やわらかなバッハの会

先入観念にとらわれることなく、自由にバッハの音楽を楽しむ会です。
イコール式音楽研究所

適正音律

バッハが「平均律クラヴィーア曲集」を作曲するにあたって大前提としたことは、途中で調律替えせずに、理論上考えられる24すべての調を演奏することでした。

当時一般的であったミーントーンは#3つ、♭2つの調までしか弾けませんでした。
それ以上に調号が増えるとウルフが暴れ回るからです。

パッヘルベルは「平均律クラヴィーア曲集 第1巻」成立以前に、調号を4つまで使って17の調を踏破した曲集を1683年に書きました。

しかし、バッハの最も重要な先駆者は1702年にフィッシャーが書いた「アリアドネ・ムジカ」。これはハ長調からだんだん高い調に上って行き再び迷宮から脱出する20の調を使ったオルガンのための小さなプレリュードとフーガでした。

すべての調による迷宮脱出が実現されそうであったことは、マッテゾン(1681生)が、24すべての調による音楽を表したことからも明らかですが、これは教育用通奏低音でした。

そしていよいよ1722年にバッハが史上初めて、理論上考えられる24すべての調を使った「平均律クラヴィーア曲集」を完成させました。
同年にズッピヒがすべての調による音楽を表しましたが、バッハと比肩できるものではありませんでした。 

バッハは24すべての調を途中の調律替えなしで演奏するために、まずは何としてもウルフを和らげようとしました。その為には純正より狭いミーントーン5度を純正にまで広げ、極端に広い4個の長3度を分散して緩和しました。これがバッハが弟子に強く要求したと言われる「すべての長3度が純正より広く」の意味するところです。

ここで注意したいのは、バッハが「すべての長3度が純正より等しい幅で広く」とは言っていないことです。
「等しい幅で広く」と要求したのであれば、答えは等分平均律しかありませんが、「広く」という要求であれば、答えは何種類もあるのです。

また、バッハは「15分で調律できた」というのですから、不等分音律の中で最も易しい調律法のヴェルクマイスターに近いものであったかもしれません。等分平均律はバッハの時代には理論としてはあったものの、人間の耳だけで調律することは不可能でした。

バッハ自身が付けた表題の「Wohltemperirte」の意味を平均律と決めつけるのではなく、バッハが「うまく調律された」と考えていたすべて音律を含めて考えなければなりません。
従って「Wohltemperirte Clavier」を翻訳するならば「平均律クラヴィーア曲集」ではなく「適正音律クラヴィーア曲集」など含みのある言葉が適していると思います。



ミーントーンに潜む狼

1オクターヴを12の鍵盤に適度に分割する方法を音律と言います。分割方法は大きく2つに分かれます。それは均等と不均等です。
均等は平均律ただ一つ、不均等には無数の音律が考えられます。不均等から均等への移行は西洋音楽史に大きな溝を作るものです。

平均律は1オクターヴを力ずくで12等分した機械的な調律ですので純正の音程が全く含まれておりません。すべての長3度が等しく純正より14セント広く、他の音程も等しく狂っています。

不均等のひとつであるミーントーンは純正3度をもつラミス音律にヒントを得て、アーロン(1480生、イタリアの理論家)が確立しました。純正3度はツァルリーノ(1517生)らによって大いに普及し、バッハの時代はほぼミーントーンでした。写真はケレタートが考案した図表です。266548e6.JPG
図表の下段、長3度の棒グラフを見ると C D A E F B Es が純正との差0セント、つまり純正の長3度であることがわかります。
両端の As Des H Fis は+42 セントもあります。
平均律ですら長3度は+14 セントなのですから、これは法外な長3度です。
上段の棒グラフは5度を表しています。As だけが+36と極端に広くなっています。
これは狼が吠える声の意味でウルフと言われ、聴くに耐えない音程になります。
図表からも見て取れる通り、ミーントーンは#♭の少ない調は美しく響きますが、#♭が増えるとウルフが出てくるなど、使用不可能になります。

杓子定規音律

1b7680aa.JPG純正調オルガンの鍵盤図を見ると「ハ」と「ニ」の間に「嬰ハ、変ニ、ニ」と3個も黒鍵があります。この3個の黒鍵を弾き分けることによって、1オクターヴ12個の半音を持つ普通のオルガンよりも美しい和音を得ることができる仕組みになっています。

現在の平均律のオルガンは上記3個の黒鍵を1個の黒鍵で代用します。
調によって読み方は「嬰ハ」や「変ロ」と異なれど、実際に弾く鍵盤は同一です。これを異名同音と言います。異名同音は「嬰ハ」でもなく「変ニ」でもない中間的な音です。平均律という調律法はこのように、どの音も微妙に狂った状態を作る方法です。当然、和音の美しさも犠牲になります。

平均律は1オクターヴを機械的に12等分割したものです。そのセント値は「ハ=0」として「嬰ハ=100」「ニ=200」「嬰ニ=300」〜〜「ト=700]〜〜「ロ=1100」「高ハ=1200」です。

調律とは1オクターヴに含まれる鍵盤の数を12個に留めながらも、その一つの鍵盤に、純正調では互いに高さを異にすることになるいくつもの音を代行させようとすることです。その調律の中で、最も安易で杓子定規な音律が平均律です。

純正調オルガン

<バッハが弟子に要求した「純正より広い長3度」について考える前に、鍵盤楽器の特徴について考えましょう。

鍵盤楽器はタッチによって音色や強弱は変えられますが、音程は調律以外に変えることができません。弦楽器、管楽器、声楽などは自分で自由に音程の微調整をしながら演奏するのが普通です。ところが鍵盤楽器は音程が固定されており、微調整することができません。12個に固定された音程を少しでも純正に近づけようと試みたのが写真の純正調オルガンです。a href="http://livedoor.blogimg.jp/fughetta/imgs/9/a/9a801549.JPG" target="_blank">9a801549.JPG
調によって、3種類の「嬰ハ」を弾き分け、半音の「ホーヘ」間にもうひとつ鍵盤があります。この楽器で演奏すると1オクターヴ12鍵盤のものよりは多少とも美しい和音が得られますが演奏困難なために普及しませんでした。

鍵盤楽器奏者は自分で音程を微調整できないので、往々にして音程に対して無頓着になりがちです。音程は調律師任せになっています。
バッハは自分で調律しましたし、それが当時は当たり前のことでした。

バッハには「平均律クラヴィーア曲集」を途中の調律替えなしで演奏できる調律法が必要でした。当時一般的だったミーントーンでは演奏不可能な調がありましたので、それを宥めすかす妥協策として「純正より広い長3度」と言ったのです。
多少純正度を犠牲にしても24すべての調が演奏できる調律法は「純正より広い3度」だったのです。

誤解の原因

なぜ、バッハが自ら調律した楽器が平均律であったと断定されたのでしょうか?
バッハは本当に平均律で《平均律クラヴィーア曲集》を演奏したのでしょうか?

それは音楽批評家マールプルク(1718生)が語った言葉の「かのキルンベルガー氏がバッハのもとでレッスンを受けていた時、バッハは長3度をすべて純正より広く取るように強く要求した」から始まっているようです。

バッハが弟子のキルンベルガーに要求した内容は、平均律以外にもいくらでも当てはまるのですが、マールプルクは短絡的に、バッハが平均律を採用したことの証拠と見なしました。

「すべての長3度が純正より広い」といえる音律は実は無数に考えられるのですが、有名なものでははヴェルクマイスター、ナイトハルト、ヴァロッティなどがあります。

音楽理論家テュルク(1750生)はマールプルクによって挿入された誤りを「多くの人々は自分自身で確かめることができないか、確かめる気持ちがないので、マールプルクの名声に惑わされて、彼の過った意見に説得されてしまう恐れがある」と指摘しました。

フォルケル

フォルケル(1749生)は著名な「J.S.バッハの生涯」を書いた音楽学者です。

彼は「バッハはチェンバロやクラヴィコードを調律するのに15分もかからなかった」と述べました。

また彼の言葉によれば「バッハは弟子たちを諸音の関係の計算に引き留めておくようなことはしなかった。なぜなら、計算は理論家と楽器製作者のものだからである」のです。

当時は楽器の修理、調律までもが演奏者の仕事でした。さらに、演奏者は即興演奏や自分が作曲したものを披露しました。平均律一辺倒の現在と異なり、当時は無数の不等分音律がありましたから、自ら調律して自分の耳で適正な音律を作ることが作曲の一部でした。

上記のバッハが言った言葉の意味は「音律の理論計算は理論家とオルガンパイプの長さを設計する楽器製作者の仕事であって、演奏家は耳で音律を作る」ということです。調律、作曲、演奏が分ち難く一体でした。
現在のように作曲者と演奏者が別れたのは、手の故障でピアノが弾けなくなったシューマン以降のことです。
それまでの作曲家は同時に演奏の名手でもありました。作曲のための作曲ではなく、自ら演奏するための作曲でした。

バッハが表題に書いた「うまく調律された」の意味は「算術的アプローチによらず、耳で簡単に調律できること」も大切な要素だということです。

キルンベルガー

バッハは音楽についての理論的な著書を全く書きませんでした。残念なことにその教えは弟子の著書を通じ後世に伝えられているのみです。
弟子のキルンベルガー(1721生)は師バッハを「あらゆる時代を通じて最も偉大な和声の達人」と呼び、方法論的にも内容的にもバッハの教えである主著[正しい作曲技法 1771 ]を書きました。
[正しい作曲技法]についてシュピッタ(1841生、音楽学者)は次のように述べました。すなわち「バッハの実践的教えの反映である。20世紀までほとんど独占的に決定的なものであった」と。

そのキルンベルガーは最初から平均律を拒否し、1779年においてもなお「平均律は退けるべきもの」と語るました。
「平均律を耳だけで調律するのは不可能であること」や「調性格が失われること」などが平均律を退ける理由でした。

もし、バッハの教えが平均律であったのなら彼がこのようなことを言うのは理解し難い事です。「平均律クラヴィーア曲集」の平均律という訳語を今日の12等分平均律であると考える意見もありますが、キルンベルガーの考えから察すると不等分平均律であるというのが妥当です。

日本語訳はバッハの意図か

「平均律クラヴィーア曲集」! 不思議な題名ですね。
これはバッハの自筆譜に書かれている「Das Wohltemperirte Clavier」を翻訳したもので、昔から最も親しまれている翻訳です。

Das → 英語のThe
Wohltemperirte →英語の Welltemperament うまく調律された。現代ドイツ語では Wohltemperierte となり i と r の間に e が入ります。 
Clavier →クラヴィーアとは元来鍵盤の意味です。バッハの時代には、オルガン、ハープシコード、クラヴィーコードなど鍵盤楽器全般を指しました。ピアノの意になるのはほぼ1800年以降です。現代ドイツ語では最初がKで始まる Klavier と綴ります。

バッハは「うまく調律されたクラヴィーア」と書いただけであって「平均律クラヴィーア曲集」と書いた訳ではありません。英語では「うまく調律された」は Welltemperament、「平均律」は Equaltemperament と言います。日本ではこの区別ができていませんから「うまく調律された」を「平均律」と翻訳してしまったのです。

「ニューグローブ世界音楽大事典」によるとドイツ語の「平均律」に当たる語は
gleichschwebende =均一的にずれた、均一的に調律されたになります。
バッハは自筆譜にgleichschwebendet とは書いていません。
「うまく調律された」と言える音律は無数にありますが、平均律はただ一種類の音律です。翻訳が間違っていたのでバッハが「平均律」で弾いたと思い込んでしまった人が少なくありません。

1947年にバーバーが発表した誤訳説は次第に認識されるようになってきました。
しかし、これはまた1985年にR.ラッシュが発表した多角的な研究から覆されることになりました。
R.ラッシュによると、バッハは平均律の意味でこの表題を書いたというのですが、バッハ研究は毎日のように更新されていますので、今後の研究の成果を見守る必要があるでしょう。

常識を超えた「平均律クラヴィーア曲集」

世界で初めて、イコール式はバッハ平均律クラヴィーア曲集 第1巻、第2巻の 全曲をハ長調とイ短調に移調した楽譜を出版しました。
イコール式とは平均律の鍵盤楽器においては調性格がイコールであるという意味のイコールとコール・テンペラメント(12等分平均律、equal-temperament)の意味から名付けました。

「なぜ移調したのか」という疑問が投げかけられるとすれば「バッハ自身が移調を試みて平均律クラヴィーア曲集を完成したから」と答える他ありません。

専門家と言われる人達の中にもバッハが移調したことをご存知ない方が少なくないようです。
そういう方達は平均律クラヴィーア曲集を移調してはならないとお考えになるのです。

バッハ自身が平均律クラヴィーア曲集を移調したのですから移調してよいはずです。



移調しても良いもう一つの理由、それは調性格というものが、平均律の鍵盤楽器には実態として存在しないことです。

平均律において調性格は皆同一であるのに、ピッチの違いにこだわってしまうのです。調性格と混同してしまっているのはピッチ性格に他ならず、調性格とは全く別の話なのです。

ピッチ性格でない、本当の調性格を得るためには、平均律ではない古典調律に変えなくてはならないのです。


平均律では調性格は皆無です。
しかし、楽譜を見ると依然として調性格が感じられます。
視覚的なもので調性格があるように考えがちですが、楽譜は楽譜であって音楽ではありません。
実際の音響としては、平均律の鍵盤楽器で弾く限り、何調であっても皆同じ調性格です。



ピアノが一般家庭に普及し始めた 1850 年頃から 1900 年頃にかけて12等分平均律が
世界中を席捲しました。このことによって長い歴史に培われてきた不等分音律は姿を消しました。

調性格が実際の音響として存在していた不等分音律が、調性格の無い12等分平均律にとって代わられました。
それは色彩豊な絵がモノトーンの絵に変わったようなものです。

バッハ、モーツァルト、ベートーベン、ショパン等々の名曲は12等分平均律が一般的になる前に不等分音律でもって作曲されたものです。
作曲家は不等分音律ゆえに特定の調でもって曲想を得て作曲したのです。

これらのことを考慮せずに、12等分平均律の鍵盤楽器で弾いて作曲家が意図した本来調性格を壊しているのが現在の音楽活動です。

現在のピアノも電子楽器も同じく12等分平均律で調律します。
電子楽器のトランスポーズつまみを回して調を上げ下げした時、旋律や和声の本質が変化するでしょうか?

あるいは歌い手の音域に合わせるために調を上げ下げした時、旋律や和声が本質的に変化したと言えるでしょうか?

12等分平均律の楽器においては調を上げ下げしても、旋律や和声の本質は何の変化も受けず、調性格の変化もありません。

反対に不等分音律では調を上げ下げすると音階構造の変化に伴い旋律や和声が変化し、調性格も異なります。


現在は実際の音響としての調性格が無くなってしまったにもかかわらず、楽譜の上にだけ、演奏者の空想の中にだけ残っているのです。

「百聞は一見にしかず」と言うように、人は聴いたものより見たものによって物事を多く判断する傾向があります。
耳から聴いた音より目から見た楽譜の方を重視して音楽を判断している現在のピアニストは、あたかも絵画を耳で判断しようとする愚かな行為をしていることに気付く筆必要があります。

いやしくも音楽家であるならば、楽譜だけで判断するのではなく、音を聴いて判断することが大切です。

平均律の鍵盤楽器で演奏された音楽は、調の上げ下げによって旋律や和声が変化せず、調によって調性格が変化することもありません。
反対に不等分音律の鍵盤楽器では調を上げ下げすると音階構造の変化に伴って旋律や和声が変化し、調が変われば調性格も様々に変化します。

しかし平均律の鍵盤楽器であっても調の上げ下げによって音高=ピッチは変化します。ピッチについては後ほど詳しく述べますが、これは時代と共に変化してきたものであり、ピッチという絶対音高と調性格は別物です。

「平均律クラヴィーア曲集」の調を上げ下げしても12等分平均律の楽器で演奏する限り音楽の本質は何ら変化しません。
イコール式が提案するハ長調とイ短調で演奏しても、平均律の鍵盤楽器で演奏する限りにおいては音楽の本質は全く変化しないのです。

逆に言えば、原調の24の調で演奏しても平均律の鍵盤楽器で演奏する限り、その音楽の本質は同じであって、そこにはモードとして長調と短調の2種類しか存在しません。
もし、24種類の調性格を実際の音として聴きたいならば、不等分音律の楽器で演奏しなければなりません。

平均律の鍵盤楽器で演奏する「平均律クラヴィーア曲集」は本質的に長調と短調の2つしかないのに、わざわざ調号の多い調で弾くことは音楽の正しい理解を困難にしているだけではないでしょうか。

イコール式のハ長調とイ短調だけの楽譜を用いれば音楽の構造が一目瞭然に読み取れるのです。


音楽は長い歴史を通して相対音感で捉えられてきましたが、20世紀後半から絶対音感という考え方が台頭してきました。
このことによって、絶対音感という考え方が無かった時代の音楽まで絶対音感で演奏するようになってしましました。
音楽を最初から絶対音感で読むのではなく、まず相対音感で読むことが大切であり、それが作曲家の方法です。
よってイコール式は音楽の正しい理解への道を開くものです。







































バッハ定例会
第1日曜日 15:00 PM
第2金曜日 10:00 AM
第4土曜日 10:00 AM

第4回バッハ礼讃音楽会
日時:2017年7月30日(日)
午後2時
場所:山口県旧県会議事堂

富田庸講演会&公開レッスン
講演会:2017年9月9日 午後2時
公開レッスン:9月10日午前10時
場所:山口大学
大学会館1階大ホール
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<プロフィール>
鍵盤楽器の
新しい記譜法
「イコール式」を提唱

子供の頃、父と一緒に、バッハのフーガをピアノ分担奏で弾くことによって、声部進行を直感的に学び取った。爾来バッハの鍵盤作品の
とりこになった。

延べ400人の生徒のレッスンを通して、バッハのフーガを弾くことが音楽力を向上させる最も有効な手段であることを再認識した。
移調によって難易度を下げることで、ピアノの初心者も《平均律クラヴィーア曲集》に親しむことができる。

イコール式とは「鍵盤楽器においてどの調も皆同じ」という意味です。
なぜなら12等分平均律の鍵盤楽器における調性とは、ただ高さのみによって識別される2つの旋法、すなわち長調と短調の性格だけに限られるからです。
12等分平均律は勿論のこと、不等分音律を前提に論じたマッテゾンでさえも調性格の恣意性を指摘しています。
異名同音、ピッチの変動、バッハの手による移調の試みなどを考慮すれば、《バッハ平均律クラヴィーア曲集》の元調にこだわる必要は無くなります。簡単な調に移調して、まず親しむ方が大切なことです。
やわらかなバッハの会は既成概念にとらわれず、自分自身の判断で音楽の本質を探究するところです。
橋本絹代 著  『やわらかなバッハ』 春秋社
橋本絹代 編著 《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》


世界唯一! 平均律クラヴィーア曲集の移調
音楽の構造が良く解る










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<イコール式の意味>
*12等分平均律の鍵盤楽器においてはどの調も同じ(イコール)です *フーガの各声部は主従関係ではなく対等(イコール)です *12等分平均律の調律法はイコール・テンペラメントと言います *音名と階名が同じ(イコール)読み方です
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