やわらかなバッハの会 The Society of Soft Bach

先入観念にとらわれることなく、バッハの音楽に親しむ会です。
イコール式音楽研究所  所長  橋本絹代
Equal Method Music Institute President Kinuyo Hashimoto

良い音楽家とは

講演の題名である「よい音楽家とは」はコダーイ(1882年生)が約50年前に故郷のブタペストにあるリスト音楽アカデミーの終業式で語ったものです。
コダーイは作曲家としての他に、音楽教育のシステムに画期的な改革を行ったことで有名です。その改革とはトニック・ソルファを改良したソルフェージュ教育と「移動ド」唱法の導入、民族音楽の採用です。これらは日本にも「コダーイ・システム」として紹介されました。

まず、コダーイは音楽アカデミーの学生たちにシューマン(1810年生)著の「音楽の家訓と処世訓」を紹介しながら、ドイツの音楽教育がシューマンの理想とはかけ離れた欠点の多いものであったことを説明しました。
そして次にコダーイはこう述べました。「ハンガリーの音楽教育はシューマンの警告を意にも留めないでもっぱらドイツの悪い例に倣い、ソルフェージュ教育の痕跡すらなかったのです。ハンガリーの音楽アカデミーでは1882年になってやっとヴェルナーのコールユーブンゲンが使用されるようになりました。音楽の書き取りが導入されたのはその後の1903年のことです。」

コダーイが言う「音楽の書き取り」の意味は単に楽譜を書き写したり、楽譜をピアノの鍵盤に置き換えて指でなぞる行為とは全く違うものです。それは内的聴覚に基づくものです。ピアノの助けなしに初見視唱できる能力といってもよいでしょう。つまりソルフェージュと言われる音楽の基礎を意味しているのです。

以下はコダーイが講演で語った言葉です。
「輝かしいピアニストなのに、単純な一声部の旋律でもそれを書き留めることができなかったり、そんな旋律でも誤りなしに初見視唱することができなかったりするのです。こんなに内的聴覚が未発達なピアニストの場合、多数声部の複雑な曲などどう表象しようというのでしょうか。そんなピアニストは、指だけで弾いているのであって、頭と心では弾いていないのです。彼らは音楽家ではなくタイピストです。音楽アカデミーはポンポンとピアノを鳴り響かせるだけの高貴なお嬢さんを入学させることを目指すわけにはいきません。そんなお嬢さんたちは以前は「乙女の祈り」を弾き、今日ならバルトークの「アレグロ・バルバロ」を弾くことでしょうが、それが音楽とは全く関係のない人達であることは今も昔も変わりがないのです。」と述べました。
そしてコダーイは続けました。「卒業証書の名目上の価値と実際の価値との間のギャップはますます大きくなっていきました。学校が卒業証書を出すことによって、それを受け取った人の能力をはるかに超えた力量を証明したからです。」

「たしかに読譜ができなくても、名人的技量にまでこぎつけることはできます」

「訓練すべき初めの二つの要素はソルフェージュと和声楽式論によって習得されます。必要な捕捉は、できるだけ多面的な音楽活動によって行われます。室内楽や合唱に参加することなしには、よい音楽家になれないでしょう」

ここでコダーイが言っている「合唱に参加」するという意味はピアノ伴奏者としてではなく、自ら音程を取って歌うという意味です。アルトパートなどの内声は特に良い訓練になるでしょう。
ピアニストは自分の内的聴覚でもって次に出すべき音を頭に思い浮かべることができない人でもキーを叩けば簡単に目的の音を出すことができてしまいます。
自分の弾くピアノの音程が他者である調律師よって既に固定されているという鍵盤楽器特有の事情が内的聴覚を未発達のままにする大きな落とし穴になっているのです。

イコール式はこの大きな落とし穴に警鐘を鳴らすものです。内的聴覚なしでも鍵盤を叩けば音程がとれるという安易さのお陰で絶対音感的固定度読み鍵盤楽器教授法を推進してきました。内的聴覚は相対音感によって音の前後関係を認識して始めて習得できるものです。イコール式の目的の一つは内的聴覚を育成すことです。音符の読み替えなしでも移動ド読みができてしまう調、すなわちハ長調とイ短調による鍵盤楽器教授法を提案しています。

バッハのホ長調

バッハの鍵盤楽曲の中からホ長調についてを調べてみましょう。

当時最も傑出したオルガン奏者であったバッハは#♭3個までの調でオルガン曲を書きました。例外的に#4個のホ長調が1曲だけあります。それは「プレリュードとフーガ ホ長調 BWV 566」です。しかしこれはクレープスやケルナーが筆写した手稿譜ではハ長調になっており、ホ長調でもハ長調でも良いような曲です。

バッハはオルガン以外の鍵盤楽曲も#♭3個までの調が大半を占めています。#4個のホ長調は数えるほどしかありません。ホ長調は以下の8曲です。
インヴェンション6番 BWV 777
シンフォニア6番 BWV 792
フランス組曲第6番 BWV 817
平均律クラヴィーア曲集 第1巻の9番 BWV 854
同上          第2巻の9番 BWV 878
6つの小プレリュード BWV937
カプリッチョ「ヨーハン・クリストフ・バッハを讃えて」BWV 993
ヴァイオリンとチェンバロのための6つのソナタ BWV 1016

それではここでバッハが書いたホ長調の各曲の性格を一つづつ見てみましょう。
インヴェンションは軽やかで愛嬌があり、シンフォニアは田園的、フランス組曲は6曲中最も輝かしく、平均律のプレリュードは穏やかな気分、6つの小プレリュードは軽快なアルマンド、カプリチョは若さにあふれた活発な気分、ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタは穏やかな田園的気分です。
マッテゾンが言う調性格のホ長調は悲しい曲想ですが、バッハのホ長調の8曲は明るく活発、静穏な癒しが感じ取れます。

マッテゾンはミーントーン音律におけるホ長調の性格、バッハは不等分平均律におけるホ長調の性格です。調性格は音律が違えば当然違ってきます。12等分平均律のホ長調はマッテゾンやバッハともまた違った性格になります。
ただしここではっきりしている事は、12等分平均律のホ長調は1種類、それ以外の不等分音律のホ長調は無限にあるということです。
さらに言えることは12等分平均律におけるホ長調は特有の性格を持たず全長調が同じものになるということです。不等分音律においてはこのようなことは起こりません。

ホ長調の性格

ホ長調と一口に言っても音律によってその音階構造が違ってきます。

ミーントーンのホ長調は遠隔調に属します。主和音と下属和音は純正の長3度ですが属和音は極端に広い長3度です。半音の「嬰ニーホ」は76セント、「嬰トーイ」は117セント、全音の「嬰ハー嬰ニ」は234セントとなり音階は特殊な緊張を生じます。

キルンベルガー兇離枋皇瓦麓舅族擦伐実囲族擦極端に広い長3度、下属和音は狭い5度です。半音の「嬰ニーホ」は92セント、「嬰トーイ」は103セント、全音の「嬰ハー嬰ニ」は204セントとなり音階は幾分平均律に近くなります。

ヴェルクマイスター靴離枋皇瓦麓舅族察属和音、下属和音ともに平均律とほぼ同じ長3度ですが、主和音と下属和音は純正の5どです。半音の「嬰ニーホ」は96セント、「嬰トーイ」は96セント、全音の「嬰ハー嬰ニ」は204セントとなり音階は平均律に近くなります。

マッテゾンはホ長調の性格を「死ぬほど辛い悲嘆」、フォーグラーは「身を切るように辛い」、クラーマーは「尊大さが際立ち癪に障る」、シリングは「大声の歓声、笑い喜びこそすれ、ホ長調にはまだ完全に楽しんでいる様子はない」、シュテファニーは「太陽の壮麗さのように晴れ晴れと明るい」、ベックは「精神的な暖かさ」、ミースは「耳をつんざくような、愛らしい」などと主観的で相反する性格が述べられています。

バッハのホ長調とハイドン、モーツァルト、ベートーベンのホ長調はそれぞれの作曲家が好んだ音律が異なります。ホ長調はそれぞれの作曲家の感受性によって独特の個性を持っています。

クルーサスは「審美論 1731年」において「十分な基盤があるとは思えないので、すべての音階を分類してしまったり、それぞれの音階に帰せられる効果や性格について語るのは差し控える」と述べています。




コールユーブンゲン

音大受験生に馴染みのコールユーブンゲンですが、歌う前に序文を読んでみましょう。
コールユーブンゲンは1875年、ミュンヘン音楽学校の合唱練習書として公刊されました。合唱指導の任を委ねられたヴュルナーは音楽的目標到達のために3つの段階を定めて練習曲を作りました。
第1級・・音楽上の基礎学習、音程を正しくとる練習およびリズム練習
第2級・・多声的合唱の階名唱法、歌詞のある多声的唱歌の練習
第3級・・極めて難しい合唱の階名唱法、無伴奏大合唱曲の学習
わが国ではこの中から第1級のみをコールユーブンゲンと称して用いています。

ヴュルナーは旋律的進行、リズム、音程、和音などを楽器の力を借りずに表現させる練習として序文の中で次のように書いています。
「音程練習や和音練習は楽器の助けなしに行うべきである。階名唱法はまず伴奏なしで稽古させ最後になって始めて伴奏をつけるべきである。しかもその時、歌うべき音を(メロディー)をピアノでいっしょに奏してはならない。平均律に則って調律されるピアノを頼りにして正しい音程は望まれない」と。

ここから読み取れることはコールユーブンゲンが書かれた1875年の時点で既に平均律のピアノが一般的に使われており、その平均律の音程に則って歌うと正しい音程が得られないと認識されていたということです。そしてもう一つ重要な点は、階名唱法(移動ド)で歌うと書いてあることです。
正しい音程を得るためには平均律のピアノに頼らず、自分の耳で取ること、そして正しい音程は階名唱法(移動ド)によるべきだと言うのです。

続いて和音練習についてヴェルナーは「いわゆる困難な調と平易な調という分け方は当然意味のないことである」と書いています。この言葉の意味するところは何調であろうと、階名唱法(移動ド)ならば長調の主和音は常に「ドミソ」と歌うのですから、困難な調と平易な調という分け方は当然意味がないということです。
もし音名唱法(固定ド)で歌えば、ハ長調の主和音は「ドミソ」と平易な調ですが、嬰ヘ長調は「ファ♯ラ♯ド♯」と困難な調になるというわけです。

目次の第2級「多声合唱の階名唱法」も、第3級「極めて難しい合唱の階名唱法」も徹頭徹尾、階名唱法であり、ヴュルナーは音名唱法(固定ド)を全く用いないのです。

これほど明確にコールユーブンゲンの正しい使い方が指示されているにもかかわらず、わが国では序文に反する使い方、教授法が氾濫しています。
コールユーブンゲンを歌う練習に平均律のピアノで音取りする人が少なくありません。
さらに音名唱法(固定ド)で、絶対音感を自慢げ歌う人も多いのです。
絶対音感は音楽と全く無縁の能力ですが、絶対音感崇拝がもたらした日本独特の悪癖と言わざるを得ないのです。
作曲家ヴェルナーの意図に反した使い方でコールユーブンゲンを練習し、無事に音大に合格しても、真の音楽家にはなれないでしょう。

イコール式の鍵盤楽器教授法は階名唱法(移動ド)による教授法です。
コールユーブンゲンを作曲したヴュルナーの意図を汲み、階名唱法(移動ド)にこそ音楽の生命が存在すると考えています。
だからこそ、バッハの《平均律クラヴィーア曲集》をハ長調とイ短調に移調したのです。

《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》 は鍵盤作品の最高傑作を音楽生命の原点に立ちかえって学ぶ助けとなるでしょう。

Bach の象徴14

バッハは数の象徴による数学的な計画を音楽のなかに織り込みました。
数の象徴とは例えば以下のようなものを言います。
3=三位一体
5=5本の指、人間
6=天地創造にかかった日数
7=安息日、聖なる
10=十戒
11=律法の拒否、11人の弟子
12=信徒、教会
13=ユダが裏切ろうとしていた時食卓には13人いたことから罪と災い
14=バッハ

14がバッハ(Bach)になるのは漢字の画数を足して総画が14になるというのに似た考え方です。ローマ字に画数があるのは変ですが、AからZまでの26文字を1から順に番号を付けていき、最後のZが24になります。ローマ字は26文字あるので、IとJは両方とも9画、UとVは両方とも20画と数えて最後のZが24画になるように帳尻を合わせます。この方法でバッハ=BACHを数えると、B=2,A=1,C=3,H=8ですから合計すると14ということになるのです。

バッハの代表作である《平均律クラヴィーア曲集》に網羅されている理論上考えられるすべての調の数は24、ローマ字による画数も24と共通しています。

また、バッハは《平均律クラヴィーア曲集》の最初のフーガを14個の音符からなる主題(1巻1番
C−Dur フーガの主題)で開始することによって第1巻の頭に自分の印章を押しました。実際の印章にもバッハは14粒の真珠を使っていました。

「イギリス組曲」「フランス組曲」「パルティータ」などは神が天地を創造したまいし6日間に敬意を表すためにそれぞれ6曲がセットになっています。

コラール前奏曲「これぞ聖なる十戒」では主題を10回登場させています。

またバッハは意味のある数字をたしたりかけたりした数字も象徴として用いました。
例えば21は「聖なる7」の3倍した数ということで「聖なる」という言葉を3回繰り返すという意味になります。
《平均律クラヴィーア曲集》の1巻24番、2巻1番、2巻24番といったけじめのフーガを7×3=21個の「聖なる聖なる聖なる」音符で構成した主題で結んでいます。
さらにある音楽が64小節で作られている場合は Kyrie(10+23+17+9+5=64)であるなど 、音楽の小節数と聖書の何章何節との関連や詩編の番号との関連による数の象徴は果てしなく続きます。

数の象徴の歴史についてはシュミット著『聖書における数』、エンドレス著『数の神秘と魔術』、ヤンゼン著『バッハ数の象徴』、フェルトマン著『数の神秘』、スメント著『バッハその名の呼びかた』『ルターとバッハ』、タトロー著『バッハの暗号 数と創造の秘密』などに詳しく述べられています。

ニッセンはバッハ年鑑(1951年)に書いた論文のなかで、バッハが平均律クラヴィーア曲集を「神の聖霊と天地創造で始まり、死せるキリストの復活で終わるキリスト教の世界のドラマを音楽で描いたもの」にするつもりであったと主張しました。

数の象徴がバッハの音楽に対してどの程度本質的なかかわりを持つかは研究者の意見が分かれるところですが、スメントらによって新たな研究分野が開かれたことは確かです。しかし数の象徴というものがあまりに際限なく広がってしまったために単なる「こじつけ」と見なす研究者もいます。例えばバッハ研究所に勤めたこともあるヴェントは「バッハと13」という挑戦的な題名の論文で何でもこじつけられるということを証明しようとしました。

2巻 嬰ハ長調 フーガ

バッハが自ら移調した作品のひとつである平均律クラヴィーア曲集2巻の3番嬰ハ長調フーガを見てみましょう。
バッハは#7個もの調号をもつ嬰ハ長調を平均律クラヴィーア曲集でだけ使用しました。
当時の調性格論者マッテゾン(1681生)は嬰ハ長調を「その効果がまだあまり知られていない」調に数えています。

このフーガはバロック音楽特有の高貴な華美に包まれていますが、その初期稿は素朴なハ長調フゲッタとして書かれたものです。(写真)
バッハは19小節しかないフゲッタを35小節に拡大し、トッカータ風の処理など大幅な手直しを加え、ハ長調を嬰ハ長調に移調して収録しました。初期稿
平均律クラヴィーア曲集は全曲が一度に書き下ろされたものではなく、折にふれて書かれたプレリューとトフーガを改作して編纂したものです。編纂時に移調されたと思われるものを以下にあげてみましょう。移調は調号の#♭が多いものから少ないものへ行われています。

1巻8番 変ホ短調フーガは 二短調から移調、2巻7番 変ホ長調フーガは ニ長調フゲッタから、2巻8番 嬰ニ短調は ニ短調から、2巻17番 変イ長調フーガは ヘ長調フゲッタから、2巻18番 嬰ト短調はト短調から移調されました。

平均律クラヴィーア曲集の中で音楽史上初めて用いられた調も幾つかありますが、そこで表現されている気分も従来になかった新しいものということはできません。
バッハは調性格の確立に重点を置いたのではなく、24すべての調を踏破することが「平均律クラヴィーア曲集」の目的でした。

バッハは移調によって音楽の本質が破壊されるとは考えていなかったのです。
イコール式で移調した楽譜も音楽の本質を破壊するものではありません。特に平均律でもって演奏する場合には全く利に適っていると言えます。
イコール式移調で音楽を相対音感的に学ぶことは良い耳を育てる最良の方法です。

ピッチの歴史

ピッチとは音高のこと。
オーケストラがチューニングする時にA音のピッチが440であるとか442であると言う使いかたをします。

ピッチに関する最古の説明書は中全音律の体系を初めて記述したアーロン(1480生)によるものです。1523 年の著作「音楽におけるトスカーナ人」の中で、ハープシコードの調律に関して「最初のC音を任意のピッチに置いてよい」と教えています。

また、最古のヴィオラ・ダ・ガンバ教則本を書いたガナッシ(1492生)はその本の中で「声とヴィオラ・ダ・ガンバのピッチは作品や演奏能力に合わせて自由に変えて良い」と明言し「美的に理想と思われるピッチより半音高くして危険を冒すよりも、理想よりも全音低いピッチを選んだ方が良い」と主調しました。

無秩序なピッチの時代を経てバッハの時代は町ごとに違うピッチが存在し、オルガンは高いピッチが多く、聖歌隊は歌うことが楽な低いピッチが多いという状態でした。
バッハがハンブルクで弾いたオルガンは、彼がドレスデンで弾いたオルガンよりほぼ短3度高く調律されていましたが、ピッチを揃えるために移調したという可能性は考えられません。
なぜなら、当時のオルガンはウルフ5度を持つ調律であったので移調することはできなかったからです。
バッハはハ長調の曲を変ホ長調のピッチで演奏したことになります。

記譜された音とピッチを厳密に一致させるという概念は当時の音楽家には無縁のものでした。
18世紀以前にはピッチそのものを指す特別な用語さえ存在しなかったのです。

不等分音律の時代に多くの理論家が異なる調の性格について論じましたが、特定のピッチとの結びつきを主張したものはありません。
調の性格を決定するのはピッチではなく、その調に固有の音程の違いだからです。

プレトーリウスの計測を元に研究された1500年〜1850年のピッチはA音が360〜510となっています。これは標準音A=440の場合、ほぼF〜Hに当るピッチが存在した
ことになります。

1850年以降、平均律や絶対音感という考え方の発展と共に正確なピッチの基準を維持し得ると考えられるようになりました。
1858年パリでは政府の委員会が標準音A=435という結論を出し、1939年の国際会議においてA=440の採用が決定されました。

ピッチを歴史的に見てくると音楽の本質と無関係であることが分ります。
18世紀は現在より約半音低いピッチであったと言われますのでバッハの時代のロ長調は現在のピッチではハ長調になってしまうわけです。
イコール式は意味のないピッチにはこだわりません。
音楽の本質はピッチと無関係です。
大切なことはピッチではなく相対音感によって音楽の構造を理解することです。

ざる教授法

ビルロート(1829生)はブラームスとの往復書簡で知られているドイツの外科医です。彼はホームコンサートで自らヴィオラを受け持ってブラームスの室内楽曲を演奏するなど音楽に造詣が深い人物でした。これから紹介する話は彼の著書「音楽的なのは誰か」から引用したものですが、この話はピアノ教授法のあり方に対する問題の核心をつくものです。

**ピアノを習っている少女はモーツァルトの曲を家で3週間も練習してから、先生に見てもらうためにレッスンに出掛けました。遅刻したので先生はピアノを弾いていました。少女は暫くその演奏に耳を傾けてから訊ねたのでした。「先生の弾いておらた曲は何ですか?」先生は驚いて「これは今日あなたがレッスンに持って来た曲ではありませんか」と答えました。少女はレッスンが始まると、その曲を上手に弾いたということです。**

実を言うとこの少女と同じ生徒は日本にも外国にも沢山いるのです。過去に仕上げた曲や、現に今さらっている曲なのに、楽譜を目で確認しなければその曲と分らない少女は多いのです。

なぜ、このような現象が起きるのかというと、音楽を指の感覚や楽譜写真の記憶として経験しているからなのです。それは音楽を耳や頭の中に持ち合わせないことを証明しています。指は耳や頭が命ずることをやらなければならないはずなのに、頭は真っ白で指の感覚に任せて弾くのは間違っています。このような少女は演奏会が近付くと暗譜が不安で恐怖心に苛まれます。一旦ステージで止まってしまうと、頭は真っ白、指は感覚を失い次の音を探す手がかりを失ってしまいます。

ビューロー(1830生、ドイツの指揮者、ピアニスト)は「歌えない人は---声の良し悪しにかかわらず---ピアノも弾くべきではない」と言っていますが、これは内的音感覚の大切さをのべたものです。内的音感覚で音楽を捉えその記憶でピアノで演奏することの大切さを述べたものです。ビルロートが描いた少女の先生も、ビューローが言うように内的音感覚を伸ばし、その記憶で音楽を演奏させる教授法に変えて欲しいものです。内的音感覚があれば楽譜を写真として記憶するのではなく、音として記憶することが可能です。内的音感覚をないがしろにした教授法は、糸の端に玉止めをしないで、針を進めるようなものです。どんなに上手に速く針を進めて縫っても、永久に着物はでき上がらないのです。生徒に沢山の曲を教えても、指の感覚が覚えているだけで、頭の中はカラッポのままのザル教授法となってしまいます。ザル教授法を防ぐ玉止めは内的音感覚です。内的音感覚を成長させる最も良い方法は相対音感でもって教授することです。イコール式は正にこの点を改良すべく考案したものです。

例えばモーツァルトのピアノソナタ K331 イ長調の冒頭部分「Cis-D-Cis-E--E」はイコール式の楽譜では「E-F-E-G--G]となります。従来の楽譜をそのまま固定ドで読むと音の機能が分らず、単に弾くべき鍵盤を指定するのみですから、内的音感覚の成長は望めません。これを移動ドで読めば、音の機能は分かりますが、弾くべき鍵盤と階名が食い違うという混乱が起こります。それ以前に移動ドに読み替えるのは大変難しい壁があります。イコール式の楽譜は読み替えを無くしました。しかも音の機能が理解できて、弾くべき鍵盤との間に混乱が生じません。絶対音感を持つ人も、持たない人も両方とも内的聴覚を伸ばすためには相対音感による読み方が必要です。

現状のピアノ教授法は、絶対音感を基準にした読み方で行われていることが大きな問題です。幼少期に絶対音感教育と無縁であった人、つまり相対音感保持者対しても、絶対音感教授法を用いるのは更に大きな問題です。現状のピアノ教育は「移動ド」に読み替えるのが難しい、固定ドが便利という安易な理由だけで音楽の根幹に関わることがおろそかにされています。

イコール式はこのことに警鐘を鳴らし内的音感覚を成長させることを目指した教授法です。イコール式はすべての音楽をハ長調とイ短調で記譜する方法です。イコール式は単に移動ド読みの難しさを取り除いただけではなく、読んだ音と弾くべき鍵盤が一致する方法です。従来の移動ド読みでは階名と弾くべき鍵盤名が食い違うという混乱がありましたがこれを解消しました。ハ長調とイ短調だけが相対音感保持者のみならず絶対音感保持者の耳にも無理なく受け入れることができる調です。





絶対音感

絶対音感とは先行するいかなる音も参考とすることなく、ある音の高さを言い当てる、あるいはその高さの音を出す能力を言います。
一口に絶対音感といっても、ジェット機の爆音、鐘の音、鳥の鳴き声までも識別できる人間周波数測定器のような能力から、特に親しんでいる楽器や特定の音域に関してのみ識別能力を示すものまで様々な段階があります。

そもそも絶対音感という概念は世界中のピアノが12等分平均律になった後に、この調律法のピアノによって作られたものです。ですから19世紀末頃からの概念です。
aを440Hzとするとg は395Hz(小数点以下四捨五入)になりますが、これは12等分平均律の場合に限ります。
同じg 音でもピュタゴラス音律ならば391Hz, 中全音律ならば394Hzです。ですから標準音aが440Hzの場合の395Hz だけがg音であるとは言えないのです。
また歴史的にみても標準音は変化しており、最近のオーテケストラの標準音は 440Hz より上昇傾向にあります。その場合いったい何Hzをもってg の音だというのでしょうか。
また、何Hz から何Hzまでがgis音 でなくg音 に留まると言い得るのでしょうか。甚だ疑問であります。

もともと音楽は祈りとして発祥しました。まだ楽譜という記譜法がなかった頃、記憶に頼って伝承されたフレーズは自由な高さで歌われました。やがて記譜法が発明され、音楽が目で見えるようになりました。しかし楽譜に書かれた音と実際の音高の関係は全く自由なものでした。音高とは歌手の歌いやすい音域という意味でした。
バッハの時代になると一応の標準音というものがありました。しかし標準音といっても町ごとに違っているものでした。
作曲家たちは音高にはさほど関心を払いませんでした。音高に音楽の生命があるわけではないからです。

私たちが歌を歌う時、楽譜と違う高さで歌ったとしても、移調して歌ったとしても音楽そのものには何の変化も起こりません。シューベルトの歌曲集は上声用、中声用、低声用と3種類の異なる調で出版されていることは皆様ご存知のことと思います。カラオケを歌うときも、私たちは歌いやすいキーに変えて歌います。

昨今の日本では絶対音感を持っていることがプロの必須条件であるかのように誤解されていますが、これは音楽を破滅に導く愚かな考えです。絶対音感は音楽の生命と全く無縁であるばかりか、絶対音感が音楽をする上で邪魔になることも多いのです。音楽にとって重要なものは絶対音感ではなく相対音感です。相対音感を伸ばすことが音楽力を伸ばすことなのです。
もし不幸にして幼少時に絶対音感教育を受けさせられた人は、本当はハ長調とイ短調の曲しか弾いてはならないのです。
なぜならハ長調とイ短調だけは、固定ドで読んでも移動ドで読んでも、シラブルが同じだからです。
イコール式はすべてをハ長調とイ短調の2モードで記譜しますから、絶対音感者も相対音感者も使えるようになっています。
『イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集』を使って全曲制覇を試みることは真の音楽力を伸ばす近道です。

バックハウス

20世紀前半最高の一人に数えられるバックハウスはドイツのピアニストです。
彼は「平均律クラヴィーア曲集」の中のどの曲も、あらゆる調で自由に弾くことができたといいます。
なぜこのような超人的なことができるのかいうと、音楽を相対音感的に捉える訓練が必要なのです。
子供の時から、相対音感(=移動ド)で簡単な曲を他の調で弾く訓練をしていれば、《平均律クラヴィーア曲集》を弾く頃になってもそれほど難しくはないはずです。

現在のピアノ教育は絶対音感(=固定ド)が主流であり、相対音感(=移動ド)は絶対音感を持たない音楽的敗者の方法と誤解されるようになってしまいました。
絶対音感保持者にとって、移調によるピッチの変動は耐え難く、《平均律クラヴィーア曲集》の移調奏はまず耳が拒否してしまうでしょう。
音楽を鍵盤と指の感覚で覚えている人にとっては、たちまち指の運びに支障をきたす移調奏は困難です。
楽譜で音楽を覚えている人は、音部記号を変える感覚で多少対処できますが、日頃使わないハ音記号などは、たちまち頭の混乱を起こし、移調がスムースにいきません。

このように絶対音感ピアノ教育では《平均律クラヴィーア曲集》の移調は難しく、音楽を相対音感で覚えている人は比較的楽に移調奏ができるのです。
ピアノの楽譜は絶対音感(=固定ド)で読む人が大半ですが、非絶対音感者の中にも、固定ドで《平均律クラヴィーア曲集》を弾く人は少なくないのです。
この現象は根幹的な大問題をはらんでいますがこれについては拙著に詳しく述べました。(『やわらかなバッハ』 橋本絹代 著)

リスト(Franz Liszt 1811〜86)は19世紀の華麗なるヴィルトゥオーソですが、彼は 10 才の時、ハンガリーの貴族たちから提供された奨学金でもって父親と共に、ウィーンに移住しました。
そこでリスト父子は有名なベートーベンの門を叩きました。
ベートヴェンは何度も入門を断ったのですが、あまりの熱意に根負けしたベートーヴェンは幼いリストに「今弾いたバッハのフーガを別の調で弾けますか」と問いました。
10才のリストは移調を見事にやってのけたということです。もしリストが絶対音感をもち、音楽を固定ドでとらえていたら移調奏はできなかったでしょう。
リストの秀でたピアノテクニックは相対音感(=移動ド)がもたらした精華といえるでしょう。


相対音感的訓練こそ、真の音楽家の基礎となるものです。絶対音感は音楽家にとって邪魔にこそなれ音楽力とは無縁のものです。
イコール式はハ長調とイ短調の基礎調を用いますので、音楽を相対音感的に捉えることが容易です。
相対音感こそが音楽家としての良い耳を育てるのです。
やわらかなバッハの会
〒753-0072 山口県山口市大手町
3−6 大手町ビル4F
毎週土曜日 輪奏会17:00 PM
第2金曜日 輪読会10:00 AM
毎月1回   対話集会17:00 PM
都合により日時を変更する場合もありますので初めての方は事前にご連絡ください

お問い合わせはこちら

<プロフィール>
やわらかなバッハの会 
会長 橋本絹代
新しい鍵盤楽器記譜法「イコール式」の創始者

子供の頃、父と一緒に、バッハのフーガをピアノ分担奏で弾くことによって、声部進行を直感的に学び取り
バッハのとりこになった。
これまで約400人のピアノレッスンを通じて、バッハのフーガを弾くことの重要性を認識し、初級者でもバッハ演奏を楽む方法を提案。

2007年 世界で初めての楽譜《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》カワイ出版 

2009年 音楽書『やわらかなバッハ』春秋社

2013年「やわらかなバッハの会」設立

2014年 バッハ礼讃音楽会 (於 旧県会議事堂) 毎年開催

2016年 バッハ・イン・ザ・サブウェイズ (於 新山口駅南北自由通路 )毎年開催

2017年 Bach Network UK 対話会議研究発表 (於 ケンブリッジ大学)

Prof.Yo Yomita (富田庸) 講演会「バッハを嗜む」主催 (於 山口大学)

イコール式とは「鍵盤楽器においてどの調も皆同じ」という意味です。
なぜなら12等分平均律の鍵盤楽器における調性とは、ただ高さのみによって識別される2つの旋法、すなわち長調と短調の性格だけに限られるからです。
12等分平均律は勿論のこと、不等分音律を前提に論じたマッテゾンでさえも調性格の恣意性を指摘しています。
異名同音、ピッチの変動、バッハの手による移調の試みなどを考慮すれば、《バッハ平均律クラヴィーア曲集》の中の難しい調を簡単な調に移調してまず親しむことが大切です。初級者は更にそれをアンサンブルで楽しむことが大切です。
やわらかなバッハの会は既成概念にとらわれず、自分自身の判断で音楽の本質を探究するところです。


世界唯一! 平均律クラヴィーア曲集の移調
音楽の構造が良く解る










Amazon


<イコール式の意味>
*12等分平均律の鍵盤楽器においてはどの調も同じ(イコール)です *フーガの各声部は主従関係ではなく対等(イコール)です *12等分平均律の調律法はイコール・テンペラメントと言います *音名と階名が同じ(イコール)読み方です
Archives
記事検索

イコール式チラシ
  • ライブドアブログ