やわらかなバッハの会 The Society of Soft Bach

先入観念にとらわれることなく、バッハの音楽に親しむ会です。
イコール式音楽研究所 所長 橋本絹代 Kinuyo Hashimoto

多声音楽は連弾で弾こう



鍵盤楽器は一人で3声、4声を受け持って多声音楽を演奏しますが、管楽器や声楽はその特性から1声しか受け持つことができません。人間の頭は一つしかないのですから、一人1声が基本です。無理して3声4声を弾いても、頭の中はテーマが出てくるパートを綱渡りしているだけで、結局一度に1声しか聞いていない場合が少なくありません。曲の最初から最後まで、たった一つの声部でさえ1音もらさず横の流れを聞き取って演奏できる人は稀です。
鍵盤楽器も無理せず、アンサンブルで多声音楽を楽しみましょう。
イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集は全曲をハ長調とイ短調に移調しました。鍵盤曲の私の音楽の原点は父と一緒に1台のピアノで連弾したバッハの多声音楽です。
父は大阪フィル創立名誉指揮者の朝比奈隆が学んだ京都大学交響楽団でクラリネットを吹いていました。朝比奈隆は京都大学法学部を卒業後、再度文学部に入学するなどして、京都大学交響楽団指揮者のメッテルに学び、やがてプロの指揮者になってしまった方です。朝比奈隆は世界中のオーケストラを指揮し、グレン・グールド、メニューヒン、パールマンなどと協演しました。また音楽人としては山田耕作以来2人目の文化勲章受賞者として、93歳まで現役指揮者を通すという輝かしい生涯でした。
父は先輩の朝比奈隆を尊敬しながら、大学ではクラリネット、家ではオルガンに親しみました。卒業後はOBオーケストラを楽しみにし、仕事で海外に出張した時は必ずその地のオーケストラを聴いてくるという愛好家でした。
私が父から受け継いだものを一言で言うと「アタマ、アタマ!」です。
この言葉は朝比奈隆の師であるメッテルの言葉です。メッテルはウクライナに生まれ、大学で法律を学んで弁護士になり、その後、リムスキー=コルサコフやグラズノフについて音楽を学びました。奥さんが宝塚歌劇団の日本人であった縁で、京都大学交響楽団の指揮者になった人です。

音楽を愛した父と子供だった私は、ちょっと変わったピアノ連弾をよくやりました。それはピアノソロ用の楽譜を上段と下段に分けて2人で分担して弾く連弾です。この方法は片手練習の手軽さで曲全体が音になるのでブルグミュラー、ソナチネ、ソナタ、バッハ、その他の名曲を簡単に楽しむことができました。とくに多声音楽の声部進行には連弾が最適な方法でしたので、子供だった私でも直感的にバッハの声部進行を学び取ることができました。その時以来バッハのフーガに魅せられ、多声音楽意外のものを物足りなく感じるようになりました。

バッハのフーガは難しいとされて初心者のレッスンでは敬遠されがちですが、連弾で弾けば簡単です。管楽器や声楽の人は最初から1声分しか担当できません。ところが鍵盤楽器奏者は頭が一つしか無いのに、一人で幾つもの声部を弾かなくてはなりません。それ故にテーマばかりを拾って繋ぐパッチワークのような演奏になり勝ちですが、連弾で弾けば簡単に声部進行を正しく理解できます。

一人ですべての声部を弾く醍醐味も捨て難いものですが、アンサンブルの形で弾く楽しみはまた格別なものがあります。
最高峰である「バッハ 平均律クラヴィーア曲集」を是非アンサンブルでお弾きください。カワイ出版のご協力を得て、世界に類を見ない、バッハ平均律クラヴィーア曲集を発売中。http://blog.livedoor.jp/equal_shiki/

調を表す#と♭はもう要らない

ベートーベンの悲愴ソナタは調号の♭が3つ付いたハ短調です。ベートーベンに限って言えば、ハ短調は悲劇的な感情に満ちた作品を支配しています。

これはベートーベンが作曲する際に弾いたピアノがキルンベルガー音律であったことと深い関係があります。キルンベルガー音律のハ短調はピュタゴラスに近い主和音と中全音律に近い属和音を持ちます。これらの特徴が、ベートーベンにとっては悲劇的な感情と強く結びついていたのでしょう。

もし、ベートーベンが平均律のピアノで作曲していたらどうなったでしょうか。平均律は主和音も属和音もすべての和音が同じ響きをもつモノトーンの世界です。すべての調が均一ですからハ短調だけが悲劇的なわけでも何でもありません。平均律に調性格は存在しません。

ベートーベンが調にこだったのは調性格が存在した証拠です。
つまり、調性格が存在する不等分音律のピアノで作曲したからに他なりません。

平均律のピアノが普及したのは大体ドビュッシー以降ですから、古典派やロマン派の作曲家の殆どは不等分音律のピアノで作曲したことになります。

現在、私たちは平均律のピアノを弾いています。平均律に調性格は存在しないので、ベートーベンの悲愴ソナタをハ短調で弾いてもその他の調と比べて、特に悲劇的な感情が感じられるわけではありません。悲愴ソナタを何調で弾いても同じです。悲愴的な感情は和音や旋律にあるのであって、ハ短調という調にあるわけではありません。

奏いう訳でイコール式はすべての調性音楽をハ長調とイ短調に移調して考える合理的な記譜法を用います。すべての長調はハ長調にすべての短調はイ短調に移調しますから、ハ短調の悲愴ソナタはイ短調に移調して弾きます。ハ短調とイ短調は短3度離れますが、そのことによって音楽の和音や旋律は変わるのではありません。

音楽は音の高さ=周波数で変わるのではなく、和音や旋律で変わるのです。
例えばバッハは普通より短3度高く調律されたオルガンを平気で弾きました。これは周波数からいえばイ短調からハ短調に高くしたようなものですが、音楽は何ら変わりません。

イコール式は提案します。
これからはすべての調性音楽をハ長調とイ短調で弾きましょう。
すべての調はハ長調とイ短調からの移調として考えましょう。
もう調を表す#や♭は要りません。




イコール式の移調

平均律における移調とは旋律のキーを変えることにほかなりません。即ち旋律の音の高さを変えることが移調です。1オクターヴには12の鍵盤がありますから移調は12通りあることになります。

例えばイ長調の曲を歌手が歌い易いように半音下げて歌う場合、歌手は変イ長調で歌います。反対に輝かしい効果を狙って半音上げて歌う場合、歌手は変ロ長調で歌います。このような移調はただ単に音の高さを調節する目的で行われます。

また、オーケストラの楽器の中で、トランペットやクラリネットのような移調楽器のために他の楽器とは違う調の楽譜を用意する場合もあります。これも旋律の音の高さを他の楽器と揃えるためであり、やはり単に音の高さを調節する目的で移調されます。

ところが、イコール式は全く異なる目的で移調します。
イコール式は鍵盤楽器奏者が絶対音感的な思考方法で音名読みすることを避ける目的で移調されます。

例えばイ長調の鍵盤楽曲はイコール式では必ずハ長調に移調されます。すべての長調がハ長調に移調されます。そうすることで何調でも音名読みであると同時に階名読みができるのです。階名読みにおいては、曲の終わりの音を必ず「ド」と読むことができます。ですから言い換えればイコール式の移調は12通りの中のひとつであるハ長調ではなく、唯一の「ド長調」です。

イコール式では短調の曲の終わりの音は必ず「ラ」と読むことが出来ますので「ラ短調」です。長短調各12通りの調があるのではなく、「ド長調」と「ラ短調」の二つしかないのです。平均律において、作曲家は長調にするか短調にするかの選択肢しかないのです。陰と陽、天と地、男と女 山と川、ド長調とラ短調のごとく世界は二つなのです。

もし、絶対音感のある人がイ長調の曲をイ長調の高さのままで階名読みすると何が起こるでしょうか。階名読みで「ド」と読みながら、実際には「ラ」という音名の音が鳴るのですから、絶対音感のある人にとってこれは耐え難い状態が生じます。
しかし、イコール式では「ド」と読みながら、実際に「ド」という音名の音が鳴るので絶対音感があっても心配がありません。

反対に、絶対音感がない人にとってはどうでしょうか。イ長調の高さのままで階名読みすると「ド」と読みながら実際には「ラ」の音名の音が鳴るわけですが、絶対音感がない人はその音を「ラ」とは認識できませんので何の問題も生じません。

絶対音感がない人にとっては問題が生じない階名読みでも、イコール式の方が優れている点は移動ド読みという非常に困難な読み方を回避できるところにあります。見たそのままが階名ですから、音名から階名に読み替える必要がないのです。

メロプラスト法

メロプラスト法
メロプラスト法とは音部記号のない5線譜表のことです。フランスのガラン(1786〜1821)が考案し、ガラン=パリ=シュヴェ法の中で用いられる指導法です。

図をクリックして拡大していただくと、一人の教師と楽器を持っていない生徒たちとのソルフェージュの授業風景であることが分ります。前のボードには5線と上下各2本の加線が書いてあり、音部記号がありません。教師が棒で指し示しているのは第2線です。もし、音部記号としてト音記号が書いてあると想像して読めば、教師の棒は「ソ」の音を示していることになります。
しかし、メロプラスト法では音部記号がなく、「ド」の位置が移動するので、これが必ずしも「ソ」になるとは限りません。つまりメロプラスト法では、「ド」の位置を何処にするかによって、教師が指している第2線が「ドレミファソラシ」の中のどれか一つという7つの可能性を持つことになります。

教師が7種類もの「ド」記号で読む練習をさせているということは、言い換えれば移動ド読みの練習です。ピアニストは普段、7種類もの「ド」記号で読む練習をしていないので、調ごとに「ド」の位置が変わる移動ド読みは苦手という人が多いでしょう。苦手というより、ピアニストの特性として、移動ド読みを排除して、固定ド読みの人が多いでしょう。

この現象は従来のピアノ教授法がもたらした当然の結果と言えます。従来の教授法では、まず最初に下第1線の「ド」がピアノの真ん中の「ド」であると教えます。これは明らかに1種類の「ド」記号しか念頭に置いていない教授法です。本当は「レ」と読む場合や「ミ」と読む場合など調によって7種類もあるのです。もっと厳密に言うならば「ド」と「嬰ド」を分けて12種類あることになります。
下第1線を何と読むかという問題は音部記号と調によって様々に異なります。

こういったことを考慮せずに、従来の教授法ではたった一つの読み方で短絡的に「ド」と教える場合が多いのです。その結果、音楽的白紙状態にある生徒が初歩の段階から固定ド読み教育を受けてしまうのです。ハ長調の次にト長調が出てくる頃には、既に移動ドで読む芽を摘まれてしまっているので、ト長調の「ドミソ」を「ソシレ」と読んで何の疑問も持たなくなっています。そして、どんどん調号が増えるに従って、固定ド読みの教授法が続いていくのです。

イコール式では、すべての調性音楽をハ長調とイ短調に移調した楽譜を用います。
これは1種類の「ド」記号だけであらゆる調の音楽を、正しく読むことができる方法です。イコール式は固定ド読みの弊害を改め、音楽を正しく理解するための相対音感による鍵盤楽器教授法を提唱しています。

バッハ時代のソルミゼーション

バッハが平均律クラヴィーア曲集第1巻の巻頭に書いた「長3度ドレミ、短3度レミファに該当するすべての全音と半音によるプレリュードとフーガ」と言う表現にバッハ時代のソルミゼーションが感じられます。バッハの巻頭の言葉は24すべての調を網羅した曲集と言う意味ですが、現代人なら、長3度をドレミ、短3度をラシドと書くのではないでしょうか。では何故バッハは短調を意味する短3度を「ラシド」ではなく「レミファ」と書いたのでしょうか。

これについて考えるにはグイードが考案したとされる6音音列のヘクサコードを簡単に説明しなくてはなりません。
ヘクサコードとは2オクターヴと6度に渡る声域を「ドレミファソラ」の6音を使ってムタツィオ(階名の読み替え)しながら歌う実践的な階名唱法です。ヘクサコードには自然、硬い、軟らかいの3種類があります。自然なヘクサコードはハ長調、硬いヘクサコードはト長調、軟らかいヘクサコードはヘ長調と考えると理解し易いでしょう。

ヘクサコードでは「ミファ」は必ず半音になります。また現在の「シ」に当たる音はフラットが付くときは「ファ」、ナチュラルあるいはシャープのときは「ミ」と歌います。余談になりますが、ナチュラルとシャープは同じ意味として用いられた時期もありました。

バッハの弟子であるアグリーコラ(1702〜74)が書いた「歌唱芸術の手引き」によるとムタツィオは上昇のときは階名「レ」によっておこなわれ、下降のときは階名「ラ」によっておこなわれました。また、バッハ時代の人々はハ調以外の長音階はすべてハ調からの移調として歌い、イ調以外の短音階はすべてイ調からの移調として歌いました

アグリーコラの方法で自然ヘクサコードから硬いヘクサコードに「レ」でムタツィオすると「ドレミファソレミファ」となります。これが今日で言う7音音列であるハ長調音階の歌い方です。

次に硬いヘクサコードから自然なヘクサコードに「レ」でムタツィオすると「レミファレミファソラ」となります。これが今日で言うイ短調自然音階の歌い方です。

ヘクサコードの大まかな説明に留めましたが、これでバッハが平均律クラヴィーア曲集1巻の巻頭に書いた「短3度レミファ」の意味がお分かりいただけたかと思います。バッハの時代、今日で言う短調は「レミファ」と階名唱しました。そもそもヘクサコードの中に「シ」と言うシラブルがないのですから短調を「ラシド」と階名唱することは不可能でした。

イコール式はすべての調をハ長調とイ短調から移調したものとして考えます。
バッハ平均律クラヴィーア曲集全48曲をハ長調とイ短調に移調したイコール式版を出版しました。





ドレミの意味

誰もが知っているドレミにはどんな意味があるのでしょうか。
音の名前であることは確かですが、音の名前には、音の機能を表す「階名」と、音の高さを表す「音名」の2通りがあります。異なる意味を持つ2つのものが同じドレミで歌われるのは何故なのでしょうか。

歴史上初めてドレミを考案したのは995年頃に生まれたとされるグィードです。彼はイタリアのベネディクト修道院で学んだ修道士で、少年聖歌隊の指導にあたり、中世教会の音楽理論を大成させた人として有名です。彼はドレミを使って、階名唱法を考案しました。ドレミというシラブルは「聖ヨハネの賛歌」から取ったものです。この歌は各行の最初の音が音階順に上がっていくことから、各行の頭の文字を取ってドレミ〜と並べました。従って、各行の頭の文字を連ねたドレミ〜そのものに詩的な意味があるわけではありません。グィードが発案したドレミは今日も音階の組織を表す「階名」として重要な意味を持っています。尚、階名唱法を容易にし、音階の組織を覚え易くする「グィードの手」は彼の名前を取って名付けられたものです。

ここで大切なことは、ドレミは本来、音階の組織を表す「階名」であったということです。16世紀までのドレミは6音の音階であるヘクサコードに基づいて実践されました。その後第7音の「シ」を加えたソルミゼーションがこれに代わりました。「ド」は音階の開始音であり主音としての機能を持ち、「シ」は導音としての機能を持つなど、ドレミはそれぞれの機能を表しています。「ド」には「ド」の味わいが「シ」には「シ」の味わいがあるのです。

「ド」は主音の機能を表す名前です。従って「ド」の音の高さとは関係がありません。調によって「ド」の音の高さが上下しても「ド」の味わいが変わるわけではありません。

ところが、鍵盤楽器奏者は「ド」の味わいを持っている音でっても、音の高さが「ド」でない場合は「ド」以外のシラブルで認識します。これは音名唱法あるいは固定ド読みと称されるもので、「ド」の味わいを無視して歌う方法です。
この方法は例えてみれば、人参の味なのに、舌の感覚を裏切って大根や胡瓜や茄子と呼ばなくてはならないという誠に不合理なものです。

音の機能を表す「階名」に対して、音の高さを表す「音名」を、外国ではアルファベットのABCDEFGを用いることで峻別しています。日本のように「階名」も「音名」も区別なくドレミで歌うのは混乱を招くだけで百害あって一利なしです。外国では「階名」にはドレミ、「音名」には「ラララ」等と異なるシラブルを用います。外国人にとってはABCDEFGの文字だけが「音名」なので、「音名」を歌うときは母音等を用いるのです。

日本でアルファベットに相当するものはイロハニホヘトですが、これも外国と同様に文字だけが「音名」として認識されています。イロハは主にイ長調やロ短調といった調性を表す時に用いられます。従って「音名」を歌うときは母音等を使うべきでが、嘆かわしいことに日本ではドレミが用いられます。

ドレミを「階名」と「音名」とに混同して使うことは明らかな間違いです。ひいては「グィードの手」以来大切にしてきた「階名唱法」としてのドレミを骨抜きにしてしまう大問題です。

音階組織の中で各音が持つ機能を表す「階名」を大切にしながら、しかも「音名」としても歌うことが可能な調はハ長調とイ短調の2つだけです。イコール式はまさにこの理由からハ長調とイ短調に限定した教授法を提案しています。

ピアノの「真ん中のド」を初めて教える時に是非先生方に注意していただきたいことは、ハ長調の主音としての「階名」の「ド」であるということを生徒に教えることです。この指導が行われないまま、単に「音名」としての「ド」と教えられた生徒は音楽を正確に理解する道を閉ざされてしまいます。最初の段階から音楽理論と共にピアノを教えるためには「階名」が大切です。イコール式は、ドレミを音名として教授することに警鐘を鳴らし、正しい音楽の理解を支援するものです。

1日5曲まで無料で聴けるサイト

クラシック・ミュージック・アーカイブは一日5曲まで無料で聴ける世界最大の音楽サイトです。このサイトはMIDIファイルが多いので、Live Recと表示されたアコースティッックなものを探してお聴きになることをお勧めします。2000人余りの作曲家の中からお好きな曲を選ぶことができます。
http://www.classicalarchives.com/intro.html
以下の手順でお聴きください。
Access rules → Register here → Name等の登録 → J.S.Bach → BWV 846〜869
「平均律クラヴィーア曲集 第1巻」→ Free PLAY

バッハ「平均律クラヴィーア曲集」については ランドフスカ、ヴァルヒャー、フィッシャー、グレン・グールド、レオンハルト等、キラ星のごとく沢山の定番CDがありますが、これらを無料で聴くことは出来ません。5曲まで無料のサイトではタウシッグ(Peter Taussig)が、いささか珍しい方法で演奏し、録音した「平均律クラヴィーア曲集 第1巻」を聴くことができます。タウシッグのCDを国内で手に入れるのは困難です。

まず、演奏者のタウシッグについて簡単にご紹介しましょう。彼は1944年にチェコスロバキアで生まれ、イスラエルで育ちました。7歳から音楽を始めコンサートやラジオのオンエアで早くから才能を発揮しました。その後カナダに移り住んでトロントの大学でピアノを学び、ソリストとして、またオーフォード弦楽四重奏団のメンバーとして活躍しました。トロント交響楽団やバンクーバー交響楽団との共演、カナダ放送協会での仕事などをしました。グレン・グールドやガーディナー等との仕事も行い、
ストラットフォード音楽祭の音楽監督も務めました。

順風満帆であったタウシッグですが、やがて骨関節炎が原因で右手が思うように使えなくなります。しかし、彼は諦めずに、左手だけで全く新しいレコーディングテクニックに挑戦し始めました。それは亡き友であるグレン・グールドがコンサートよりも録音を好み、録音の時代が到来することを予見していた、まさにその足跡を継ぐ仕事となりました。彼はコンピュータ制御のグランドピアノを使って左手だけで多重録音の「平均律クラヴィーア曲集」を完成させました。自動演奏ピアノを進化させた形の Yamaha Disklavier Pro を使って絶妙な多重録音を行い、グランドピアノのアコースティックな音で再生しています。Yamaha Disklavier Pro を使っての録音には賛否両論あるでしょうが、タウシッグのパフォーマンスは鑑賞に堪えれるものだと思います。

鍵盤楽器奏者にとって、フーガを1声づつ弾くことは、非常に的を得たアプローチです。鍵盤楽器奏者は一人で複数の声部を弾くのが当たり前だと思っていますが、管弦楽器や声楽は1声しか受け持たないのが当り前です。鍵盤楽器奏者は一人で全声部を弾く醍醐味を味わえるのですが、その反面、複数の声部を正しく弾くには高度なテクニックが必要です。コンピューター制御のピアノを使えば、1声づつ弾くことが可能になり、テクニック的な負担は軽減されます。しかもコンピューター制御のピアノは再生時にキーコントロールが出来ますので、簡単なハ長調で弾いて、それを難しい調で再生することも可能です。

自動演奏ピアノ技術の最先端としてはウォーカー氏率いるゼンフ・スタジオが第3の音楽メディアとして注目を集めています。ゼンフ・スタジオはグレン・グールドの「ゴールドベルク変奏曲」1955年版モノラル録音を約1年前にYamaha Disklavier Pro を使って再創造しました。グールドの1955年版はバッハ演奏に新しい形を作り上げて世界中から熱狂的に絶賛された演奏で、アルバムは発売以来一度も廃盤になっていない歴史的名演です。ゼンフ・スタジオはグールドのモノラル録音を圧倒的な精度で解析してデータ化し、ヤマハのコンサートグランドで自動演奏させました。それはあたかも透明人間と化したグールドが、グランドピアノを弾いているかのような衝撃を与えました。その時に使用したピアノはグールドの調律師を務めたエドクイスト氏の指示を仰いだという念の入れようでした。生きていれば75歳になるグールドがこれを聴いて何と言うでしょうか。この再演のCDは国内版でも聴くことができます。

ゼンフ・スタジオの驚異的な技術はこれらのプロセスを更に進化させて、生前のグールドが一度も演奏したことのなかった曲の、「グールド的な」演奏スタイルのテンプレートを作ることまで将来的には考えているそうです。これにはいささか、やり過ぎの感を持たれる方あると思いますが、エンジニアリングと音楽の学位を合わせ持つウォーカー氏はじめ、有能なゼンフ集団の将来に期待しましょう。
グールドはキャリアの途中からコンサート活動をドロップアウトして、レコーディングに芸術家の生命を賭けました。ゼンフ・スタジオやタウシッグもグールドと同じ道を更に進化させていると言えるでしょう。

トニック・ソルファ法

トニック・ソルファ法とは主音の「ド」を中心に据えた1種の記譜法とそれに基づいた視唱指導システムです。トニックは主音の意味で、イギリスのカーウェン(1816ー80)が考案しました。

カーウェンは会衆の讃美歌唱を改善する目的で視唱指導法の研究に取り組みました。やがて彼は「グイードの手」のソルミゼーションと同様に、相対音高を耳で知覚することを基にして讃美歌の旋律を簡単に読み取る方法を完成させました。その方法とは従来の5線記譜法を使わずに、文字と点や線を使って音階を表すものでした。文字譜の発展ぶりは目覚しく、あっという間に何万人もの会員をもつ全国的な組織に成長しました。そしてトニック・ソルファ音楽カレッジやトニック・ソルファ楽譜出版社まで創立するに至りました。トニック・ソルファ法はイギリス全国のアマチュア合唱団に定着したに留まらず、学校教育でも公認の方法として採用されるほどになりました。

しかし年月とともにトニック・ソルファ法の欠陥が露呈してきました。それはヘンデルの「メサイア」の文字譜が1890年までに約4万部も売れる一大勢力となったものの、トニック・ソルファ譜になれた人々は本格的な5線譜を前にすると訓練を受ける前と同様にほとんどそれを理解することができないという問題が出てきました。トニック・ソルファ譜の学習を5線記譜法の理解に発展させることが不可能だということが分ってきたのです。トニック・ソルファ音楽カレッジはこの欠陥を改善するべく、訓練の早い段階から5線記譜法の学習を組み込むという改革を行い、トニック・ソルファ法それ自体が学習の目的とならないように配慮しました。

「グィードの手」、ルソーの数字譜、カーウェンの文字譜などの根底にあるのは相対音感です。それは中心の音を定めてそこからの距離によって、音の機能を分りやすく理解する方法です。
イコール式も根本原理は同じですが記譜法が違います。音階を数字や文字で表すのではなく、5線記譜法の音符を使います。5線記譜法は本来、固定ド読みに適していますが、イコール式はその5線譜を簡単に移動ド読みできるようにしました。その方法とは固定ド読みと移動ド読みが等しくなる調だけを用いる方法です。固定ド読みと移動ド読みが等しくなる調はハ長調とイ短調の2つだけです。この2つのモードですべての鍵盤楽曲を記譜するのがイコール式です。音楽を学ぶのにハ長調とイ短調だけを使いますので音の機能を簡単に理解することができます。

音部記号

音部記号とは5線譜の一番最初に書いてある記号で音符の読み方を決定するものです。5線上の音符の位置が同じでも音部記号ぶよってその読み方は変わってきます。

「グィードの手」以降13世紀頃までは音符の5線上の位置と、ドレミと、実際に鳴る音とは無関係でした。昔の作曲家は定旋律を伝統的に記譜されてきた音高で書き、ピッチは自由」でした。ローマカトリック聖歌集では現在に至っても尚、旋律は絶対音高とは無関係です。

14世紀頃になるとト音記号、ハ音記号、ヘ音記号が定着してきます。
ト音記号は「ト」の音、ハ音記号は「ハ」の音、ヘ音記号は「へ」の音の位置を5線上に指定するものです。ハ音記号はバッハの自筆譜によく見られるものですが、現在のピアニストにはほとんど無縁のものです。何故ならばバッハがハ音記号で書いた作品であっても現在はト音記号とヘ音記号に書き直した出版楽譜を使って弾くからです。

次にト、ハ、ヘ音記号をそれぞれ見ていきますが、5線は下から順に第1線、第2線と数えます。
ト音記号はソルミゼーションの「Sol」の「s」の文字を象形化した形で、第2線が「ソ=1点g」 であることを示します。ト音記号は高音部記号であり、別名ヴァイオリン記号とも言います。

ハ音記号は反対向きのCの文字を上下に2つ連ねたもので「ド=1点c」の音を示します。ハ音記号の位置が第1線にあるものをソプラノ記号、第2線がメゾソプラノ記号、第3線がアルト記号、第4線がテノール記号と言い、c の文字の位置によって4種類存在します。

ヘ音記号はFという文字の2本の横線が2つの点に変わったもので、2つの点の間が「ファ=f」 であることを示します。ヘ音記号の点の位置によって2種類あり、第3線にあるものをバリトン記号、第4線にあるものをバス記号と言います。単にヘ音記号と言うときはバス記号、低音部記号を指します。

音部記号の種類はト音記号1つ、ハ音記号4つ、ヘ音記号2つ、全部で7種類の読み方があることになります。ト音記号1種類だけでもなかなか読めない初心者にとって7種類もの音部記号を読むのは大変な負担です。初心者のみならず、ピアノ教師でもハ音記号などは難しく感じるものです。7種類もの音部記号があるにもかかわらずト音記号とヘ音記号の2種類しか使っていないということは実は移動ド読みの盲点なのです。このことについて次に説明しましょう。

まず「1点c=ド」を7種類の音部記号で記譜してみましょう。「1点c=ド」が下加線の位置にくるのがト音記号(ヴァイオリン記号)、第1線にくるがソプラノ記号、第2線がメゾソプラノ記号、第3線はアルト記号、第4線はテノール記号、第5線はバリトン記号、上加線はヘ音記号(バス記号)となります。
こうして見てみると私たちは「1点c=ド」が下加線にくるト音記号と、上加線にくるヘ音記号の両極端の2種類だけで普段、楽譜を読んでいることがわかります。

ではここでト長調の曲を移動ド読みする場合を考えてみます。ト長調は第2線の「ト=g」を「ド」と読むのですから、音部記号に当てはめると第2線が「ド」になるメゾソプラノ記号で読むことになります。メゾソプラノ記号で読んで弾くことができて初めてト長調読みができると言えます。ハ音記号の一種であるメゾソプラノ記号をすらすら読めるピアノ教師はほとんどいません。ということはト長調読みがすらすら読めるピアノ教師がほとんどいないということです。通常、ト音記号とヘ音記号の2種類の音部記号しか読まないピアノ教師が果たして移動ド読み出来ると言えるのでしょうか。しかも速いテンポで沢山の和音を移動ド読みできるはずがありません。

ハ長調はト音記号(ヴァイオリン記号)読み、ホ長調はソプラノ記号読み、ト長調はメゾソプラノ記号読み、ロ長調はアルト記号読み、ニ長調はテノール記号読み、ヘ長調はバリトン記号読み、イ長調はヘ音記号(バス記号)読みです。以上7種類の音部記号が自由に読める人だけが、本当の意味で移動ド読みができる人言えるのです。

ルソーが考案した数字譜について、ルソーが最も大きな利点として上げたのは「移調と音部記号を廃止した」ということでした。
イコール式もルソーの主張である「移調と音部記号を廃止」しました。イコール式は音部記号をト音記号とヘ音記号の2種類しか使わずに、しかも移動ド読みが簡単にできる方法です。その方法とは従来の5線記譜法を使って、ハ長調とイ短調の2つのモードに移調することです。ハ長調とイ短調の2つの調だけは固定ド読みと移動ド読みが重なります。等しくなるという意味からイコール式と名付けました。
イコール式の楽譜は移動ド読みする必要がありません。そのまま読むだけで移動ド読みができるので、音の機能を理解し易くなります。
イコール式の鍵盤楽器教授法は安易な固定ド読みによる教授法に警鐘を鳴らし、ハ長調とイ短調だけで音楽の構造を分りやすく理解できるように考案したものです。

ルソーの数字譜

ルソー(1712ー78)は「社会契約論」や「人間不平等起源論」などを書き、フランス革命に多大な精神的影響を及ぼした啓蒙思想家として有名ですが、その一方で、音楽家、小説家としても優れた業績を残しました。作曲家としてはオペラ・ブッファや器楽曲、100曲ほどの歌曲があり、音楽著述家としては「近代音楽論究」や「百科全書」の音楽関係項目執筆などがあります。中でもとりわけユニークな業績は従来の5線記譜法の複雑さに疑問を投げかけた数字譜の考案です。

ルソー考案の数字譜は「音楽のための新記号案」として1742年にパリの学士院で発表されました。彼は従来の5線譜が音部記号、シャープ、フラット、ナチュラル、単純及び複合拍子、全音符、2分音符、8分音符、16分音符、32分音符、全休符、2分休符、4分休符、8分休符、16分休符、32分休符など多数の記号の無駄な組み合わせから成り立っており、これが読譜を難しいものにしていると考えました。
それだけではなく彼の主張の中にはソルフェージュの根幹に関わることが含まれていました。つなわち、彼は「ミーファ」が音楽家の心に自然な形で半音の観念を呼び起こすので、ホ長調における「ミー嬰ファ」を「ミーファ」と歌うことは心を欺き耳に不快感を与えると述べました。ルソーによれば「すべての音が相対的な書き表し方を持てば十分であり、それぞれの音にそれが基音との関係で占める位置を指定すればよい。従ってドレミファソラシは1234567で表わされ、シャープ記号は右肩上がりの線を、フラット記号は右肩下りの線を数字の上に重ねて書く。シャープ、フラットは出現する度に示されるのでナチュラルは不要・・・・」と続きますが数字譜についての詳しい説明はここでは省きます。要するにルソーの新記号案とは1本の線上に7つの数字と簡単な線や点を使うだけですべての楽曲を記譜する方法でした。

発表当時ルソー考案の「音楽のための新記号案」を審査検討したのはアカデミーの物理学者、化学者、天文学者からなる3人でした。ルソーはこの3人が判断した見当違いの評価に不満を持ち、そのことを彼自身が書いた「告白」の中で「3人とも確かに有能の士であったが、しかし1人も音楽を知らず、少なくとも私の案を判断できるほど十分には知らなかった・・・私の方法の最大の利点は移調と音部記号とを廃止することだった」と述べました。

また彼は「数字譜に対する唯一のしっかりした反論はラモー(1683ー1764)によってなされた。私が彼に説明するやいなや、彼はその弱点を見抜いた。」と言いました。当時フランスを代表する機能和声論の大家であったラモーが見抜いた弱点とは「演奏の速さについていけないほどの、精神の働きを要求している」ということでした。つまり、5線記譜法では音符の動きが目に対して描かれるのに対して、数字譜では数字を一つずつ拾って行かなければならないということです。32分音符の速いパッセージを数字譜で書いたらどうなるか想像してみればラモーの指摘の正しさが理解できます。

結局、直ぐにはルソーの新記号案が5線記譜法の世界に革命を起こすことはありませんでしたが、数字譜はまずフランスの教育者たちによって受け継がれました。ガラン(1786ー1821)は数字譜を更に簡素化したメロプラストという初等学年児童のための読譜法を考案しました。これは後にパリ(1798ー1866)とシュヴェ(1804ー64)らによって改良され、ガラン・パリ・シュヴェ法としてヨーロッパに広まりました。イギリスではグラヴァーが「ノリッチ・ソルファ法」を更にカーウェン(1816ー80)が改良して「トニック・ソルファ法」を考案しました。ドイツではフンデッガーが「トニカ・ド唱法」を、ハンガリーではコダーイが教育システムに発展させました。

イコール式の記譜法はルソーが最大の利点とした「移調と音部記号を廃止する」という点で全く同じ利点を持っています。しかし、大きな相違点は数字譜を使わず、従来の5線記譜法を使うことです。従ってイコール式はラモーが見抜いた数字譜の弱点を克服したものです。イコール式は移調と音部記号を廃止し、尚且つ音を5線譜上に一連の動きとして目で見ることができます。イコール式はルソーの数字譜と正式な5線記譜法の長所を併せ持つ記譜法です。
やわらかなバッハの会
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第1日曜日 輪奏会17:00 PM
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バッハ・イン・ザ・サブウェイズ
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<プロフィール>
やわらかなバッハの会 
代表 橋本絹代
新しい鍵盤楽器記譜法「イコール式」の創始者

子供の頃、父と一緒に、バッハのフーガをピアノ分担奏で弾くことによって、声部進行を直感的に学び取り
バッハのとりこになった。
これまで約400人のピアノレッスンを通じて、バッハのフーガを弾くことの重要性を認識し、初級者でもバッハ演奏を楽む方法を提案。

2007年 世界で初めての楽譜《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》カワイ出版 

2009年 音楽書『やわらかなバッハ』春秋社

2013年「やわらかなバッハの会」設立

2014年 バッハ礼讃音楽会 (於 旧県会議事堂) 毎年開催

2016年 バッハ・イン・ザ・サブウェイズ (於 新山口駅南北自由通路 )毎年開催

2017年 Bach Network UK 対話会議研究発表 (於 ケンブリッジ大学)

Prof.Yo Yomita (富田庸) 講演会「バッハを嗜む」主催 (於 山口大学)

イコール式とは「鍵盤楽器においてどの調も皆同じ」という意味です。
なぜなら12等分平均律の鍵盤楽器における調性とは、ただ高さのみによって識別される2つの旋法、すなわち長調と短調の性格だけに限られるからです。
12等分平均律は勿論のこと、不等分音律を前提に論じたマッテゾンでさえも調性格の恣意性を指摘しています。
異名同音、ピッチの変動、バッハの手による移調の試みなどを考慮すれば、《バッハ平均律クラヴィーア曲集》の中の難しい調を簡単な調に移調してまず親しむことが大切です。初級者は更にそれをアンサンブルで楽しむことが大切です。
やわらかなバッハの会は既成概念にとらわれず、自分自身の判断で音楽の本質を探究するところです。


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<イコール式の意味>
*12等分平均律の鍵盤楽器においてはどの調も同じ(イコール)です *フーガの各声部は主従関係ではなく対等(イコール)です *12等分平均律の調律法はイコール・テンペラメントと言います *音名と階名が同じ(イコール)読み方です
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