やわらかなバッハの会 The Society of Soft Bach

先入観念にとらわれることなく、バッハの音楽に親しむ会です。
イコール式音楽研究所  所長  橋本絹代
Equal Method Music Institute President Kinuyo Hashimoto

イコール式の先駆者バッハ

イコール式とは難しい調 ( ♯ ♭ の多い調 )を簡単な調 ( ♯ ♭ の少ない調 )に移調することによって、演奏を楽にする試みである。この種の移調をバッハ自身も試みていた。それは編曲の際などに見られる。

バッハはイコール式だけではなく、逆イコール式つまり簡単な調から難しい調に移調する試みまでも行った。WTC ( 平均律クラヴィーア曲集 ) を編集する際、バッハは簡単な調で作曲したものを、難しい調に移調しながら浄書したことが研究の結果わかってきているからである。24の理論上考えられるすべての調を網羅するには当時ほとんど使われなかった難しい調も入れなければならない。それらは簡単な調からの移調によって充当されたものが多く見られる。

バッハは自ら双方向つまり簡単にする移調と難しくする移調を試みたのである。


今回はバッハが難しい調から簡単な調に移調したイコール式の例を ヴィヴァルディ ( Vivaldi 1678〜1741 )の作品からの編曲もので考えてみよう。
ヴィヴァルディからの編曲作品はバッハのヴァイマル時代に成立したもので、ヨハン・エルンスト公子が協奏曲を1台の鍵盤楽器で演奏することに強い関心を抱き、編曲をバッハに依頼したものである。

ヴィヴァルディ作曲の 《 調和の霊感 Op.3 》 は全部で12曲からなり、ヴァイオリン協奏曲、2つのヴァイオリンのための協奏曲、4つのヴァイオリンのための協奏曲、2つのヴァイオリンとチェロのための協奏曲などが含まれる。調性としては ♯ 4個、♭ 2個までの調が含まれる。
バッハはヴィヴァルディの 《 調和の霊感 》の中の幾つかを1台の鍵盤楽器用に編曲した。

・《 調和の霊感 第10曲 Op.3-10 》 は ロ短調 であるが、バッハは これをイ短調 に移調して 《 4台のチェンバロのための協奏曲 BWV 1065 イ短調 》 を書いた。♯ 2 個 から0 個への移調である。これはまさしくイコール式の考え方と同じである。難しい調から簡単な調への移調を、バッハ自身が実行したということは、バッハの中にイコール式の芽があったように思えてならない。

・《調和の霊感 第12曲 Op.3-12 》 は ホ長調 であるが、バッハはこれを ハ長調 に移調して 《 クラヴィーア協奏曲 BWV 976 》 を書いた。♯ 4個 から0個への移調である。これもまさしく ♯ が大幅に減って弾きやすくなるイコール式の最たるものである。

・《 調和の霊感 第3曲 Op.3-3 》 は ト長調 であるが、バッハはこれを ヘ長調 に移調して 《 クラヴィーア協奏曲 BWV 978 ヘ長調 》 を書いた。♯ 1個 から ♭ 1個への移調を試みたのである。この例は♯ が ♭ に変わっただけで個数としては1個であることにかわりはない。ヴィヴァルディはヴァイオリンが解放弦で美しく響く ト長調 でヴァイオリン協奏曲を書いたと推測できるが、バッハはこの曲を鍵盤楽器で演奏するためには ト長調  である必要はないと考えたのではないだろうか。鍵盤楽器においては ヘ長調 の方が弾きやすいと考えたかもしれない。

加えて、現代のピッチはバッハの時代より約半音高くなっている。絶対音感教育を受けた人達は、調と音高を厳密に結び付けて考える傾向にあるが、バッハの時代においては、調と音高の関係はフレキシブルであったことも考慮したい。 

今回はヴィヴァルディ作品からの編曲のみを取り上げたが、バッハは他にも種々の移調を試みて書いた作品があることを付け加えておく。

 
バッハは西洋音楽史の金字塔 WTC (平均律クラヴィーア曲集 ) を打ち立てたとき、確信したはずである。何を?鍵盤楽器に24種類の調性格を与えることの難しさを!
なぜなら鍵盤楽器は1オクターヴ12個の音しか出せないからである。鍵盤楽器以外はというと ド と ♯ ド の間に無数の音を作ることができる。しかし鍵盤楽器は ド の鍵盤の次は ♯ ド の鍵盤しかない。純正の和音を得るには、ド と ♯ ド の間の鍵盤が必要であるが、それが無いので便宜的に異名同音で処理せざるを得ない。当たらずとも遠からず、どれも均一的になる。このことは24等分平均律でも不等分音律でも、鍵盤数が1オクターヴ12個である以上あてはまる事実である。バッハが絶妙な不等分音律を考えたと言われているが、それがいかに優れていても、24の調すべてを破綻なく演奏できるということは、調ごとの違いが微小かつ聞き分け困難にならざるを得ない。

バッハが WTC 《 平均律クラヴィーア曲集 》 と名付けた理由もここにあるように思う。ここで問題にしているのは「平均律」という多少問題の残る翻訳ではなく、「クラヴィーア」という語についてである。クラヴィーアとは鍵盤楽器という意味である。24の調を網羅するという画期的な目標を完結した時、バッハはまた考えたであろう。鍵盤楽器において、もはや調性格の違いを音響的に求めることは難しいと。なぜなら当時の調性格はよ使われる調の範囲内での論であった。♯ ♭ の多い調は「良く知られてない調」と片づけられ、その性格も論じられなかった。♯ ♭ の少ない調の調性格に加えて、WTC 《 平均律クラヴィーア曲集 》 で新たに用いられた調に対して、それぞれに新たな調性格が生まれることは考えにくい。しかも、もともと調性格というものは論者によってまちまちでどれを信じてよいかわからないものである。確かなことは長調と短調の2つの性格が存在すると言うことだけである。

カロフ聖書

最近、バッハ愛用カロフ聖書のファクシミリ版 (バッハの書き込み入り) が発売されて話題を呼んでいる。
輸入総代理店の教文館 (東京銀座)で5月6日まで展示販売中。全3巻79万円。

出版社はオランダのファン・ヴェイネン社で、教文館によると初刷は100部とのことである。
編集者はユトレヒト大学のクレメント教授。彼は音楽学、オルガン、神学を学び博士号取得。学際的なバッハ研究者として知られる。

クレメント教授は2017年7月にケンブリッジ大学で開催されたバッハネットワーク対話会議で、バッハの書き込み入りカロフ聖書を披露してくださった。私もそこに参加していたので、カロフ聖書を実際に見ることができた。
お披露目の様子をビデオでどうぞ。カロフ聖書3巻を箱から取り出しておられるのがクレメント教授である。

興味深そうにカロフ聖書を見ていた参加者は世界のバッハ研究者たちであるが、その中から日本語で読める音楽書の著者をあげてみると、
『バッハ全集第12巻』 小学館・・・・資料批判原典版の泰斗 富田庸著
『バッハの暗号』 青土社・・・・ミセス・バッハの異名をとる ルース・タトロー著
『バッハの鍵盤音楽』 小学館・・・・・ 演奏家としても優れた シューレンバーグ著
『説教者としてのJ.S.バッハ』 教文館・・・・・ 礼拝音楽の大御所 ロビン・リーヴァー著


私はこのバッハネットワーク対話会議で 《 イコール式 バッハ 平均律クラヴィーア曲集 》 について発表した。平均律クラヴィーア曲集全48曲をハ長調とイ短調に移調して出版したことは世界で初めての試みであり、固定観念にとらわれない「やわらかなバッハの会」の活動が驚きと興味を持って迎えられた。そして 「やわらかなバッハの会」 はいつしか 「バッハの啓蒙活動」 と呼ばれるようになった。啓蒙というと少し上から目線になるので、私自身はバッハの音楽を広める活動と表現している。

「 やわらかなバッハの会 」 は誰でも簡単にバッハの音楽に親しみ、演奏できるように WTC ( 平均律クラヴィーア曲集 ) をアンサンブルで演奏したり、移調したりしている。一人1パートを担当すれば声部の動きがよくわかる。鍵盤楽器の人は一人で多くの声部を弾くものと思い込んでいるが、他の楽器はどれも一声だけ演奏することが多い。むしろ一声しか演奏できない楽器の方が大半である。アンサンブルをやっていると、自分のパートと他のパートと全体の音を聞くということが要求される。慣れてくるとすべての音が聞こえ、自分も世界も一体となる境地に入る。この訓練を積んでから一人で全パートを弾くという方法が声部の独立を学ぶ最短距離である。

バッハの音楽は自ら演奏してみることによって本当の調和、霊感を体験できるのである。バッハの音楽はステージで華々しく弾くためのものではなく、心の癒しのために弾くものである。移調に関する説明は音律論から始めなければ理解は不可能なのでここでは省く。拙著 『やわらかなバッハ』 春秋社 を参照していただきたい。
それではバッハネットワーク対話会議の発表者全員が出て来るムービーをどうぞ。1分23秒のところ、ピンクの服を着て発表しているのが私である。

守破離

「守破離 しゅはり」とは、武道、茶道、などにおける修業の理想的なプロセスを3段階で示したものである。

「守」は、師や流派の教え、型などを忠実に守り、確実に身につける段階、師匠に言われた事を徹底的に「守る」ところから修業が始まる。

次に、「破」は師匠に言われてきた事、守ってきた型を破る時期、否定しなければならないときがやってくる。良いものを取り入れ、自分に合った型をつくることにより「守」を破る段階である。

そして最後 「離」は師や流派から離れて、新たな知識、自分なりの独自の表現をする時期がやってくる。新しいものを生み出し確立させていく段階である。

演奏行為を仮に奏道と名付けて「守破離」を考えてみるとどうなるだろう。

「守」は先生に言われたことを守り、テクニックを確実に身につける段階。先生を盲目的に信じ、型を真似るところから修業が始まる。

「破」は先生に言われてきた事、守ってきた型を破る時期。広い世界から知識を吸収し、良いものを取り入れ、自分に合った型をつくることにより既存の型を破る段階である。

そして「離」は先生や、多様な情報から離れて、自分なりの独自の表現をする時期。新しいものを生み出し確立させていく時期である。

これら3つのこと、「守破離」まで来てやっと奏道も完成するはずである。

バッハ演奏における「守」は基礎的テクニックとバッハの作法を習うことである。

「破」は更に高度な先生を捜し求め、これまでの弾き方を破り、自分に合った型をつくることである。

「離」では新しいものを生み出し確立していかねばならないが、ここで止まってしまう人が多い。バッハ演奏においては「離」まで完成した人が少ない。これまでの常識を離れて新しい型を生み出した人と言えば、ランドフスカ、グレングールド、アーノンクールが思い浮かぶ程度である。
今バッハ演奏の世界に、新しい価値観が求められている。

新しいものを生み出すためには伝統、つまり「守」と「破」を熟知しなければならない。そうでなければ、単なる遊び、でたらめで終ってしまう。「守破」を乗り越えた後に新しい価値観をバッハの演奏において生み出すことが求められている。

バッハ・イン・ザ・サブウェイズ 2018

まず最初に、礒山雅先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。数々のご著書から学ばせていただき、また日本音楽学会で大変お世話になりましたことを感謝申し上げます。

今年もバッハの誕生日3月21日が近づきました。
「やわらかなバッハの会」は世界的イベントである「バッハ・イン・ザ・サブウェイズ」に参加し、バッハの音楽を道行く人々にお届けします。
日時:2018年3月21日午後2時〜5時
場所:新幹線「新山口駅」南北自由通路 他

このイベントは、一人のアメリカ人が無伴奏チェロ組曲を、ニューヨークの地下鉄(Subways)で演奏したことから始まりました。このチェリストに共感する世界中の音楽家たちが、クラシック音楽を次世代に繋ぐために、バッハの誕生日を祝い、世界150都市以上で同時開催しています。日本では数か所で開催しています。

バッハ333歳の誕生日を祝って、新山口駅は「やわらかなバッハの会」のメンバー60名余りによってバッハの音楽で満たされます。
Aステージ・・・・南北自由通路 緑の壁
Bステージ・・・・2階 待合室の近く
Cステージ・・・・1階 土産店の近く
                      (A B C ステージ 同時進行)

演奏楽器:ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、フルート、トランペット、クラリネット、リコーダー、ガンバ、リュート、
ギター、尺八、電子ピアノ、合唱、他

演奏曲目:
ゴルトベルク変奏曲 BWV 988
コラール前奏曲 「深き淵よりわれ汝に呼ばわる」 BWV 687 他  
G線上のアリア  
ミサ曲ロ短調 BWV 232 より 「我らに平安を与え給え Dona Nobis Pacem」   
「目覚めよとわれらに呼ばわる物見らの声」 BWV 645 
フルートソナタ BWV 1031 より  シチリアーノ  
「主よ、人の望みの喜びよ」 ヘス編曲  
無伴奏チェロ組曲第1番 BWV 1007
インヴェンション2番 BWV 773 
無伴奏ヴァイオリンパルティータ 3番 BWV 1006  
平均律クラヴィーア曲集 第1巻8番 BWV 853 
「いと高きところには神にのみみ栄光あれ」 BWV 711 
平均律クラヴィーア曲集 第2巻20番 BWV 889   
チェンバロとガンバのためのソナタ  BWV 1027 
チェンバロとフルートのためのソナタBWV 1030
フルートソナタ BWV 1033      
リュート組曲 BWV 995  
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ(リュート編曲) BWV1000 フーガ   
マタイ受難曲 BWV 244より「神よ、憐れみたまえ Erbarme dich, mein Gott 」
その他

経歴

バッハ(Bach 1685〜1750) は音楽家であった父から手ほどきを受けたが、10歳の時に母と父を相次いで亡くした。14歳上の長兄のもとに引き取られることになった。聖ミヒャエル教会のオルガニストをしていた長兄から音楽を学び、15歳で修道院の附属学校の給費生になり聖歌隊で歌いながら勉学に励んだ。成績優秀だったバッハは弱冠18歳にして聖ボニファーチウス教会のオルガニストとして正式に採用された。以後音楽家としてのキャリアを積んでいくわけであるが、大学に行かず、仕事を通じて独学で学び、誰も凌駕できない高みにまで上り詰めた。
バッハの経歴は高卒でキリスト教会に就職ということになるが、周囲の大卒の音楽家よりも大きな名前を音楽史に残したのである。

モーツァルト (Mozart 1756〜91) はヴァイオリニストの父から音楽教育を受けた。幼少の頃より父に連れられて演奏旅行で各国を回り、外国の高名な教師の教えも受けることができた。大人になってもそのままフリーの音楽家としてのキャリアを積み、独学で多くの作品を残した。モーツァルトの経歴は、高卒以下ということになるだろうか。それでも同時代の多くの大卒音楽家よりも歴史に名を残したのである。

バッハ、モーツァルトの時代は今日のような音楽大学は存在しなかった。いわゆる音楽大学といわれるものはほとんどロマン派の時代からである。それ以前の音楽家は大卒といっても、大学では法学、哲学、神学などを学び、音楽は個別の教師について学んだ。優れたキャリアを持つ沢山の大卒音楽家が活躍していたがバッハ、モーツァルトほどに大きな名前を音楽史に残すことはできなかった。真に偉大な音楽家は大学ではなく、自ら学ぶ精神と音楽に対する熱意努力によって作られることが歴史によって証明された。真の音楽家には輝かしい経歴よりもずっと大切なことがある。最後に日本人作曲家で傑出した人、世界的に名を馳せた人といえば、武満徹であろう。彼の経歴にふれてみたい。

武満徹 (1930〜96) は音楽に無縁の家庭で育ったが、15歳の時、シャンソンを聴いて感銘を受けた。終戦後ラジオを通してドビュッシーなど近代フランス作曲家の音楽に親しむ一方、横浜の米軍キャンプで働きジャスに接した。高校卒業後、東京芸大の受験を意識的に拒否し独学に徹する。20歳の時、若手芸術家集団 「実験工房」 の結成メンバーとして参加し、湯浅譲二らと共に戦後日本の現代音楽をリードしてきた。武満徹の経歴も高卒である。湯浅譲二(1929〜)は大学中退、それも音楽大学ではなく慶応義塾大学医学部中退である。2人とも音楽大学とは無縁の存在だった。

コダーイ(Kodaly 1882〜1967) は音楽大学に関してこのようなことを述べている。
「〜そんなピアニストは、指だけで弾いているのであって、頭と心では弾いていないのです。彼らは音楽家ではなくタイピストです。音楽アカデミーはポンポンとピアノを鳴り響かせるだけの、高貴なお嬢さんを入学させることを目指すわけにはいきません。そんなお嬢さんたちは、以前は「乙女の祈り」を弾き、今日ならバルトークの「アレグロ・バルバロ」を弾くことでしょうが、それが音楽とは全く関係のない人達であることは、今も昔も変わりがないのです。卒業証書の名目上の価値と、実際の価値との間のギャップはますます大きくなっていきました。学校が卒業証書を出すことによって、それを受け取った人の能力を、はるかに超えた力量を証明したからです」

日本の一般社会では音楽家の経歴といえば、有名音大卒というのが最も歓迎されるようである。しかし世界的な音楽家になるには有名音大卒業だけではおぼつかない。世界で活躍できる音楽家になる人はのんびりと音大などに通っている暇はないのだろう。また音大の教育に期待してないのだろう。

バッハ自身の移調作品

バッハのカンタータ、オルガン曲、室内楽曲、管弦楽曲などの中には旧作を編曲し、転用したものが多く見られる。
ヴァイオリン協奏曲は2挺用を含めて3曲あるが (BWV 1041~1043) 、バッハはそれらをチェンバロ協奏曲に編曲した。ヴァイオリンのソロパートを右手に移し、左手でバスをつけた。そしてチェンバロの音域の問題からすべての曲を移調して仕上げた。

・ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 BWV 1041 → チェンバロ協奏曲 第7番 ト短調 BWV 1058

・ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV 1042 → チェンバロ協奏曲 第3番 ニ長調 BWV 1054

・2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV 1043 → 2台のチェンバロのための協奏曲 第3番 ハ短調 BWV 1062

イ短調 → ト短調、ホ長調 → ニ長調、ニ短調 → ハ短調、バッハはすべての曲を1全音低く移調してチェンバロ協奏曲を作った。 

チェンバロ協奏曲は1台用8曲、2台用3曲、3台用2曲、4台用1曲 あり、原曲が存在する作品はすべてヴァイオリンをソロとした協奏曲である。だから原曲が失われた作品を、チェンバロ協奏曲から復元することも可能であり、さまざまな復元の試みが行われている。

バッハはこの他にも カンタータ、オルガン曲、クラヴィーア曲、管弦楽曲などを移調し、編曲した。バッハにとって移調は日常茶飯事であった。

マッテゾンの調性格論によると、ホ長調は「絶望、肉体と魂の宿命的な分断、死ぬほどの悲しみ 」 であり、ニ長調は「陽気、好戦的、元気を鼓舞する」となっている。
マッテゾンに従うなら、ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調は 「絶望」であり、同曲をチェンバロ用に編曲したチェンバロ協奏曲第3番 ニ長調 は 「陽気」ということになる。

ホ長調からニ長調に1全音低く移調するだけで、同一曲が 「絶望」 から 「陽気」 へと真逆の性格に変化するずもない。
むしろ1全音低く移調すれば、より沈んだ暗いイメージに変化してもよさそうなものである。それが反対に陽気に変化することになる。もとより、ヴァイオリン協奏曲をホ長調だからといって「絶望的」に感じたり、チェンバロ協奏曲をニ長調だからといって「陽気」に感じたりすることに無理がある。

この調性格論を書いたマッテゾン本人さえ以下のように述べて調性格には懐疑的であった。
「調の性質については何も絶対的なことを言うことはできない。なぜならば、どんな調もそれ自体では、その逆を作曲し得ないほど悲しかったり楽しかったりすることはできないからである」

もしもバッハが本気で、ホ長調を「絶望」、ニ長調を「陽気」と考えていたら、同一曲をホ長調からニ長調に移調するはずはないだろう。バッハも調性格に対しては懐疑的だったと思われる。




WTCはバッハの特殊な作品である

WTC(平均律クラヴィーア曲集)がバッハの作品において特殊な作品であるという理由は、24すべての調が組み込まれているからである。バッハの作品の大半はシャープ・フラット3個までで、4個の作品は少ない。しかしWTC にはシャープ・フラット7個までの調が入っており、各調が同等に扱われている。シャープ・フラットの多い調の中には WTC においてバッハが初めて使用した調もある。WTCは理論上考えられるすべての24の調を網羅したという意味で特殊な作品である。

バッハの生きた時代はミーントン調律が一般的であり、ミーントーンが綺麗に響くシャープ・フラット2、3個までの曲が多かった。シャープ・フラットがそれ以上増えると不純な響きになり、使いものにならない調も出てくる。だから、ミーントーンの時代の作品の多くはシャープ・フラット2.3個までなのである。

ミーントーンの時代ながらWTCは シャープ・フラット7個までの調が組み込まれた特殊な作品である。これらをすべて難なく弾くにはミーントーンでは無理である。何らかの便利な調律法が必要になり、バッハは独自の調律法を作り上げた。その調律法は必然的に12等分平均律に近いものtだった。ミーントーンではWTCのすべての調を演奏できない。すべての調の演奏を可能にする調律は、純正に近い調も不純な調も差の少ない調律にならざるを得ない。そうしないと、演奏不可能な調ができてしまうからである。WTCを演奏するには12等分平均律か、それに非常に近い不等分音律が必要であることを前提として以下の論を進めたい。

24すべて調とは1オクターヴ12鍵盤の各音を主音とする12の長調と12の短調、合わせて24の調である。現代はこのように表現するがバッハの時代は少し違っていた。バッハは近代長短調を確立したといわれるように、丁度、教会旋法と近代長短調の分水嶺に位置する。

バッハの時代には教会旋法、すなわちイオニア、ドリア、フリギア、リディア、ミクソリディア、エオリア旋法が生きていた。当たり前だが6つの旋法は音階構造がそれぞれ違う。6つの旋法の中で今日の長調の音階構造に相当するのはイオニア旋法、今日の短調に相当するのはエオリア旋法である。それ以外の旋法は長調でも短調でもない。つまり教会旋法には6つ旋法、近代長短調には2つの旋法がある。近代長短調には2つの旋法、すなわち長調と短調のみが存在する。

旋法が変われば音階構造も変わる。音階構造が変われば調性格も変わる。旋法は任意の音から音階を開始することができる。音階をどの音から開始しても音階構造が不変である限り、性格も不変である。例えばイオニア旋法の音階はどの音から開始しても性格は不変である。イオニア旋法は今日の長調であるから、長調は音階をどの音から開始しても性格は不変である。「ニ」音から長音階を開始すればニ長調、「ホ」音から開始すればホ長調と呼ぶが、いずれも音階構造が不変である限り調性格は不変である。ニ長調とホ長調の本質的な違いはなく、ピッチが変わるだけである。

例えば、あるニ長調の曲があり、その曲が「陽気、勝利」 を感じる曲であったとする。その曲をホ長調に移調しても 「陽気、勝利」 の性格は不変である。なぜなら、音階構造が不変であるからである。曲の性格は作曲そのものに由来するのであって、調に由来するのではない。音階構造が変わらない限り、性格は不変である。音階開始音=調を変えても性格は不変である。ただピッチのみが変化する。ピッチはもともと一定ではなく、音階開始音との関係も一定ではない。

カラオケで歌う時にキーを上げ下げすることは、調を変え移調することになるが、どのようにキーを上げ下げしても曲の性格は不変である。歌い手の声域にキーを合わせて移調すると曲の性格が変わると思う人はいないだろう。「365歩のマーチ」をいかなるキーで歌おうと力強く元気な曲であることに変わりはない。

バッハも改作や転用の際にキーを変え移調をした。例えば誕生祝賀用カンタータBWV 213 をクリスマスオラトリオ BWV 248 に転用する際にいくつかの移調を試みた。例を挙げれば BWV 213 の第3曲のアリアをクリスマスオラトリオ の第19曲のアリアに転用する際にソプラノからアルトに変更し、それに伴い変ロ長調からト長調に移調した。古楽においては標準音より約半音低く演奏するため、絶対音感保持者の耳には変ロ長調はイ長調にト長調は嬰へ長調に聞こえるのかもしれない。何調であろうと長調である限り音階構造に変化をもたらさないので、性格は不変である。シューベルトの『冬の旅』の楽譜がソプラノ用、アルト用などそれぞれ異なる調で出版されているのと同じである。バッハは BWV 214,215,からも移調を試みて、クリスマスオラトリオに転用している。

バッハの手になる移調転用は非常に多いが、WTCの中にもいくつか存在する。
バッハは、WTCを編集する際に移調をこころみて24の調を組み込んだことが研究の結果わかってきている。例えば嬰ハ長調はハ長調から、変ロ短調はイ短調から移調を試みてWTCに組み込まれということである。バッハは移調をしながら浄書したので音を書き違えることもあった。ペン書きの間違えたところを削って修正した痕が自筆譜に残されており、その修正痕から元の調が判明するようである。バッハによる移調の痕跡は、総じて遠隔調に多く見られる。それはシャープ・フラットの少ない調で作曲したものを、遠隔調に移調したからだと思われる。

バッハが移調する前の調で演奏する方がシャ−プ・フラットが少なくて楽であり、作曲家の方法に近いとも言える。アルブレヒツベルガー(Albrechtsberger 1736~1809)は 《ウィーンの移調譜》 を制作した。これはWTCの遠隔調を半音移調して弾きやすく移調した楽譜である。彼は終生ウィーンのシュテファン大聖堂の楽長の地位にあったオルガニストで、ベートヴェンなどの師として、ウィーンの音楽界に大きな影響力を持っていた。そのアルブレヒツベルガーが遠隔調を移調する方が良いと考えたのである。

バッハがWTCを編纂した最大の目的は理論上考えられる24すべての調を網羅することだった。その目的は移調して組み込んだ曲もあるおかげで、取りあえず24の調がそろった。目的は達成した。バッハはWTCで24の調をすべて網羅することができたが、同時に24の調性格を確立したと言えるだろうか。当時ほとんど使用されなかった遠隔調はマッテゾンも「良く知られていない調」として著書に調性格の記述をすることができなかった。WTCには当時の「よく知られてない調」が多数入っている。それらの遠隔調に対してバッハが新たな調性格を発見したと言えるのだろうか。バッハは自ら移調を試みて組み込んだくらいであるから、ハ長調と嬰ハ長調は同じと考えていただろう。移調によって曲が変化してしまうとは考えてなかっただろう。新たに遠隔調の調性格を発見しようとも考えてなかっただろう。

さらに言えば、当時の「良く知られている調」 つまり シャープ・フラットの少ない調に関しても、バッハは調性格を確立したと言えるのだろうか。WTCには、同じ調なのに性格の違う曲が多く見受けられるのはなぜだろうか。例えばシャープ2個のロ短調は1巻と2巻で性格が大きく違う。まずプレリュードについて、1巻のロ短調は静かな宗教性をたたえたトリオソナタ、2巻のロ短調は軽快な2声インヴェンションである。フーガについても1巻のロ短調は半音階的手法で厳粛かつ深い宗教性をもつが、2巻のロ短調は跳躍する闊達な舞曲である。 WTC において バッハがロ短調のどのように考えていたのか皆目見当がつかない。

バッハはWTC第1巻のタイトルページに「全調」を表す意味で以下のように記した。「長3度 Ut Re Mi に関して、あるいは短3度 Re Mi Fa に該当するすべての全音と半音によるプレリュードとフーガ」
現代感覚からするとこの表現には少し違和感を覚える。理由は2つある。一つは「ド」の音をUtと表現していることである。これはグィードの音階図にある「Ut」である。「Ut」は発音し難いことから徐々に「ド」に変わり現代に至った。もう一つは、長3度ドレミに対して、短3度レミファである。なぜ短調をラシドと書かなかったのか。これもグィードの音階図を見ればわかるのよう、「シ」のない6音音階(ヘクサコード)の表記法を用いているからである。バッハが敢えてグィード式の表現を用いたのは、バッハが音楽史の分水嶺に過去の方を向いて立っていたからではないか。過去の作曲家が表現した永遠の調和をWTCに託したかったのではないか。バッハの同時代にプッシュテット(Buttstett 1666~1727)という音楽家がいた。ブットシュテットは北ドイツオルガン学派最後の人であった。マッテゾンが古典様式の到来を見据えた進歩主義者であったのに対し、ブットシュテットは過去の音楽の伝統を守ろうとした。バッハは当然、ブットシュテットの 《Ut mi sol re fa la tota musica et harmonia aeterna すべてのドミソレファラ永遠の調和の音楽》 を知っていただろう。バッハはプッシュテットに共感し過去の音楽を守ろうとした。それがWTC のタイトルページに表現されているように思える。

富田庸 Yo Tomita 山口県でバッハをやわらかく語る

世界的バッハ研究者、特に平均律クラヴィーア曲集の第一人者、Yo Tomita (富田庸) の講演会 「バッハを嗜む」 を主催しました。多数のご来場者に心より感謝申し上げます。

富田先生は英国在住が長くなられるので、日本語が直ぐに出て来ず、英語で講演なさる方が楽のようにお見受けしました。
また、日頃は専門の研究者や音楽学生を相手に英語でレクチャーしておられるので、今回、一般向きの話を日本語で語られるのは大変ご苦労なさったのではないでしょうか。おかげで、私たちは日本語で、音楽学者の仕事と心得、バッハの生涯と作品、受難曲、平均律クラヴィーア曲集など、興味深い話を分かり易く説得力のある口調で聞くことができました。パワーポイントもわざわざ日本語でご用意いただきとても解り易かったです。会場の方達は皆熱心に聞き入り、「面白かった、勉強になった」と満足して帰られました。2時間ほどの講演でしたが、富田先生のピアノ演奏、トマス教会での演奏動画、図版、画像など趣向を凝らした内容で、2時間がとても短く感じられました。講演のすべてをノーカットでどうぞ。
尚、最初から31分のあたりで、「やわらかなバッハの会」の話に触れておられますので、ご覧いただければ幸いです。



WTC のテンポ

ノーベル賞の発表の時期が近づいてきました。ノーベル物理学賞については重力波の発見が話題を呼んでいます。重力波とは アインシュタインが100年前にその存在を預言したもので「時間と空間のゆがみ」だそうです。莫大なお金をかけて重力波を測定する装置をつくり、宇宙の時間と空間のゆがみを証明することができたということです。重力波を バッハの WTC(平均律クラヴィーア曲集)第1巻8番フーガに感じるのは私だけでしょうか。なめらかに広がるテーマは広大な宇宙の天蓋、まるで重力波の中で各パートが宇宙遊泳しているようです。

宇宙を感じさせるこのフーガをどのようなテンポで弾くかと言う現実的な問題を考えてみましょう。有名ピアニストのテンポを、高木幸三氏の「演奏家別テンポ一覧表」から引用します。
一番速いテンポで弾いているのが、シフで ♩=84です。一番遅いテンポがレオンハルトで ♩=50 です。その間各ピアニストがめいめいのテンポで演奏しています。
ちなみにWTCの名演奏で知られるフィシャー(Fischer, 1886年生)のテンポは ♩=54 でかなり遅い方です。

バッハはテンポのメトロノーム表示を書かなかったので、どのピアニストも間違いだとは言えません。どのピアニストもおのずから欲するテンポで演奏していて、すべて好ましいと思います。

おのおのが、その持てるテクニックの範囲でバッハの宇宙を遊泳し、無限大の宇宙のハーモニーを感じながら弾けるテンポがベストだと言えるでしょう。それは人によって様々です。速いのもよし、遅いのもよしであります。しかし自分のテクニック以上のテンポで弾くことは問題です。

前掲のフィッシャーは次のように言っています。
「バッハのフーガは明瞭に弾けば弾くほど、また、よいフレージングをすればするほど、全くおのずから、ますますゆっくりと演奏することになるであろう」

フィシャーは、コルトーやフルトヴェングラーとも親交をもち、特にバッハの演奏にかけては同時代の第一人者でした。また教育者としても優れており、スコダ、バレンボイム、ブレンデルなどを育てました。

バッハのフーガは、この世的な感情を超越しており、それゆえに、そこに個人的な感情や思想のつけ入る隙はない。あらゆる瞬間に生を超越した精神が貫かれているのではないだろうか。時間、空間を超越したハーモニーが貫かれているのではないだろうか。






バッハを嗜む

バッハを嗜む  〜 講演と公開レッスン 〜

講演:富田庸 (英国クイーンズ大学音楽学部教授)

日時:講演       平成29年9月 9日(土)14:00〜16:00
    公開レッスン 平成29年9月10日(日) 10:00 〜15:30

場所:山口大学 大学会館1階大ホール

主催:やわらかなバッハの会

後援:山口大学、山口県、山口県教育委員会、山口市、山口市教育委員会

入場無料

富田庸プロフィール

1961年生  福島県出身
福島県立安積高等学校卒
武蔵野音楽大学音楽学部ピアノ科卒
英国リーズ大学留学、博士号取得
英国クイーンズ大学音楽学部 教授
ドイツHENLE社の楽譜校訂者  
ウェブサイト「Bach bibliography (バッハ文献集)」の編集者 

2000年 バロック音楽ビエンナーレ国際会議組織委員、2010年 同議長
2005年 ジャーナル「Musicological Research (音楽学的探究) 」の編集委員
2006年 Bach Network UK (英国バッハネットワーク) 理事
2007年 国際シンポジウム「ミサ曲ロ短調」の組織委員
2010年 ジャーナル「Understanding Bach (バッハ解釈) 」の審議会編集委員
2011年 ライプツィヒの Bach-Archive (バッハ資料館) の上席研究員
2012年 米国ルイビル大学客員教授

<著書>
・バッハ全集第12巻「ロンドン自筆譜と平均律クラヴィーア曲集」 東京 小学館
・Joseph Groocock, Fugal Composition: A Guide to the Study of Bach’s ‘48’ (ジョーゼフ・グルーコック(著)、富田庸(編), フーガ作品:バッハ平均律の研究ガイド)ed. Yo Tomita. Westport, Greenwood Press, 2003.
・Baroque Composers: Bach (バロック作曲家シリーズ『バッハ』) Abingdon Ashgate Publishing 2011年
・Exploring Bach’s B-minor Mass (『バッハのロ短調ミサ曲探求』) Cambridge Cambridge大学出版局 2013年

上記の他、著書、論文、音楽雑誌への執筆多数

公開レッスン受講者


1 横瀬大和       ポロネーズ ト短調 BWV Anh.125 
2 脇條靖弘        「おのが平安に帰り」  BWV 511
「御身がともにあるならば」  BWV 508
3 村竹小梅        インベンション第14番 BWV 785
4 佐々木純怜          シンフォニア第2番  BWV 788

―― 休憩 ――

5 樫田史郎   平均律クラヴィーア曲集1巻15番 BWV860
6 神田梨沙     平均律クラヴィーア曲集1巻23番  BWV 868
7 山本浩二        リュート組曲ト短調 BWV 995
8 木橋彩音    平均律クラヴィーア曲集2巻7番 BWV 876
9 コンヴェルサシオン  フーガの技法 4番 BWV 1080
(vn田村和代  fl高宮香苗  rec高宮善之  vne川口淳美)

やわらかなバッハの会
〒753-0072 山口県山口市大手町
3−6 大手町ビル4F
毎週土曜日 輪奏会17:00 PM
第2金曜日 輪読会10:00 AM
毎月1回   対話集会17:00 PM

5周年記念バッハ礼讃音楽祭
2018.7.29(日)14:00

お問い合わせはこちら

<プロフィール>
やわらかなバッハの会 
代表 橋本絹代
新しい鍵盤楽器記譜法「イコール式」の創始者

子供の頃、父と一緒に、バッハのフーガをピアノ分担奏で弾くことによって、声部進行を直感的に学び取り
バッハのとりこになった。
これまで約400人のピアノレッスンを通じて、バッハのフーガを弾くことの重要性を認識し、初級者でもバッハ演奏を楽む方法を提案。

2007年 世界で初めての楽譜《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》カワイ出版 

2009年 音楽書『やわらかなバッハ』春秋社

2013年「やわらかなバッハの会」設立

2014年 バッハ礼讃音楽会 (於 旧県会議事堂) 毎年開催

2016年 バッハ・イン・ザ・サブウェイズ (於 新山口駅南北自由通路 )毎年開催

2017年 Bach Network UK 対話会議研究発表 (於 ケンブリッジ大学)

Prof.Yo Yomita (富田庸) 講演会「バッハを嗜む」主催 (於 山口大学)

イコール式とは「鍵盤楽器においてどの調も皆同じ」という意味です。
なぜなら12等分平均律の鍵盤楽器における調性とは、ただ高さのみによって識別される2つの旋法、すなわち長調と短調の性格だけに限られるからです。
12等分平均律は勿論のこと、不等分音律を前提に論じたマッテゾンでさえも調性格の恣意性を指摘しています。
異名同音、ピッチの変動、バッハの手による移調の試みなどを考慮すれば、《バッハ平均律クラヴィーア曲集》の中の難しい調を簡単な調に移調してまず親しむことが大切です。初級者は更にそれをアンサンブルで楽しむことが大切です。
やわらかなバッハの会は既成概念にとらわれず、自分自身の判断で音楽の本質を探究するところです。


世界唯一! 平均律クラヴィーア曲集の移調
音楽の構造が良く解る










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<イコール式の意味>
*12等分平均律の鍵盤楽器においてはどの調も同じ(イコール)です *フーガの各声部は主従関係ではなく対等(イコール)です *12等分平均律の調律法はイコール・テンペラメントと言います *音名と階名が同じ(イコール)読み方です
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