やわらかなバッハの会 The Society of Soft Bach

先入観念にとらわれることなく、バッハの音楽に親しむ会です。
イコール式音楽研究所  所長  橋本絹代
Equal Method Music Institute President Kinuyo Hashimoto

経歴

バッハ(Bach 1685〜1750) は音楽家であった父から手ほどきを受けたが、10歳の時に母と父を相次いで亡くした。14歳上の長兄のもとに引き取られることになった。聖ミヒャエル教会のオルガニストをしていた長兄から音楽を学び、15歳で修道院の附属学校の給費生になり聖歌隊で歌いながら勉学に励んだ。成績優秀だったバッハは弱冠18歳にして聖ボニファーチウス教会のオルガニストとして正式に採用された。以後音楽家としてのキャリアを積んでいくわけであるが、大学に行かず、仕事を通じて独学で学び、誰も凌駕できない高みにまで上り詰めた。
バッハの経歴は高卒でキリスト教会に就職ということになるが、周囲の大卒の音楽家よりも大きな名前を音楽史に残したのである。

モーツァルト (Mozart 1756〜91) はヴァイオリニストの父から音楽教育を受けた。幼少の頃より父に連れられて演奏旅行で各国を回り、外国の高名な教師の教えも受けることができた。大人になってもそのままフリーの音楽家としてのキャリアを積み、独学で多くの作品を残した。モーツァルトの経歴は、高卒以下ということになるだろうか。それでも同時代の多くの大卒音楽家よりも歴史に名を残したのである。

バッハ、モーツァルトの時代は今日のような音楽大学は存在しなかった。いわゆる音楽大学といわれるものはほとんどロマン派の時代からである。それ以前の音楽家は大卒といっても、大学では法学、哲学、神学などを学び、音楽は個別の教師について学んだ。優れたキャリアを持つ沢山の大卒音楽家が活躍していたがバッハ、モーツァルトほどに大きな名前を音楽史に残すことはできなかった。真に偉大な音楽家は大学ではなく、自ら学ぶ精神と音楽に対する熱意努力によって作られることが歴史によって証明された。真の音楽家には輝かしい経歴よりもずっと大切なことがある。最後に日本人作曲家で傑出した人、世界的に名を馳せた人といえば、武満徹であろう。彼の経歴にふれてみたい。

武満徹 (1930〜96) は音楽に無縁の家庭で育ったが、15歳の時、シャンソンを聴いて感銘を受けた。終戦後ラジオを通してドビュッシーなど近代フランス作曲家の音楽に親しむ一方、横浜の米軍キャンプで働きジャスに接した。高校卒業後、東京芸大の受験を意識的に拒否し独学に徹する。20歳の時、若手芸術家集団 「実験工房」 の結成メンバーとして参加し、湯浅譲二らと共に戦後日本の現代音楽をリードしてきた。武満徹の経歴も高卒である。湯浅譲二(1929〜)は大学中退、それも音楽大学ではなく慶応義塾大学医学部中退である。2人とも音楽大学とは無縁の存在だった。

コダーイ(Kodaly 1882〜1967) は音楽大学に関してこのようなことを述べている。
「〜そんなピアニストは、指だけで弾いているのであって、頭と心では弾いていないのです。彼らは音楽家ではなくタイピストです。音楽アカデミーはポンポンとピアノを鳴り響かせるだけの、高貴なお嬢さんを入学させることを目指すわけにはいきません。そんなお嬢さんたちは、以前は「乙女の祈り」を弾き、今日ならバルトークの「アレグロ・バルバロ」を弾くことでしょうが、それが音楽とは全く関係のない人達であることは、今も昔も変わりがないのです。卒業証書の名目上の価値と、実際の価値との間のギャップはますます大きくなっていきました。学校が卒業証書を出すことによって、それを受け取った人の能力を、はるかに超えた力量を証明したからです」

日本の一般社会では音楽家の経歴といえば、有名音大卒というのが最も歓迎されるようである。しかし世界的な音楽家になるには有名音大卒業だけではおぼつかない。世界で活躍できる音楽家になる人はのんびりと音大などに通っている暇はないのだろう。また音大の教育に期待してないのだろう。

バッハ自身の移調作品

バッハのカンタータ、オルガン曲、室内楽曲、管弦楽曲などの中には旧作を編曲し、転用したものが多く見られる。
ヴァイオリン協奏曲は2挺用を含めて3曲あるが (BWV 1041~1043) 、バッハはそれらをチェンバロ協奏曲に編曲した。ヴァイオリンのソロパートを右手に移し、左手でバスをつけた。そしてチェンバロの音域の問題からすべての曲を移調して仕上げた。

・ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 BWV 1041 → チェンバロ協奏曲 第7番 ト短調 BWV 1058

・ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV 1042 → チェンバロ協奏曲 第3番 ニ長調 BWV 1054

・2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV 1043 → 2台のチェンバロのための協奏曲 第3番 ハ短調 BWV 1062

イ短調 → ト短調、ホ長調 → ニ長調、ニ短調 → ハ短調、バッハはすべての曲を1全音低く移調してチェンバロ協奏曲を作った。 

チェンバロ協奏曲は1台用8曲、2台用3曲、3台用2曲、4台用1曲 あり、原曲が存在する作品はすべてヴァイオリンをソロとした協奏曲である。だから原曲が失われた作品を、チェンバロ協奏曲から復元することも可能であり、さまざまな復元の試みが行われている。

バッハはこの他にも カンタータ、オルガン曲、クラヴィーア曲、管弦楽曲などを移調し、編曲した。バッハにとって移調は日常茶飯事であった。

マッテゾンの調性格論によると、ホ長調は「絶望、肉体と魂の宿命的な分断、死ぬほどの悲しみ 」 であり、ニ長調は「陽気、好戦的、元気を鼓舞する」となっている。
マッテゾンに従うなら、ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調は 「絶望」であり、同曲をチェンバロ用に編曲したチェンバロ協奏曲第3番 ニ長調 は 「陽気」ということになる。

ホ長調からニ長調に1全音低く移調するだけで、同一曲が 「絶望」 から 「陽気」 へと真逆の性格に変化するずもない。
むしろ1全音低く移調すれば、より沈んだ暗いイメージに変化してもよさそうなものである。それが反対に陽気に変化することになる。もとより、ヴァイオリン協奏曲をホ長調だからといって「絶望的」に感じたり、チェンバロ協奏曲をニ長調だからといって「陽気」に感じたりすることに無理がある。

この調性格論を書いたマッテゾン本人さえ以下のように述べて調性格には懐疑的であった。
「調の性質については何も絶対的なことを言うことはできない。なぜならば、どんな調もそれ自体では、その逆を作曲し得ないほど悲しかったり楽しかったりすることはできないからである」

もしもバッハが本気で、ホ長調を「絶望」、ニ長調を「陽気」と考えていたら、同一曲をホ長調からニ長調に移調するはずはないだろう。バッハも調性格に対しては懐疑的だったと思われる。




WTCはバッハの特殊な作品である

WTC(平均律クラヴィーア曲集)がバッハの作品において特殊な作品であるという理由は、24すべての調が組み込まれているからである。バッハの作品の大半はシャープ・フラット3個までで、4個の作品は少ない。しかしWTC にはシャープ・フラット7個までの調が入っており、各調が同等に扱われている。シャープ・フラットの多い調の中には WTC においてバッハが初めて使用した調もある。WTCは理論上考えられるすべての24の調を網羅したという意味で特殊な作品である。

バッハの生きた時代はミーントン調律が一般的であり、ミーントーンが綺麗に響くシャープ・フラット2、3個までの曲が多かった。シャープ・フラットがそれ以上増えると不純な響きになり、使いものにならない調も出てくる。だから、ミーントーンの時代の作品の多くはシャープ・フラット2.3個までなのである。

ミーントーンの時代ながらWTCは シャープ・フラット7個までの調が組み込まれた特殊な作品である。これらをすべて難なく弾くにはミーントーンでは無理である。何らかの便利な調律法が必要になり、バッハは独自の調律法を作り上げた。その調律法は必然的に12等分平均律に近いものtだった。ミーントーンではWTCのすべての調を演奏できない。すべての調の演奏を可能にする調律は、純正に近い調も不純な調も差の少ない調律にならざるを得ない。そうしないと、演奏不可能な調ができてしまうからである。WTCを演奏するには12等分平均律か、それに非常に近い不等分音律が必要であることを前提として以下の論を進めたい。

24すべて調とは1オクターヴ12鍵盤の各音を主音とする12の長調と12の短調、合わせて24の調である。現代はこのように表現するがバッハの時代は少し違っていた。バッハは近代長短調を確立したといわれるように、丁度、教会旋法と近代長短調の分水嶺に位置する。

バッハの時代には教会旋法、すなわちイオニア、ドリア、フリギア、リディア、ミクソリディア、エオリア旋法が生きていた。当たり前だが6つの旋法は音階構造がそれぞれ違う。6つの旋法の中で今日の長調の音階構造に相当するのはイオニア旋法、今日の短調に相当するのはエオリア旋法である。それ以外の旋法は長調でも短調でもない。つまり教会旋法には6つ旋法、近代長短調には2つの旋法がある。近代長短調には2つの旋法、すなわち長調と短調のみが存在する。

旋法が変われば音階構造も変わる。音階構造が変われば調性格も変わる。旋法は任意の音から音階を開始することができる。音階をどの音から開始しても音階構造が不変である限り、性格も不変である。例えばイオニア旋法の音階はどの音から開始しても性格は不変である。イオニア旋法は今日の長調であるから、長調は音階をどの音から開始しても性格は不変である。「ニ」音から長音階を開始すればニ長調、「ホ」音から開始すればホ長調と呼ぶが、いずれも音階構造が不変である限り調性格は不変である。ニ長調とホ長調の本質的な違いはなく、ピッチが変わるだけである。

例えば、あるニ長調の曲があり、その曲が「陽気、勝利」 を感じる曲であったとする。その曲をホ長調に移調しても 「陽気、勝利」 の性格は不変である。なぜなら、音階構造が不変であるからである。曲の性格は作曲そのものに由来するのであって、調に由来するのではない。音階構造が変わらない限り、性格は不変である。音階開始音=調を変えても性格は不変である。ただピッチのみが変化する。ピッチはもともと一定ではなく、音階開始音との関係も一定ではない。

カラオケで歌う時にキーを上げ下げすることは、調を変え移調することになるが、どのようにキーを上げ下げしても曲の性格は不変である。歌い手の声域にキーを合わせて移調すると曲の性格が変わると思う人はいないだろう。「365歩のマーチ」をいかなるキーで歌おうと力強く元気な曲であることに変わりはない。

バッハも改作や転用の際にキーを変え移調をした。例えば誕生祝賀用カンタータBWV 213 をクリスマスオラトリオ BWV 248 に転用する際にいくつかの移調を試みた。例を挙げれば BWV 213 の第3曲のアリアをクリスマスオラトリオ の第19曲のアリアに転用する際にソプラノからアルトに変更し、それに伴い変ロ長調からト長調に移調した。古楽においては標準音より約半音低く演奏するため、絶対音感保持者の耳には変ロ長調はイ長調にト長調は嬰へ長調に聞こえるのかもしれない。何調であろうと長調である限り音階構造に変化をもたらさないので、性格は不変である。シューベルトの『冬の旅』の楽譜がソプラノ用、アルト用などそれぞれ異なる調で出版されているのと同じである。バッハは BWV 214,215,からも移調を試みて、クリスマスオラトリオに転用している。

バッハの手になる移調転用は非常に多いが、WTCの中にもいくつか存在する。
バッハは、WTCを編集する際に移調をこころみて24の調を組み込んだことが研究の結果わかってきている。例えば嬰ハ長調はハ長調から、変ロ短調はイ短調から移調を試みてWTCに組み込まれということである。バッハは移調をしながら浄書したので音を書き違えることもあった。ペン書きの間違えたところを削って修正した痕が自筆譜に残されており、その修正痕から元の調が判明するようである。バッハによる移調の痕跡は、総じて遠隔調に多く見られる。それはシャープ・フラットの少ない調で作曲したものを、遠隔調に移調したからだと思われる。

バッハが移調する前の調で演奏する方がシャ−プ・フラットが少なくて楽であり、作曲家の方法に近いとも言える。アルブレヒツベルガー(Albrechtsberger 1736~1809)は 《ウィーンの移調譜》 を制作した。これはWTCの遠隔調を半音移調して弾きやすく移調した楽譜である。彼は終生ウィーンのシュテファン大聖堂の楽長の地位にあったオルガニストで、ベートヴェンなどの師として、ウィーンの音楽界に大きな影響力を持っていた。そのアルブレヒツベルガーが遠隔調を移調する方が良いと考えたのである。

バッハがWTCを編纂した最大の目的は理論上考えられる24すべての調を網羅することだった。その目的は移調して組み込んだ曲もあるおかげで、取りあえず24の調がそろった。目的は達成した。バッハはWTCで24の調をすべて網羅することができたが、同時に24の調性格を確立したと言えるだろうか。当時ほとんど使用されなかった遠隔調はマッテゾンも「良く知られていない調」として著書に調性格の記述をすることができなかった。WTCには当時の「よく知られてない調」が多数入っている。それらの遠隔調に対してバッハが新たな調性格を発見したと言えるのだろうか。バッハは自ら移調を試みて組み込んだくらいであるから、ハ長調と嬰ハ長調は同じと考えていただろう。移調によって曲が変化してしまうとは考えてなかっただろう。新たに遠隔調の調性格を発見しようとも考えてなかっただろう。

さらに言えば、当時の「良く知られている調」 つまり シャープ・フラットの少ない調に関しても、バッハは調性格を確立したと言えるのだろうか。WTCには、同じ調なのに性格の違う曲が多く見受けられるのはなぜだろうか。例えばシャープ2個のロ短調は1巻と2巻で性格が大きく違う。まずプレリュードについて、1巻のロ短調は静かな宗教性をたたえたトリオソナタ、2巻のロ短調は軽快な2声インヴェンションである。フーガについても1巻のロ短調は半音階的手法で厳粛かつ深い宗教性をもつが、2巻のロ短調は跳躍する闊達な舞曲である。 WTC において バッハがロ短調のどのように考えていたのか皆目見当がつかない。

バッハはWTC第1巻のタイトルページに「全調」を表す意味で以下のように記した。「長3度 Ut Re Mi に関して、あるいは短3度 Re Mi Fa に該当するすべての全音と半音によるプレリュードとフーガ」
現代感覚からするとこの表現には少し違和感を覚える。理由は2つある。一つは「ド」の音をUtと表現していることである。これはグィードの音階図にある「Ut」である。「Ut」は発音し難いことから徐々に「ド」に変わり現代に至った。もう一つは、長3度ドレミに対して、短3度レミファである。なぜ短調をラシドと書かなかったのか。これもグィードの音階図を見ればわかるのよう、「シ」のない6音音階(ヘクサコード)の表記法を用いているからである。バッハが敢えてグィード式の表現を用いたのは、バッハが音楽史の分水嶺に過去の方を向いて立っていたからではないか。過去の作曲家が表現した永遠の調和をWTCに託したかったのではないか。バッハの同時代にプッシュテット(Buttstett 1666~1727)という音楽家がいた。ブットシュテットは北ドイツオルガン学派最後の人であった。マッテゾンが古典様式の到来を見据えた進歩主義者であったのに対し、ブットシュテットは過去の音楽の伝統を守ろうとした。バッハは当然、ブットシュテットの 《Ut mi sol re fa la tota musica et harmonia aeterna すべてのドミソレファラ永遠の調和の音楽》 を知っていただろう。バッハはプッシュテットに共感し過去の音楽を守ろうとした。それがWTC のタイトルページに表現されているように思える。

富田庸 Yo Tomita 山口県でバッハをやわらかく語る

世界的バッハ研究者、特に平均律クラヴィーア曲集の第一人者、Yo Tomita (富田庸) の講演会 「バッハを嗜む」 を主催しました。多数のご来場者に心より感謝申し上げます。

富田先生は英国在住が長くなられるので、日本語が直ぐに出て来ず、英語で講演なさる方が楽のようにお見受けしました。
また、日頃は専門の研究者や音楽学生を相手に英語でレクチャーしておられるので、今回、一般向きの話を日本語で語られるのは大変ご苦労なさったのではないでしょうか。おかげで、私たちは日本語で、音楽学者の仕事と心得、バッハの生涯と作品、受難曲、平均律クラヴィーア曲集など、興味深い話を分かり易く説得力のある口調で聞くことができました。パワーポイントもわざわざ日本語でご用意いただきとても解り易かったです。会場の方達は皆熱心に聞き入り、「面白かった、勉強になった」と満足して帰られました。2時間ほどの講演でしたが、富田先生のピアノ演奏、トマス教会での演奏動画、図版、画像など趣向を凝らした内容で、2時間がとても短く感じられました。講演のすべてをノーカットでどうぞ。
尚、最初から31分のあたりで、「やわらかなバッハの会」の話に触れておられますので、ご覧いただければ幸いです。



WTC のテンポ

ノーベル賞の発表の時期が近づいてきました。ノーベル物理学賞については重力波の発見が話題を呼んでいます。重力波とは アインシュタインが100年前にその存在を預言したもので「時間と空間のゆがみ」だそうです。莫大なお金をかけて重力波を測定する装置をつくり、宇宙の時間と空間のゆがみを証明することができたということです。重力波を バッハの WTC(平均律クラヴィーア曲集)第1巻8番フーガに感じるのは私だけでしょうか。なめらかに広がるテーマは広大な宇宙の天蓋、まるで重力波の中で各パートが宇宙遊泳しているようです。

宇宙を感じさせるこのフーガをどのようなテンポで弾くかと言う現実的な問題を考えてみましょう。有名ピアニストのテンポを、高木幸三氏の「演奏家別テンポ一覧表」から引用します。
一番速いテンポで弾いているのが、シフで ♩=84です。一番遅いテンポがレオンハルトで ♩=50 です。その間各ピアニストがめいめいのテンポで演奏しています。
ちなみにWTCの名演奏で知られるフィシャー(Fischer, 1886年生)のテンポは ♩=54 でかなり遅い方です。

バッハはテンポのメトロノーム表示を書かなかったので、どのピアニストも間違いだとは言えません。どのピアニストもおのずから欲するテンポで演奏していて、すべて好ましいと思います。

おのおのが、その持てるテクニックの範囲でバッハの宇宙を遊泳し、無限大の宇宙のハーモニーを感じながら弾けるテンポがベストだと言えるでしょう。それは人によって様々です。速いのもよし、遅いのもよしであります。しかし自分のテクニック以上のテンポで弾くことは問題です。

前掲のフィッシャーは次のように言っています。
「バッハのフーガは明瞭に弾けば弾くほど、また、よいフレージングをすればするほど、全くおのずから、ますますゆっくりと演奏することになるであろう」

フィシャーは、コルトーやフルトヴェングラーとも親交をもち、特にバッハの演奏にかけては同時代の第一人者でした。また教育者としても優れており、スコダ、バレンボイム、ブレンデルなどを育てました。

バッハのフーガは、この世的な感情を超越しており、それゆえに、そこに個人的な感情や思想のつけ入る隙はない。あらゆる瞬間に生を超越した精神が貫かれているのではないだろうか。時間、空間を超越したハーモニーが貫かれているのではないだろうか。






バッハを嗜む

バッハを嗜む  〜 講演と公開レッスン 〜

講演:富田庸 (英国クイーンズ大学音楽学部教授)

日時:講演       平成29年9月 9日(土)14:00〜16:00
    公開レッスン 平成29年9月10日(日) 10:00 〜15:30

場所:山口大学 大学会館1階大ホール

主催:やわらかなバッハの会

後援:山口大学、山口県、山口県教育委員会、山口市、山口市教育委員会

入場無料

富田庸プロフィール

1961年生  福島県出身
福島県立安積高等学校卒
武蔵野音楽大学音楽学部ピアノ科卒
英国リーズ大学留学、博士号取得
英国クイーンズ大学音楽学部 教授
ドイツHENLE社の楽譜校訂者  
ウェブサイト「Bach bibliography (バッハ文献集)」の編集者 

2000年 バロック音楽ビエンナーレ国際会議組織委員、2010年 同議長
2005年 ジャーナル「Musicological Research (音楽学的探究) 」の編集委員
2006年 Bach Network UK (英国バッハネットワーク) 理事
2007年 国際シンポジウム「ミサ曲ロ短調」の組織委員
2010年 ジャーナル「Understanding Bach (バッハ解釈) 」の審議会編集委員
2011年 ライプツィヒの Bach-Archive (バッハ資料館) の上席研究員
2012年 米国ルイビル大学客員教授

<著書>
・バッハ全集第12巻「ロンドン自筆譜と平均律クラヴィーア曲集」 東京 小学館
・Joseph Groocock, Fugal Composition: A Guide to the Study of Bach’s ‘48’ (ジョーゼフ・グルーコック(著)、富田庸(編), フーガ作品:バッハ平均律の研究ガイド)ed. Yo Tomita. Westport, Greenwood Press, 2003.
・Baroque Composers: Bach (バロック作曲家シリーズ『バッハ』) Abingdon Ashgate Publishing 2011年
・Exploring Bach’s B-minor Mass (『バッハのロ短調ミサ曲探求』) Cambridge Cambridge大学出版局 2013年

上記の他、著書、論文、音楽雑誌への執筆多数

公開レッスン受講者


1 横瀬大和       ポロネーズ ト短調 BWV Anh.125 
2 脇條靖弘        「おのが平安に帰り」  BWV 511
「御身がともにあるならば」  BWV 508
3 村竹小梅        インベンション第14番 BWV 785
4 佐々木純怜          シンフォニア第2番  BWV 788

―― 休憩 ――

5 樫田史郎   平均律クラヴィーア曲集1巻15番 BWV860
6 神田梨沙     平均律クラヴィーア曲集1巻23番  BWV 868
7 山本浩二        リュート組曲ト短調 BWV 995
8 木橋彩音    平均律クラヴィーア曲集2巻7番 BWV 876
9 コンヴェルサシオン  フーガの技法 4番 BWV 1080
(vn田村和代  fl高宮香苗  rec高宮善之  vne川口淳美)

バッハネットワーク

Bach Network UK Dialogue Meeting 10-15 July 2017  Madingley Hall Cambrige

バッハ ネットワーク 英国 対話会議  2017年7月10日〜15日 ケンブリッジ大学のマディングレイ ホール

上記のバッハ研究会において、私は ’イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集’ と題し、12番目に 発表しました。イコール式は equal method 、やわらかなバッハは  soft bach と訳して発表。soft bach は 思考が柔軟、フレキシブル、固定概念に捉われないという意味であると紹介しました。 

発表者一覧

1. Barbara M. Reul,  レジャイナ大学(カナダ)
         ‘Fasch, funeral music and Anhalt-Zerbst’
  
 
2.Szymon Paczkowski,ワルシャワ大学(ポーランド)
      ‘Musical patronage of Saxon prime ministers in Bach’s time’
  

3.Stephen Rose,  ロンドン大学(イギリス)
       ‘Musical authorship from Schutz to Bach’
  
 
4. Peter Smaill, エディンバラ大学 (英国)
   ‘Lampe’s Kirchenmusik, Lutheran chapel of the Savoy, 1746’
 

5.Joyce Irwin,  ロシェ・ダイアグノスティックス代表(アメリカ)
       ‘The joy theme in Bach’


6.Daniel Martyn Lewis, ロイヤルウェールズ大学(イギリス)
        ‘Rethinking The Well-Tempered Clavier’) 


7. Ruth Tatlow, イーストマン音楽院 (アメリカ)
       ‘Transmission of proportional parallelism 1735–1850’


8. Ellen Exner, ニューイングランド音楽院(アメリカ)
       ‘Burney's complaint and Mendelssohn’s Great Passion: Bach in Berlin before 1829’
 

9.Alan Shepherd, コンピューター技術(ドイツ)
       ‘Computer analysis showing ambiguity of number alphabets’


10.Bettina Varwig, ケンブリッジ大学(イギリス)
       ‘An early modern musical physiology’


11.Graham Lieschke, メルボルン大学(オーストラリア) 
       ‘Bach cantata reception in Melbourne’


12.Kinuyo Hashimoto, イコール式音楽研究所(日本) 
       ‘Equal method of The Well-Tempered Clavier’


13.Dan Tidhar,  ケンブリッジ大学(イギリス)
       ‘Stylometry, attribution and chronology


14.Hisako Kawana, 教会オルガニスト(日本)
       ‘Trial of Exploring Bach’s Theology through the Orgelchorale’


15.Maria Borghesi, カールマリア音楽院(ドイツ)
       ‘Twentieth century Bach reception in Italy’


16.Andrew Frampton, メルボルン大学(オーストラリア)
       ‘The manuscript sources of J. F. Agricola’.


17.Chiara Bertoglio,  コンサートピアニスト(イタリア)
      ’Interpreting musical holy texts: Bach and biblical reception.'


若い研究者たちの発表

1.TOM WILKINSON 教会オルガニスト(イギリス)
      ’To what extent is J. S. Bach a compositional theorist?’


2.Kayo Murata 東京芸大大学院博士課程
      Redefining the ‘permutation fugues’ of J. S. Bach


3.OWEN BELCHER イーストマン音楽院
      Analytical studies of selected cantatas by J. S. Bach


4.Tomas Cressy オックスフォード大学
Bach and samurai aesthetic framwork
      

校訂版

バッハの「平均律クラヴィーア曲集」は鍵盤作品の聖書といわれるだけあって、世界各国から多数の出版が行われている。「バッハの平均律クラヴィーア曲集は旧約聖書、ベートーヴェンのピアノソナタは新約聖書」という言葉も流布しているが果たしてバッハは旧約聖書だろうか?

バッハに対する有名な賛辞に「5番目の福音史家」という言葉がある。福音史家とは新約聖書のマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4人である。バッハが5番目という意味であるからバッハは明らかに新約聖書である。旧約聖書に福音史家は無い。

またシュヴァイツァーは言う。「バッハは一つの終曲である。彼からはなにものも発しない。一切が彼のみを目指して進んできた」
もし、バッハが旧約聖書だというのなら、「バッハから何も発しない」というのに、実際は旧約から新約を発したのである。「一切がバッハのみをめざして進んできた」というなら、バッハは新約でなければならない。バッハは「一つの終曲である」 というのだから旧約が一つの終曲となってしまう。

従ってバッハは旧約ではなく、新約聖書と言うのが正しいのではないだろうか。バッハが新約だとすれば、旧約は何だろうか。バッハのみを目指して進んできたものといえばグレゴリオ聖歌だろうか。「グレゴリオ聖歌は旧約聖書、バッハの平均律クラヴィーア曲集は新約聖書」と言い直したい。

「平均律クラヴィーア曲集」が旧約聖書ではなく、新約聖書であるという考察が終わったところで本題に入ろう。

「平均律クラヴィーア曲集」というのは日本での呼び方であって、これが誤訳であると言われて久しい。原語のドイツ語は「上手く調律されたクラヴィーア曲集」という意味である。ドイツ以外の国ではそれぞれの国語で翻訳して出版されている。英語圏の出版社から出ているのもは「The Well Tempered Clavier」と訳されている。「well」は良いという意味で、これは原語のドイツ語に照らし合わせて正しい。ところが日本では明治時代に 「平均律」 翻訳されてしまい、今もそのまま使われている。素直に「良い」と訳せばよかったのだが、当ブログでは、「適正律クラヴィーア曲集」と訳すことにする。

「適正律クラヴィーア曲集」が最初に出版されたのは、1801年(バッハ没後50年)のフォルケル版であるフォルケルが校訂したのでフォルケル版という。その直後にシュヴェンケ版、ネーゲリ版が出版され、世界中に広がっていった。以下に主だった校訂版を列挙する。

1837年 悪名高い チェルニー版
1866年 旧バッハ全集の クロル版
1883年 他の校訂版との比較を欄外に記載した ビショッフ版
1894年 偉大なピアニスト、多数の作品を書いた作曲家 ブゾーニ版
1908年 全作品を難易度順に並べ替えた作曲家 バルトーク版
1090年 奏法についての詳しい注釈付き ムジェリーニ版
1924年 詳しい解説付き トーヴィー版
1950年 ヘンレ社の旧版 イルマー版
1953年 春秋社 井口基成版
1955年 ベーレンライター社 デュル版(2巻)
1977年 ウィーン原典版 デーンハルト版
1977年 全音楽譜 市田儀一郎版
1989年 ベーレンライター社 デュル版(1巻)
1997年 ヘンレ社の新版 ハイネマン版(1巻)
2005年 春秋社の新版 園田高弘版
2007年 ヘンレ社の新版 富田庸版(2巻)

原典版と言われるものは校訂者の解釈が入らないから、どれも同じかというとそういうわけにはいかない。たいていの校訂者は手稿資料の中から信憑性の高いものを選択し、それを主資料とする。資料の読み込みには当然、校訂者の視点が反映するので原典とはいえ、複数の原点版が存在することになる。

解釈版は、フィンガリング、フレージング、アーテキュレーション、デュナーミク、拍子記号、発想記号、テンポ記号など、校訂者によって大きく違う。
ピアニストのエレーヌ・グリモーは言う「バッハほどいわゆる正しい奏法が存在しない作曲家はいません」
バッハを演奏するにあたっては、先入観稔にとらわれることなく、自分の頭で考えることが特に大切である。




バッハ時代の感覚

ブゾーニ (Busoni 1866〜1924) は ピアノのヴィルトゥオーソとして名を成し、作曲家としても多数の曲を書いた。編曲も多く、中でもバッハ作品のピアノ用編曲は有名である。ブゾーニは、19世紀末のロマン派音楽は動脈硬化を起こし、もはや袋小路に入ったとしてロマン派音楽の終焉を予見し、「バッハへの回帰」を呼びかけた。

ブゾーニは言う。
「バッハの作品は幾世代にも先んじ、時代を超える巨大な姿を呈している。ハイドンとモーツァルトのピアノ曲は実をいうとバッハ以上にわれわれから遠く離れて位置し、彼らの時代の枠に完全に適合している。ハイドンとモーツァルトはどのようにしても現代のピアノ様式には適合せず、ただ原曲のみがそれらの表現内容に相応しい」
ハイドンやモーツァルトはバッハより新しい。しかしブゾーニはバッハの方が、実は新しいという。ハイドンやモーツァルトは古典派という音楽史の時代区分の枠にはまっているが、バッハはバロックという時代区分の枠を超えて巨大な姿を呈しているというわけである。

この言葉はブゾーニ校訂版 「適正律クラヴィーア曲集」の序文にある。「適正律」とは聞きなれない言葉だと思うが、バッハの書いたドイツ語を正しく翻訳するとこうなる。我が国では長年「平均律クラヴィーア曲集」と呼ばれているが、これが誤訳であることが一般的にも知られるようになってきた。表題の翻訳に関しては拙著『やわらかなバッハ』で詳しく述べているのでここでは触れないが、そろそろ「適正律平均律クラヴィーア曲集」と呼んでも通用する時代になってきたと思うので、このブログでも「適正律クラヴィーア曲集」と呼ぶことにする。

ブゾーニは10年の歳月を費やして「適正律クラヴィーア曲集」を研究し、ブゾーニ版を出版した。ブゾーニ版の特徴の一つは、プレリュードとフーガのペアを差し替えたことである。彼は1巻変ホ長調プレリュードの後に2巻変ホ長調のフーガを持ってきた。1巻と2巻のフーガを差し替えたのである。何の目的だろうか?

それを考えるには、まずそれぞれの曲の性格を調べる必要があるだろう。

1巻7番変ホ長調プレリュード・・・・のびのびと奏されるプレアンブレムに続いて自由なフゲッタとフーガ。大きな構成の真摯な曲。力強さ、男性的

1巻7番変ホ長調フーガ・・・無邪気な明るさ、軽快、優美な貴婦人の振る舞い

2巻7番変ホ長調プレリュード・・・・薄い響きの草書体、繊細、ゆるやかに流れる、明るさと陰りが同居

2巻7番変ホ長調フーガ・・・重々しく身を固めた男性的な
コラールフーガ、情熱、活気あふれる楷書体

この4曲がすべて変ホ長調であるとはとうてい考えられないほど多様である。否むしろ対照的という方が当たっているかもしれない。男性的対女性的、草書体対楷書体など。
ブゾーニは多分、1巻の男性的なプレリュードに、2巻の男性的な楷書体のフーガをペアにすることによって性格の統一を図ったのであろう。同様に、2巻の女性的なプレリュードには1巻の女性的な草書体フーガが似合うと考えたのであろう。

もし調によって一定の調性格があるとしたら、変ホ長調は男性的なのか女性的なのか、どっちかと問いたくなる。それでは調性格論で有名なマッテゾンとシューバルトに変ホ長調の性格を聞いてみることにしよう。
マッテゾンは変ホ長調の性格を「非常に悲愴、官能的な豊かさを嫌う」と述べている。シューバルトは「愛、敬虔、神とのくつろいだ対話、3つのフラットをもって三位一体を表す」と述べた。

この2人も変ホ長調に対する感性に共通点は見られない。マッテゾンもシューバルも、そして「適正律クラヴィーア曲集」も、変ホ長調の性格はばらばらである。マッテゾンは後に 「調性格は恣意的である」として、自らの調性格論を否定したが、それもむべなるかなである。

話をブゾーニも戻そう。ブゾーニは、「適正律クラヴィーア曲集」の研究に10年を費やしたというだけあって、24の調に、それぞれの調性格など存在しないことを理解していたのであろう。変ホ長調を一つは男性的なペアで、他方は女性的なペアでまとめ、変ホ長調に対照的な調性格のあることを証明してみせたのである。

変ホ長調のプレリュードとフーガを差し替えたことに対して、トーヴィー(1875〜1940 音楽学者)は反対意見を表明した。賛成、反対など歴史的に有名なピアニストや音楽学者の意見は色々である。
また2巻変ホ長調フーガについては、ニ長調版が早期バ―ジョンとして残っている。バーレンライター版の354ページに ニ長調で書かれたフーガが掲載されている。

多様な見解があり何を信じたら良いのかわからない。だから大事なことは、固定観念にとらわれず、権威主義に陥らず、バッハの意図を自分の頭で考えることしかないようである、。

バッハの時代はまだ教会旋法の感覚が生きており、われわれの感覚とは大きく違っていた。われわれはバッハ以前の音楽=教会旋法をほとんど耳にすることがない。そして、バッハの時代には知る由もなかったモーツァルト、ベートーヴェン、、ドビュッシー、シェーンベルクの音楽と比較してバッハの音楽を聴くのである。われわれの感覚は最初に長調と短調ありきであり、近代和声学が音楽の文法であり、調が音楽の文脈であり、調の拡大と崩壊を経験した。バッハ以前は教会旋法ありきであり、対位法が音楽の文法であった。バッハはまさにその分水嶺である。

バッハは 「適正律クラヴィーア曲集」 の扉に次のように書いた。「長3度 ドレミ に関して、或いは短3度 レミファ に該当するすべての全音と半音によるプレリュードとフーガ」

もしバッハがこの曲集を長調と短調で書いたのなら、「短3度 ラシド」 となるはずである。ところがバッハは「短3度レミファ」と書いており、基本的にドリア旋法が頭の中にあったと想像できる。
「長3度 ドレミ」はイオニア旋法に当たる。

ではここで旋法の特有なアフェクトをプリンツ(Prinz 1641〜1717)に尋ねてみよう。
プリンツによるとイオニア旋法は「陽気で活発」、ドリア旋法は「温和、敬虔」と記述されている。
教会旋法は終止音が「ハ」であるところのハ調イオニアも、ニ調イオニア、も何調でも等しく「陽気で活発」なのである。
イオニア旋法は後に「長調」、ドリア旋法は後に「短調」へと収斂される。「適正律クラヴィーア曲集」にはこの2つの旋法の性格があるのみである。音階終止音が12個あり、それぞれに長調と短調があるから合計24の調性格があると考えるのは間違いである。

「適正律クラヴィーア曲集」は、イオニア旋法(=長調)と、ドリア旋法(=短調) の、全音と半音のプレリュードとフーガということになるのである。

平均律クラヴィーア曲集の配列

平均律クラヴィーア曲集(以下 WTC と記載) は1巻24曲、2巻24曲、どちらも調の配列は同じである。1番ハ長調から半音階的に上昇し、24番ロ短調で終わる。長調と短調を交互に配し、理論上考えられる24すべての調を網羅している。
CDや、コンサートでも、1番から24番まで長調短調交互、半音階上昇順に演奏するのが常識となっている。
しかし、バッハは果たしてこの配列と曲の性格に何らかの音楽的意味を持たせて作曲したのだろうか?

この問題を考える前提として押さえておかねばならないことがある。バッハの時代はミーントーン音律が一般的で、今日私たちがよく知っている12等分平均律の音律とは大きく違っていた。ミーントーンでは綺麗に響く調と極端な響きになる調があり、使用できる調は多くてせいぜいシャープフラット4個ぐらいまでである。バッハの全作品はほぼこの調の範囲に入る。24の調のうち、普通によく使用される調をシャープフラット3個までの長短調と限定すれば、14個の調になる。理論上考えられる24個の調の中で、残りの10個はシャープフラットの多い調=遠隔調である。遠隔調は当時ほとんど使用されないか、全く使用されない未知の調だった。

バッハと同時代に生きたマッテゾンの調性格論を開いて見ると、嬰ハ長調、嬰ハ短調、嬰ニ短調、嬰へ長調、変イ長調、嬰ト短調、変ロ短調は「記述なし」となっている。シャープフラットの少ない調、即ちミーントーンで演奏可能な調に対しては、事細かに調性格を記したマッテゾンであるが、当時よく知られてなかった遠隔調に対しては性格を書けなかったのであろう。もっともマッテゾンは後に、調性格を恣意的なものとして、自ら否定してしまうのであるが。

ミーントーンの時代にあって、バッハはWTCに24の調を網羅しようとした。ではどのようにして、当時よく知られてなかった調の曲を作ったのだろうか。バッハはまずシャープフラットの少ない調を完成させ、第2段階で遠隔調を完成させたようである。これはバッハに限らず当時の作曲家にとってごく自然な手順だったろう。
第2段階に取り掛かかったバッハは、あらかじめシャープフラットの少ない調で作曲し、それを半音上か下に移調するという方法をとったと考えられる。これも作曲家の方法としてはごく自然であろう。シャープフラットの多い嬰ハ長調や嬰へ長調の曲を作るのに、わざわざよく知られてない調で作曲する方が不自然というものである。

バッハ研究者として世界的に知られる富田庸氏の研究によると、嬰ハ長調はハ長調で作曲された後、バッハはそれを半音上げながら浄書したが、移調の間違いを修正した証拠が自筆譜に残っているという。富田氏は 「ロンドン自筆譜を記譜中に同時に移調を試みたと考えられる根拠が修正箇所に見られるもの」 として、WTC第2巻の中に7曲を指摘している。
(バッハ全集 第12巻 小学館 P.77)

バッハはシャープフラットの少ない調から先に作曲し、残った調は移調を試みて24すべての調を並べたらしい。ということは、バッハは移調によって曲の性格が変わるとは考えてなかったことになる。バッハはシャープフラットの多い調に新たな調性格を確立しようとしたのではなく、ただ単に24の調種を並べることが目的だったようである。もし24の調性格の確立が目的なら、調性格の変化をもたらす移調をしなかっただろう。ここでいう移調とは近代長短調における移調の意味であるが、移調についてはさらに深く考察したい。

WTC第1巻のタイトルページにバッハはこのように記している。「長3度ドレミ、短3度レミファに該当するすべての全音と半音によるプレリュードとフーガ」
長3度ドレミとはイオニア旋法、短3度レミファとはドリア旋法であり、この2つの旋法の全音と半音を音階開始音とするプレリュードとフーガという意味であろう。つまりイオニア旋法の12の音階開始音とドリア旋法の12の音階開始音を網羅した24のプレリュードとフーガの意味だと思われる。イオニア旋法はどの音階開始音でも性格は等しい。ドリア旋法も同様である。もし性格を変えたいなら ”移旋” しなければならない。、旋法の名前が変われば性格も変わるが、音階開始音が変わっても性格は変わらない。WTC はイオニア旋法とドリア旋法という2種類の旋法による24のプレリュードとフーガである。従って調性格は2種類しかない。イオニア旋法は長調、ドリア旋法は短調に相当するので WTC は長調と短調の2種類の性格があるのみだ。

WTC の成立過程を考慮した結果だろうか、バルトーク(1881-1945)は、WTC の配列を難易度順に並べ替えることを試みた。バルトーク版の WTC は第1巻1番がト長調(原典版は2巻15番)で始まる。2番はニ短調(原典版は1巻6番)、3番は変ロ長調(原典版は1巻21番)というふうに、半音階的上昇順も、長調短調交互の規則性もない。あくまで難易度順である。バルトークが最高難易度と判断した曲はロ長調(原典版は2巻23番)である。この曲が最後というには多少異論もあるかもしれないが、押しなべて難易度順に並んでいる。

WTCの24の調をすべて演奏可能にするには当時のミーントーン音律では無理だった。だからバッハはWTCをバッハ独自の調律法で演奏したと考えられる。バッハ独自の調律法はミーントーンに存在した調による響きの違いが、ほぼ消えた音律であろう。綺麗に響く調と極端な調が混在するミーントーンには調性格の違いがある。しかしバッハの調律は極端な調を無くすために、綺麗に響く調との譲り合いが必要であり、その結果としてどの調も似たものにならざるを得ない。ミーントーンにおける調の違いは人の感覚によりまちまちで恣意的であるとはいっても、調の違いは確かにある。しかし、24の調すべてが使用に耐えるバッハ独自の音律は、調による違いが理論的に微細なものになる。バッハをこのことを熟知しており、だからこそ調性格を確立するのは不可能と考えたのであろう。

WTCの1巻と2巻の同一調を比較すると同一性格を有してない場合が多い。例えばニ短調のプレリュードを1巻と2巻で比較すると、1巻の方は瞑想的、内省的で夢見るような性格であるのに対し、2巻は生き生きと波立つ力動感に満ちている性格である。バッハはニ短調に性格の違う曲を配している。もし、バッハがWTCにおいて調性格を確立したというならば、どちらのニ短調も同一性格の曲でなければならない。

以上がWTCの固定観念にとらわれない柔軟な解釈である。
やわらかなバッハの会
〒753-0072 山口県山口市大手町
3−6 大手町ビル4F
毎週土曜日18:00 PM
毎週金曜日10:00 AM
毎月1回   対話集会18:00 PM
都合により日時を変更する場合もありますので初めての方は事前にご連絡ください

お問い合わせはこちら

マンスリーバッハ (第2日曜日)
午後4時〜6〜時
場所:新山口駅構内

バッハ・イン・ザ・サブウェイズ
2019年3月21日
場所:新山口駅構内

<プロフィール>
やわらかなバッハの会 
会長 橋本絹代
新しい鍵盤楽器記譜法「イコール式」の創始者

子供の頃、父と一緒に、バッハのフーガをピアノ分担奏で弾くことによって、声部進行を直感的に学び取り
バッハのとりこになった。
初級者でもバッハのフーガを楽む方法を提案している。

2007年 世界で初めての楽譜《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》カワイ出版 

2009 音楽書『やわらかなバッハ』春秋社

2013「やわらかなバッハの会」設立

2014 バッハ礼讃音楽祭 (於 旧県会議事堂) 毎年開催

2016 バッハ・イン・ザ・サブウェイズ (於 新山口駅構内)毎年開催

2017 Bach Network UK 対話会議研究発表 (於 ケンブリッジ大学)

2017 Prof.Yo Yomita (富田庸) 講演会「バッハを嗜む」主催(於山口大学)

2018 Thomas Cressy 明治150年記念「日本の明治時代におけるバッハ受容」

イコール式とは「鍵盤楽器においてどの調も皆同じ」という意味です。
なぜなら12等分平均律の鍵盤楽器における調性とは、ただ高さのみによって識別される2つの旋法、すなわち長調と短調の性格だけに限られるからです。
12等分平均律は勿論のこと、不等分音律を前提に論じたマッテゾンでさえも「どんな調もそれ自体では、その逆を作曲し得ないほど悲しかったり楽しかったりすることはできない」と述べています。
異名同音、ピッチの変動、バッハの手による移調の試みなどを考慮すれば、《バッハ平均律クラヴィーア曲集》の中の難しい調を簡単な調に移調してまず親しむことが大切です。初級者は更にそれをアンサンブルで楽しむことが大切です。
やわらかなバッハの会は既成概念にとらわれず、自分自身の判断で音楽の本質を探究するところです。


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<イコール式の意味>
*12等分平均律の鍵盤楽器においてはどの調も同じ(イコール)です *フーガの各声部は主従関係ではなく対等(イコール)です *12等分平均律の調律法はイコール・テンペラメントと言います *音名と階名が同じ(イコール)読み方です
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