やわらかなバッハの会 Soft Bach Society

先入観念にとらわれることなく、バッハの音楽に親しむ会です。
イコール式音楽研究所  所長  橋本絹代
Equal Method Music Institute President Kinuyo Hashimoto

バッハの編曲と移調

バッハには沢山の編曲作品があるが、今回はチェンバロ協奏曲を考察する。チェンバロを通奏低音から独奏楽器に進化させるというアイデアはピアノ協奏曲の先駆けとなった。独奏チェンバロの数によって4種類の協奏曲、合計14曲をバッハは書いた。

1台チェンバロ協奏曲 BWV 1052〜1059
2台  〃         BWV 1060〜1062
3台  〃        BWV 1063,1064
4台  〃       BWV 1065

1台チェンバロ協奏曲 2番  ホ長調 BWV 1053 の原曲は オーボエ協奏曲 変ホ長調 か フルート協奏曲 ヘ長調 の可能性が高い。さらに、バッハは後にカンタータ BWV 169-1 ニ長調に転用した。つまり、一つの曲が、ホ長調 ー 変ホ長調 ー ヘ長調 ー ニ長調 で 記譜され演奏されたのである。

1台チェンバロ協奏曲 3番 ニ長調 BWV 1054は ヴァイオリン協奏曲 2番 ホ長調 BWV 1042 から編曲された。これはチェンバロの最高音の鍵盤が足りなかったために1音低い調に移調したと考えられる。ニ長調 −ホ長調


1台チェンバロ協奏曲 5番 へ短調 BWV 1056 の第2楽章は有名なラルゴである。第2楽章はへ短調の平行調の 変イ長調で歌われる美しい曲である。これはもともとオーボエのソロ ヘ長調のラルゴから転用したものである。バッハはカンタータ BWV 156-1 シンフォニアに転用する際も、ヘ長調を用いているが、1台チェンバロ協奏曲は変イ長調で書いた。変イ長調 − ヘ長調


1台チェンバロ協奏曲 6番 ヘ長調 BWV 1057 は ヴァイオリン協奏曲 4番 ト長調 BWV 1049 から編曲された。これもチェンバロの音域の問題によって1音低く移調したと考えられる。ヘ長調 −ト長調

1台チェンバロ協奏曲 7番 ト短調 BWV 1058 は ヴァイオリン協奏曲 1番 イ短調 BWV 1041 から編曲された。これもチェンバロの音域のための移調と考えられる。 ト短調 − イ短調

2台チェンバロ協奏曲 1番 ハ短調 BWV 1060 の原曲はオーボエとヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調と考えられ、ニ短調による復元も行われた。これも同じくチェンバロの音域を考慮して1音低い方向への移調と考えられるハ短調 − ニ短調


2台チェンバロ協奏曲 3番 ハ短調 BWV 1062  は 2台のヴァイオリン協奏曲 ニ短調 BWV 1043 から編曲された。これも同じく1音低くする移調である。 ハ短調 − ニ短調

3台チェンバロ協奏曲 2番 ハ長調 BWV 1064  は消失した3つのヴァイオリン協奏曲から編曲されたもので、3つのヴァイオリン協奏曲はブランデンブルク協奏曲 3番 ト長調のもとになった曲である。ハ長調 − ト長調

4台チェンバロ協奏曲 イ短調 BWV 1065 は ヴィヴァルディの ”調和の霊感” 作品3-10 4つのヴァイオリンとチェロのための協奏曲 ロ短調 から編曲したものである。 イ短調 − ロ短調


このように14曲のチェンバロ協奏曲の中で、移調されたものが9曲もある。むしろ移調をしなかったものの方が少ないのである。他に、オルガン協奏曲、クラヴィーア協奏曲にも、編曲の際に移調したものが存在する。
上記のチェンバロ協奏曲の移調例は当時よく使用された調ばかりである。当時ほとんど使用されなかった遠隔調は無いも等しい調であった。遠隔調を含むWTC(平均律クラヴィーア曲集)が、移調によって作られた遠隔調の作品を含むことも無理からぬことである。

電子ピアノ

最近は電子ピアノ系の鍵盤楽器が良く売れているという。
アコーステックピアノと電子ピアノ、一長一短があると思いうが、何故電子ピアノがよく売れるのかその理由を考えてみた。ちなみに電子ピアノは標準的なものでピアノ、チェンバロ、オルガン、の音色がある。ピアノ、チェンバロ、オルガンの順で電子ピアノとの比較を試みることにした。

◆ピアノに比べて電子ピアノの方が便利な点
・ピアノ運送専門業者に頼まずとも簡単に自家用車で運搬できる。
・定期的な調律やコンサート前の調律がいらない。また楽器移動に伴う調律も不要である。
・鍵盤が軽いので初心者にも弾きやすい


◆チェンバロに比べて電子チェンバロの方が便利な点
・自分で器具を用いて調律する手間がいらない。
・トランスポーズで古楽のピッチに合すことができる
・非常にデリケートなチェンバロは運搬に最新の注意を要するがその必要がない
・ピアノに慣れた奏者が力一杯打鍵しても壊れない。

◆オルガンに比べて電子オルガンの方が便利な点
・本物のパイプオルガンを弾く機会は非常に少ない
・電子オルガンを2台使用すればオルガン作品のペダルもカバーできる
・教会などに据え付けられたオルガンは持ち出せないが電子オルガンなら何処でも演奏できる。

◆全般的な利点
・トランスポーズを使ってそのままの楽譜で移調演奏ができる。
・ピアノ、チェンバロ、パイプオルガンに比べて非常に安価である。
・近所迷惑にならない音量で練習ができる
・コンサートで必要な場合はスピーカーを使って大音量も出せる
・置き場所を取らない
・他の楽器とアンサンブルをする時、ミキサーで音量バランスを取ることができる。
・寒暖、湿度の影響を受けることなく安定している。

◆全般的な欠点 
・電子楽器は本物の音色とは比較できない。
・電子ピアノはタッチによる音色の変化が乏しい。



パイプオルガンを弾く機会は一般にはほとんど無いので電子オルガンは便利である。


8、メンテナンスがいらない

WTCの同調は同性格か

WTC(平均律クラヴィーア曲集)は1巻2巻それぞれに24の調が網羅され、全部で48のプレリュードとフーガから成る。24×2=48、各調2楽章づつ存在する。1巻、2巻それぞれに存在する同じ調の曲が同じ性格かどうか調べてみよう。もし、バッハが、WTCにおいて各調の調性格を確立しようとしたのなら、1巻と2巻の同じ調は同じ性格でなければならない。

まず最初のハ長調プレリュードを比較してみよう。

1巻1番ハ長調・・・・・・P=静穏な5声体分散和音
2巻  〃   ・・・・・・P=壮麗威厳に満ちたオルガン前奏曲

1巻の方は瞑想的、静かで淡い響きであるが、2巻の方は晴れやかなフルストップのオルガンを連想する分厚い響きである。巻頭を飾るプレリュードについては1巻と2巻でかくも性格が異なる。どちらもハ長調である。

続いてハ長調のフーガの方も比べてみよう。

1巻1番ハ長調・・・・・F=重層的な密接進行、緊張感
2巻 〃    ・・・・・F=快活なフゲッタ、ユーモア

ハ長調フーガも両者は対照的である。1巻の方はストレッタが多く複雑に編み込まれた織物である。2巻の方は軽やかな跳ね回るフゲッタで複雑さはない。 

ハ長調のプレリュードとフーガを両巻比較する時、ハ長調の情緒なるもの、共通点はいったい何だろうか?ハ長調を代表する調性格はどれだろうか?WTCのハ長調はどれも異なる性格の曲なのでハ長調という共通の性格を見出すことは誠に困難である。もし、バッハがハ長調に共通の調性格を認めていたとしたら、これほど性格の違う曲を同じ調で書こうとはしなかったはずである。


途中を省略して一気に最後の24番ロ短調を調べて見てみよう

1巻24番ロ短調・・・・P=夢見るトリオ・ソナタ、沈静
2巻  〃    ・・・・・P=厳格なインヴェンション

同しロ短調プレリュードでも1巻の方は丸みを帯びた深い宗教性を感じられるが、2巻の方はジグザグとしながらリズミックである。

続いてフーガも見てみよう。

1巻24番ロ短調・・・・F=厳粛な半音階的手法、宗教的情緒
2巻  〃    ・・・・・F=陽気な舞曲

ロ短調フーガも両者の性格はかけ離れている。1巻の方は人間的苦悩を表す重厚なフーガであり、巻末を飾るのに誠に相応しい大作である。これに反して、2巻の方は躍動感に富んだユーモラスな舞曲であり、巻末を飾るには軽過ぎる。

WTCにおけるロ短調の情緒も実に多種多様であって、ロ短調の性格と聞かれてどれが代表的なものなのか答えに窮する。バッハの場合、ロ短調は厳粛な宗教的情緒だと思いきや、夢見る対話であったり気楽な舞曲であったりもする。
バッハがロ短調に一定の性格を与えていないことはWTCを見る限り確実である。

Yo Tomita 他の研究によって、バッハはWTCを編集する際に、簡単な調からの移調を試みて遠隔調を作り上げたことが明らかにされた。もしバッハが移調によって、曲の性格が変わってしまうと本気で考えていたら、移調を試みることはなかったはずである。

そもそも調や調性格というものを、WTC も ロマン派の時代の作品も、ひっくるめて同じ俎上で論じようとすることに無理があるのではないか。なぜならバッハのフーガはSDTを持つ完全なカデンツより、調的浮遊性の強いゼクエンツに支配されてiいる。また教会旋法、復調もある。ゼクエンツは音度上での隣接性によって結ばれるもので調を確立するには短か過ぎる。テーマですら途中で転調するものがある。従ってフーガは一つの調に長く留まっていないという意味で転調が無いともいえるからである。バッハがWTC において理論上考えられる24の調を網羅して世に示したことは画期的なことであった。それまで使われていなかった調までを網羅した業績は大きかった。しかしバッハはそれまで無かった新たな調性格を示したわけではない。移調まで試みて珍しい調を網羅したのであるから。

この根本的なことを理解せず、ハ長調から半音づつ上昇する順序で演奏することに意義があり、移調などもっての外と考える人も多い。もしバッハがロマン派における調を基準としてWTCを編纂していたならば、ショパンの24のプレリュードがそうであるように5度圏の順序で並べたはずである。(C:→a:→G:→e:→D:→)。しかし、WTCは半音ずつ上昇する順(C:→c:→Cis:→cis:→D:→d→)を採用しており、5度圏は無視している。だからWTCを最初から順に弾くと隣接する楽章の調的飛躍が起こる。バッハが近代和声学の基礎を築いたと言われるが、ロマン派の調や調性格とは少し異なることがわかる。さらに言えば、バッハは同時代のマッテゾン(mattheson 1681〜1764) の言う調性格とも無縁であった。これについては拙著の中で詳しく述べた通りである。

既成概念はなかなか変わらないものである。それはト長調のメヌエットが実はペツォルトの作品だったということが発表されてもまだ、バッハの作品だと思っている人が結構多い事でもわかる。ト長調とト短調のメヌエットに関する記述はシュルツェ(H.J.Schulze 1934〜) が発表した論文(バッハ年鑑)にあるもので、それは 1979年のことだった。今から40年も前である。拙著『やわらかなバッハ』の中でト長調のメヌエットについて書いたのは2009年、今から10年ほど前のことである。日本の小学校の音楽教科書にト長調のメヌエットがペツォルト作曲と改訂されたのはほんの数年前である。メヌエットの例一つとっても、新事実が世に知れ渡るのには長い年月を要することがわかる。 WTCの真実も長い年月をかけて少しづつ既成概念が変わってゆくのだろう。

音楽大学の学科偏差値

受験シーズン真っ只中、音大受験生にも学科試験はある。実技偏重はさておき、学科の方の偏差値を 「2019年度 入試対応 大学・学部 偏差値一覧」 benesse から調べてみた。

「大学偏差値一覧」は文系と理系に分かれており音大は文系に分類されている。

中世の大学では自由七科といい、文法・修辞学・弁証法の3科が文系、算術・幾何・天文・音楽の4科が理系である。音楽は明らかに理系だった。
いつの間に音楽が文系になり、実技偏重になったのだろう?

以下は文系のみを調べたもので数字は偏差値を示す。
同一大学でも学部ごとに偏差値が異なるため、最も高い学部に従って記した。
音楽大学や音楽系学部は太文字で示した。
男女共学、4年制大学のみ記した。
あまりに大学の数が多いためすべてを記すことはできなかった。


83 慶応大
82 早稲田大
80 東京大
77 京都大
76 上智大
75 一橋大  大阪大  国際基督教大
74 中央大 明治大 立教大 法政大 同志社大
73 関西学院大
72 名古屋大 神戸大  
71 九州大 青山学院大 立命館大
70 関西大 南山大 
69 東北大 横浜国立大 東京外国語大  学習院大
68 北海道大 千葉大 大阪市立大 
67 首都大学東京  成蹊大 武蔵大
66 明治学院大 獨協大 東京理科大 中京大
65 国学院大 竜谷大 近畿大
64 成城大 創価大 立正大 関西外語大
63 東京芸術大(音) 岡山大 玉川大 明星大 専修大 佛教大
62 東京学芸大(教育) 筑波大(芸術専門学群) 熊本大 駒澤大  
61 広島大(教育) 埼玉大 信州大 甲南大 順天堂大 中村学園大
60 専修大 武蔵野大 畿央大
59 帝京大 立正大 金城学院大 福岡大
58 大阪経済大学
57 大阪教育大(教育) 日本大(芸術)  亜細亜大  東京経済大  
56 玉川大(芸術)  帝京大  大正大 広島専修大
55 山口大(教育)  拓殖大  桜美林大 
54 島根大学(教育) 大東文化大 亜細亜大  岡山理科大
53 国士舘大 阪南大 天理大
52  東海大(教養芸術) 東京福祉大 九州ルーテル学院大
51 琉球大(教育) 杏林大
50 山口学芸大(教育) 中部大 常葉大 
49 国立音大(音)  桐朋学園大(音)   目白大 育英大
48 武蔵野音楽大(音)
  京都精華大  沖縄国際大
47 沖縄県立芸術大(音楽) 東京音大(音) 大阪芸術大学(芸術) くらしき作陽大(音楽)   淑徳大   和光大
46 名古屋芸術大(芸術) 大阪音楽大 高松大 鶴見大
45 上野学園大(音)  昭和音大(音)  洗足学園大(音) 名古屋音楽大  鈴鹿大
44 エリザベト音楽大(音)  東邦音楽大 相愛大(音) 東亜大(芸術) 平成音大 札幌学院大
43 人間環境大  江戸川大 芦屋大
42 東京富士大  四日市大 豊橋創造大
40 朝日大

イコール式(Equal-Method)とは

イコール式とは等しいという意味である。12等分平均律はイコール、12等分平均律における24の調の響きはイコール、フーガの4声の役割はイコール、ハ長調とイ短調だけは移動ド読みと固定ド読みがイコールである。WTCの全48曲を一音たりとも編曲せずに、ハ長調とイ短調に移調した《 イコール式 バッハ 平均律クラヴィーア曲集 》 橋本絹代編著、カワイ出版、2007 は、、バッハのフーガを正しく学ぶ手掛かりとなる。イコール式は公文式などと同様に教育法のひとつである。WTCをハ長調とイ短調に移調した楽譜は、この種の出版物として世界で初めての試みである。

WTCはハ長調からロ短調まで上昇順で24の調を弾くことに意義があると一般的に考えられている。
インヴェンンション&シンフォニアもハ長調からロ短調まで上昇順に編集されているが、WTCcと違う点は遠隔調を飛ばして15の調が網羅されているということである。
インヴェンション&シンフォニアまで最初から順に弾くことに意義があると考える人は少ないだろう。なぜなら全24の調がそろっていないからであろう。

WTCはそれぞれ多様な趣をもつ独立した曲であるが、24の調を網羅していることから順に弾くことに意義があると思われているようである。バッハは上昇する順作曲したのではない。書き溜めたものを編集し、時には移調も試みて上昇順に並べたのである。上昇順に弾くと調的に関連のない半音上昇となる。例えば2番ハ短調に続くのは3番嬰ハ長調でそれは♭3個の調から♯7個の調に続ける演奏となる。なめらかな転調のため繋ぎに即興演奏を入れるピアニストもいるくらいである。
ショパンの《24のプレリュード》 や ショスタコーヴィチの《24の前奏曲とフーガ》 は 自然な順序で網羅されている。すなわち C: → a: → G:→ e:→ D: → h:〜〜〜 F♯: → e♭: → D♭: → b♭: → F: → d: で環が閉じる。

WTCとインヴェンションシン&フォニアの違いは遠隔調があるか無いかである。WTCの成立過程から確かなことは非遠隔調を先に作った後に遠隔調を作ったということである。バッハの作品のほとんどは、ミーントーン音律で弾ける範囲の非遠隔調であり、日頃は遠隔調の作曲をしていなかったのであるから当然である。しかもバッハは遠隔調を挿入する際に非遠隔調からの移調を試みて編集した形跡がある。デュル(Alfred Durr 1918-2011) や 富田庸(1961-)の研究によって、バッハが浄書の際に書き間違いをしてしまい、それを訂正した痕跡を調べた結果、非遠隔調で作った曲を遠隔調に移調しながら書いたことがわかったのである。

バッハは教会ごとにピッチの違うオルガンで管弦楽や歌と合わせなければならなかったので、その際オルガンパートを移調した。合奏の際のオルガンは移調楽器として扱われていたのである。オルガンのソロ曲を演奏する際は、教会ごとに異なるピッチでそのまま演奏されたが、時には3度もピッチが違っていた。

またバッハは転用や編曲した作品が多いが、その際、様々な事情から多くの移調を試みた。
例えばカンタータ12番の第2曲はロ短調ミサ曲の ” Crucifixus  十字架につけられ ” に転用する際、へ短調からホ短調に移調された。ヴァイオリン協奏曲2番はチェンバロ協奏曲3番に編曲する際、ホ長調からニ長調に移調された。このような例は沢山ある。

「イコール式」教育法はハ長調とイ短調なので古典音律で弾けば美しい響きが得られる。また難易度を下げ、声部進行を正しく学ぶためにもアンサンブルをすすめる。
以下にイコール式の優れたところを説明する。

1、調号としての ♯ ♭ がゼロ
楽譜には臨時記号としての♯♭のみ存在することになる。♯ ♭ が常に音符と近い距離にあるので譜読みの間違いが起こり難い。

2、移動ド読みの煩わしさを解消
見たままで “ 移動ド読み ” になっているのでラクに移動ド読みができる。転調部分については後述する。

3、音楽の正しい理解
イコール式は “移動ド読み” が可能になるので、音の機能を表す階名がわかる。

4、近親調が常に同じ調
主調がハ長調の場合、属調がト長調、下属調がヘ長調、平行調がイ短調というように常に一定であるのでフーガの構造を理解しやすい。

4、相対音感者の救済
相対音感者は移動ド読みで耳に聞こえるので、ピアノ譜を固定ド読みで演奏するのは無理がある。イコール式は耳に聞こえる音と楽譜が一致するので無理なく演奏できる。

5、絶対音感者の救済
絶対音感者は固定ド読みで耳に聞こえるので、ト長調の主音の 「 ソ 」 を 「 ド 」 と歌うことに抵抗を感じる。イコール式はハ長調とイ短調なので固定ド読みと移動ド読みが一致するため無理なく歌える。音楽を階名で理解するという視点から厳密にいえば、絶対音感者はハ長調とイ短調以外の曲を演奏してはならないとも言える。

6、確実な暗譜
  音楽を正しく理解し、正しい記憶が可能になる。

7、古典音律で弾くと音感が良くなる
12等分平均律は24の調が弾ける半面、和音はどれも濁っている。古典音律は弾ける調が限られるが純正に近い和音が得られる。ハ長調とイ短調を古典音律で演奏するとハーモニー美しさを知ることができる。

次にイコール式に対してよくある質問について述べる。

1、元の調とのピッチの差

古来グレゴリア聖歌は楽譜なしで歌い継がれてきたものでピッチは歌手の自由であった。

1000年頃、楽譜が発明された。ネウマ譜や5線譜は音の高低を書き記すことはできたが記譜された音と実際の音の高さを示すことは無かった。

1500年頃、アーロン(Pietro Aaron 1480-1550) は ハープシコードの調理に関して「最初のC音を任意のピッチに置いて良い」と教え、ガナッシ(Fontege Dal  Ganassi 1492-16世紀中頃)は 「弦楽器と声のピッチは作品や能力に合わせて自由に変えて良い」と教えた。

1700年頃、バッハの時代は多様なピッチが共存しており時には3度くらいの幅があった。当時の音楽家はまだ寄付された音とピッチを厳密に関連させる習慣を持っていなかった。演奏機会に応じてまたオルガンのピッチに応じて移調が行われた。

1800年ごろ、多様なピッチへの対抗処置としてフランス政府委員会が a'=435 と決めた。一方イギリスではa'=450まで上昇し標準ピッチの変動が治まることはなかった。

1938年になってやっと英国規格協会会議の勧告に従い、標準ピッチがa'=440と 定められ、これが世界基準となった。標準ピッチ決定から80年を経て今日、また440が上昇傾向にある。一方1900年後半の古楽運動により古楽奏者は A'=415 という低いピッチを標準としている。グレゴリオ聖歌から今日にいたるまで、記譜された音と実音のピッチは一定していないと言える。

ピッチの歴史や現況を考えると、WTCもピッチを一定にする必要はないと思う。a'=440 のピッチでWTCが耳に馴染んでいる場合は 電子ピアノのトランスポーズでピッチを近づけることもできる。バッハの時代のピッチ対策は移調するしかなかったが、現代は電気的な方法がある。


2、転調部分の読み方
WTCのフーガにおける複雑な転調は近代和声で分析することは不可能である。フーガについてはSDTを持つ完全なカデンツよりもむしろ調的浮遊性のゼクエンツに支配されており、旋法、12音、復調、無調など、調が複雑に変化する。短い主題が途中で転調する転調主題も幾つかある。フーガは一つの調に長く留まらないという意味で転調が無いともいえるため、途中で「ド」を移動させて読み替える必要性に乏しい。
♯♭の多い遠隔調もそのまま固定ド読みするのが一般的なピアノ演奏法であるが、ハ長調とイ短調に移調してその近親調を固定ド読みする方がはるかにラクである。イコール式はハ長調とイ短調に移調し、すべてを主調の主音からの距離で読む。この読み方がベストとは言えないまでもベターであろう。




WTCの調の変わり目に即興演奏

 平均律クラヴィーア曲集(以下 WTC) の即興演奏を交えて演奏する試みを聴いた。2018 年のバッハ音楽祭のプログラムの一つだった。演奏者はアメリカ の レヴィン (Robert Levin 1947〜)。彼はハーバード大学名誉教授で、今年のバッハメダル受賞者である。
バッハメダル受賞式はライプツヒの旧市庁舎で行われた。毎年6月にライプツヒで開催されるバッハ音楽祭の中で、レヴィンは市長などの祝辞を受け、過去のバッハメダル受賞達がお祝いの演奏を披露していた。
 
 レヴィンのコンサートはスタインウェイピアノだけで行われたが、その演奏はWTCを深い彫琢で築き上げ、声部が生き生きと飛び回っていた。それらの演奏の途中でレヴィンは短い即興演奏を挿入した。例えば14番嬰へ短調フーガの最後の和音から15番ト長調プレリュードに進む時、唐突に聞こえる半音進行を滑らかにするために、即興で実に上手く爽やかな転調を試みた。耳に自然な形でト長調に流れ込んだあと、また次の場所でも繋ぎの即興演奏を挿入して進んだ。彼の即興は、さりげない短いものであったがバッハに対する敬意と感謝の意を表しているように感じられた。彼は割れんばかりの拍手に包まれ、年齢を感じさせない若々しい足取りでステージを後にした。


 バッハ平均律クラヴィーア曲集(以下 WTC)は24の調が半音づつ上昇する順序で構成されており、これをハ長調から順にロ短調まで弾くことに意義ありと考えている人は多いと思う。
ハ長調 ⇒ ハ短調 ⇒ 嬰ハ長調 ⇒ 嬰ハ短調 ⇒ ニ長調 ⇒ ニ短調 ⇒・・・・・・・嬰へ長調 ⇒ 嬰へ短調 ⇒ ト長調 ⇒ ト短調・・・・・・ ⇒ 変ロ長調 ⇒ 変ロ短調 ⇒ ロ長調 ⇒ロ短調 で終わる。
長調の後に同主調 ( 短調 ) を配置している。
調号で示すと、無 ⇒ ♭3 ⇒ ♯7 ⇒ ♯4 ⇒ ♯2 ⇒ ♭1⇒・・・・・・・・ ♯6 ⇒ ♯3 ⇒ ♯1⇒ ♭2 ・・・・・・・ ・♭2 ⇒ ♭5 ⇒ ♯5⇒ ♯2 である。この順で演奏すると、調が半音上がる時の最後の和音と最初の和音は非常に遠い関係にある。例えば2番ハ短調の最後の和音から、3番嬰ハ長調の最初の和音に弾き進む時、両和音は非常に遠く離れている。WTCの並び順は1番から順に続けて演奏していくとき、調は前後関係を無視して唐突に進む感じは避けられない。

 ショパン 《 24のプレリュード op.28 》 や ショスタコーヴィチ 《 24 のプレリュードとフーガ op.87 》 は WTCとは並び順が違う。5度圏の順序で ♯ が一つづつ増えていき、長調の後に平行調(短調)が配されている。
ハ長調 ⇒ イ短調 ⇒ ト長調 ⇒ ホ短調 ・・・・・・・嬰へ長調 ⇒ 変ホ短調 ⇒ 変ニ長調 ⇒ 変ロ短調 ・・・・・ ヘ長調 ⇒ ニ短調 で終る。この並び順序で1番から続けて演奏すると和声的に滑らかに進むことができる。5度圏に準じて弾き進むことがきるからである。

  レヴィンの即興演奏はWTCの並び順の唐突な感じを見事に解消していた。

移動ドで歌う

日本音楽学会 西日本支部 研究発表  ” やわらかなバッハ ” より一部をかみ砕いて紹介させていただきます。

BWV 232

2018年3月21日  新幹線 新山口駅 構内  やわらかなバッハの会
バッハの誕生日を祝う世界的イベント 「バッハ・イン・ザ・サブウェイズ」 で  《 ミサ曲ロ短調 BWV 232  より Dona Nobis Pacem われらに平安を与えたまえ  》 をハ長調で歌いました。ミサ曲ロ短調 は27曲から成りますが、ロ短調は5曲しかありません。最多の調はニ長調で 《Dona Nobis Pacem われらに平安を与えたまえ 》 もニ長調です。しかし「やわらかなバッハの会」ではイコール式でハ長調に移調した楽譜を見て歌っています。ニ長調からハ長調に移調すると標準ピッチで1全音、古楽ピッチで半音下がることになります。

 ハ長調の便利な点は、読み替えなしでそのまま移動ド読みができることです。移動ド読みにおいては、主音は常に「ド」、導音は常に「シ」というように、「ドレミ」が本来もっている機能を表すことが最大の利点です。機能を表す「ドレミ」で歌えば、音程も自然に取り易くなります。機能を表す「ドレミ」は階名感覚を伴いますので、楽譜の読めない人、音符に仮名をふらなければならない人でも何とか歌えます。階名感覚とは、素人でも 「ドレミファソラシド」と歌ってもらえば、音程が順に上昇し、下降しながらは歌えません。また「シード」を半音で自然に歌える等の感覚を言います。移動ド読みをすれば常に「シード」は半音で歌えば良いのですが、固定ド読みの場合は「シード」が半音であったり全音であったりするという不都合が起こります。

 絶対音感のある人は何調でも固定ドで歌いますが、それはドレミがもつ本来の機能を無視した歌い方です。調性音楽の場合、音の前後の関係、相対的な関係が重要になりますが、固定ドはむしろその障害になります。通常、絶対音感の人は移動ドでは歌えませんが、ハ長調とイ短調だけはドレミとピッチが一致するので歌えます。加えて音の機能も一致するのです。

 絶対音感教育の牙城、桐朋学園の『 子供のためのハーモニー聴音 』 ( 柴田南雄 1979 音楽之友社 )に「 正しく調律されたa’=440Hzのピアノで行うこと 」と書いてあります。正しく調律されたピアノとは正しく12等分平均律に調律されたピアノという意味ですから、オクターヴ以外のすべての音程が不純なピアノが正しく調律されたピアノということになります。12等分平均律のピアノの音程に従って耳の訓練をすると、不純な人工的で機械的な音感が身についてしまい、自然な純正のハーモニーから遠のいてしまうのです。

 ピアノの鍵盤を見ると「ド」の上の鍵盤は「ド♯」で、「ド」と「ド♯」の丁度中間あたりのピッチはどちらの鍵盤に属すのでしょうか?また自然界にある無数の音、「ド」と「ド♯」の間に存在する無数のピッチはどうなるのでしょうか?世の中のすべての色を12色の絵具で分類できるわけではなく、色はグラデーションなのです。自然界の音も12の鍵盤に分類することは不可能です。しかも、近年標準音440Hzは上昇傾向あるなかで果たして絶対という絶対音感などあり得るのでしょうか。

 絵具の12色を即座に言い当てることができてもそれは当たり前のことであって、その能力だけでプロの画家になれるわけではないように、絶対音感があってもプロの音楽家になれるわけではありません。桐朋の絶対音感教育の室長だった別宮貞雄氏は「 私は絶対音感訓練の加熱が原因で教室をやめたのです 」と語り「 我々は皆、絶対音感を持っていなかったので、それが素晴らしいと思ってしまったんだね 」と述懐しています 。

 世界の標準ピッチが定められて未だ80年ほどしか経っていません。約300年前のバッハの時代は標準ピッチという概念すら存在せず、パイプオルガンのピッチは教会ごとに違っていました。当時のオルガン調律は、パイプを継ぎ足す技術に乏しくパイプを切り取ることによって調律をしたのでオルガンは調律の度にピッチが上昇しました 。ですから他の楽器と合奏するためにオルガンの楽譜を下方に移調しなければなりませんでした。オルガンは移調楽器の一つでした。バッハや同時代のオルガニストたちは多様なピッチのオルガンに対応できる耳、つまり絶対音感ではない耳をもっていたと考えられます。もし絶対音感があったら、「ド」 の鍵盤を弾いて「レ」 の音が聞こえるなどの現象に耐えられないはずです。現代に生きる音楽家も古楽の世界では絶対音感を捨てなければやっていけません。

 今回演奏した《 Dona Nobis Pacem われらに平安をあたえたまえ 》 の演奏を聞いて、ハ長調だから原曲と違うと意義を唱える人はいませんでした。カラオケでキーを1全音下げたから、その歌謡曲が違うと意義を唱える人はいないでしょう。歌は歌手に適したピッチで歌う、音符と実音は無関係というのがグレゴリア聖歌の頃からの習慣です。 「 やわらかなバッハの会 」の会員たちは絶対音感の人も相対音感の人もいますが、ハ長調の移調楽譜を見て 《 Dona Nobis Pacem われらに平安をあたえたまえ 》  を歌うことに抵抗を感じた人は一人もいませんでした。


バッハの原体験

私の父は、大学のオーケストラでクラリネットを吹いていました。父の先輩にあたる朝比奈隆は法学部を卒業後、また文学部に在籍して学生オケの指揮に熱中し、やがてプロになりました。大阪音楽大学教授、大阪フィルハーモニーの音楽総監督になった偉大な先輩の影響を父も受けていたのか、卒業後も海外出張のついでに海外のオーケストラを聴き歩き、OBオーケストラを楽しみにしていました。

父はピアノも多少弾けましたので、私とピアノ分担奏をして遊んでくれました。ソロで弾くべきピアノ曲を親子で分担して弾くのですから、どんな曲も簡単に弾くことができました。その中でバッハだけは感動のあまり曲の最後まで弾いてもまた最初に戻りたい衝動にかられ、際限なく何度もリピートしたものです。旋律と伴奏に分かれる曲よりも、旋律同志を奏でる曲の方が面白いことを小学生の頃から直感的に感じていました。
シュヴァイツァーの著書「バッハ」の中に次のような言葉があります。「バッハのフーガを練習したことのある子供は(その際どんなに機械的に行われたにせよ)声部進行を目のあたりに学び取るのであり、この直感はもう二度と忘れ去られることはないであろう。そのような子供はどんな曲にも同様な音響の線による尊厳な動きを本能的に求めるようになり、その欠如を貧しさと感ずるであろう」
カッコ内の「その際どんなに機械的に行われたにせよ」というくだりは、アマチュアピアニストと子供の分担奏でも、バッハはどのように演奏してもその本質は伝わるということだと思います。大人になってからも「この直感は二度と消し去られることはないであろう」という言葉通りバッハの多声音楽の魅力から逃れられないのです。


このような原体験を持つ私は、「やわらかなバッハの会」で沢山の人とバッハのフーガの分担奏を楽しんでいます。声部進行を正しく学ぶには1声を受け持つアンサンブルが一番近道です。鍵盤楽器に限らず、多種の楽器や歌を音域に応じて自由に重ねます。異種混合的な音響の多声音楽が響きます。だれもかれも夢中になって自分のパートを演奏します。初歩者にとって多声音楽は楽譜からちょっとでも目を離すと脱落してしまい、途中復帰するのが難しいものです。自分の旋律と他の旋律が重なり合う線的音響に満たされた中で、この世のものとは思えない美的空間が生まれます。そこでは自分のつまらない感情や世間の雑事を全く忘れて音楽だけに熱中できるのです。バッハの超越的音楽に心が癒されます。演奏が終わると皆幸せそうな笑顔で「素晴らしい!」と心からバッハの音楽に感動しています。

バッハの日本初演に新しい知見

明治維新によって西洋音楽が我が国にもたらされた。バッハの音楽の日本における初演は先行研究では明治
21年 (1890年)とされてきた。ところが英国のバッハ研究者 Thomas Cressy 氏の研究によって、バッハの日本初演が明治2年(1869年)であったことが初めて明らかにされた。日本のバッハ受容史を約20年も塗り替えたことになる。

これは私たちが明治維新150年を記念して開催した「バッハ礼讃音楽祭」の中で、Thomas Cressy 氏 が 「日本の明治時代におけるバッハ受容」 と題する講演において明らかにしたものである。

ご承知のように明治維新は1868年、その僅か1年後に日本でバッハの音楽が演奏されていたとは驚きである。
井沢修二がアメリカに留学したのは1875年、それより先んじること6年前にバッハの音楽が既に日本で演奏されていたというのである。アメリカ留学で音楽を学んで帰国した井沢修二は音楽取調掛を開設、アメリカからメーソンを招き、小学唱歌集の編纂に従事し、東京音楽学校を設立した。設立は明治1887年である。一般にバッハの音楽は東京音楽学校設立の後に演奏されたと考えられてきた。先行研究によるとバッハの日本初演は1890年とされている。

Thomas Cressy  氏の英字新聞その等の資料研究の結果、バッハの日本初演は横浜の外国人居留地、外国人の演奏、1869年11月6日であったと判明した。明治維新から僅か1年目の出来事だった。演奏曲目はバッハ作曲 《ヴァイオリンとピアノのための前奏曲》  Thomas Cressy 氏によると、これは シューマンがヴァイオリン と ピアノのために編曲した 《 無伴奏 ヴァイオリン パルティータ 第3番 》のプレリュードだという。

その後もコンサートが行われ、グノーがバッハの曲を編曲した《アヴェ・マリア》 や 《フーガ ト短調》 の演奏が高い人気を得ていたという。

Thomas Cressy 氏 は英国でバッハ研究をしていた時、小林義武、富田庸などの著名な日本人バッハ研究者が多いことを知り、なぜ日本にこれほど優れたバッハ研究者がいるのかと日本に興味をお持ちになった。そして彼は日本におけるバッハ受容を研究するために国費留学生として東京芸術大学で学び、オックスフォード大学、コーネル大学で更なる研究を続けておられる。彼は日本語能力検定を取得されており、講演はすべて日本語でお話になった。日本におけるバッハ受容について今後の更なる研究に期待したい。

「日本の明治時代におけるバッハ受容」 Thomas Cressy

明治維新150年記念バッハ礼讃音楽祭

台風12号が山口県を通過する中、バッハの音楽祭を開催。14:00の開演時間になるとだんだん大降りの雨になってきたので、皆がこれからもっと雨風が強くなると予想していた。しかし、不思議なことに、音楽祭が始まると徐々に雨風が弱まってきた。終演のころには雨も上がり風もほとんどない状態にまで回復していた。避難勧告が出たりするのが理解できないほどの状態だった。バッハがこの音楽祭を祝し守ってくれたのではないかと感じさせられる日曜日の午後だった。

この日は交通機関の乱れもあり、遠方からの方は会場に到着できない状態だった。そのような中、WTC第1巻20番を演奏するキーボード奏者が現われないことに気付いた。その時、既に一つ前のプログラムが始まっていた。急遽ソロ演奏をアンサンブル演奏に変更し、あたふたと4人のキーボード奏者に声をかけパート分けをした。4人とも音大のピアノ科なので、譜読みはお得意である。フーガのソプラノとバスは比較的弾きやすい。アルトとテナーは入り組んで見分けのつきにくいところが時々出て来る。皆ひやひやで本番に臨んだが、4人とも自分のパートを正しく演奏することができ、フーガの最後まできちんと弾けたので一安心というところであった。

プログラムの最後は4台のチェンバロのための協奏曲。皆忙しいので練習の時は誰かしら抜けていた。午前中のリハーサルで初めて全員揃って練習できる状態だったが、何度か合わせるうちに良いアンサンブルができてきた。あまり練習しても疲れるということであとは本番にかけたが、本番は今までの中で一番良い出来たった。

やわらかなバッハの会では常日頃、WTCをパート分けしてアンサンブルを楽しんでいることが大いに役にたったハプニングだった。
BWV 1065
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やわらかなバッハの会
〒753-0072 山口県山口市大手町
3−6 大手町ビル4F
毎週土曜日18:00 PM
毎週金曜日10:00 AM
毎月1回   対話集会18:00 PM
都合により日時を変更する場合もありますので初めての方は事前にご連絡ください

お問い合わせはこちら

マンスリーバッハ (第2日曜日)
午後4時〜6〜時
場所:新山口駅構内

第6回 バッハ礼讃音楽祭 
2019年8月4日14時
山口県旧県会議事堂
講演 Michael Maul(バッハフェスト芸術監督、BWV 1127の発見者)
演奏 BWV 1127 他

<プロフィール>
やわらかなバッハの会 
会長 橋本絹代
新しい鍵盤楽器記譜法「イコール式」の創始者

子供の頃、父と一緒に、バッハのフーガをピアノ分担奏で弾くことによって、声部進行を直感的に学び取り
バッハのとりこになった。
初級者でもバッハのフーガを楽む方法を提案している。

2007年 世界で初めての楽譜《イコール式バッハ平均律クラヴィーア曲集》カワイ出版 

2009 音楽書『やわらかなバッハ』春秋社

2013「やわらかなバッハの会」設立

2014 バッハ礼讃音楽祭 (於 旧県会議事堂) 毎年開催

2016 バッハ・イン・ザ・サブウェイズ (於 新山口駅構内)毎年開催

2017 Bach Network UK 対話会議研究発表 (於 ケンブリッジ大学)

2017 Prof.Yo Yomita (富田庸) 講演会「バッハを嗜む」主催(於山口大学)

2018 Thomas Cressy 明治150年記念「日本の明治時代におけるバッハ受容」

イコール式とは「鍵盤楽器においてどの調も皆同じ」という意味です。
なぜなら12等分平均律の鍵盤楽器における調性とは、ただ高さのみによって識別される2つの旋法、すなわち長調と短調の性格だけに限られるからです。
12等分平均律は勿論のこと、不等分音律を前提に論じたマッテゾンでさえも「どんな調もそれ自体では、その逆を作曲し得ないほど悲しかったり楽しかったりすることはできない」と述べています。
異名同音、ピッチの変動、バッハの手による移調の試みなどを考慮すれば、《バッハ平均律クラヴィーア曲集》の中の難しい調を簡単な調に移調してまず親しむことが大切です。初級者は更にそれをアンサンブルで楽しむことが大切です。
やわらかなバッハの会は既成概念にとらわれず、自分自身の判断で音楽の本質を探究するところです。


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音楽の構造が良く解る










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<イコール式の意味>
*12等分平均律の鍵盤楽器においてはどの調も同じ(イコール)です *フーガの各声部は主従関係ではなく対等(イコール)です *12等分平均律の調律法はイコール・テンペラメントと言います *音名と階名が同じ(イコール)読み方です
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