AM
第4土曜日 10:00 AM

富田庸講演会&公開レッスン
講演会:2017年9月9日 午後2時
公開レッスン:9月10日午前10時
場所:山口大学
大学会館1階大ホール
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<プロフィール>
鍵盤楽器の
新しい記譜法
「イコール式」を提唱

子供の頃、父と一緒に、バッハのフーガをピアノ分担奏で弾くことによって、声部進行を直感的に学び取った。爾来バッハの鍵盤作品の
とりこになった。

延べ400人の生徒のレッスンを通して、バッハのフーガを弾くことが音楽力を向上させる最も有効な手段であることを再認識した。
移調によって難易度を下げ、更にアンサンブルによって、ピアノの初心者でも《平均律クラヴィーア曲集》に親しむことができる。

イコール式とは「鍵盤楽器においてどの調も皆同じ」という意味です。
なぜなら12等分平均律の鍵盤楽器における調性とは、ただ高さのみによって識別される2つの旋法、すなわち長調と短調の性格だけに限られるからです。
12等分平均律は勿論のこと、不等分音律を前提に論じたマッテゾンでさえも調性格の恣意性を指摘しています。
異名同音、ピッチの変動、バッハの手による移調の試みなどを考慮すれば、《バッハ平均律クラヴィーア曲集》の調にこだわる必要は無くなります。簡単な調に移調して、まず親しむ方が大切なことです。
やわらかなバッハの会は既成概念にとらわれず、自分自身の判断で音楽の本質を探究するところです。
橋本絹代 著  『やわらかなバッハ』 春秋社
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<イコール式の意味>
*12等分平均律の鍵盤楽器においてはどの調も同じ(イコール)です *フーガの各声部は主従関係ではなく対等(イコール)です *12等分平均律の調律法はイコール・テンペラメントと言います *音名と階名が同じ(イコール)読み方です
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